チリンチリーン……
「おっす、調整屋〜!」
「あらぁ、久しぶりねももこ。最近あまり来ないから、寂しかったわぁ」
「はっ、なーに言ってんだか。最近じゃ客も多くなったし、住み込みの用心棒まで出来て寂しくなんてないだろうに」
「それはそれ、これはこれよぉ。エノテラちゃんとももこは別人なんだから、寂しく思っても変じゃないわ」
「そういうもんかね」
「それにエノテラちゃん、「私がいない間」の警備員さんみたいなものだもの。調整屋開店中はあんまりいてくれないから、いまだ料理も振る舞えてないのよ?」
「……そりゃそうだろうな。アイツ勘が良いっていうか、嫌な予感に敏感だからなぁ」
「うん? うーん、どういう意味かしら……?」
ももこは久々の来店だったらしく、みたまとの会話が弾んでいる。
「…………」
その間いろはちゃんは、難しそうな顔で何やら考え込んでいた。やっぱり、大事なソウルジェムを弄られる事に抵抗があるからかしらね。
「あの、カトレアさん。実はさっきから、気になってた事があるんです」
「何かしら? 調整魔法の説明は、過不足なく伝えられたと思うのだけど」
「いえ、調整の話じゃなくて……カトレアさん、私が自己紹介する前に、私の名前を呼んでませんでしたか?」
全然違う理由だった。こっちが勝手に覚えててくれてると思ってたから名前を呼んだのよね……自意識過剰みたいでちょっと恥ずい。
でも、小さいキュゥべえの影響でういちゃんの記憶が世界から消失しているなら、いろはちゃんは病院にお見舞いに行った記憶もない――つまりは病院で私と出会った記憶も同時に消失している、て事なのよね。
それを説明するには世界花の加護の話とかもしないとだし、そうなるとフラワーナイトガールの説明とか、他にも……とにかく、いろはちゃんが納得の行く説明をするには結構長くなる。
いろはちゃん、親が帰る前までには宝崎に帰りたいとか言ってたし。要するに、日がほとんど沈んでいる今日は、全部を説明している時間の余裕がない。
何より、
「おっと、つい話し込んじゃったな。ごめんないろはちゃん」
「いろはちゃん、ね。調整屋さんにようこそ〜♪」
「後でちゃんと話すから、まずは調整を受けちゃいなさい」
「は、はい……」
みたまの調整がまだだしね。
小さいキュゥべえを追うなら調整を受けるのは必須だし、さっきはすぐにでも捜索再開したそうにしていた。私がいろはちゃん関連の記憶を保持している事の説明は、とにかく小さいキュゥべえを捕まえた後だ。
みたまの調整は滞りなく終了した。私と(正確には女王様とだけど)調整魔法の鍛錬を時々していたおかげでみたまの腕前が日々上がっていたからか、思ったより早く終わったわね。
まあ、それは良いとして……何やらみたまが困惑顔でいろはちゃんに尋ねて来た。
「いろはちゃん……あなた、何を願って魔法少女になったの? 初めて調整魔法を受けてもらう時は、必ず魔法少女の「願い」を真っ先に見させてもらってるんだけど……なぜか何も見えなかったのよ。あなた自身は、契約した時の願い、覚えてる?」
「はい、もちろんです。私は……私、は…………あれ? 願い事……」
……まあ、思い出せないでしょうね。多分「妹の病気を癒やして」って願ったんだろうし。ういちゃんに関する記憶がないのだから、思い出せる訳がない。
ただ。夢に記憶にないういちゃんが出てくるようになったって事は、
「私の……私は……あっ、はうぅっ」
心は、魂は、きっと覚えてるんでしょうね。
愛しい妹のういちゃんの事を思い出したいのに思い出せずに、心が悲鳴を上げている。いろはちゃんの苦しそうなのに愛おしそうな顔で呻く姿を見て、私はそう感じた。
……恍惚の喘ぎに見えて若干エッチぃと思っちゃったのは内緒だ。
「はぁ……はぁ……あの小さいキュゥべえ、やっぱり私と何かあるんだ……! 早く、早く探さないと……!」
「ちょっいろはちゃん!?」
小さいキュゥべえを追いたい気持ちを抑えて調整しに来たけど、みたまさんのセリフで魔法少女になった時の記憶や感情を刺激されて我慢出来なくなったらしい。いろはちゃんは驚くももこ達を気に留める事なく、1人外へと駆け出した。
《魂に刻まれた妹への想いが疼いて抑えられない、てとこかしら……感情的になるのも無理ないわね》
「そうね。さて、ちょっと面倒臭い事になる気がするけど、私達も行きましょ」
「追うのはともかく、面倒臭いってなんだよ?」
早足で後を追い始めた私に駆け寄り尋ねてくるももこ。
「いろはちゃんがやられかけた魔女結界の反応、わりと近くに来てるのよ。いろはちゃん、すぐに見つけて、また1人で飛び込むでしょうね」
「マジか。調整を受けたって言ってもほんとに受けたばかりだし、流石に神浜の魔女相手に1人は危険だ!」
「まぁ、それでも使い魔相手になら遅れは取らないでしょうけど。面倒臭いって言ったのは、また別の理由よ……やちよさんの魔力反応が魔女結界の近くにあるわ」
「げ……よりによってあの人かよ」
「さらには、いろはちゃんが使い魔にやられかけたのを見られてるし、助けた私の口から「あなたは神浜にはもう来ないようにって伝えて」って言うように頼まれたわ」
「あー、鉢合わせたら間違いなく面倒臭い事になるな」
「だから援護に行くわよ」
「ああ!」
で。
「ごめんなさい、今急いでるんです!」
「私は待ちなさいと言ったはずよ」
ミレナ座から数分走った先の路地裏にて、魔女結界へ行きたがっているいろはちゃんと、立ち塞がるように対峙するやちよさんを見つけた。
「どうしても通りたいなら、私を倒してからにしなさい」
「ええ!?」
また無理難題を……はっきり言って、さっきの魔女を倒すよりやちよさんを倒す方が無理だ。燈湖と一緒ならともかく、女王様でも一対一なら油断したら負けかねない程の実力者だし。
「この町で生き抜く実力のないあなたに、この先の魔女結界に入らせる訳には行かないわ。自分から出て行く気がないなら、追い出すしかないわ」
「追い出すって、どうしてそこまで……」
「……その様子じゃ、カトレアさんには言われなかったようね。まったく……手間を増やさないで欲しいわね」
そう言って、追いついた私達に向かって視線を送るやちよさん。
「いろはちゃんは調整を受けたわ。さっきの使い魔程度ならもう遅れは取らないはずよ」
「はっはい! それに私は、小さいキュゥべえを探してるだけなんです!」
「……小さいキュゥべえ?」
「さっきも、使い魔に邪魔されなければ手が届いたんです! だから……!」
へぇ……他の魔法少女からは逃げるのに、いろはちゃん相手にはむしろ近付いてくるのね。これはもう、いろはちゃんと小さいキュゥべえが接触したら間違いなく「何か」が起きるわね。
「確かにいろはちゃん1人じゃまだ危ないかもだけどさ。アタシらが援護すれば問題はない程度の魔女だろう?」
そう言ってももこが魔法少女に変身し、いろはちゃんの手助けをすると表明する。ももこに同意する意味で私も変身しておく。
「はぁ……仕方ないわね」
ももこだけでなく私も完全にいろはちゃん側だと知って、ため息をつきつつも横にずれて道を譲ってくれる。
「あ、ありが――」
「ただし」
……でもまあ、最近堅物具合が増してるやちよさんが、アッサリ引くわけないわよね。
「目的が魔女じゃないにしても、魔法少女を警戒している今のあの魔女結界に入るなら、戦闘は避けられないわ。場合によっては、いきなり魔女戦になるかも知れない。悠長に小さいキュゥべえと話し込む余裕はないでしょうね」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「さらに言えば、小さいキュゥべえに接触出来たとして、あなたの目的が全て果たされる保証はないし、あれは神浜市内にしかいない。そうなったらあなたは、また神浜を訪れようとするでしょう」
そこまで言ってから、やちよさんも変身して魔女結界がある方を向いてから続ける。
「いろはさん、だったかしら。あなたがそこの魔女を倒して、本当に実力が上がった事を私に証明してみせて頂戴。そうすれば、今後はあなたにとやかく言ったりしないわ」
「……結局、そこに行き着くんですね」
「なぁに、調整を受けた今のいろはちゃんなら十分いけるさ! アタシらの援護があれば確実――」
「ただし!」
ももこのセリフを強い口調でさえぎるやちよさん。
「カトレアさん、あなたは参戦しちゃダメよ。戦力過多で間違いなく負けないもの。あなたは私と一緒に審査役よ。ももこだけならまぁ、実力を見計らうのに邪魔にはならないでしょうから許可するけれど」
「あー、まぁそうかもね」
「……なーんか存外に、アタシが弱いって言われたみたいでムカつくんだけど。やちよさん、やっぱり最近性格悪いよな」
「私やカトレアさんに比べたら、弱いのは間違いじゃないでしょう?」
「くっ……言い返せないとこが悔しいっ」
ももこが心底悔しそうに呟く。まあこればかりは仕方ない、私と女王様は世界に愛されてるからね。
「……私を助けてくれたから、強いんだろうなぁとは思ってましたけど。もしかしてカトレアさんって、神浜でもかなり強い方だったりします?」
「悔しい事にね。魔法少女歴だけならアタシの方が長いけど、実力はかなり離れてるよ」
「そこの魔女程度なら、2体同時に襲われても使い魔込みで余裕で倒せるでしょうね。はっきり言って、最強格よ」
「そ、そんな凄い人だったんですか……!?」
「ま、まぁね」
……さすがの私でも、2体同時はちょっと危ないけど。まぁ女王様に交代すれば確かに余裕だから、頷いて置く。
《ふふふ。見栄を張り過ぎると後が怖いわよー》
《女王様うるさい》
女王様の揶揄はスルーして、話を続ける。
「それじゃ、基本的に戦うのはいろはちゃんで、ももこは援護役。魔女相手にはいろはちゃん一人で戦って貰って、その間使い魔がいるようならももこが抑える。私達は審査役で、本格的にいろはちゃんが危なそうになった場合にだけ助ける。そんな感じで良いかしら?」
「ええ、いいわ」
「強くなったいろはちゃんを見せつけて、あの堅物を黙らせてやろう!」
「は、はい! 頑張ります! って、なんか目的がズレてるような……」
そんな感じで、いろはちゃんの神浜魔女討伐チャレンジが始まった。
約30分後。
「ストラーダ・フトゥーロ!!」
バシュウウウウ!!
――ズシャアァ……ザリザリ……
途中危ない場面もあったものの、最後はいろはちゃんのマギアが炸裂し、見事一人で魔女を打ち倒した。残念ながらグリーフシードは落とさなかったけど。
「やったな、いろはちゃん!」
「モッキュ!」
「はい、はい! やっちゃいました!」
喜びはしゃぐいろはちゃん可愛い。はともかく。
魔女を倒したのと同時に、小さいキュゥべえの捕獲にも成功していた。再びいろはちゃんに近付いて来たけど、魔女との戦闘中はももこが保護していたから、今はももこの腕の中だ。
少し遠目に観察していたから多分だけど。いろはちゃんに自ら近付いたそいつは、いろはちゃんの指示も聞くようで、自らももこに保護されに行っていたみたいだった。
さて。いろはちゃんが魔女を倒せたのは喜ばしい事だけれども。
「…………」
なーんか、やちよさんの小さいキュゥべえを見る目が厳しいのよね……まぁ縮んだといってもこいつはキュゥべえ、魔法少女の真実を知っているやちよさんが、イレギュラーとも言えるこいつを警戒するのも無理ないわよね。
ので、釘を刺して置く。
「さっきは参戦を止められたけど。私達の――というか、いろはちゃんの目的は、あのキュゥべえに会う事よ。今あれに手を出そうって言うなら――」
「……わかってるわよ。あなた相手に事を構えるのは得策じゃないもの。でも私には、あれは危険因子にしか思えないわ」
「まぁ、気持ちはわかるけどね」
「取り扱いには十分注意しなさいね。無害そうに見えてもキュゥべえ、これから何かしでかすかも知れないわ」
「重々承知よ。忠告、感謝するわね」
「頼んだわよ」
私に忠告をしてから、いろはちゃんに一人で魔女を倒せた事を軽く褒めてから去って行くやちよさん。
《……多分やちよ、私達がいなかったら、あのキュゥべえを無理矢理消そうとしてたでしょうね。いろはに自ら近寄るのを逆手に取って、無警戒なところを槍でグサリとね》
《かもね。私だって、いろはちゃんと関係がありそうって知らなかったらやっちゃってたかもだし》
ももこから小さいキュゥべえを受け取って大事そうに抱きしめるいろはちゃんを見ながら、私達は複雑な心境で小さいキュゥべえの事を考えて――
――キィン
「あっ!?」
「いろはちゃん、キュゥべえが!」
いろはちゃんが抱きしめてから数秒後、小さいキュゥべえが淡く光り出した。
《さて、何が起きるかしらね。魔力の感じからして、危険性はなさそうだけど……》
《見ただけでういちゃんの記憶を思い出しかけてたみたいだし、今度は全部を思い出せるんじゃないかしら》
女王様と会話をしつついろはちゃんに近付き、力が抜けるように少しづつしゃがんでいくいろはちゃんを後ろから支える。
「いろはちゃん、大丈夫か!?」
「…………」
返事はない。キュゥべえの光が収まると同時くらいに意識を失ったらしい。
「モキュ……」
当のキュゥべえはいろはちゃんから離れ、心配そうな表情で見上げている。
《こいつ……感情がある?》
「お前、いろはちゃんに何を――!」
「ももこ、落ち着きなさい。嫌な感じの魔力じゃなかったし、今も心配そうにいろはちゃんを見てるわ」
「心配そう? 感情のないキュゥべえがまさか…………そう見えるな。小さい事といい、どうなってんだ……?」
「さてね。とりあえずまだ何かあるかもだし、いろはちゃんを……調整屋が近いか。そこで休ませてあげましょ。ももこ、キュゥべえの方をお願い」
「あ、ああ」
軽いだろうけど、一応身体強化をしてからいろはちゃんをおんぶする。
「……お前、もう逃げないんだな」
「モキュ!」
私の言った事を理解出来ているらしく、再び自らももこに保護されに近付いて行く小さいキュゥべえ。モキュとしか聞こえなかったけど、何となく「よろしく!」と言ったように頭が理解した。わけがわからない。
(……まあキュゥべえの事は後回しにして、今は調整屋ね。すぐ出戻る事になるとは思わなかったけど)
次回投稿予定は、2月27日(日)です。