璃子を探していたら、すぐ見つかった。
「カイン何してたの。朝食に来ないから、ネロがぶつくさ言ってたよ」
「ああ、俺も璃子を探していたんだ」
「私も探してた。ラスティカは図書室だっていうから見に行ったらいないし、部屋を覗いてもいないし。…あ、脱ぎっぱなしの服はクローゼットにかけときましたー」
「行き違いになったんだな、すまなかった。…それはそうと、璃子に見てもらいたいものがあるんだが」
「その前に、相変わらず部屋を散らかしてた反省は?」
「…ごめんなさい」
「ならよし。とりあえず食堂行こ。そこで見るから…」
と、その時だった。
「あううっ!!」
突然、璃子が悲鳴を上げた。
「ど、どうした?!」
「足が…痛い…」
左の脛を押さえている。
「怪我じゃないよな?!」
璃子は必死で首を横に振る。カインは賢者の書の写しをポケットに突っ込み、駆け寄った。
とりあえず患部を見ようと靴下を脱がせようとしたが、
「ダメーッ、痛いからやめて!!」
押さえていないと耐えきれない痛みらしい。カインはうろたえたが、フィガロの存在を思い出し、璃子を抱きかかえた。
「今、フィガロのところに行くから、しっかりしろ!!」
「………」
がくりと璃子の首がのけぞった。痛みのあまり失神したらしい。
こうなったら走っている暇はない。転送魔法を使った。
いきなり部屋に現れたカインに、フィガロは少なからず驚いていた。
「ど、どうしたんだい、いきなり」
「どうでもいい、とりあえず俺に触れてくれ、見えない」
「わかった」
肩に触れられると、ようやくフィガロを認識することが出来た。
「璃子が、急に足に痛みを訴えて…」
それを聞いて、フィガロは一瞬で医師の顔になった。
「患部は?」
「左の脛のようだが、靴下の上から彼女が押さえて離さないから、よく見られなかった。今は失神している」
「そんなに痛がってたのか…ベッドに寝かせてやって。あと、痛み止めの薬草を使うよ、いいかい?」
「ああ、失神から覚めても痛くないようにしてやってくれ」
「とりあえず、準備している間に靴下を脱がせてくれるか、くるぶしまででいい」
「わかった」
カインは手を伸ばし、靴下をそっと下ろした。
そして、ぎくりとした。
顔から一気に血の気が引いていくのが、自分でもわかる。
(贄の民の、紋章…!!)
贄の民。
生まれながらにして、その肉体の隅々、骨の一本に至るまで万能薬として生かせるという特性を持ち、見つかると人間に狩られ…切り刻まれ、血の最後の一滴に至るまで、高価な医薬品として利用された民だ。
今はもういない。人間に狩りつくされた。
やや伝説じみた話として歴史には刻まれているが、その肌に生まれながらに刻まれていたとされる紋章は、かつての人間の残虐さの象徴として、歴史を繰り返さないようにと子供用の教科書にも載っている。むろん、カインも知っていた。
(いなくなっていたとされる贄の民が、まさか…)
璃子は地球人なのだ。なぜこんなことになってしまったのか。
「準備できたよ。…おいおい、カイン。手をどかしてくれないと、治療できないじゃないか」
ハッとして、カインは急いでいつもの笑みを浮かべてみせる。
「ああ、大したことなかったよ。思い出したんだ、昔ここに大きいあざがあって、赤ん坊のころにレーザー治療というものを施したそうだ」
ごく薄いあざがあるのをカインが指摘したら、その話をしてくれたから、この話自体は嘘ではない。
「かなりの大手術だったらしくてさ、今でも時々痛むんだって璃子が言ってた…薬、貸して。俺がやるよ」
すりつぶした薬草の鉢をひったくって、カインはフィガロに見えないようにしながら、注意深く薬を塗っていった。
「やれやれ、珍しくカインが血相変えて飛び込んできたと思ったら。そこまで賢者様が可愛いんだったら、いっそ結婚しちゃいなよ」
「考えておくよ。油紙を」
「はいはい」
「あと包帯」
「はいよ、と。それはそうと、カインの顔色の方が心配だな」
「ん? 俺はいつも通りだが」
手際よく包帯を巻きつけながら、さすがに顔色は隠せないのかと思う。
「そういえば朝飯食べてなかったから、そのせいだろう。よし、出来た」
これでフィガロには見えない。そっと靴下を戻した。
「上手いなあ、カイン。騎士団で応急手当とかやってたのか?」
「時々な。…すまなかった、フィガロ。騒がせてしまって」
「飯はちゃんと食えよ、カイン。夕食にも顔見せなくなってるし、なんか痩せた気がするぞ」
賢者の書の件で、図書室にこもっていたせいだ。
「わかったわかった。今日からは規則正しく食べに行くよ。じゃあありがとう」
カインは璃子を抱き上げて、フィガロに笑顔を向けると、慌ただしく転送魔法で消えた。
璃子の部屋に着くと、カインはそっと璃子をベッドに寝かせた。
(贄の民のことを、伝えるべきか…いや、正義感の強い彼女のことだから、自分を犠牲にして人々を助けようと手足の一本や二本…もしかすると命すら、投げ出しかねない)
迷っているうちに、璃子が目を覚ました。
「あれ、ここ…私の部屋…」
「痛みはどうだ、璃子」
「あ、カインが運んでくれたの?」
「ああ。痛むか?」
「ううん、今は全然」
「痛み止めの薬草のおかげかな」
「フィガロ先生が?」
「いや、俺がやった」
(やっぱり、嘘をつこう)
騎士らしくはないが。
「璃子、痛んだ部分には紋章が出ていた。フィガロにも見せなかったのはそのせいだ」
「少なくともカインは見たの…紋章って」
「ああ。俺一人だ。…しかしだ」
カインは一呼吸置いた。これから、嘘をつかなければならない。
「その紋章は、大規模な天変地異の前触れとされているものだ。だから、他人には絶対に見せるな」
「え…」
「民衆は不吉な人物として璃子を殺すかもしれない。他の魔法使いたちも不安にさせるかもしれない。だから、見せてはならない」
「…そう」
あれだけ痛がったのだから、璃子自身ただ事ではないと思っていたようだった。
(すまない、嘘をついてしまった…)
「…でも、カインはそばにいてくれるよね。ずっといてくれるよね」
すがるような眼差し。
「当然だ」
カインは微笑んで、璃子の髪を撫でた。
「あんたのためなら、いつでも剣を抜くよ」
「…良かった」
心底ほっとしたように、璃子は眼を閉じた。
(こんなに信頼してもらっているのに…俺は嘘をつかなければならなかった)
ずきりと心が痛む。だが、どうしようもなかった。
璃子の手を握るカインの大きな手に安心しきったように、璃子は眠ったようだ。
(この手は絶対離したくない)
そう思いながら、カインもここしばらくの疲れから、浅い眠りに落ちた。
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