東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第13話 避けられない戦

 

 

 ≪タルタス自由同盟≫がタロスの街を実効支配してからそろそろ一ヵ月が経とうとしていた。

 街は小さな諍いや問題はちらほら見えていたが、表面上は穏やかな日々が続いている。これはタナトスが全同志に乱暴狼藉や盗みなどを厳禁して自ら治安を乱すような真似を避けたのと、貴族や富豪から援助の名目で巻き上げた金を気前良く平民に商品の代金として支払った事と納税を前より低く設定して支持を得たためだ。

 古来より無意味に暴力を振るわず、必要以上に税を取り立てなければ大抵の為政者は支持される。

 それでも諍いがあるのはこの国に根付いた魔法至上思想と双璧を成す人間第一思想にある。タルタスでは魔法の才があれば亜人でも良い扱いを受けられるが、無ければ無条件で人族の下に置かれて奴隷扱いを受ける。

 つい先日まで奴隷だった亜人連中が大手を振って我が物顔で街を歩けば忌々しいと感じる者はそれなりに多い。

 おまけに不当な差別を禁じた事で各家の所有物扱いだった亜人奴隷は全て自由の身となってしまい、今まで法で認められていた財産を不当に奪われたと恨みを抱く者がそれなりに居た。傍から見れば奴隷として酷く扱った亜人に報復されないだけマシだろうが、人は元から持っていた権利や財を奪われたと感じてしまう。

 中には実力行使で奴隷を奪い返そうとした魔法使いが数名居たが、武装した屈強な獣人兵士により一掃されて首は街の広場に晒された。それが小さな諍いというわけだ。

 

 さて≪タルタス自由同盟≫は街をそれなりに統治しているが、用心棒役のヤト達はと言えばこちらも程々に仕事をしつつ飯を食う生活をしていた。

 ロスタは相変わらず従者として家事に追われる立場だった。彼女にとって本業と言えるので不満はさして無い。むしろ最近は料理の練習もさせてもらえるようになったので心なしか上機嫌に見える。尤も料理の腕は遅々として上達せずにメシマズメイドのままだったが、彼女の作った料理は捕らえられたコルセア親子に食事として与えられたので無駄にはならなかった。断じて捕虜虐待ではない。

 彼女の主カイルは盗賊の技能を活かして日夜街を駆けて様々な情報を得ている。そうした情報の多くは指導者タナトスに伝えられて効果的な統治に用いられた。特に不満を持つ貴族や富豪の企てた反乱を何度か事前に察知して潰した事から彼の≪自由同盟≫内での評価はかなり高い。

 ヤトはといえば相変わらず暇さえあれば剣の鍛錬に余念が無いが、時々腕自慢の兵士と手合わせしたり、頼まれれば兵の調練に駆り出されて仮想敵を務める事があった。とはいえ彼が戦うに値する兵士は数名の獣人ぐらいで、後は百人相手取った所で満足はしなかった。反対に兵士の方は対魔導騎士の訓練と考えればそれなりに経験は積めたので全くの無駄という事はない。

 ただの兵士にとって戦場で魔導騎士と相対するのは文字通り死を意味する。例え兵の数が百を超えても唯一人の騎士を殺す事でさえ至難の業だ。彼等はそれをヤトとの模擬戦で嫌と言うほどに経験した。そういう意味では兵士達は痛みこそあれ死なないのだから幸運と言えただろう。

 最後にクシナはと言えば何故か街の子供に大人気だった。正確にはクシナの後を離れない岩竜のクロチビが子供を惹き付けてやまないからだ。分別の無い子供は良くも悪くも大人の言う事を聞かない。それはこの国の常識を持たない事と同義だ。常識の無い子供にとって闘技場でしか見られない巨大な竜は非日常の象徴であり、それを間近で見て触れるとなれば我慢出来る子など一人としていなかった。

 子供たちは街を闊歩するクシナと竜に遠慮なしに近づいては触ったり背に乗ろうとした。触るだけならまだ良かったが、流石に乗るのはクロチビが嫌がり軽く吠えたが、それすらも子供には途方もない刺激となって、より多くの子供に付きまとわれる悪循環になってしまった。

 比較的おとなしい竜種の岩竜でも怒れば人など一たまりも無いが、そこはクシナが宥めて大人しくさせている。エンシェントドラゴンたる彼女にとって言葉も発せない竜は小型犬と大して変わらないし、人の子供はもっと小さな仔猫扱いだ。お互い怪我をさせないように少しばかり気を遣って接していた。そんな様子を街の人々は見ていて恐れはしたが害は無いと分かり、ほんの僅かだが竜コンビへの態度は軟化した。

 

 

 それぞれに意味ある一月を過ごしていた≪タルタス自由同盟≫だったが、ある日の夜にタナトスは主だった幹部を屋敷の会議室に集めた。そこには最近用心棒というより食客のような扱いを受けるヤトとカイルも居る。

 会議室に集まったのは十数名。半数以上は亜人だが数名人間もいる。

 上座のタナトスはいつになく真剣な様子。雰囲気からあまり良い話ではないと察せられた。

 

「同志諸君、遅くに集まってくれてありがとう。今我々は由々しき事態にある」

 

「指導者、それは―――」

 

「カイル、お前が調べてくれた情報を彼等にも教えてやってくれ」

 

「はいはい。じゃあ簡潔に言うと、街の南の領地で何人かの領主が兵を集めてる。前に逃げたここの貴族を頭にして力で街を奪還するつもりだよ。仕入れた情報から計算して街に来るまで早ければ五日後ぐらいかな」

 

「ちぃ!やはり来やがるか!!来るなら来てみやがれってんだっ!!」

 

「そうだ!そうだ!返り討ちにしてやる!!」

 

 会議室はやおら気炎を吐く声で一杯になり煩いがタナトスは彼等をすぐに黙らせずに、一度気を吐き出されてから努めて穏やかに座らせた。

 

「感情に任せて声を荒げるのは誰でも出来る。だが相手の数や装備を知らずに勝てると言うのは愚か者のする事だぞ。カイル、相手の数は何人だ?」

 

「大体六百ぐらいかな。半分は徴発した農民で、もう半分が奴隷の獣人。後は指揮官級の魔法使いが十人ぐらい。魔導騎士は未確認で居ないとは言い切れない」

 

「魔導騎士は貴族でも早々居ない。居たとしても一人か二人だろう。さて、六百か。数は向こうが多いな」

 

「数なんて当てにはならん!相手は戦いを碌に知らない農民と嫌々戦わせられる奴隷だぞ!俺達が負ける理由なんて一つも無いぞ同志!!」

 

 猪の獣人がタナトスが弱気になっていると思って励ましの声を上げる。彼の名はカリュー。この街の売れっ子剣闘奴隷だったが≪自由同盟≫に解放されてからは組織の思想に強く賛同していて剣奴上がりの獣人兵士の纏め役もしていた。

 カリューに励まされて士気を取り戻したかのように見えたタナトスは一度咳払いをして仕切り直してから話を続けた。

 

「俺はお前達の強さと信念を微塵も疑ってはいない。だが、戦となれば大勢の者が死ぬ。こちらも、相手もだ。特に攻めてくる兵士の大半は命令されて仕方なく戦う者達だ。それはかつてのお前と同じ立場にあるのを忘れていないか?」

 

「むむっ、それは困るぞ。どうすれば不幸な者達を救えるんだ!?」

 

「それを皆で考えよう。思いついた意見を遠慮なく言ってくれ」

 

 面々は色々な意見を出したが実現が難しい案――――例えば今すぐ暗殺者を送り込んで旗印となった貴族を行軍中に殺す、細い街道に岩を置いて軍が通れないようにする―――――など現実的ではなかったが、やはりと言うべきか頭の貴族を潰してしまえば良いという声が多かった。事実、戦う気になっているのは命令する貴族ばかりで、実際に命を賭ける徴集兵は集められただけで士気は低い。

 結論は皆分かっていた。方法が分からないだけだ。

 あーでもないこーでもないと只々時間ばかりが過ぎて煮詰まった所で、タナトスは一度も声を発していないヤトに意見を求めた。

 

「お前は長く傭兵として渡り歩いていたと聞いている。何か良い手立てはあるか?」

 

「指揮官を殺すだけなら大して難しくないですが、余計な人死にを避けるとなると二手、三手の工夫が要りますね。………では、このような策はどうでしょうか―――――――」

 

 ヤトが考えた策を皆に打ち明ける。

 全てを聞き終えた面々は一様に考え込み、賛成する意見がちらほら出てくる。

 上手くいかなかった時はどうするのかという意見もあったが、その時は多少の犠牲を目に瞑ってでも勝ちを取るとヤトだけでなくタナトスも断言したため、ヤトの策が採用された。

 戦を決断した面々はそれぞれの責務を果たすために足早に会議室を出て行き、部屋に残ったのはタナトス、ヤト、カイルだけになった。

 

「何て言うかさ、タナトスさん人を乗せるのが上手いよね」

 

「それに芝居がかった話は役者の才能も有りますよ」

 

「そうでもない。あんなもの小手先の技程度さ。むしろ人心の機微に敏いのはお前達もだろう?」

 

 二人の称賛にタナトスは謙遜もなく平然と返す。

 実はあの会議は事前に数人があらかじめ打ち合わせして筋書き通りに動いた出来合いの会議だった。今残っている三人以外にも誘導役を一人混ぜてあった。

 なぜそんな面倒な事をしたかと言うと、他の幹部に相談したという事実を作り不満を出さない処置だ。

 タナトスは≪タルタス自由同盟≫の指導者で他の同志に命令する権限がある。そして組織内で考える頭を持っているのは彼だけだ。だから他の幹部の意見を聞かずに一方的に戦を決定して命じる事も出来るが、それでは相手が不満に思う。だから形だけとはいえ意見を話し合う場を作って彼等を尊重する姿勢を見せていた。

 ただ今までそれで効果的な意見が出た事は早々無いし、大抵サクラを混ぜて意見や思考誘導する事の方が多い。そうして常に組織の主導権を握りつつ、不和を日頃から抑える技に長けている胡散臭い覆面指導者の人心掌握術を二人は称賛した。同時にタナトスもまたヤトの献策能力とカイルの情報収集力を高く評価していた。

 三人は軽口を叩きあってからそれぞれ準備に取り掛かった。

 戦はすぐそこまで迫っていた。

 

 


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