東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第17話 指導者の謎

 

 

 トロヤに居着いた≪タルタス自由同盟≫の勢力は周辺の土地を次々と接収して拡大の一途を辿っている。とある領主から売られた喧嘩を買う事もあれば、こちらから売る事もある。あるいは重税に喘ぐ領民が自ら助けを求めて、それに応える形で領地を奪い取った事もあった。

 中にはエルフと共に逃げた貴族令嬢の返還要求を突っぱねて戦いにもなったが、既に千を超える獣人兵士と黒竜の姿に恐れをなした敵は碌に戦いもせず、指揮を取っていた令嬢の父は傷の癒えたオットーに首を取られた。

 そして約束通りヤトへの挑戦権を得たオットーは幼児退行した姉の敵討ちを含めて戦いを挑み、華々しく負けた。

 悔しくて人目を気にせず泣いたオットーをエピテスは慰めたが、むしろそれが余計に彼の涙を誘ってしまう。なおエピテスはオットーの事はちゃんと弟と覚えていて、舌足らずな言葉で幼い頃と同じように頭を撫でていた。

 小さな問題は多々あれど≪タルタス自由同盟≫は順調そのものだった。

 そして指導者タナトスは次なる一手を打ちにかかった。

 

 タナトス率いる≪自由同盟≫の集団は北東のとある領地に向けて行軍していた。兵の数はおよそ六百名、全兵力の半分だ。残りはトロヤの街で訓練しながら留守を預かっている。全兵を連れて行かないのは単純に新兵が多かったのと、留守にしたらトロヤに残った貴族や富豪が街を奪い返す危険が高かったからだ。

 トロヤの者は表向きは≪自由同盟≫に従ってはいても裏では虎視眈々と街の支配権を狙っている。そんな中で全ての兵を領地の外に出したら嬉々として反撃に出るだろう。彼等は潜在的には敵でしかない。それを警戒してずっと兵を残し続けて周辺へ遠征していた。

 今回の遠征にはヤトとクシナ、岩竜のクロチビ、そしてオットーも同行している。カイルは留守番だ。最低一人か二人は魔導騎士と戦える手練れも残さないと安心できない。当然所有物のロスタも居残り組で、エピテスの世話をしつつ警戒に当たっていた。

 ヤトやクシナは集団の最後尾にいる。この位置なのは後方警戒もあるが、一緒にいるクロチビが軍の兵糧を荷車で運んでいるからだ。さすが竜は馬の十倍は力があって数百人分の兵糧を乗せた複数の荷車を軽々と運べた。

 

「―――――なあ、おい」

 

「はい?」

 

 隣にいたオットーが暇だったのでヤトに話しかける。フォトンエッジはヤトに取り上げられたので現在は腰に鉄製の剣と短剣を一組佩いている。それに顔の上半分を布で隠して服は平民用の物を着ているので、外見上は自由軍によくいる平民の志願兵にしか見えないが、彼にとって姉の精神を壊した自由軍はほぼ敵だ。ヤトもその一人だったので友好的とは言い難い感情を持っていたが、一騎士として強さは誰よりも認めていた。

 

「目的地とか戦う相手とか知ってるのか?」

 

「さあ?兵糧の量から七日ぐらいは歩かされるのは知ってますが相手は知らないです」

 

「なんだよお前下っ端かよ。強いけど信用されてないのか」

 

 オットーの口ぶりはバカにしているというより強い奴が正しく評価されていない事への不満が含まれているようにも聞こえる。

 彼にとっては他者の評価は重要なのだろうが、ヤトにとっては同盟内の評価などどうでもいいし、下手に政治的、戦略的な役割を任されて面倒な仕事を押し付けられるぐらいなら、このまま用心棒として便利に扱われた方がマシだ。

 

「まあなんでもいいけどよ。――――しかし七日か。どっちが目的かねえ」

 

「行き先に心当たりが?」

 

「近所だから少しな~」

 

 オットーは一つヤトに勝てたのが嬉しくて上機嫌で知っている事を話し出す。

 最近彼の実家の隣接する二つの領地が騒がしい。理由は領地の境目にしている川の水の使用を巡っての事だ。その程度の理由ならどこでも一山いくらで転がっているが、問題は二つの領地の主人が個人的に極めて険悪な仲で形式上の和睦すら考えていない事だ。

 一方は第七王子シノンが婿入りしたヒュロス家。もう一方は第三王女ミルラが嫁入りしたラース家。この二つの家は二人の王族姉弟の個人的感情によって何年も振り回されて度々小競り合いと停戦を繰り返す日々だった。

 普通なら外から来た婿と嫁の感情など、まともに取り合う必要は無いのだが相手は腐っても王の実子。王宮から派遣された家臣も無視出来ず、見せかけだけでも戦うしかなかった。

 当然ながら真面目に戦う者などおらず、互いの現場指揮官は裏で口裏を合わせて八百長戦を行い、勝った負けたを繰り返してはダラダラと毎年の恒例行事と化した温い戦争ごっこを続けていた。

 それでも毎年何人かは戦死しているのだから馬鹿馬鹿しい事この上ない。それも戦死者は決まって亜人だ。戦をして死者が出ないのは面子が立たないから、最低でも死者の数で勝敗を決める取り決めになったらしい。まるで天災を鎮めるための生贄だった。

 

「――――で、少し前から兵の準備してたからそろそろ戦になる。あの覆面野郎はどっちを殴るのかねえ」

 

「面倒だから両方殴り倒して領地を総取りが手っ取り早いんですが」

 

「六百じゃそこらじゃ無理無理。毎年両方が千は兵を出すんだぜ。魔導騎士だってそこそこいる」

 

 オットーは常識的に考えてヤトの意見を一蹴する。片方なら何とかなるが両方となると地の利も働かない自由同盟の方が不利だ。それに魔導騎士の数も両方合わせれば二十はいる。ヤトやクシナの力量は認めていて、岩竜を含めて十人以上を相手取っても勝てるだろうが、残りを好きにさせたら自由同盟軍は壊滅する。数の優位は馬鹿に出来ない。

 ともあれどういう選択をするかは胡散臭い覆面男がするので用心棒とその管理下の捕虜が考えても無駄だろう。二人は周囲から敵を斬る事だけを求められていた。

 

 

 同盟軍は六日間の行軍の末に川沿いで野営を始める。この差し渡し二十歩程度の小さな川こそヒュロス家とラース家の境となり、建前上の所有権を争う理由だった。

 こんな小川のために毎年死者まで出して戦争する両家の愚かしさ、二人の姉弟の馬鹿馬鹿しさに全員が呆れ返り侮蔑を露にする。

 それはさておき一日中行軍すれば当然腹は減る。なので同盟軍はそれぞれ夕食を始めた。

 今日はタナトスの命令で火を焚けないので全員が保存の利く硬いパンと塩のきついベーコンで済ませていた。

 火を焚かないのは軍の位置を知らせたくないからだ。そして今は斥候が方々に散って情報を集めている。

 兵の中にはこれからどの勢力と戦うか賭けをする者もいる。ただし、両方と戦う選択をしない限り一方に肩入れする形になるのだから、面白くない者も居るだろう。例えそれが現実的な選択だとしても、結果的に今の差別制度を維持し続ける王族を助ける行為となれば心穏やかにはいられない。それでも愚痴は言うが喧嘩が起きないだけ同盟軍は自制が効いていた。

 夕食が終わり、月が徐々に高く上がる時間になって、ようやく何人かの斥候が戻って来た。

 タナトスは彼等の情報を詳しく聞き、しばし物思いに耽ってから近くの岩によじ登って、決して大声ではないが、不思議とよく通る声で全員に語り掛けた。

 

「みんな聞いてくれ。明日、我々は戦に臨む。相手は………ラース家、つまり第七王子シノンに加勢する形だ。これは今後の情勢を鑑みて、≪タルタス自由同盟≫に利する選択と思っている。お前達の中には王族に手を貸すのを嫌がる者も居るだろう。だが少しだけ耐えてくれ。耐え忍んだ後、必ず良い未来が待っているのを約束しよう」

 

 穏やかな声と頭を下げるタナトスの姿に、兵士達は不満を心に留めて彼の選択を肯定する声を上げた。

 そして兵達は明日の戦に向けて英気を養うため早々に寝る準備を始める。

 ヤトとクシナもその例に漏れず、さっさと寝床の用意をした。

 ただ、近くに居るオットーが何か考え事をしていたのでヤトが声をかけると、彼はポツポツと身に抱いた疑問を口にする。

 

「前から思ってたけどよ、あの覆面野郎実は貴族じゃねえか?俺は一応貴族だから色々人を見てるけど、あいつ何か貴族っぽいんだよ。それもかなり良い所の出かもな」

 

「本人は何も言いませんが多分そうでしょうね」

 

「外から来たお前はともかく、他の奴隷達はそれ知っててリーダーと認めてるのか?」

 

「分かりやすいから気付いている人はそれなりに居ると思いますよ。敢えて口にしてないだけでしょう」

 

「へっ!なら、ここの奴らは身分を否定しながら貴族に使われて別の貴族や王族と戦っても良いと思ってるのか。アホらし」

 

 彼の言い分も分からなくはない。王政や貴族の支配を否定する反乱分子の指導者が推定貴族など、単なる貴族の勢力争いとしか思えない。

 オットーのような貴族にとって戦で亜人奴隷が幾ら死のうがどうでも良いが、そんな茶番に引っかかって大事な姉を壊され、自分は命の次に大事な魔導騎士の誇りたるフォトンエッジを奪われた。己の短慮が招いた結果だと分かっていても悪態の一つぐらい吐きたくなる。

 そして貴族のオットーは何度か自由同盟を馬鹿にして、離れた場所で毛布に包まって不貞寝してしまった。

 ヤトもこれ以上はやる事も無いので、いつものようにクシナとくっ付いて明日に備えて眠りに就いた。

 

 


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