ひぐらしのなく頃に 糖辛し編   作:りろーでぃん

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最愛のメンバー

 

 

 

階段を降りると、無機質なコンクリートの廊下が私を迎える。頼りのない白熱灯が通路を照らし、その一番奥、大きく構えた冷たい鉄扉の中で、悟史くんは待っている……。

もう何度も通った暗い通路、その上を小走りで渡り、一息置いて呼吸を整えてから、その扉を静かに開けた。

 

「はろろ〜ん☆ 悟史くん。……お久しぶりです。何年ぶりでしたっけ?」

 

沈黙。

 

どこかの誰かさんのように、無粋な返事を返してくるような事は、悟史くんに限って、ない。

 

「あれ、よく考えたら、まだ一日しか経ってないですねー。くすくすくす」

 

空を切る私の言葉に、悟史くんは笑いもせず、ただ「むぅ……」と返す。

悟史くんがそんななのは、私が彼と出会った時からずっとなので特に気にも止めない。その部屋で唯一、悟史くんと私を隔てるガラス壁の鍵を外し、冷たい取っ手をそっと押して、中へと入った。

最初の頃は危険だからと、中へ入ることを監督はなかなか許してくれなかったっけ……。

けれど、今では彼の横に座る事すら許されていた。人の恋路に安全なんてないのに……これだから、いつまで経っても独り身の監督は「監督」なんだ。くすくす。

 

「もしかして、昨日来れなかったの、怒ってます? 文句なら葛西に言って下さいね。私は行く気満々だったんですから! ほっ、……本当ですよ?」

 

まあ、葛西に運転を任せて寝てただけなんだけどね。

私は予め用意してあった、半ば園崎詩音の専用となっている椅子を引いて、悟史くんの横に寄せ、静かに腰を下ろした。

悟史くんの胸は静かに上下していて、その寝顔は、安らぎそのものだった。

 

「昨日来れなかった分も含めて、今日は話したいことが、たっくさんあるんですよー!? あははは! そういえば、聞いてくださいよ。お姉ってば、本当に意気地無しなんですよー?」

 

私は、悟史くんに今日までの出来事を聞かせてあげた。

お姉がワガママ言って、私が久しぶりに分校に登校した。

委員長として、それなりに頑張ろうと努力してる圭一がいた。いつも通りの、元気で可愛い沙都子がいた。その様子を隣で見守る、レナと梨花ちゃまがいた。

何故かお姉の部活に強制参加させられて、罰ゲームをいっぱい味わったし、私の勘違いで、葛西に迷惑かけちゃったんだよね。

それでね、悟史くん。それとね、悟史くん。あれと……これと、悟史くん。…………悟史くん。悟史くん。

…………………………。

いつの間にか……私のお喋りな口は言葉を失っていて、私はただ…悟史くんの寝顔を見つめていた。

「……悟史くん。私ですね……ちょっと、分からないんです」

 

それは、自然と出た言葉だった。

さっき皆と合わせた手の温もりは、今も残っている気がする。でも、私は…………。

 

「悟史くん、……仲間って、なんなんでしょうね。私は、みんなを信じてます。一緒に居て楽しいし、困った時に頼れる一番の仲だと、そう、本当に思っているんですよ……? でも、だから分からないんです。…………あははは、ちょっと意味が分からないですよね。ごめんなさいです」

 

結局私は、彼らと一線を置いた場所にいた。それは多分、私自身が変わらないといけない事なんだって、それくらい分かっていた。

でも、今はまだ答えが出ない。それが、正直な気持ちだった。

 

「それでいいんじゃない?」

 

唐突に背後から声をかけられて、焦って振り返る。そこに、魅音がいた。

 

「お姉……。いつの間に」

「あははは、ごめんね。驚かすつもりはなかったんだよ。横、座っていい?」

 

私が頷くと、魅音も部屋の隅から椅子を持ってきて、私の横に腰を下ろした。そして、しばらくの間、悟史くんをじっと見つめていた。

 

「……悟史、元気そうじゃん。この前来た時より、顔色もいいんじゃない?」

「分かってませんねー、お姉は。悟史くんはいつも元気なんですよ。それを他人に見せないだけで」

「くっくっく。詩音にだけ見せる素顔ってー? 悟史に関しちゃ、アンタにゃ敵わないね」

「あれれ? お姉が私に敵う事なんてありましたっけ?」

 

そして二人で声を押し殺し、くつくつと笑った。

 

「あははは。やっぱり、詩音はさ……それでいいんだよ」

「ん、どーいう意味ですか、それ」

 

魅音は椅子から立ち上がると、うんと背伸びをしながら、続けた。

 

「そのままでいいって事。今日はさ……私が変に回りくどい事なんかしちゃって、なんかいろいろあって大袈裟にしちゃったけどね」

「お姉、何言ってるのか全ッ然伝わって来ないんですけど……圭ちゃんもそうですけど、表現が曖昧すぎません?」

「そう、それなんだよ!」

 

魅音はそう言うと、人差し指をビシッと私に向けた。当の本人である私は、ただ呆気にとられるしかなかった。

 

「詩音はさ、曖昧でいいんだよ……今はね。というか、曖昧になってしまう……が正解かな? だってそうでしょう? 仲間が一人でも欠けてたら、気持ちのいい答えなんて、出るわけ無いんだよ!」

「欠けてるって、誰が…………あっ」

 

素晴らしい仲間に囲まれていながら、私はどこか満たされなかった。

互いに仲間だと確認しあった。仲間だと認めた。でも、それだけじゃ足らなかったんだ……欠けていたんだ。

そして、その欠けているメンバーは……すぐ目の前にいた。

 

「悟史くん……」

 

涙が溢れる。でもそれは、すっと一粒だけ。

悲しいんじゃない……。ぽっかりと空いてしまった枠に、ようやくそれが埋まった。ただそれに反応しただけ。

 

「私らもさ、この微妙な距離感を、手探りで埋めようと頑張ってるんだよ。そして、詩音と同じく、みんな、悟史をずっと待ってる。——だからさ、頑張れ詩音! 私も魅音を頑張るから」

「うん……。うん、頑張るよ。私、もっと頑張るよ……!」

 

お姉が大あくびをしている。

……かと思えば、そこに魅音はいなかった。

ぐるぐると、回る。世界が、私が。

悟史くんが、笑っていた。沙都子も笑ってる……。みんなで机を囲んで、みんなで楽しい。もちろん、私も楽しいよ?

 

これは……夢? そうだよね、昨晩から殆ど寝てないんだよ。意識だって、もう断片的で、途切れた描写しか残ってないよ……。

——だから、いいよね?

悟史くんの匂いがする、温もりを感じる……その身に委ねても。きっと、大丈夫だよ。

悟史くん……。一緒に頑張ろうね。私がずっと、側に居てあげるから…………。

 

 

 

何処かで間違っちゃった、私の人生。でも、今度は大丈夫。

 

生まれなければよかったとも、思った気がする。

けれど……こんな意味のない私でも、誰かが求めている事を知った。

私が生まれなければ、その人が不幸になってしまう。

 

こんな私でも、手を差し伸べてくれた人達がいた。

こんな私でも、手を差し伸べなければならない人がいる。

みんなに、ありがとう。

本当にありがとう。

ありがとう。

 

もう、絶対に迷わないから。

……なんて、嘘かもね。人生、まだまだ長いし。……くすくす。

でも、私にはみんながいる。悟史くんがいるんだ。迷いはするけれど、間違ったりは、しない。

だから、頑張るね。

 

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