魔法使いの約束~月と甘い涙~   作:てんてけはなこ

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月と甘い涙

墜落した先はよくわからない。アーサーの障壁のおかげで無事だったが、バラバラに破壊されたエレベーターから這い出してみると、レーザー光線のような光芒が、大接近した大いなる厄災に向けて放たれているのが見えた。

「魔法科学兵団…ということは、中央の国だ」

アーサーが言う。

「破壊されているが、これは中央の塔のようです、賢者様」

「中央の塔…魔法舎まではだいぶあるわ。二人の魔道具、魔法舎にあるし…それに賢者の魔法使いのみんなも、何事もなければ魔法舎で待機しているはず」

「そうだったな、あんたは自分がいなくなった時のことを見越して、あらかじめそう指示していた…しかし、魔法舎の方角からは動きがないな」

「きっとオズが指揮してるのよ。それにしても、鬱陶しいわね、この魔法科学兵団」

「空を飛んだら撃ち落とされかねないな…半年間も行方不明だった王子の私の命令など、おそらく今となっては通用しないだろう。叔父のヴィンセントは魔法科学を信用していたから…」

「低空を飛ぼう、致し方ない。…璃子、荷物を」

「大丈夫、リュックだし。ノートパソコンと補助バッテリーも入ってるし、私が前に抱えてる方がいい」

「じゃあ、とりあえず魔法舎に向かおう。…殿下、ついてきてください!」

 

カインとアーサーの箒は、フルスピードで建物の間を次々とすり抜けていく。

「なんか既視感あると思ったら、カーチェイスのアーケードゲームみたいなんだ」

璃子が、風に目を細めながら言った。

「わかった、新婚旅行は地球だな」

「この状況でそんなこと言う?!」

「約束する」

「魔法使いが約束を破ると魔力なくなるんじゃなかった? 約束は禁止」

「いや、約束する。…絶対にだ」

カインは璃子を抱える腕に力を込めた。

「絶対に俺たちは生き残るんだ。そうだろう?」

左手に魔獣が見えた。

「殿下、右手に回避!!」

「わかった!!」

アーサーが後方で叫ぶ。

どうも、魔法科学兵団の手は魔獣には回っていないようだ。

「愚かな…」

カインは歯ぎしりする。

「避難所の人たち、大丈夫かな…」

「あんたのアイディアだと、地下壕にみんな避難しているはずだ。人通りもない」

どれだけ飛んだかわからない。見慣れた森が見えてきた。

「魔法舎だ!!」

カインが叫ぶ。入口の広場で、魔法使いたちが待っていた。

「賢者様!!」

「カインとアーサー殿下も!!」

三人は箒から飛び降りた。

「何でみんなして…誰もここから移動していないの?」

璃子が言うと、絵の中の双子が答えた。

「我らの予言じゃ。大いなる厄災が沈む前には、必ず戻ってくるとな」

「何があったかは知らぬが、そなたたちは無事なようじゃな」

「全員いるのよね?」

「俺には見えない。殿下、確認してくれませんか」

「わかった」

アーサーは確認して回ったが、

「…オーエンは?」

「…あそこだ」

オズが苦しげに言った。

フィガロの隣に、寝かされている…

カインにも、オーエンだけは見える。

「何があった、オーエン!!」

カインはそばに駆け付けた。

「誰…見えな…い」

「俺だ、カインだよ!! …何やらかしたんだ、オーエン!!」

「ちょっとね…」

「…オズ、いったい何が」

カインが尋ねると、

「魔法舎の近くの避難所に、ドラゴンが現れた。どういうわけかオーエンが単身飛び出していって仕留めたんだが…」

オズは苦々しげに、あちこちから放たれる魔法兵団の光芒を見やった。

どうやら、魔法兵団に狙撃されたらしい。

「なぜ…そこまで俺たちは迫害されなければならないんだ…?」

カインは愕然とした。

さっきも見た。放置された魔獣を。

なぜオーエンが人助けをしたのかもわからないが、人々を単身でドラゴンから守った魔法使いを狙うとは…

「魔法使いが憎いなら…なぜ都合のいい時だけ魔法使いを利用するんだ? 俺には全然、わからないよ!!」

「魔法使いが活躍するのが、都合が悪いんだろうな。…私も、納得できない」

オズは首を横に振った。

「オーエンは、私が助ける」

いつの間にか、璃子がオーエンの傍に立っていた。

「カイン。どきなさい」

「って、璃子、まさか」

「いいからどきなさい!!」

何かにとりつかれたように思いがけない強さで、カインは璃子に押しのけられた。

「何…賢者様…?」

オーエンは目を閉じて、

「もう、眠りたい…」

「バカ、大事な仲間のあんたが死んだら、私が困るのよ!!!」

ばしっと璃子の平手打ちが飛んだ。

続いてガリッと自分の左手に噛みついた璃子は、傷口から血を吸い出す。

「璃子、それは…!!」

カインが止める間もなく、すぐに璃子は、吸い出した血をオーエンに口移しした。

「…何…?」

「飲み込みなさい、今すぐ!! あんた多分、生き血とか好きでしょう!!」

カインも、他の魔法使いたちも、ただ見守ることしかできなかった。

「そこまで…悪趣味…じゃない…」

「うっさいわね、早く飲めって言ってんでしょうが!!!」

迫力に押されたのか、いやオーエンに限ってそんなことはなかったろうが、とにかく飲み込んだようだった。

ふわりとオーエンの体が浮いた。

傷口から、光が漏れ出していく。

ゆっくり体が元の位置に戻った時、オーエンの意識ははっきりした。

「…あんた、何者?」

起き上がりながら、オーエンは聞く。

璃子はさっと靴下を下ろし、紋章を現した。

「私は贄の民です!!」

場がどよめいた。

(あの時の「ごめんね」って、この意味だったのか…!!)

カインは呆然としかけた。

「大いなる厄災が終わったら、煮るなり焼くなり、好きにすればいい。でも…お願い、厄災が終わるまでは、生かしといて…お願い、します…」

「待て、璃子を殺すなら、まず先に俺を倒してからにしな!!」

やっとの思いで、カインは叫んだ。

「いや、私だ。私もカインの側につく」

オズが璃子とカインの前に立ちふさがった。

「待ってください、オズ様。私もです!!」

アーサー王子も並んだ。

「いや、僕も!!」

「私も!!」

ルチルとミチル兄弟が、オズの隣に立つ。

次々に皆が、璃子とカインの周りに集まる。気が付くとオーエンだけが輪の外にはじき出されていた。

「あれ…仕方ない、面倒くさいし、こっちに付くよ。助けられた借りもあるし…」

オーエンが並ぶと、誰もいなくなった。

「…誰も、いないって…」

一番驚いているのが璃子だ。

「みんな…ありがとう…」

力が抜けてしまったのか、その場に座り込んでしまった。

「しっかりしてよ、賢者様。僕も仲間だって、さっき言ったでしょ?」

ニヤッと笑い、オーエンが手を差し伸べる。

「ついでに僕を引っぱたいた女、後にも先にもあんただけだからね、賢者様」

カインは黙って、オーエンの仕草を見ていた。璃子はオーエンの手につかまって立ち上がる。

(この男の冷え切った心にまで、火をつけるなんてな…)

少し、オーエンをうらやましく感じた。

 

次に璃子がしたことは、前回の「大いなる厄災」で傷を受けてしまった者たちの治療だった。が、最初にカインが命じた。

「金輪際、体を切るな!! 血もダメだ!!」

「じゃあ、どうしろっていうのよ!! このままだと双子の魔力も使えないわよ!!」

オズが言い争いに割って入った。

「待て。…贄の民の体は無駄がない。爪でどうだ」

「…あ、そうか。十人分あるわ、そういえば」

「爪なら…まあ…」

カインはしぶしぶ納得した。本当は爪でさえ惜しい気もするのだが。

(自分がここまで、璃子に対して欲張りだとは思わなかったな)

「賢者様の爪、僕に任せてくれませんか?」

最年少のミチルが申し出てきた。

「さっきは血だったから即効性があったんです。でも、爪のままだと有効成分が溶け出しにくいと思うんです」

ミチルは製薬が得意だ。

「粉末にして魔法使いのシュガーに混ぜて、丸薬にすれば、きっと…」

「分かった。任せたわ、ミチル」

璃子に任せると生爪もろとも引きはがしそうな気がして、カインは手ずから慎重に爪を削った。

「急いでよ、カイン」

「分かってるって。動くなよ、切りにくい」

ようやく集まった爪のかけらとシュガーを瓶につめたミチルはよく振り混ぜてから呪文を唱えた。

「オルトニク・セアルシスピルチェ!」

ふわっと薬瓶が浮き、数回転してからミチルの手に戻った。

見た目は小粒の魔法使いのシュガーと変わらないが、ぼんやりと蛍のような光を帯びたものが出来上がった。

「できました賢者様! 前回の大いなる厄災の傷、治せるのかな…?」

「できそうね。とりあえずカインで実験してみましょうか」

「待て、俺を実験台にするなよ!!」

だが、贄の民の効能は想像を超えていた。

カインは目が治っただけではなく、魔力が増した感覚もしていた。

(この状態で、あのクサナギノツルギを使えば…普段の二倍は出そうだ)

「うわ…見えてないうちは何ともなかったけど、改めて見ると…男ばかり21人もいるのってむさ苦しかったんだな…」

「話に聞く騎士団の頃よりはマシなんじゃない?」

「そうだけど。…って、準備しなきゃ。殿下、急ぎましょう!」

カインは自室に駆け戻り、騎士の正装に剣を吊るした。

クサナギノツルギに触れられる職人が全く見つからず、手製の鞘だが、そんなことはどうでもいい。

カインが戻ると、アーサー王子も正装に魔道書を手に現れた。

「もうじき、厄災が傾きはじめるわね」

用意をしている間に、璃子が作戦の説明をしていたようだ。

「どうだ、璃子」

「うん、大体の位置確認をしてたんだけど、魔力を一点集中させる方法をちょっと考えてたの。…この印刷用紙を拡大して、実際の大いなる厄災の横に、見かけ上同じ大きさに見せるように出来たら、うまくいきそうなんだけど」

「それなら私が。授業で、地図を拡大して子供たちに見せたりしていましたから」

教師だったルチルが立った。

「じゃあお願いするね。後はタイミングだな…だーれーにーしーよーうーかーな」

「あのなあ、すぐに俺に頼めよな。号令なら騎士団で慣れてるんだから」

「あ、そういえばカインがいたわ」

「そういえばって、何だよ!!」

「夫婦喧嘩は後にしろよー」

ネロの茶化しにみんな笑った。

(…不本意だが、これでみんなリラックスできたようで、良かった)

ふう、と自分でも息をする。だが。

「あれ、ムルは? さっきまでいたじゃないか」

「私の爪のかけらを飲んだ時はいたはずなんだけど…」

シャイロックがハッとして立ち上がった。

「厄災の傷が治ったムル…もしかしたら、厄災を消されるのを恐れて…」

「そうか…「大いなる知恵者」に戻ってしまったとしたら…」

魔力の計算が合わない。

「どうしよう…」

璃子は青ざめた。

「…俺が二人分、受け持つ」

「え?! 無理よカイン、負担が大きすぎる!!」

「ヤマタノオロチの時の剣がある。あれで俺の魔力を強化できる。だから問題ないさ」

笑ってみせる。

「…あんたの笑顔って妙ね、根拠もなく、何とかなりそうな気分になる」

「何だよ璃子、今更だろ」

大きく傾きかけた大いなる厄災。

「いよいよだわ!! …魔法科学兵団も全くの無駄じゃなかった、とりあえず軌道は思ったより近づいてない。でも前回よりは近いから、何やってんのよって感じだけど。…カイン、お願い!!」

「じゃあ、ポイントAに向けて、第一回目!!」

カインが号令をかける。

一気に放たれた魔力。ぐわっと大いなる厄災は動く。

「第二回目、ポイントB!!」

大いなる厄災が、がくっと揺れる。

「ポイントCだ!!」

おかしい、声がかすれる。

さっきまで漲っていた魔力が、急激に低下するのをカインは感じた。

「カイン、どうした?」

フィガロに聞かれる。

「何でもない。いくぞ、みんな!!」

 無理に声を張り上げて、号令をかけた。

ガッと魔力が大いなる厄災に食い込む。軌道はずれ込み、璃子の計算通り重力が大いなる厄災を引っ張りにかかった。

だが、

「おかしい、パワーが足りないわ」

璃子が不安そうな声を出す。

 「さっきまで順調だったのに。…カイン?!」

 ふらっと倒れこむ。

 「カイン、しっかりして!! …二人分の魔力なんか、無理だって言ったのに!!」

 「…いや、おかしいんだ…急に吸い取られたみたいで…」

 カインは無理に起き上がろうとする。

 「多分…クサナギノツルギの守護が、なかったら…魔力全部、吸い取られてたかも…」

 「…知恵者のムルだわ。きっとムルがあんたに刃を向けたのよ」

 そしてフィガロに、

 「魔力回復の薬草茶、濃い目に出したやつ用意してあるでしょ? あれ持ってきて!!」

 「わかった。あんたの爪のかけらで作ったシュガーもだいぶ残ってるから、飲ませた方がいいかい?」

 「そうね、お願い。…他のみんなも、念のためお茶を!! 軌道が近すぎる恐れがあるわ!!」

 「スイングバイをするまで…あと何分だ…?」

 カインはそれが気がかりだった。お茶の効果は10分経たないと出ない。

 「そうね…この惑星は小さいから、15分とみていい」

 「分かった」

 カインは何とか半身を起こし、お茶と追加のシュガーを流し込んだ。

 「ふう、何とか一息つけた…」

 しかし15分。ギリギリだ。

 璃子が出した計算通りに行かなかったら、スイングバイをして戻ってきた大いなる厄災に、再び魔力をぶつけなければならない。

 璃子はノートパソコンを起動させ、再計算を始めていた。

 間に合え…と、カインは祈ることしかできない。

 (悔しい…)

 そろそろ、魔法使いたちに魔力が戻りかけている頃だった。しかし、面々にも奇妙なことが起きていた。

 「魔力が、戻らない…!!」

 ファウストが顔色を変えた。

 「みんなはどうだ」

 「私も、なぜか…さっきほとんど使い果たしたはずなのに…」

 ラスティカもさすがに焦っている。

 「俺もだ。なぜ…」

シノが悔しそうな顔で手を見つめている。

 「ムルだ、ムルの妨害だ…大いなる知恵者に戻ったムルが、我々の邪魔をしている」

カインはそう言いながら、何とか立ち上がる。追加で飲んだシュガーの効果まではムルも計算に入れていないようだ。

ムルは姿が見えない。普段のムルもいない。見えないからこそ、恐ろしい。

 (となると…まともに魔力を出せるのは、俺一人…か)

 カインの魔力は強い方ではない。むしろ剣技の方が圧倒的に強く、魔法を使って戦うことは少ない方だ。

 まして、先の三回で皆、疲れ切っている。

 (だが、その全員の魔法を合わせなければ、大いなる厄災は、倒せない)

 「計算、出たわ!! ここのポイントに魔力を集中させて!!」

 ルチルが、モニター画面を空に投影する。

 「分かった。我々の残っている魔力を全て、出し切ろう」

 オズが厳かに言う。

 「もし石になったとしても、我々賢者の魔法使いの名を、永遠に刻むために!!」

「…来たわ!!」

 ぐわりと、スピードを上げた大いなる厄災が顔を見せた。璃子が叫んだ。

「やっぱり、元の軌道に戻ろうとしてる!!」

迫る巨大な災厄は、まるで生き物のようだった。いわば、巨大な魔物だ。

璃子の計算では、斜めの角度から削り取るようにパワーを、できるだけ強く当てなければならない。

「いくぞ!! スリー、ツー、ワン…ゴー!!」

「グラディアス、ラリア、カメリアート!!!」

誰かの声が、賢者の魔法使いたちの唱える呪文に被さった。

どん、と背中を押されるような感覚を、カインは感じた。

今までに感じたことのない高揚。

自然に、ごく自然に、今まで出したこともないような強力な魔力が放たれていく。

(これは…援護魔法…? しかも強力な…)

 ぐっと、パワーを段違いに増した皆の魔力が一点に食い込むと、さすがの大いなる厄災も軌道を変えた。

 破片が舞い、漂う。

 破片は大気の中に吸い込まれ、流星雨となって消えていく。

 そして、軌道を大きく逸らされた大いなる厄災。もう、戻れない。

 もう、戻ってくることはない。

 永遠の旅に出たのだ。

 呆然と、皆は遠ざかっていく大いなる厄災を見守った。

 真っ先に、我に返ったのはカインだった。

 「…璃子!! あんたは…!!」

 だが…璃子はいなかった。

 いないのではなく、地面に倒れ伏していた。

カインは急いで抱き起こすが、戦死した仲間を抱き起こした時の感覚に似ていた…だらりと垂れ下がる、手足、首。

脈を取ろうとして手首を握ったが、力なく滑り落ちていった。

 オズも近づいて、かがんで見てから、言った。

 「…だめだ、こと切れている。どういうわけか…我々に向けて強力な援護魔法を使ったのは、賢者だ」

 「そんな…」

 (約束、したじゃないか。必ず生き残るって…)

 呆然と、目から涙が自然と溢れた。

 カインの涙が、璃子の顔を濡らした。

 乾いた唇に、一滴。

 ゆっくりと、沁みていく。

21人の仲間を守るために、なぜ璃子だけが犠牲にならなければならなかったのか。

あんたのことは、俺が守る。

何度言ったかわからないセリフだ。

確かにカインは、璃子を守り続けてきた。

しかし、最後に守られたのは…

「なんで…最後まであんたが引き受けるんだよ…!!」

 「…ばーか」

 その時、璃子の唇が動いた。

 「え?」

 「何泣いてんのよ…生きてるんだけど」

 「璃子?!」

 カインは慌てて袖で涙を拭った。

 「…バカな。確かに賢者はこと切れて…」

 オズは目を疑っていた。

 「…めちゃくちゃ眠かったのに起こされた。カインのバカ」

 目を開けることもできず、体に力は入らないようだったが、確かに璃子は息を吹き返したのだ。

「…あんたの涙って、甘いのね」

 唇の端が少し上がって、そんなことを言う。

 「甘い、って…?」

 カインが聞き返すと、オズが納得したように呟く。

 「…カインは二度、賢者の爪のかけらを飲んでいる…賢者の贄の民としての力が、涙に滲み出たのだとしたら…」

 「あのさ…そんなことより…足、熱いんだけど…カイロかなんか当ててんの…?」

 「え? いや、そんなものは…」

 「待て!!」

 オズが膝をついて、璃子の足を見た。

 「…信じられん」

 「どうしたんだ、オズ」

 「…五千年前にいた、大賢者エリアナの紋章に変わった…」

 「大賢者?! …もう璃子は、贄の民ではない、ということか…?」

 「そういうことだな」

 「オズ、大賢者エリアナとは…?」

 「元は地球とこの世界はひとつだったらしい。魔法使いとの共存を願う一派と、人間だけの世界を望む一派とに世界が真っ二つに分かれた。二つの世界に引き離したのが、大賢者エリアナだ…」

 「じゃあ、俺の予測は合っていたということか…」

 「その話はあとでゆっくり聞こう。ともかく賢者…いや、大賢者を寝かせる方が先だ」

カインはしっかりと璃子を抱えなおした。

 ふと、少し離れたところにムルを見つけた。ぼんやりとした顔で、遠ざかる大いなる厄災を見つめていた。

 「…ムル」

 カインは小さく呼んだ。

 「あんたは負けたな…」

 「負けたって、何が?」

 ムルはきょとんとした顔で振り返った。

「ムル?!」

 「…賢者様、どうしたの?」

 「いやそんなことより、ムル、どこ行ってたんだよ!!」

 「わかんない。気が付いたらここにいたんだよね。で、大いなる厄災にさよならしてたとこ」

 「大いなる知恵者ムルも…大いなる厄災と共に、去ったようだ…」

 ぽつりとオズが言った。

 

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