「……とまあ、そんな感じに女王様と予測したわけ」
『なるほどな……確かにあり得るな』
いろはちゃんを調整屋のソファに寝かせてから、私は燈湖に事の経緯――いろはちゃんと小さいキュゥべえに関する珍事と、そこから生まれた予測――ひと月前に「神浜で起きた何か」についてを電話で話していた。
ひと月前、世界花の加護のせい(おかげ?)で私のスマホが爆発したけれど。燈湖と華恋、この二人のスマホも爆発までは行かなかったけど、スマホを持っていられないくらいには発熱していたらしい。
他の花騎士魔法少女のスマホにはなかったこの加護の高まり。なぜこの二人だけ、と謎のままだったけど、今回の私達の予測を当てはめるなら、やはり私のスマホ世界花の加護が守ったのと同じものから守られたのだと結論した。
つまりは、「環うい」という存在の忘却阻止。加護の出力が違ったのは、私達が実際に姿や声まで実際に見聞きしていたのに対し、二人は私から又聞きしただけだから、守る情報量の違いによるもの、だったのだと思う。
チリンチリーン……
「『んで、その娘が件の環いろはか』」
と、調整屋のドアベルの音の後、スマホとドア方向から時間差で燈湖の声。
「……スマホから風切り音が聞こえて来てたから、こっちに急ぎで向かって来てるとは思ってたけど。早いわね」
「一か月も謎のままで気持ち悪かった案件が、まだ予測段階とはいえ進んだんだ。出来るだけ早く共有したくてな」
スマホの通話を切ってからそう言い、いろはちゃんに近付いて顔を覗き込む燈湖。
ちなみに華恋の方は、今は調整を受けに来たお客さんがいなかったから、みたまさんに電話してもらっている……と、ちょうど話が終わったらしく、みたまさんに手招きされる。
「華恋ちゃんは、施設の門限過ぎちゃってるから来られない、ですって」
「でしょうね。燈湖が来てるって言ったらコッソリ抜け出して来ちゃいそうだけど」
「燈湖ちゃんが入ってきたのには気付かなかったみたいだから、来ないでしょうねぇ」
まあ、華恋にとってはいろはちゃんはほぼ赤の他人だろうし。数日後に花騎士魔法少女で集まって会議する予定があるし、その時でいいわよね。
さて、いろはちゃんは……振り返って観察するけど、まだ起きてはいない。ので、今回のもう1人……1匹?のお客、小さいキュゥべえへと視線を送る。
「ほーら、チーカマです。食べますか?」
「モキュキュ〜!」
「そうですか、食べますか。ではどうぞ、あーんですよ」
私達と入れ違いで帰って来ていたエノテラが餌付けしていた……美味しそうに食べている、ように見えるけど。キュゥべえって味覚あるのかしら?
というか食べ物を食べてるの初めて見たわ。普通のキュゥべえが分体の死体?を食べてたのは見たことあるけど、あれは食べ物とは言わないし、そもそも「食べた」というより「回収した」って感じだったし。
「それにしても、本当に逃げなくなったのねぇ。普通のと比べると愛嬌すら感じるし。ほんと、不思議なキュゥべえよね〜」
「だな。ていうか、愛嬌というか、絶対感情を会得してるよなコイツ。とことんイレギュラーだよなぁ」
「ま、私は良い事だとは思うけどね。感情がないからこそ、純粋無垢な少女の弱みに土足で踏み込んで契約を迫れるんでしょうし」
「なるほどなるほど、そういう見方も出来ますね。まあ、もとよりエノテラはキューちゃんには感謝しかなかったので、どうでも良いですが」
《なんにしても、そのキュゥべえのせいでいろはにどんな影響が及んだかが気になるところね》
最後の女王様のセリフで、みんな一斉にいまだ目覚めないいろはちゃんに視線を送る。
「んぅ……? …………はっ」
噂をすればなんとやら。私達の視線が原因ではないでしょうけど、どうも起きた気配。
「お目覚めですか、環いろはさん。体調に問題は感じますか?」
「え、誰……」
燈湖はいろはちゃんに警戒させないようにか、デンドロビウムモードで優しく語りかけ、目の前で指を左右にゆっくり揺らしている。えっと確か、めまいを起こしてないかの検査、だったかしら。
「ふむ。意識障害はなさそうですね……みなさーん、いろはさんが起きましたよー」
「はぁい、おはよういろはちゃん」
「大丈夫か、いろはちゃん?」
「あ、みたまさん、ももこさん……じゃあここって、調整屋さん……」
一応原因不明の意識喪失だったから、みんな慎重に声かけする。
「私は雷電燈湖、カトレアの友達です」
「あ、そんなんですね」
《……なんでしょう、女王様と「友達」だと紹介されると、ちょっと不思議な気分になりますね》
燈湖のセリフに、何故かデンドロビウムが気恥ずかしそうに念話を送ってきた。可愛い。
「あっ! それよりみなさん! 私、思い出しました!」
いろはちゃんは唐突にガバッと上半身を起こして、私達に報告し始めた。
小さいキュゥべえに触れて気を失っている間に見た夢。それが過去の記憶で、夢に出てきていた女の子は自分の大切な妹、「環うい」だということ。妹の病気を治すために、キュゥべえと契約したこと。
「なんでこんな大切な事を今まで忘れてたのか、不思議でならないです……さっきまでは、私は一人っ子だって思ってましたし」
「うーん……魔女とか、魔法少女に記憶を弄られてたとかか? 暗示の魔法なんてのもあったしな」
「いえ、正確には忘れていたというか……ういの存在そのものが、世界から消えていた感じなんです。覚えていないのは私だけじゃなくてお父さんとお母さんもですし、部屋に不自然に空いているスペースがあったり……」
いろはちゃんの話を聞いてると、やっぱり私達の予測通りだったようね。
「いろはちゃんだけは、全部思い出したってこと?」
「はい、多分……ついこの間、退院が決まった記念に贈り物をしたのも覚えてますし、一緒の病室に入院していたういの二人の友達の事も…………」
話していく内にどんどん失われていた記憶が蘇って来ていたようで、しばらく聞きに徹していたのだけど……途中で私を見つめたまま黙り込んでしまった。
「いろはちゃん?」
「そうだ……私はカトレアさんと……!」
……どうやら、私と会話した事も覚えていてくれていて、思い出したらしい。ちょっと嬉しい。
「カトレアさん!」
ソファで半身を起こしたまま話し続けていたいろはちゃんが、いきなりソファから降りて立ち、
「ずっと……もう一度会えたら、カトレアさんに言いたい事があったんです! 本当に、本当にありがとうございました!」
深々とお辞儀して感謝された。
「カトレアさんの言葉で、あの時どれだけ救われた気持ちになれたか……それに、カトレアさんに会えたからこそ、キュゥべえにも会えて奇跡を叶えられたんです! もうほんと、感謝しかありません……!」
「あー、うんまあ、その……ど、どういたしまして……」
何かしら、この、嬉しいのに気恥ずかしい感じ……いろはちゃんが真摯に感情をぶつけてくるのが、なんだかむず痒い。
「「「「…………(ニコニコ)」」」」
そして他のみんなからは、妙に暖かい視線が送られてくるし……うぅ、どうしてこうなった……?
《……ふふっ》《……》
ていうか、女王様とデンドロビウムからも暖かな気配を感じる。なんなのよ、もう!
「あっ、そうだ。結局カトレアさんは、どうして私の事を覚えてたんですか? 私ですら忘れてたのに、カトレアさんが忘れてなかったのが不思議です。というか、もしかして……」
「……え、えぇ。あなたの事も、ういちゃん達入院三人娘の事も、私達は覚えていたわ」
「私、達?」
「ちょっと長くなるけど、順を追って説明するわね。ただいろはちゃん、時間大丈夫?」
そんな長時間気絶していた訳じゃないけど、調整屋に横たわらせてから30分は過ぎている。
「えっ? ……あー、乗る予定の電車、ちょうど来ちゃってる時間ですね……次の電車が来るまで時間あるので、それまでに終わるようでしたら、是非お願いします」
と、いろはちゃんは聞く姿勢なので、魔法少女・魔女の真実を避けつつ花騎士魔法少女の説明をすることになった。
▲ ▽
でまあ。私達の世界の仔細に加え、ゲームの方の事も語ったから、やっぱり時間がそれなりにかかった。途中私とデンドロビウムが魂交代して自己紹介したりしたのも長引いた原因、かしらね。
でも、話が思ったより長引いた一番の原因は、いろは自身にあった。
「ええっと……あっぷっぷ? こ、これですか?」
《そっちじゃなくて、この中に白い棒3本でアルファベットのAを描いてるみたいなの……それそれ、その青いのをタップしてみて》
「た、たっぷですか? ダンスの?」
《まぁ意味は同じだけど……タッチって言った方がわかりやすかったかしら? 指先で一瞬タッチする事よ》
「はー、なるほど……あっなんか絵が出てきました」
いろはが予想以上に機械音痴?で、スマホ相手に悪戦苦闘していたからだ。今はカトレアがアプリストアから花騎士アプリをインストールさせてあげようとしているのだけど、操作用語すらよくわかってないせいか操作はおぼつかなく、2、3程度の操作にかなりの時間を要していた。
どうもいろはは、昔から最新鋭のものとかに疎いらしく、若者なのにスマホを全然使いこなせていないせいで、予想以上にフラワーナイトガールの事を説明するのに時間がかかってしまっていた。
《こちらに来て科学技術の差に驚いた私達でさえ、一週間も触っていれば粗方理解出来たんですが……彼女は筋金入りですね》
《ま、十人十色ってヤツだな。誰にだって得手不得手はあるもんだぜ》
ちなみに、何故かスマホ操作講座から始まったせいで、いろはがフラワーナイトガールや私達花騎士、世界花の事をキチンと理解出来た時点で、次に乗る予定だった電車もすでに通過してしまった。
ということで。
「うわ、うわ、すごいですっ! ほんとに空飛んじゃってます!」
私にしがみつきつつ、自分が浮遊していく様子にはしゃぐいろは……なによこの娘可愛いわね。カトレアがご執心になるのもちょっとわかるわ。
私の杖の後ろに乗せてあげて、超特急でタカラザキとかいう町まで送る事になった。というかカトレアが勝手に決めて押し通した。
まあそれくらい大した事じゃないからいいんだけど……今夜は満月に近いから、このまま飛んで行ったら確実にネットニュースの晒し者になるわね。ま、カトレアだったら、だけど。
私ならカトレアよりも数倍速く飛べるし、空気抵抗から身を守る結界に、気温操作、気圧操作の結界の重ねがけも完璧にこなせるし、さらにそこに軽い認識阻害の結界も合わせれば、満月の日でも一般人には鳥が飛んでいるようにしか見えないように出来る。
うーん……世界に愛されてる自分の才能が存分に発揮出来るって、やっぱり気分が良いわね! カトレアに勝手に押し付けられた事を除けば。
「まったく、私じゃないとここまで出来ないのに、カトレアったら安請け合いするのだもの。困ったものだわ」
《うー、女王様うるさい。でもありがとね、好き》
「ぅ……」
……不意打ちの「好き」に言葉が詰まり、ちょっと頬が熱くなる。
「ふふっ。でも女王様、なんか嬉しそうです」
「ま、まぁカトレアから頼られるのは嫌じゃないしね。それじゃ、飛ばすわよー!」
「はい、よろしくお願いします!」
いろはが腕にさらに少し力を入れてしっかりと抱き付いたのを確認してから、私はタカラザキ市のある方角に向かって飛び立った。
数分後。
《女王様、そろそろ減速して》
「ん、了解」
カトレアが念話で静止を促す。
「うわぁ、もう着いちゃいました! 電車よりもずっと早いです!」
私はまだ日本の地理に疎いからわからないけど、どうやらタカラザキ上空に着いたらしい。
「えっと……私の家が、あれだから……女王様、あそこの公園に降りて下さい」
「あそこね、オッケー」
すぃーと滑る様に下降し、小さな公園にいろはが着地したのを確認してから各種結界を解き、変身も解除する。それを見て、いろはも変身を解いてから深々とお辞儀した。
「本当に、何から何までありがとうございました! キュゥべえの事も……」
「気にしないでいいわよ、大した事じゃないもの」
花騎士と世界花の説明をするのに加えて色々と話し合った結果、小さいキュゥべえはトウコが預かる事になった。シェルター道場に入れて置けば、実力者のキョウコもいるから、やちよレベルの魔法少女に襲撃されても安全を確保出来る。
キュゥべえ自身は、どうもいろはから離れたがらなさそうな顔をしていたけど。自身が神浜から出ることが出来ないのに気付いているらしく、いろはが言い聞かせると、若干渋々と言った雰囲気ながらトウコの腕に自ら飛び込んでいった。
《……うずうず……》
さて。なんかカトレアが代わって欲しそうな気配を放ってるから、交代してあげましょうか。
△ ▼
女王様が気を遣ってくれたようで、気が付いたら魂交代してくれていたので、早速いろはちゃんに話しかける。
「せっかくここまで来たんだし、家まで送るわ」
「そんな、歩いて数分ですし、そこまでしてくれなくても」
「でも、いろはちゃんの親御さん、もう帰ってきてるんでしょう? 私がいれば帰りが遅くなった事の言い訳にもなるし」
「あ、そっか……それもそうですね。ほんと、今日はお世話になりっぱなしで、申し訳ないくらいです」
「今女王様も言ってたけど、大した事じゃないから気にしないで」
「あ、ちょっと雰囲気変わった気がしてましたけど、やっぱり今はカトレアさんなんですね」
……この子、スマホとかには疎いのに人を見る目はあるっていうか、人の心の機微には聡いわよね。あの日、ぼかした言い方で「奇跡はある」って端的に伝えただけなのに、すぐに「この人は自分を気遣ってくれている」って気付いたらしいし。
なんていうか。この子のそういう所が気に入って、仲良くなりたいって思ったのよね。
「……実は、どう言い訳しようかちょっと悩んでました。なので、一緒に来てくれるならとっても助かります」
「ん、任せなさい」
というわけで、私達は一緒にいろはちゃんの家に行って、親御さんに帰宅が遅くなった理由を説明する事にした。
「いろはがスマホに不慣れなのは知ってるけど……遅くなるんだったら、電話機能で連絡一つくらい入れなさい」
「ご、ごめんなさい、お父さん、お母さん」
案の定、いろはちゃんは玄関先で出待ち?していた親に軽く叱られていた。まあ、
「あまり叱らないであげて下さい。私と話し込んじゃったせいで遅くなったようなものなので」
私がフォローしたから、ほんとに軽く、だけど。
「それにしても。引っ込み思案気味ないろはが、神浜なんて新興都市でこんな美人さんを引っ掛けてくるなんてな、意外と大胆なところあるんだなぁ」
「ちょっ、お父さん!? カトレアさんとはお友達だけど、困ってた所を助けてくれた恩人でもあるんだよ! 変な言い方しないで!」
顔を赤くして反論するいろはちゃん可愛い。はともかく。親御さんとの仲は良好そうでなにより……て考えちゃうのは、魔法少女になるような娘は家庭に問題を抱えてる確率が高い傾向にあるって燈湖から聞いてたからかしら。
……今雷電家で預かってる杏子とゆまちゃんも、家庭環境に問題があったらしいしね。ま、何にしてもちょっと安心。
「カトレアさん、こんな遅くに娘を送ってくれて本当にありがとうね。それもわざわざ神浜からこんなところまで付き添ってくれるなんて」
「いえ、お気になさらないで下さい。こう見えて私、護身術習っているので」
「それでも、若い娘さんがこんな時間に来てくれたんだ。もう夕飯時だし、お腹も空いているだろう? せめてものお礼に、夕飯を食べてって欲しいかな」
「あっそれ名案だね! カトレアさん、是非ご馳走させて下さい!」
というか、いろはと同じくお人好しオーラを放ってるし。いかにもいろはの両親って感じの親御さんだった。
《確かに夕飯時だし、なんなら少し遅めなぐらいの時間だし。タマキ家全員からの歓待なんだから、受けないと失礼よねー》
《……女王様はただ単に、いろはちゃんの料理に興味があるだけでしょ》
でもまあ、確かにこの歓迎ムードでは断り辛いし……何より、もうちょっといろはちゃんとは、普通の友達的な会話もしたかったし。
「それじゃあ……せっかくなので、ご相伴にあずからせていただきます」
次回投稿予定は、3月7日(月)です。