ひぐらしのなく頃に 糖辛し編   作:りろーでぃん

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ハジマリ

 

 

あなたは手紙を風船に括り付けて空へと放つ。

それが道半ばで堕ちる事も知らずに。

 

 

あなたは手紙をボトルに入れて海辺へと放つ。

それが志し半ばで沈む事も知らずに。

 

 

あなたは返事が返ってきたと喜び、その愚行を繰り返す。

 

 

だって、相手がすぐ近くに居ることすら知らないのだから。

 

————————————Frederica Bernkastel

 

 

 

 

 

昭和五十九年 二月十三日 (月)

 

 

どうやら雛見沢の冬は、一般常識とか限度とかそういうものを知らないらしい。

吐息で薄く靄がかった車窓からは、白に染まった道路や森の木々が、私達を静かに出迎えているようにも見える。……馬鹿らしいほどに美しい、辺り一面の雪模様だ。

私の焦りよりも一段と早いペースで降り積もる大きな雪の粒は、それを掻き分けながら慎重に進む私たちの車を、明らかにあざ笑っていた。

 

「葛西〜、もうちょっとアクセル踏んで貰えません? こんなじゃ、日が暮れちゃいます」

「詩音さん、こんなに降っていてはどうしようもありませんよ。急ぎたい気持ちは分かりますが、焦って崖下に落ちるよりはマシでしょう」

 

運転席に座る初老の男(本人は未だ中年だと言い張る)は、そう言ってカラカラと笑う。

そんな事、言われずとも重々承知だった。けれど、分かってはいても一刻も早く辿り着いて欲しくて、深い溜息を隠す気も起きない。

 

「大丈夫です。そんなに焦らずとも、彼は逃げたりしませんよ」

 

葛西なりに気を利かせたつもりだったのだろう。けれど、私には嫌味にしか聞こえなかった。

だから葛西がしまった顔をしても知らないフリをして、嫌味をたっぷりと含めて返す。

 

「どーせ、悟史くんは目覚めないからって事ですか」

「いえ、そんなつもりでは……失言でした」

 

失敗だったと顔を苦める葛西の焦り方が面白くて満足したので、許してあげることにする。

 

「くすくす…、冗談です。こーんな天気でも、私のワガママを聞いてくれて、むしろサンキューです。ほら、神妙な顔してるヒマがあったら、もっとアクセル踏む!」

 

常日頃から私のワガママに振り回しているのだから、なにを今更もいいところだと、自笑してしまう。葛西も、やれやれと軽く笑って、ハンドルを握りなおして運転に戻る。

 

「……んで、実際問題あとどのくらいかかりそうです?」

「そうですね。軽く見積もっても、あと一時間は覚悟が必要かと」

「んー、そんなに待ってたら退屈で死んじゃいますねー。というわけで、診療所に着くまで寝てますんで、あとは運転よろしくです☆」

 

そう言って椅子を倒し、後部座席に積んであった毛布を被ると、さっさと横になる。どこまでも変わらない雪景色にも見飽きて、だんだんと眠くなってきていたのもまた事実だった。

 

「どうぞ、ごゆっくりと」

 

まったく困った奴だと苦笑する葛西の横で、くつくつと笑いながら目をつむる。葛西が気を利かせてくれているのか、雪道だからと静かに運転しているおかげなのか、揺れは全く感じず、眠りへとつくのは簡単な事だった……。

 

 

 

 

園崎本家

 

――夢を見ていた。

悟史くんが、ぬくもりの伝わる手をそっと…差し出してきて、私は目を瞑って身構える。それは条件反射のようなもので、私と悟史くんとの間で交わされる挨拶のようなもので…とても心地がいいもので……その温かな手が私の頭に近づいて来るのを肌で感じて…………きゃぅ。

 

………………………。

 

誰かが私を呼んでいる。

 

「詩音さん、そろそろ起きて下さい。着きましたよ」

 

まどろみから解放され、やたらと重いまぶたを根性でこじ開けると、目の前には見慣れた姿の……葛西がいた。

そっか、夢だったんだ。

 

「むぅ〜んぅ……。おはようございます。……もう着いたの?」

 

大きく伸びをして辺りを見渡す。積もった雪から僅かに覗く砂利道に続き、どんよりと生い茂る木々に囲まれるようにして、大きな門が私達を出迎えていた。

表札に書いてある名前は……ん、園崎…?

 

「あのー、葛西…? 私は入江診療所に用事があるんですけど…もしかして、もうボケが来ました?」

「詩音さん、ボケているのはあなたの方です。もうとっくに、診療所は閉じている時間ですよ」

 

そう言われてみれば、影の降りる木々より上に見えている空は、やたらと暗く感じる。今は何時ぐらいだろう? お昼時に出発したのだから、遅くても二時頃には着くと見ていたのだけど。少なくとも、夕方という一日の区切りはとっくに過ぎているように見えた。

どうやら雪道に阻まれて、予想を遥かに上回る時間がかかってしまったようで。……つまり私は、思っている以上に長い間眠りこけていたらしい事を、ようやく理解した。

 

「一度、診療所に着いた時に起こしたんですが、なかなか起きないものでして」

「もー、葛西はそーいうトコが抜けてるってんです。そんな時は無理にでも起こしてほしいです!」

「……でも詩音さん、無理に起こしたら拗ねるじゃあないですか」

「あったり前です。それを理解した上で起こすのが葛西の役目じゃ〜ないんですか?」

 

葛西は、そうですねと肩をすくめるジェスチャーを見せつつ、エンジンを切り、車から降りた。我ながら、無茶苦茶な事を言ってるなーと思う。でも、これが葛西と私とのコミュニケーションってやつなんだから、仕方がない。

 

「……というか、なんで本家の方に来たんです? 鬼婆とは、出来るだけ顔を合わせたく無いんですけど」

 

園崎家との面倒ごとはもう解消され、雛見沢を自由に歩き回っても白い目で見られる事はなくなった。でも、それに体が慣れるのには、まだ時間がかかりそうだった。

 

「この雪では、あと数日は興宮へは降りられそうにないですからね。しばらくこちらに厄介になるかと。あと、お魎さんは展示会に出席しておられますので、しばらくは帰ってこられないと思いますよ」

 

ふーん…鬼婆はいないのか。

それが分かると、途端に活力が湧いてくる。お姉をどんな風にからかってやろうかと色々思案するだけでワクワクしてきた☆

 

「一応聞きますけど、お姉は私たちが泊まりに来ること、知ってるんです?」

「ええ勿論です。先程、魅音さんから許可を頂いたのでその辺は心配いりません」

 

まあ流石に葛西ともあろう男がノーアポで本家に厄介になろうとかいうそんなヘマ、する筈もないか。

さて久々にお姉と世間話に花でも咲かせるかと、車を降りて柔らかい感触のする冷たい雪道に足を下ろし……、そんな時、”それ”にようやく気づいた。

 

「……葛西、なんか臭いません?」

 

私がですか、とかそんなベタを一人で展開している葛西の言葉は、もう自分の耳に届いていなかった。何かが焦げたような、それに混じって……甘い香りもする。これは小さい頃によく悪戯で木を燃やして遊んでいた時にしたあの匂いにそっくりで……!

 

「……っ! お姉の馬鹿、何やってんのさ!?」

 

脳が理解するよりも早く、体が動いていた。園崎本家は、古風な日本家屋で…! それは当然、木造建築なわけで……! 先程までは暗くてよく見えなかったけれど、闇夜に目が慣れたら……大きな屋根の影から、うっすらと黒煙のようなものも見えていた。

未だ事態に気付かずぼーっとしている葛西を両腕で押しのけて、インターホンすら押さずに門の取っ手口を掴み――落ち着け私…魅音を呼ばずにこの無駄に大きい門が開くわけないじゃないか…!! ここは雛見沢御三家のなかで最も巨大な組織、園崎の本家、そのセキュリティは一般家庭の比ではない事くらい、自分が一番分かってるじゃない! 落ち着いて、まずはインターホンを鳴らす……あれ、門の鍵が、かかってない……? なんで? なんでなんでなんでなんでなんで落ち着け落ち着けクールになれ園崎詩音…! 鬼婆は今はいないんだ、気の抜けたお姉が鍵を閉め忘れただけ。落ち着け落ち着け……お姉に限ってそんなことある!? お姉だからこそあるんじゃないか…! 冷静さを失ってるぞ落ち着け私……!

門の鍵がかかってないなら、この馬鹿でかいのをさっさと開けて、中へ入るだけ。そう、落ち着いてゆっくりと。こんな門を開けるだけの作業、小学生だって出来る。だから落ち着け落ち着け……。

 

今にも爆発しそうな胸の鼓動を、大きく息を吸って押さえ……震える手を力一杯、必死になだめて、自分では開けたこともない、園崎本家の門を開けて……。

吹き付ける風の運ぶ、焦げ付く臭いと甘ったるい臭いが、より一層私を急かすのだった。

 

 

 

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