私が単独で莧陽友花に接触したのには、別に理由がある。かなり癪な理由だけど……インキュベーターに依頼されたからだ。
普段の私なら、あんなクズの依頼なんて聞き流す所だけど……奴らは一切信頼出来ないし、かなり遠回しな表現で説明したり説明責任自体を放棄したりはするけれど、嘘だけは吐かない、というか吐けない生物らしい。その点で言えば、ある意味信用だけは辛うじて出来る。
そんなインキュベーターからの依頼内容はこうだ。
「莧陽友花。彼女は記憶を失ったのではなく、魂が別人になっている可能性がある。暁美ほむら、君にはそれを確認して欲しいんだ」
「あの娘の魂が別人のもの、ね……あなたから話して来たってことは、どうせあなたが余計な事をしたせいなんでしょう?」
「余計な事ではないよ。エネルギー回収の効率化のための実験中に、想定外の事故が起きてしまったに過ぎない」
「……やっぱりね。人間の魂を弄ぶ
「それは見解の違いと言うものだよ。僕らの行動による結果はすべて、宇宙を延命させるためにどうしても出てしまう、致し方ない犠牲というだけさ」
(……こいつと真面目に言い合いしたらキレそうになるわね。今回のまどかの魔法少女化を避けられなかった以上、この時間軸でこいつとは事務的な対応を取るのがベターだわ。余計な会話はやめて、重要そうな情報だけを取捨選択しましょ)
そう切り替えて得た情報を、莧陽友花と名乗る莧陽友花の身体を使っている誰かのダジャレを聞きつつ電波塔に向かう道中で、頭の中で端的に整理する。
(フラワーナイトガールというゲーム、通称花騎士。花騎士の魂を宿した通称花騎士魔法少女……そして、この娘の魂は花騎士ポーチュラカかもしれない、ね)
ここまで適当に相槌を(主にダジャレに対して)打ちながら歩いて来たけれど。電波塔の入口も見えて来たし、そろそろ切り出そうかしら。なんか相槌打っていただけなのにこちらにもう気を許してるみたいだし。
《まどか達に会わせる前に、端的に聞くわ。あなたの本当の名前は、ポーチュラカね?》
……。念話を飛ばしたのに、反応が返ってこない……というより、届いていない?
《どう言う事……? 変身するのも見せて貰ったし、魔法少女になっていない、なんて事はない……いや、インキュベーターがわざわざ私に依頼したと言う事は、そういったイレギュラーな存在の可能性もなくはないか……と独り言を念話で飛ばし続けてるのに、まったく反応がないわね》
そもそも、花騎士魔法少女というのがイレギュラーだからこそ、インキュベーターにとって同じくイレギュラーな魔法少女である私に依頼したのだろう。
(花騎士魔法少女……インキュベーター曰く、特に警戒すべきは2人。1番に緑髪のデンドロビウム、次に赤髪のカトレア……両方とも、ランの品種名ね)
「……うん? あれれ? なんか電波塔の入口に、私の知り合いがいるよ?」
確かに電波塔の入口が見える距離にまで来たけど、まだ結構距離があるのに……かなり目が良いのね、この娘。半ば強制的に癒したとはいえ、私がもともとは眼鏡をかけないといけない視力だったのを差し引いても、かなりのものだ。
私も目を凝らして入口付近を探る……すぐに認識出来たのは、私の守護るべき桜色の髪の娘と、ついでに青髪……そのすぐ近くに2人いるようね。
(緑髪に赤髪……噂をすれば、かしら)
どうやらまどか達と一緒にいるのは、デンドロビウムとカトレアらしいわね。この娘が知り合いと言ったのだから、間違いない。
(あの2人がまどか達に接触する前に、確認したかったのだけど……いや、まだ距離はあるし……)
何故か念話が届かない、なら。
「ちょっと失礼するわよ」
「ふえ? ……ほむらさん、何で魔法少女に変身して――」
――カシャ! カシュシュシュ――!
彼女の肩に手を置いて、時間停止開始。
「うえっナニコレナニコレ!! 人が止まってる!?」
朝だから人通りは少ないけれど、少し前に通り過ぎたジャージを来たジョギング中の中年男性が静止したからか、彼女もすぐに世界の異常に気付いたようね。
「これが私の魔法よ。簡単に言うと、私と私が触れているモノ以外の時間を止められるの。当然、一度に止められる時間に制限はあるけれど」
「ふえ〜すっごい魔法! あっカトレアさん達も動いてない!」
言われて私も赤髪の……やっぱり花騎士魔法少女のカトレアだったのね。彼女に視線を向けて――
(えっ……こっちを見ている!?)
時間停止の影響で固まっているから、動ける訳ではなさそうだけど……まさか、この距離で私が固有魔法を使った気配を感じ取ったとでも言うの!?
「あー、驚いて思わず踊り出しそうになるよね! カトレアさんの超感知は、超・肝心! なんだよ!」
「ええと……つまり?」
「この距離なら、余裕でカトレアさんの魔力感知範囲な感ぢなんだよ! 多分、ほむら先輩が変身した時点で気付いたはずだよ!」
「それは……凄いを通り越して、異常ね」
それだけで規格外だけれど、インキュベーターが警戒する程だ、魔法少女としての実力も相当高いと見た方が良いわよね。
とはいえ。
(なんか、
「えーと。結局、なんで時止めたの? ドッキリ?」
……つい考え込みそうになってしまったわね。時間は有限、時間停止も有限だ。時が動き出す前に確認を済ませましょ。
「……そうね。時間がないから手短かに確認するわよ。あなたの本当の名前はポーチュラカね?」
「うんっそうだよ! ……はっしまった!デンドロビウムさんに無闇に本名言わないようにって忠告されてたんだったぁ!あーだから今のは違くて!ミエヒユカ!私の名前はミエヒユカですっ!」
「……くすっ。嘘が苦手なのね」
ギャグかと思うほどポロポロ秘密を零すものだから、思わず笑ってしまった。
何にしても。魂が別人でも、やっぱりこの娘に問題は感じないわね。インキュベーター的には実験が大失敗したのだから大問題かもしれないけど……そう思うといい気味ね。見滝原に帰ったらキチンと報告してあげましょ。
――カシュシュシュ……
「……そろそろ時間切れね。不躾に秘密を暴くような事をしてしまってごめんなさい」
「いやいやっ私がオバさんじゃないからおバカさんだっただけで、ほむら先輩に非も水もないんだよ!」
「そう」
……カシャン――!
時が動き出すと同時に変身を解除して、ポーチュラカさんから手を離す。時止め前にこちらを見ていたカトレアさんは――
(……少しキツい目つきで睨まれている、わね。依頼自体は成功、花騎士との友好関係構築は半分失敗、かしら)
はあ……何事も上手くはいかないものね……魔法少女になってから、特に強くそう思うようになったわ。上手く言い訳出来ると良いけれど……
「さ、いきましょう、ポー……莧さん」
「うんっ! 領海内で了解なんだよ!」
☆
何らかの魔法をポーチュラカに使用したらしい黒髪ロングの魔法少女を警戒しつつ、まどかちゃん達と雑談しながら彼女達が近くまで辿り着くのを待つ。
《遠過ぎて、何をしたかまでは分からなかったけど。あの黒髪ロングの魔法少女――多分、まどかちゃん達が言っている友達なんでしょうけれど。ポーチュラカに対して何らかの固有魔法を使ったみたいよ》
念話で燈湖に警戒を促した、けど。
《ああ、アイツに関してはある程度調べてあるから、問題ないぜ》
《……さすトウ》
先回りしてまどかちゃん達と交友のある魔法少女を調べ上げてるなんて、相も変わらず超慎重ね。
《でも、どうやって辿り着いたのかしら? まどか達がメールで送って来た写真には、黒髪少女は写っていなかった気がするのだけど》
《いや、辛うじてだが写ってたぜ。ほら》
女王様の疑問に、燈湖が彼女の存在に勘付いた訳を提示する。
「先程言った、陽友花さんから預かったメールの写真がこれです」
「おぉ、確かにこの写真はあたし達が送ったのだね」
まどかちゃん達には雑談しながら、私達が陽友花ちゃん――ポーチュラカと知り合いである事を口頭では伝えていたけど、燈湖が物的証拠も提示していた。
《この写真の部屋には、確かにまどかとさやか、2人の姿しか写っていない。んだが……よく見れば、2人の後ろに人1人分の影が写ってるぜ》
そう言われて、私達も後ろから覗き込むようにして燈湖のスマホに表示された写真を凝視する。
《んー……あー、言われてみれば。というか、言われないと気付かないレベルね》
《……ほんと、よく気付くわね、こんなの》
「私達が先回りして電波塔に来たのには、とある理由があるんです」
《見滝原の魔法少女って言ったら、前にいろはを狙い撃った巴マミもそうだからな。まあ、魔法少女でない友人の可能性もあったが、不安要素は前もって潰しておくに限る》
あら、口と念話とで同時に喋ってるって事は、今身体の方は普通にデンドロビウムなのね。並列思考を平然と出来そうな燈湖でも、ここまで高度な芸当は出来ない……と思うし、出来ても「頭が滅茶苦茶疲れるから、気軽にはやらねえな」とか言いそうだし。っと、それは置いといて。
燈湖(主導権デンドロビウム)が口頭でウワサとかの今神浜で起きてる現象を説明するのを横目に、念話で燈湖(ソウルジェム)から黒髪魔法少女の情報を教えて貰う。
《まどか達との会話は聞いといてあげるから、カトレアは念話に集中してなさい》
《程よく面倒そうな話題から逃げたわね……まぁいいけど》
女王様に軽く文句を返してから、燈湖との念話にしばし集中する。
《もう見える距離まで来てるし、そう多い情報でもないからすぐ話し終えちまうけどな。ま、とにかく話すぜ》
ふむ。ポーチュラカから写真データを貰ってから数日程度じゃあ、さすがの燈湖でもそう多くの情報は得られなかった、てとこかしら。
《まず1番重要な点だが。あいつは現時点ではあたしらの敵じゃあない。どうもまどかを第一にしているっぽい動きをしているから、まどかを意図的に害そうとでもしなけりゃ問題ないだろうな》
《ふーん……さやかちゃんは?》
《友人とは思ってるっぽいが、まどかの友人だから友人やってる、て感じに見えたな》
《……てことは、ポーチュラカに対しても同じスタンス、と》
《だろうな》
簡単にまとめれば。まどかちゃんの害になりそうな行動さえ取らなければ味方、て事ね。じゃあなんで今ポーチュラカに魔法で何かしたのかがちょっと疑問だけど。
《次に、固有魔法についてだが。多分にあたしの憶測を含んじまうが……》
《あら、燈湖にしては自信無さげね》
《ああ、何せ謎が多い魔法少女だからな。全ての個体と情報共有出来るキュゥべえですら、いつどこで契約したか不明らしい》
《……なんか、特大の地雷臭がするんだけど》
《まあそうだが、敵対しない方法は分かってるからな。そこは今は重要なことじゃない。で、あいつの固有魔法のあたしなりの予測なんだが……》
《あ、私達も一応予測はついてるのよね。魔力使用を感知したからじっと見ていたはずなのに、2人の立っていた位置が微妙にズレてたのよ。だから多分、空間移動系か時間操作系だと思うわ》
《ほう……カトレアも成長したもんだな。あたしも同じ結論だ》
そうこう念話している内に、デンドロビウムは神浜の現状と電波塔のウワサについて簡単かつ分かり易く説明し終え、黒髪ロングの魔法少女とポーチュラカは会話出来る距離まで仲良さげに近寄って来ていた。
(よくわからないけど。ま、ポーチュラカがご機嫌だし、多分大丈夫よね)
近寄るまで少し険のある視線で観察していたけど。ここまでの情報で必要ないと判断して、表情を和らげて挨拶する。
「待ってたわよ、陽友花ちゃん。そしてどうも初めまして、暁美ほむらさん」
「……っ!」
……警戒態勢を取られてしまった。本人から聞く前に名前を言ったのは失敗だったわね。
「まだ空いていない電波塔の前で立ち話しし続けるのもなんですね。朝もだいぶ冷え込むようになって来ましたし、どこか飲食店へ……この時間だと、モーニングをやっている喫茶店くらいですかね……知り合いの家が純喫茶ですし、ここから割と近いので、続きはそちらでお話ししましょうか」
「ほう、純喫茶ですか」
「喫茶店なら行った事あるけど、純喫茶は初めてかも!」
「そうね……言い方からして個人経営の店のようだし、落ち着いて話せる場所なら異論はないわ」
「アルカリ性の逆は酸性! 私も賛成なんだよ!」
暁美さんの不信感を考慮して、すぐに落ち着ける場所を提案してくれる燈湖。ありがたい、優しい、好き。
《この近くで純喫茶って言うと……雫ちゃんの家よね》
《でしょうね。ちょっと不安要素はあるけど……トウコも大胆不敵よねぇ》
《まあ、自宅で暴れたり魔法を使用したりはしないでしょうから、問題ないって判断したんでしょ》
私達が何故不安がっているのかと言うと。
《それにしても。シズクったら、なんでマギウマの翼なんかに入っちゃったのかしらね》
彼女が、マギウスの翼の黒羽根だからだ。
次回投稿は、2月17日(金)の予定です。