魔法使いの約束~月と甘い涙~   作:てんてけはなこ

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ペンデュラムウェーブ

 「あれ…ごめん寝てた」

 「ん…?」

 2時間ぐらいだろうか。うたた寝から目覚めた璃子の気配で、カインも目覚める。

「そういえば…さっき私に用があるって…」

 「そうだった」

 すっかり忘れていた。カインはポケットに押し込んだままだった賢者の書の写しを取り出す。

 「何これ、ゴミ?」

 「あ、いや、さっき慌てたからつい」

 カインはふっ、と紙に息を吹きかけて、しわを取った。

 改めて璃子に見せる。

 「これなんだが、どういう物か見当がつかなくてな」

 璃子は見るなり、奪い取るようにして紙に見入った。

 「これ…ペンデュラムウェーブだ」

 「知ってたのか。良かった…で、どういうものなのかと思って…」

 「別名、蛇振り子」

 「振り子? 蛇振り子だから、蛇の絵が?」

 「一度本物を見てもらえばわかると思うんだけど、同時にスタートさせると、蛇のような動きをしたり、また違った動きをしたり、元の一列に並んだり、不思議な振り子なの。10年ぐらい前に、ハーバード大学が発表した振り子。紐の長さを変えることで振り子の往復時間を調整してる。振り子の等時性を利用した物理学的アートみたいなものなんだけど、振り子の振れ幅と往復時間は影響されないから、たとえば60秒に1回振れる振り子、59秒に1回振れる振り子、58秒に1回というふうに順々に…」

 「璃子、ちょっと待ってくれ。…10年前って今言った?」

 「あ、ごめんつい夢中になっちゃって。…うん、確か2010年だったと思う」

 「…え?」

 カインは耳を疑っていた。

 「2010年。こっちで使ってるカレンダーとは違うけど、私がここに来る直前が2020年の1月15日だから、ちょうど10年前」

 「10年前だって?!」

 「…カイン、どうしたの? そもそもこの絵、どこから持ってきたの」

 「4800年前から4700年の間にあった、文字でなくて絵で示された賢者の書なんだ」

 「ちょ…嘘でしょ? これ、世界最高峰の大学が、たった10年前に発表したものだよ?!」

 「嘘じゃない。ちょっと、俺の部屋へ来てくれるか」

 カインは璃子を抱き上げ、壁をすり抜けて隣の部屋へ向かった。隣がちょうどカインの部屋に当たる。

 「わっ、何よ埃だらけじゃない!!」

 「ごめんって。とにかくこれ…」

 最後のページをめくって渡してやる。

 「どれも全部、最終ページが同じ絵なんだ」

 璃子は自分も埃だらけになるのも構わず、床に座り込んで順々に賢者の書をめくっていった。信じられない、という表情と、輝きを増す瞳。

 「最近ちょくちょくカインが姿を消してたの、このせいだったのね」

 「…ああ」

 心配をかけていたかもしれないな、とカインは思った。図書室から戻るのが夜明けの時もあったのだ。

 「全部同じ、ペンデュラムウェーブの絵…物差し貸して、カイン」

「これでいいか? 目盛りは地球とはたぶん違うが」

「うん、比率を計るだけだから」

引き出しから物差しを取り出して渡してやる。璃子は慎重に紐の長さを計っている。

「…どれも、物理学的に正しい比率だわ」

 「俺の得意分野は剣と魔法だから、そこまではわからなかった。すまない」

 「いいのよ。私がたまたま理系だっただけだから。物理系の学生じゃないとわからない内容よ。それはそうと…カイン、これをどう思う」

 「断言はできないが、この賢者が地球とこちら側を行き来するための、何らかのヒントとして書き残した可能性がある…と、思っている」

 「私もよ。とりあえずペンデュラムウェーブを作ってみることにする。となると、助手が必要になるわ」

 「ヒースはどうだ、機械いじりが好きだし」

 「それ、いい考えだわ。ヒースクリフに会いに行ってくる」

 部屋を出ていきかけて、すぐ戻ってきた。

 「忘れ物」

 カインの唇に軽くキスをして、照れくさそうに笑うと今度こそ本当に部屋を出た。

 ドキリとした。だが、今度は痛みではなく、もっと甘い感覚だ。

 その甘さに少し動揺して、カインはそっと、高鳴った心臓の上に手を置いた。

 

 その日から数日、璃子は完全に上の空だった。

 「なあカイン、あんたの奥さん最近変じゃねぇか?」

 ついにネロが愚痴りにきた。

 「食事中に妙な書類持ち込むし、まあ、あんたが止めたらそれはやめたけどさ。今度は食事の味とかわかってねぇみたいだし。俺が塩の分量間違えて、これ食うなってみんなを止めた時あっただろ? あの時も全然気づかずに食ってたんだよな。何考えてんだか、あんたわかる?」

 「うーむ…説明が難しいんだが。今の段階では何とも言えない。まあ、とりあえずヒースと謎の工作をしているんだ」

 「は、ヒースも?! 道理で最近あいつもボーッとしてたのか。始末に負えねえな」

 「カイン!! カーイーン!! ちょっと来て!!」

 そこに駆け込んできたのが璃子その人だ。

 「あらま、噂をすれば…って、汚ねぇ!!」

 機械油で顔も手も服も、足まで汚れている。

 「出来たのよ、ペンデュラムウェーブ!!」

 全くお構いなしにカインに飛びつく。

 「紐の調整で一晩悩んでたんだけど、ついにやったわ!!」

 「こら!! そんな汚い恰好で食堂に来るなよ!!」

 ネロに叱られて、さすがに身なりに気付いた。

 「え? …あちゃー、全然気づかなかった…あっ、ごめんカインも汚しちゃった」

 「風呂入ってこい!!」

 ネロに命令されて、ごめんなさーいと言いながら自室に駆け戻っていく。

 「やれやれ、何作ってたんだよ。…ってか、あんたも後で風呂行きだからな、カイン」

 「わかってるよ…あーあ、髪まで汚された」

 「で、何が出来たって? その…」

 「ペンデュラムウェーブ」

 「ペンデュラム…振り子?」

 「らしいぜ。どんな動きをするのか、俺にもまだわかっていない」

 「何だかわからないけど、変なかみさん貰ったもんだよな、あんた」

 「あの…まだ結婚の約束すらしてないんだが…」

 「したようなもんだろ、あの騎士の誓いの内容だとよ」

 ネロはニヤリと笑った。

 (やっぱり大袈裟すぎたか…でも本心だったんだよな…あれ…)

 今更ながら凹みそうになる。

 「まあそれはともかくだ。…もしかしたら、この世界と地球を行き来するための、大きなヒントになりそうな代物らしいんだ」

 「へぇ…って、何だと?!」

ネロにも事の重大さが伝わったようだ。

 「地球とこの世界を何回も行き来していたとみられる賢者の書のすべてに、ペンデュラムウェーブの絵が描かれていた。これは何かを秘めている…そう思わないか?」

 「…おおごとだな」

 「璃子は、大いなる厄災のために何らかの対策を考えているらしい。そのために、一日で構わないから元の世界に戻り、またここに来たいと」

 「マジでか…。あんたホントに大変なかみさんを」

 「まだ貰ってない!!」

 

 昼食後に、21人の魔法使いたちと賢者の璃子が食堂に集まった。

 いつもは引きこもっているメンバーも、珍しく顔を揃えた。

 テーブルの上に据えられたペンデュラムウェーブを、みな怪訝そうに眺めていた。

 好奇と疑問に満ちた沈黙の中、璃子は言った。

 「これから実演します。見てて」

 薄い木の板をすべての振り子が乗るように当て、角度をつけてからさっと引く。

 振り子の動き。

 まず揺れは直線に並んでいるが、次には蛇のような動きに変わる。

 そして次々と動きに変化が…3列に並んだり、バラバラになったり、2本の蛇状になったり…約1分後、元の直線状の揺れに戻った。そこからまた蛇の動きに…

 「これ…魔法とは違うんですよね」

 ルチルが不思議そうに言った。

 「全く魔力は感じないのに…」

 「地球で言うと物理学という学問になるんだけど、この紐の調節がやっかいで…簡単に計算で出るんだけど、重りの微妙な大きさの違いとかいろいろな要因が重なって、微調節が必要でね。結局ヒースとふたりで作ったのに、3日かかっちゃった」

 話しているうちに、再び振り子が一直線に並んだ。

 「…ん?」

 「オズ?」

 「何か見えなかったか、今」

 「何かって…?」

 璃子には何も見えていない。

 「私は、引き込まれるような感じがしました…」

 と、アーサー王子。

 「…妙な気配はしましたね」

 ファウストも言った。

 「何も感じないが…」

 これはレノックス。

 「私も特には…」

 シャイロックも不思議そうにしている。

 どうも、何か感じる者とそうでない者がいるようだ。

 「カインは?」

 カイン自身は、衝撃で身動きが取れなくなっていた。

 カインにははっきりと見えていた。

 「エレベーターの、扉…?」

 呟くように言う。

 「もう一度やるから、正面で見ててくれる?」

 「わかった」

カインは身構える。

 璃子がもう一度、振り子をスタートさせる。

 1分が、カインにはとてつもなく長く感じられる。

 …見えた!!

 ほんの一瞬だった。反射的にカインは呪文を唱えていた。

 「グラディアス・プロセーラ!!」

 振り子がぴたりと直線上で止まった。

 どよめきが広がった。

 誰もが見たのだ、そびえ立つエレベーターの扉を。

 扉はゆっくりと開き、数秒間そのままだったが、また閉まって、機械音とともに薄れて、消えた。

 消えると同時に、ペンデュラムウェーブは再び揺れ始めた。

しばらく、誰も口を開けなかった。異世界への扉が現れ、また消えたのだ。

沈黙を破ったのは、璃子の掠れた呟き。

「こ、れで…帰れる…」

ここ数日の疲れが一気に押し寄せてきたのか、ふらついた。そこをカインが抱きとめた。璃子は嗚咽し、それが号泣に変わった。

無理もない、とカインは思った。慣れない異世界で、今まで賢者として一人重荷を負ってきたのだ。耐えてきたものを、すべて吐き出すかのような泣き方だった。

カインは璃子をしっかり抱きしめた。今は誰も、茶化すものはいなかった。

ただ黙って、温かく見守っているのがわかる。オーエンですら何も言わない。

(やっぱりあんたは、すごい人だったな、璃子…)

璃子が泣き疲れてしまうまで、カインはじっと、抱きしめ続けていた。

 

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