「状態は極めて良好です。大丈夫ですよ詩音さん、心配はいりません」
監督はそう言って、私が見てもよく分からない資料を見せてくれた。
電話があった後、みんなで入江診療所に駆けつけた。こんな夜遅くなのに、スタッフと監督は私達のために入り口を開けてくれたのだった。
「葛西は……怪我とかしてなかったんですか?」
「特に大きな怪我をしている、なんて事もありませんでした。ただし、この天気のなか雪の上で倒れていたので、軽い凍傷のような症状が見受けられます。ですから、今日はこちらで安静にしてもらった方がいいでしょう」
とりあえず大事には至らなかったらしく、ほっと胸をなでおろす。
「しかし、どうして葛西さんが診療所の前なんて場所で倒れていたのでしょう。……詩音さん、何か心当たりとかありませんか?」
「あ、えっと……その…」
葛西がこんな事になったのは、私のせいだ。
悟史くんの事で頭がいっぱいだった私が、監督と診療所を調べるように頼んだからこうなってしまったんだ。葛西はもともと、万全な身体ではない。それなのに……こんな真冬の夜に放り出して……私のせいだ……!!
「詩音は何も知らないんじゃないですかー? さっきまで私達と遊んでましたし」
「お姉……」
魅音に続くように他のみんなも私のアリバイを作り上げていく。でも、この部屋にいる誰もが、私の関わっている事だという事実をどこか察していた。
耐えきれなくなった私は、かなぐり捨てるようにその思いを言葉として吐き出した。
「違うんですッ! 全部私が悪いんです……全部、私のせいなんです」
「詩音……」
特に、魅音は全てを察しているだろう。だって、私達は双子、考える事はいつも同じなんだ。私がそうしたように、魅音もまた同じ事を考えていたに違いない。
……だから、私が吐露するという事は、この場の全員が、隠し合っていたその事実を吐き出さねばならないという、暗黙の了解を作る事になる。
それは少なからず、私達の間に溝を作る事に他ならない。
「……ふむ。どうやら少々ワケありのようですね。詩音さん……それと魅音さんも、少々お時間頂いてよろしいでしょうか?」
「え、あ……、いいですけど」
「うん、構わないよ。行こう、詩音」
監督は私達姉妹を呼ぶと、早々に奥の会議室まで行ってしまった。
この二人だけを呼んだという事は、きっと悟史くんの事に違いない。
さっきまであんなに知りたがっていたのに……お姉と監督を問い詰めてでも助けてやるって息巻いていたのに、今やそれが躊躇われるのが、自分でも不思議だった。
「みんなごめん! ちょっと園崎の絡みで話があるっぽいからさ、悪いんだけど少しの間、待っててくんない?」
そう言って魅音は他のメンバーに謝った。
「うん、分かったよ。葛西さんの件も園崎家のお話だもんね。私達が聞いてちゃ悪いよ」
「あははは、レナは理解が早くて助かるよ。圭ちゃん、みんなを任せたよ!」
「言われなくても分かってるぜ!」
「梨花ちゃんも、沙都子をよろしくね」
「分かっているのですよ、にぱー☆」
「なんでわたくしが梨花に面倒見られなきゃいけないんですのー!」
「いいからこっちに来るのです。よしよしなのです」
「梨花ー! やめてくださいましー!」
そんな微笑ましい光景が遠ざかって行くのを見送り、お姉と二人で部屋に入る。監督はそれを見届けると、鍵をかけた。
「んで監督、話ってのはなんですか?」
魅音の呑気な雰囲気に、さっきまで消えかけていた赤色の感情が戻ってくる。ここまで来て、まだ隠す気なのか!?
「悟史くんの事に決まってますッ! あんたら二人して、一体何を企んでるんです!? 悟史くんに何かあったのくらい分かるんですよ……アンタら私をナメてます!?」
「ど、どうしたの詩音……、 私は何も知らないよ」
「嘘だッ!」
「嘘じゃないよ、ほんとに何も知らないんだよ……!」
「詩音さん、落ち着いて下さい。確かに悟史くんの件で呼んだのは事実です。でも、魅音さんは何も関係ありませんよ」
「はぁ? 関係ない!? どこがです? 監督までお姉を庇うんですか! そりゃそーですよね、二人してグルなんですから。……監督は、悟史くんと私の味方じゃないんですか!? 信じてたのに……!」
いつのまにか、私の目には涙が浮かんでいた。でも構うもんか……! こいつらが許せない。悟史くんの味方だと……私の味方だと思ってたのに!
「ちょっと詩音、ヒートアップし過ぎだよ! さっきから何言ってんのか分からないし。ちょっと落ち着きなって」
「うるさいです! いいからさっさと全部吐きやがれってんですッ!」
勢いに任せて椅子を振り上げる。ここまでしたからには、もう後には引けなかった。
睨み合う両者……いや、敵意を示しているのは、もしかすると私だけだった。
…………もう、とっくに気づいてた。お姉は嘘なんかついてないんだって。監督と手を組んで何かを企んでなんて無かったんだって……。でも、だからこそ理解出来ない。心の隅に残る疑問符が、私を暴走させる唯一の淀みだった。
「……詩音さん、もういいでしょう? 落ち着いて頂けましたか」
監督の手がそっと肩に触れる。この暴走を誰かに止めて欲しいという身勝手な考えが、甘い誘惑となってその手に絡め取られる。
だからと言って、はいごめんなさいと言う訳にも行かず、私はその手を乱暴に突き放し、振り上げた椅子を降ろした。
「……もういいです。監督に聞きますから」
「はい、何でも聞いてくださいね」
「私、遠回しな会話とか嫌いなんで……単刀直入に聞きますね。監督、夕方ごろ……お姉に会いましたよね。あれ、私なんですよ」
「あちゃー、……なるほど、そうだったんですか。だとすれば、良からぬ誤解を与えてしまいましたね」
……誤解? 悟史くんに魅音が会えて、詩音が会えないその事実の何が誤解なのかッ!
再び湧き上がる赤色の感情を必死に抑える。今は冷静な対話を、クールになれ園崎詩音。
「悟史くんにお姉が会えて、私が面会謝絶になる理由を教えて欲しいです」
「なっ、監督それどーいうこと!?」
魅音も憤りを隠さぬ顔で監督に迫った。
「詩音さんには、……あ、いや、お二人には謝らねばなりませんね。これは完全に私のワガママが起こした誤解なのです。どうか怒らずに聞いて頂けますか?」
お姉と私は寸分違わぬタイミングで頷いた。それがちょっと面白くて、互いに笑ってしまう。さっきまで暴力沙汰スレスレだったのに……私達姉妹は結局のところ、仲が良いのだ。
「とはいえ、決して悪いお話ではありません。……むしろ朗報と言うべきでしょう」
監督は何やら難しい書類を机の上に広げながら、説明を始めた。
「悟史くんや沙都子ちゃん含む感染者、……つまり雛見沢症候群の事ですが、…………ほんの少しだけではありますが、快復へと向かう兆しが見えてるんですよ」
「それって……!!」
思わず立ち上がってしまった私を、監督が首を振って制した。
「その傾向が見えてきた、というだけです。原因も分かっていません。ですから、まだ古手さんにも伝えていません。しかし、毎日のように悟史くんの元へ通ってくれている詩音さんにだけは、私が直接伝えたかったのです。……あははは、それがあらぬ誤解を与えてしまったようで、申し訳ない」
「じゃ、じゃあ悟史くんは無事なんですか!?」
「あの状態を無事と言えるのか、という大きな疑問はありますが……あははは。大丈夫です、いつも通りですよ。なんなら今からでも面会可能ですよ?」
一気に全身の力が抜けていくのを感じた。
なに、全部私の早とちりだったってわけ……? 誰も、私と悟史くんをどうこうしようなんて考えてなかった。私が一人で……勝手に疑って、勝手に盛り上がってただけだった。
「お姉、……その、ごめんなさいです」
「えっ? あー、いいよ全然。…………実を言うとさ、私も謝らなきゃいけない事があるんだ」
「まーた、どんな話が飛び出してくるやらです……」
その時、突然ドアを叩かれ私達三人はギョッと振り返った。
「おーい監督! 葛西さんが目を覚ましたぞー! って、なんで鍵なんてかけてんだー!?」
騒々しい音の主はどうやら圭一だったらしく、鍵のかかったドアをガチャガチャと回している。
「いっけね! すっかり葛西さんのこと忘れてたよ!」
「あとで葛西に言っときますねー。くすくす」
「アンタもでしょうがー!」
「やれやれ……あなた方の面倒を見なきゃいけない葛西さんには、同情の言葉を送る必要がありそうですね」
そう言って監督が深いため息を吐くと、示し合わせたかのように三人で笑いあったのだった。