ひぐらしのなく頃に 糖辛し編   作:りろーでぃん

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伸ばされた手、伸び悩む手

 

 

葛西のいる部屋のドアに手をかけた。中からは、みんなの声が騒音と成り果てて部屋に響いている。

そっとドアを開けると、葛西は既に、制止する声を無視するかのように構わず服を手に取り、着々と帰り支度を進めていた。

 

「葛西〜、おはようです。安静にしてなくていいんです?」

「詩音さん、それに皆さんも。この度は大変なご迷惑をおかけしました。もう大丈夫ですので、ご安心ください」

 

そう言いながら深くお辞儀をすると、真っ黒なスーツを羽織り、ネクタイを締める。あっと言う前にいつもの葛西だった。

遅れて部屋に入りそれを見た監督が、慌てて止めに入る。

 

「あわわわ! 駄目ですよ葛西さん。今日はここで安静にして下さい。別に入院費を頂く訳ではありません。医者として、帰すわけにはいかないのですよ」

「いえ……、しかし」

 

それでも頑なに帰ろうとする葛西を止めに入る。こーなった葛西が言うことを聞くのは、私だけなんだから。

 

「いいじゃないですか〜! せっかく監督がそう言ってくれてるんだから。そーいう時は、お言葉に甘えればいいんですよ!」

「しかしですね、詩音さん。私は民間機関にあまり関われない立場でして……」

「いいから、細かい事は気にしない!」

 

それっぽい言い訳を続ける葛西のスーツをひょいと脱がして、しっかりと締められたネクタイを放り投げ、葛西の大きな身体を両腕で押してベッドに倒す。私が帰す気などないのだと悟ると、ようやく静かになってくれた。

 

「いやはや、助かります。詩音さん」

「いえ、どちらかっていうと、助かってるのはこっちですし。くすくす……」

「うーん、詩音と葛西さんの関係には、何か固い絆のようなものを感じるよ……」

「魅ぃ、たぶん違いますです。従僕と主人みたいなものなのですよ」

「いや、俺には対等な関係に見えるけどな!」

「はう〜。でもいいよね、こういう関係。なんだか憧れちゃうかな、かな!」

 

みなそれぞれ、自分が思い浮かべる詩音と葛西の関係像で勝手に盛り上がっている。

葛西は私の忠臣……それ以上でも以下でもないのにね。

 

「ああ、そうそう。葛西がお世話になるだけじゃ悪いんで、そのお詫びって事で、今晩は私が監督のお手伝いさせて下さい」

 

放り投げた服を綺麗に畳みながら、さりげなく監督に声をかけた。それは、私と他数人にだけ伝わる、暗号のようなものだった。

監督は微笑むと、力強く頷き承諾してくれた。

 

「ええ、是非お願いします。詩音さんには毎度ながら、助けてもらって感謝してますよ。それでは、私はちょっと用意をしてきますね。詩音さんは、準備が出来たら、職長室まで来て下さい」

「了解です」

「ああそうそう、葛西さん。今晩は安静に、お願いしますね」

 

それだけ言うと監督は、机の上に散らばった書類を掻き集めて分厚いファイルに閉じ、それを同じような書物の沢山並ぶ戸棚に押し込んで、部屋から出て行った。

 

「詩音さん、今から監督のお手伝いですの? 今日はまだ火曜日でしてよー!?」

「詩ぃには夜だけの、秘密のお手伝いがありますです。沙都子もそのうち分かるのですよ、にぱー☆」

「夜だけの秘密のお手伝い……なんだろ、なんだろ!?」

 

梨花ちゃまは沙都子の頭を撫で、レナは勝手に一人で赤くなっている。

そんな光景を見ているだけで、なんだかさっきまでの事なんてどうでもよくなる。こいつらと一緒にいると……やっぱり楽しい。それを再確認した気がした。

 

「くすくすくす。というわけで、私はここに残ります。みなさん、今日はなんだか心配かけちゃて申し訳ないです」

「別に、俺らはなんとも思ってないぜ。勝手について来ただけだしな」

「わたくし、もう眠いですわ……ふぁーぁぅ」

 

沙都子が大欠伸をしたのが合図だったように、みな笑いながらそれぞれ帰宅の準備を始めた。

 

「そういえば圭一くん、何か詩ぃちゃんに言いたい事があったんじゃないかな、かな?」

 

忙しく動いていた手、靴を履こうと伸ばした手……それぞれの動きが、レナの一言で止まった。

 

「あ……、ああ。そういや、そうだったな。すっかり忘れてたぜ」

「あははは……。なに圭ちゃん、おじさんに隠れて内緒話でもしてたー?」

 

魅音と圭一が、今にも崩れそうな笑顔を保ちながら、やめときなよと同意を求めるかのように、レナと視線を交わす。けれど、対して愛らしいその笑顔が、絶対の否定を宣言していた。

どうやらレナは、さっきのよく分からない質問をそのまま無かった事にする気は無いらしい。その非情な笑顔が、魅音、圭一……そして私にも向けられたのだから。

その視線に耐えられず、私は自らその会話を続けるしかなかった。

 

「……あ、ああ。さっきの仲間がどう、とか言ってたやつですか? レナさんも、そーいう青春モノ好きですね。くすくすくす」

「あははは。詩ぃちゃん、さっき魅ぃちゃんのお家で圭一くんが言ったでしょ…? おふざけは無しだよ」

 

ここ最近の付き合いで、なんとなく把握している。一旦こうなったレナは、強い。

私はどうにか穏便にこの場を抑えようと、葛西に視線で助けを求めた。…………が、信じられない事に、葛西は首を横に振って、それを拒否したのだ。

 

「ほら…いいよ、圭一くん。……続けて?」

 

レナはそれだけ言うと、圭一に笑いかけ、後ろに数歩下がる。

 

「……いいよ、圭ちゃん。レナ。おじさんが話すからさ」

 

このまま穏便に……なんて事では済まないと判断したお姉が、圭一を制して前に出る。こういう時の魅音の立ち回りは、流石は次期当主なだけはあった。

でも、そこで限界だった。私が、限界を超えていた。

 

「あのさ……さっき部屋で言ったじゃん? 詩音に隠してた事があるって、」

「それ以上言わなくてもいいです、お姉。……っていうか、だいたい予想できてますし。大方、葛西を使って私に電話して、なんかビックリな話でもでっち上げようって魂胆ですよね? 見え見えなんですよ」

 

そう言いながら私があからさまにため息を吐くと、圭一は図星だった事を体現するかのように、たじろいだ。

 

「し、詩音……お前もしかしてエスパーかよ!?」

「まー、そんなところです。……なーんて、くすくす。お姉の考えは大体読めちゃうんですよねー。なんたって双子ですし」

 

そこで葛西が笑ったかのように見えたが、今は置いておく事にする。

 

「んで、まーそんな事は正直もうどーでもいいんですけど……お姉との誤解も、さっき解いて来ましたし。でも、レナさんはそれだけじゃ納得いかないんですよね?」

 

私の問いに、レナは笑って返した。

さっきから一体何が楽しいのか、レナのその余裕ある笑みが、私を一層掻き立てる。

 

「仲間がどうの、でしたっけ? …………正直に言いますけど、私ゃ、あんたらの事なんて仲のいいお友達ぐらいにしか思ってないですよ」

「——っ! そんな事……!」

 

沙都子が身を乗り出して訴えようとするが、梨花がそっとその肩に手を添えて、優しく制止する。

ぐるりと皆を見渡し、他に誰も反論が無いのを確認してから、私は声を大にして続けた。

 

「いいですか? 私にはね、あんたらに言えない事、隠し事がいっぱいあるんですよ。これでも一応、園崎の人間ですし。お姉みたく、それを全部無いかのように振る舞いながら、さも自分は仲間だー! ……なんて態度が取れるほど、私ゃ器用じゃないんです。それにあんたら、悟史くんを見捨てましたよね……? 私がそれを見て見ぬふりしてあげてるの、分かりません? 圭ちゃんはあの時いなかったから仕方ないにせよ、他のみんなは違うでしょ!? 救えたのに……手を差し伸べられたのに……! あの時、もっと何か出来たんじゃないかって。後悔して……悔しくて、辛くて。でも、誰にも言えなくて………………。それは、きっと今でも同じなんです」

 

そう。

——言えなかった。

言ってしまってもいいと、そう思える仲だったけれども。

——誰にも、相談出来なかった。

差し伸べられた手は、いつも近くにあったけれども。

——それが、辛かった。

その強さが、甘い誘惑が、より一層私を辛くする。

 

……だってこれは、誰にも言っちゃいけない事だから。

悟史くんが生きている事を知って、それでもどんどんすり減って、摩耗していく自分が理解出来ていた。

それを話したくなるような、頼もしい連中が……いつも明るくて、楽しそうで、バカみたいに騒いでて、それでいて強い存在。頼りたい時に、そっと手を差し出してくれる、そんな奴らだった。

そんなのが常に側にいるのに、絶対に頼れない。それが……寂しかったんだと思う。どこか距離を取っていて、どこかで混じろうとしなくて、どこか…私だけ浮いていたんだ。

そんなのを私は仲間だなんて、どこかでそう、認めていたのかもしれない。

距離を置いて、理由を作って、そんなの仲間でないと言い聞かせて。でも結局、私はいつも彼らと共にいたんだ。……それが答えなんだろうと、私は分かっていた。……辛いと震えている弱い自分が頑なに、認めなかっただけで。

 

いつの間にか震えていた自分の声に流されないよう、感情だけは両腕で離さないように掴む。だから、痛いくらいに拳を握っていたけれど、感情は驚くほどに落ち着いていた。

でも、次の声が出ない。言いたい事がありすぎて、それが濁流のように押し寄せて詰まってしまう。

そんな私をずっと見ていた、聞いていたみんなが……最初は圭一が、続いてレナが、沙都子が、梨花ちゃまが、魅音が。そっと、手を差し出してくる。

 

「詩音が俺たちに何かを隠してるのは、みんなが薄々気づいてるよ。でも、誰も無理に聞いたりしないだろ? そんな必要、無いんだよ」

「話したくない事も、別に言わなくていいんだよ。レナだって、みんなに言いたくない事くらい、沢山あるよ」

「にーにーは、わたくし達の努力が足りなかったから消えてしまった。それはもう、散々みんなで話し合いましたわ。今後はそんな事絶対に起こさないよう、お互いに協力して頑張ろうって、そう決めましたのよ。だから、わたくし達は隠し事があっても無くても、互いに助け合う事だけは忘れない、仲間なんですの」

「……沙都子に同じなのですよ。にぱー☆」

 

沙都子がむっと梨花を見る。そんな沙都子の頭を撫でている梨花を見て、皆に少しだけ笑顔が戻った。

 

「詩音、……その、なんか嫌な事とかあったらさ、いつでも私達に相談すればいいよ。もちろん、言えない事だって多いだろうけど……遠回しに愚痴を聞いてあげるくらい、出来るからさ」

 

ここまでお膳立てされて、まだ私は拒むのだろうか? ……まだ、私は距離を取るフリをするのだろうか。

 

「詩音、もう一度だけ聞く。もちろん茶化すのはナシだ。俺たちは……仲間だよな? そうなら、手を伸ばしてくれ…!」

 

圭一が言うと、みんなの手がグッと近くなる。

隠し事があっても、言えない事があっても……それでも仲間だと言い張る彼らが、私を連れ出そうとしている。私は——

握っていた手を解いて、ふっと息を呑み込み、彼らの手に加わった。仲間と仲間が、互いにその視線を交わした。

 

「改めまして、お姉より可愛い妹の詩音です。仲間として、今後ともよろしくです☆」

「こらー! 茶化すのはナシって言ったでしょー!? 詩音ッー!」

 

そしてみんなでいつもの大笑い。

いつもと変わらない、いつもと同じ彼らと、初めて、心の底から笑い合えた気がした。

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