魔法使いの約束~月と甘い涙~   作:てんてけはなこ

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終幕

終幕 改

 

 賢者の魔法使いたちは、疲れ切ってはいたが、璃子が眠りから覚めるまで気が気ではなかった。丸一日、璃子は眠っていた。

 初めての魔法で、一度死んでしまうまでの魔力を使い切ってしまったのだから、無理もない。

 大賢者エリアナの話を、カインはオズから聞いた。

 5000年前。

 オズが生まれるよりも遡ること3000年のはるか昔。

 人間は争っていた。人間と魔法使いの共存を求める派と、人間だけの世界を求める派と。

 争いのために無差別大量殺戮兵器が作られ、用いられた。

 そのパワーを利用して、二つのパラレルワールドに世界を引き離したのがエリアナだった。人間だけの世界と、魔法使い・人間の共存社会に。

エリアナは、大賢者と呼ばれるようになったが、間もなく姿を消した。魔力を使い果たして普通の人間になったのだろうという者も、世界を分けなくてはならないほど人々が争ったことに嫌気がさして、どこかに隠れたのではと言う者もいた。

 いずれにせよ、薔薇の花に似た印象的な文様の記憶だけを人々に残して、大賢者エリアナは姿を消した。

 「少なくとも、死んだという噂は聞いていない」

 「まだどこかで生き延びている可能性もあると?」

 カインは、大賢者エリアナが存命なら、会いたいと思った。

 「まあ、魔法使いは長命だから…しかし、5000年生きているというのは難しいかもしれないが…」

 「最後に大賢者エリアナがいた場所がどこかは、覚えていないか?」

 「さすがに私でも無理だ。私の方がずっと年下だからな」

 「オズより年上の人だとすると、確かに難しいな」

 カインは苦笑した。

 「しかし皮肉なものだ…魔法使いとの共存を選んだはずの世界はまた、魔法使いを差別するようになったし…璃子の話だと、人間だけの世界、地球もまた、各国が原子力発電所や核兵器を造り出して自らの首を絞めている。これをどう思うか…大賢者エリアナが知ったら、どんな顔をするんだろうな、オズ」

 そこまで話した時、璃子が目を覚ました。

 「あれ…ここ、私の部屋…?」

 既視感のある台詞に、カインは少し笑ってしまう。

 「ああ。…具合は大丈夫か」

 「うん…それよりお腹すいた」

 「腹が減っただと? 目が覚めてすぐ、それかよ」

 「まあ、待て」

 オズが魔法の砂糖菓子を作り、璃子の口に含ませた。

 オズの魔力だから、効果はかなりあるはずだ。オズは残りをカインに預けた。

 「少しの間はそれだな。力がついたら食事をさせるといい」

 それだけ言うと、オズは部屋から去った。

 「だ、そうだぞ。大賢者様」

 「…ぼんやりしててよくわからなかったけど、大賢者って何よ」

 カインは、オズの話を繰り返してやる。

 「わざわざ紋章なんか出なくても、あんたは立派に大賢者だと思うぜ、俺は。大いなる厄災をぶっ飛ばしたんだから」

 「成功したのはみんなのおかげよ。私じゃない」

 「最後の援護魔法がなかったら、大いなる厄災はひどいことになってたぜ」

 「あれ、何だったんだろう…よく覚えてないんだけど」

「グラディアス・ラリア・カメリアート。これがあんたの呪文だ」

「えーと…前半がカインと同じだったってこと…?」

「そうみたいだな」

「だからクエン酸が出来たのか…」

「おっと」

人差し指を璃子の唇に当てる。

「もうクエン酸はたくさんだからな?」

くすっと璃子が笑う。作る気だったらしい。

 

 もう、大いなる厄災は無い。

 信じる人も信じられない人も、巨大な「大いなる厄災」が存在しなくなった空を見上げて、喜ぶ前に呆気に取られた。

 知恵者ムルではない方のムルは、早速魔法舎の屋上で観測を始めた。新しい月にするべき小惑星を探すためだ。本人はとにかく面白い形でキラッキラにしたかったようだが、オズに却下され、宇宙塵からとった素材を球形にまとめる方向で話が進んでいった。

 そして間もなく、新しい月を人々が見上げることになった。ムル曰く「つまんない球形」の小さく輝く月をだ。

 ただムルは今度は、土星の輪のように輝石を月の周囲に敷き詰めるというアイディアに取りつかれ、大量の輝石をどうすれば手に入れられるかを考えているようだ。

 「確かに輪のある月は面白いかもね」

 璃子はムルのアイディアが実行されるのを楽しみにしているらしい。

 「地球の月にはそんなのなかったぞ」

 カインとしては絵的にどうかと思う。

 「あれは地球だから、これはこの世界だから、それでいいのよ。ウサギさんがいる月は地球だけのものだから」

 「ウサギがいるって話、璃子から聞いてないぞ」

 「言わなかったっけ? 満月だと、モチついてるウサギが見えるんだよ?」

 「え???」

 カインは面食らった。月には生命は存在しないと、確か…

 

 質量の釣り合う月が新しく出来たところで、ようやく「賢者と賢者の魔法使い」は5000年の役目を終えることとなった。魔法科学兵団がほぼ役に立たなかったことは、民衆がよく知っていたし、そもそも魔法とは心でコントロールする有機的なものなのだと知れることにもなった。

 改めて、魔法使いと有機魔法、マナ石から機械的に取り出された科学魔法について論じられることになりつつあるが、魔法使いの居心地は、以前よりは良くなった。

 中央の国では、魔法科学兵団と、騎士団の対立がはっきりし始めていた。科学魔法を使う兵団と、鍛錬された騎士で構成される騎士団は、両立が難しい。

 「人の家に無断で入り込んだ人に無差別で攻撃するか、とりあえず人が出て対応するかの違いみたいなもの…かなあ。ちょっと自信ないけどな」

 魔法舎のカインの部屋で、以前のようにカインの寝酒に付き合って隣に座る璃子に、カインはそう言った。

 魔法使いであり騎士でもあるカインの立場は微妙だ。それは魔法使いであり王位継承者であるアーサー王子も同じではある。科学力の恐ろしさを学んだところでもあるが、一方的に魔法科学を否定することもまた危険だという考えでは、カインもアーサーも同意だ。

 「そういえばカイン、騎士団の件はどうなるの? 騎士団長の地位剥奪って、単に魔法使いだったからだけど」

 「その、単に…がすごく難しいんだよな。その線引きで終わる問題じゃない。騎士団は長年の歴史、人間だけで構成されてきたものだし、俺自身今回の件で相当に魔力をつけてきてしまったから、剣技だけで決着をつけられるかどうかというところが、信頼されるかわからない。ま、名誉顧問みたいな地位は貰ってきたよ。剣の腕鈍らせたくないってアーサー様に話したら、そのくらいなら許されるだろうって」

 「名誉顧問って、なんか引退したおじいちゃんみたいなんだけど」

 「だよなぁ…まあ、剣を教えるという意味では騎士団長やってた時と変わりはしないけどな。アーサー殿下の直属の騎士という立ち位置で、今はやってるけど、多分それで固定されるんだろうな…殿下も俺も魔法使いだから、長い年月生きなきゃならないから」

 「そういえば私の寿命ってどうなるわけよ。呪文は貰ったけど」

 「大賢者エリアナがまだ生きているとすれば、相当長いんだろうな。俺としては生きていてほしい。今回の騒動で表舞台に出てきてほしいと思ってる。…聞きたいんだ、二つのパラレルワールドに俺たちの世界を分けた時の話を」

 「地球とこっちとどちらにいるかも分かんないもんね…あ、そうだ」

 璃子はぱっと手を出した。

 「忘れてた。エンゲージリング!!」

 「こら、出すのはそっちの手じゃないだろう」

 「え、マジで買ってきててくれたの? まだだろうなーって思って言ってみたんだけど」

 「いいから、左手出せって」

 左手の薬指に、そっとはめてやる。

 「よし、サイズわかんなかったから自信なかったが」

 「ざ、雑だなあホントにもう…あれ、これって」

 「ダイヤモンド買えないほど貧乏なわけじゃないぞ。意味があるんだ」

 「そっか、ムーンストーンか…何となくわかった、これを選んだ理由。ありがと」

 「分かるならいい」

 キスをしようとしたら、璃子に止められた。

 「ちょっと待った!!!」

 「…何だよ」

 「拗ねないの。…ひとつ、重大なお願いがあります!!!」

 「重大って…ものによるぜ? 何しろ一度死んでるだろ、璃子」

 「大学だけは行きたいの!!!」

 えーと、と指を折って、

 「二年です二年!! 単位は今からめちゃくちゃ頑張って、えーと、一留の四年生できっちり卒業して帰ってきます!!!」

 「なんだ、そんなことか。学校途中はそりゃ…え、二年間?!」

 「二年間会わないわけじゃないよ。往復手段、あるんだし」

 「ああ、そうだったな」

 心臓に悪い。

 「そのためにアミュレット、オズにもう一つ作ってもらってたんだから。というわけで、寝酒は明日からうちに来て飲んで帰って。そうすれば毎晩会えるでしょ」

 「璃子の家は酒場か?!」

 「おつまみ用意してお待ちしてますよー」

 璃子は笑った。カインの好きな、たった一人の笑顔。

 (この笑顔を守るためなら、俺は地球で見た月になれる、…きっとだ)

 そっと、唇を重ねた。

 

厄災は去った。だけど、人間は愚かだ。

それはカインの世界も璃子の世界も変わらない。

(この先生きるとしたら…人間の選択が愚かでない方に手を貸す、そういう生き方になるんだろう。ただ、愚かか賢明かの判断は、俺一人では決めてはいけないことに違いない。それは、璃子もきっと同じなんだろうな)

目の前の幸福だけに溺れきらないよう。

足元の暗闇だけに怯えきらないよう。

今我々が立つこの星に落ちる涙を、見落とさぬよう。

(たった一人のありふれた男でしかない俺の手には負えない、そんな気もする。だが…想像することはできる。この道の先がどこに続くのかを)

何時かの日、カインは地球の月を眺めながら、そんなことを考えていた。

 

To be continued to …

 

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