魔法使いの約束~月と甘い涙~   作:てんてけはなこ

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クサナギノツルギ

 カインが昼食の席に璃子と二人で降りていくと、やっぱり皆の視線が痛い。

 非難で痛いというより、好機の視線に変わったと言うべきか。

 いつもの隣同士の席につくと、一瞬ざわっというような空気に包まれた。

 (これは、昼食も消化に悪いな…)

 カインがそう思ったとき、璃子がぱんっと手を一つ鳴らした。

 「ちょっと注目して。…今日から訓練の内容が変わります。昨日私とオズで相談して、あなたたちが知らない魔物を準備したの。知ってるのもあるかもしれない…サーペントやドラゴンは知ってると思うけど。どうも大昔にここに来た賢者がここで見て、地球に戻った時に伝説として残したみたいね」

 「賢者様、つまり地球の魔物ってことですか?」

 頭の回転が速いミチルが言った。

 「そういうこと。神話の魔物で私が覚えてるものはほとんど入れたわ。私のイメージを参考にしてもらったけど、イメージじゃなく実体化する。つまり本物の未知の魔物と戦うことになるわけ」

 「…自分たちの幻影と戦うのも既知の魔物討伐も飽きた頃だろうと思ってな」

 オズが補足した。

 「厄災を経験したことのない若い魔法使いも多いが…前回の厄災では、厄災そのものの接近が大きすぎて、封印されていた魔物が数多く解き放たれてしまった。賢者は次回の大いなる厄災はもっと危険なことになると予測している。それを見越しての訓練だ」

 「まだ大いなる厄災の時までは半年あるけど、できるだけ早く備えておきたいの。前回の厄災であれだけの被害が出てしまったのは、いつもの厄災だと思っていた魔法使いはもちろん人間も、油断していたからよ。あらかじめ備えておけば、ある程度は確実に被害を前もって防ぐことが出来る。アーサー、人民に避難所や危機対策について周知しておいてもらう件については、進捗は?」

 「中央の国については、すでに徹底しています。各国の王に手紙も出して、中央の国と同様にするように促しています。何でしたら、私自身各国を訪問する心構えはできています」

 「ありがとうアーサー」

 まだ少し泣きはらした跡が見えるが、カインはこのように堂々と自分自身の言葉を述べる凛々しい璃子の姿も好きだった。たまに話を聞き洩らしていて、叱られるが。

 「それと…考えたくはないけど」

 璃子は一瞬口ごもるが、すぐに凛とした声で付け加えた。

 「私が大いなる厄災の前に地球に戻ってしまっても、賢者の魔法使いの誰かが欠けてしまっても臨機応変に対応できるように、司令塔の役割を誰もが取れるようにという訓練も含みます」

 「えっ、私もですか?」

 まだ若い魔法使いの一人、リケが驚いている。

 「そういうこと、向き不向きがあるのはわかってるけど、誰もが司令官の役割を果たせるだけの判断力を身につけてもらいます。そういった方が正確ね」

 「…めんどくさい」

 「全員もれなくお願いします」

 オーエンの呟きはあっさり璃子に流された。

 「失礼ですが、賢者様。そういったことはオズ様に一任されたほうがよろしいのではないでしょうか? 魔法が使えないのですから、判断をお任せしたらと」

アーサー王子が口をはさんだ。。

 「アーサーの言う通り、夜はオズは魔法が使えないし、スノウとホワイトも絵に閉じ込められてしまうから、結果的にオズに任せてしまうかもしれないけど、瞬時の判断力は誰もかれも必要。オズから離れた場所で戦うことになったらどうするの?」

 「なるほど…」

 アーサーが頷いたのをきっかけに、璃子は席に座りなおした。

「さて、昼食いただきましょ。あー、お腹すいた」

 璃子はナイフとフォークを手に取って、ようやく笑った。

 その笑顔を見て、ようやくカインも少し安心できた。場の空気も和やかなものに変わった。

 (良くも悪くも、魔法舎の雰囲気は璃子中心に回っているのだな)

 自分という立ち位置の、新たな部分での難しさを感じた。

 

 昼食後、オズの案内で、魔法舎に近い広い草原にやってきた。

魔法使いたちは、次々と箒から飛び降りて集まる。

「で、どうするの賢者様。誰が第一回目の司令官? …まさか、俺?」

クロエが自信なさそうに聞いてくる。

「俺がやりたい。いいだろ、賢者様」

シノはやる気満々だ。

「ごめんシノ。第一回目はカインです」

「え?」

ざわつく魔法使いたちをたしなめるように、璃子は告げた。

「もう一度言います、第一回目はカインです」

「それって何か意味あんのかよ、賢者さんよ」

ブラッドリーがどこか探るような口調で言った。確かに、朝あんな騒動をカインが起こしたのだから、当然ではあった。

「意味はあるわ。私は暇を見て前回の大いなる厄災の詳細を調べてきたんだけど、最前線で戦って生き残ったのはカイン一人だけです。あと、騎士団長としても戦争の場数は踏んでる。記録を調べたら、カインの判断で起死回生をはかった戦闘がいくつも見つかりました。…いわば、カインは今後の手本として。納得できた?」

「うむ…」

さすがのブラッドリーも理解できたようだ。

カイン自身は、嬉しさを隠すのに精一杯だった。自分を正しく評価してくれただけでなく、ここまで大いなる厄災に本気で立ち向かう賢者も初めてかもしれない。また、ここまで客観的に理性的に物事をとらえられる女賢者は少なかっただろうと思う。

(やはり、稀有な人だ…この人に魔力があったら、俺は負けるかもしれないな)

地球人で、魔力が使えないことが惜しいと思う。

笑みが浮かびかけるのを、えへんと咳払いで誤魔化し、

「話は決まったんだな。じゃ、どんな風に進めるんだ?」

カインが言うと、璃子はオズから球体を受け取って、カインに渡した。

「…何これ?」

「サイコロ。振った目の魔物が実体化する仕組みになってるの。できるだけ遠くに投げないと、近くで転がすと魔物に踏み殺されるわよ」

「物騒だな、これ」

「しかもほとんどが未知の魔物だから」

「仕方ない、投げるか…」

「カイン、準備するまで待って出てくる魔物なんかいないからね?」

それもそうだ。とりあえず、タイミングも何もなく、やみくもに放ってみることにした。

放った球体が地面に触れた瞬間、まばゆい光が周囲を照らした。

そこに現れたのは…

「ああ、ヤマタノオロチね」

「なんだ、こりゃあ?!」

思わずカインは絶叫した。巨大な蛇体に八つの頭。しゅうしゅうと瘴気を噴き上げながら、こちらに近づいてくる。蛇嫌いのカインには悪夢そのものだ。

「いっとくけど、そのサイコロは完全にランダムだからねーっ!!」

危険の低そうなところに逃げ込みながら、璃子が叫んでいる。

わざとじゃないと言いたいようだが、ちょっとカインにはタイムリー過ぎた。

蛇は大嫌いだが、そこは腐っても騎士だ。多少鳥肌は立ったが、その場に踏みとどまり正面から向き合う。

「何。こんな弱そうなの。僕一人で…」

「いや、オーエン。俺に任せろ」

「ちょっと待て、オーエン、シノ!!」

カインは魔物を眺め渡し、ふと思い出した。八つ頭ではないが、中央の国に伝わる、三つ頭の竜の伝説だ。

(確か…あれはひとつ頭を切り落とせば四つに増えるってやつだった…)

「おいみんな、こいつ、八か所の頭に同時にダメージ与えなきゃダメなやつだぞ、きっと!!」

カインは叫び、その場にいる魔法使いの陣形を一瞬で見て取ると、

「ルチル、ミスラは一番左から数えて一番目!! 二番目はファウストとオーエン…」

と、担当を素早く割り振る。

「スリー、ツー、ワン、ゴーの合図で破壊魔法を!!」

カインも剣を抜いた。

「いくぞ、スリー、ツー、ワン…ゴー!!」

タイミングがバラバラだ。いびつに潰された頭から、新しい頭が生えてきた。

「失敗だ…みんな息合わせろ!!」

「カインさん…新しい頭、さっきより強そう…」

戦闘経験の浅いミチルが心配そうに言う。

「大丈夫だ、複数人の魔法を同時に使ってる。だが…今度こそ呼吸を合わせないとやられるぜ。みんな、これは模擬戦じゃないんだぞ!!」

再度、カインが号令をかけた。

今度こそ。

「スリー、ツー、ワン…ゴー!!」

一気に、皆からフルパワーの魔力がほとばしり出る。ある頭はへしゃげ、ある頭は吹き飛び…蛇体は崩れ落ちて、地響きがした。

ようやく仕留めた。

カインはほっとして、肩で息をついた。

「なんなんだこいつ…ともかく、倒せて良かった。みんな、ありがとう」

「お疲れ様、みなさん」

オズの箒に乗せてもらって空に避難していた璃子が、オズとともに地上に戻ってきた。

「ヤマタノオロチは、頭を一つ切ってる間に再生する魔物なの。ウィークポイント、よくわかったわね、カイン」

「何、前に読んだ似たような伝説を思い出しただけだ。これはどこの魔物なんだ?」

「私の住んでた日本の神話に出てくるの。…あ、そうだ。オズ、これ実体化してるってことでいいのよね?」

「…ああ。死体の始末がちょっと面倒だな」

「としたら、カイン限定でご褒美があるわ」

「え? なんで俺限定?」

「ヤマタノオロチのしっぽ、切り裂いてみて」

言われた通り、剣先で慎重に裂いていった。

何か、カチリと音がするものにぶつかった。

(金属…?)

更に裂いていくと、一振りの剣が現れた。

取り出してみる。普通の剣のようでいて、全く違った。

「これは…? すごい魔力を感じるんだが…」

今までに感じたこともないほど強力な魔力だ。

攻撃だけでなく、持ち主を守護するような力も含まれていた。

璃子を振り返ると、説明してくれた。

「クサナギノツルギ。天の三姉弟のうちのスサノオノミコトが、ズタズタにしたヤマタノオロチから取り出したもの。アマテラスの孫のニニギノミコトが地上に降りた時、この剣を使って日本を平定したと伝えられているの」

「なるほどな…」

英雄が身につけていたのなら、この魔力の意味がわかる。

今まで使っていた王家の恩賜の剣より、はるかに鋭く、何より強力な魔力を秘めた剣。

「これ…俺が使っていいのか?」

「使えるのカインしかいなくない?」

確かに、これは並の者では触れることすらできないだろう。剣の感触が、そう伝えている。

「いいなあカインだけ。俺らのご褒美になる魔物はねぇの?」

うらやましそうにカインを見ながら、ネロが言う。

「あんな魔剣でなく、包丁でもいいからさ」

「包丁が中に入ってる魔物…いたかなあ。倒すと貴重な薬になるとか、宝石が手に入るやつはいたかもしれないけど」

「おっ、それの時俺が指揮とるぜ!!」

「ブラッドリー、残念ながらランダムだから」

「ちぇっ」

笑いの輪が広がり、魔法使いたちもようやく緊張が解けたようだった。

 

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