東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第21話 ラース家の終焉

 

 

 抜け駆けしてラース領主のポント夫妻を暗殺したヤトとタナトス、それに馬丁のビブールは夜通し馬を走られてヒュロスの領地に戻って来た。

 それからヒュロス軍が通りかかるまで森で休息を入れて、何食わぬ顔で戦列に紛れ込んで合流を果たした。

 タナトスは影武者をしてくれた同志に礼を言い、自由同盟の役割分担などの現状把握に努めた。

 ヤトは最後尾でクロチビに乗りながら不機嫌な顔をしたクシナに顔を見せた。予想通りというべきか、彼女はヤトの顔を見ても明後日の方向を向いて知らん振りを続けて不貞腐れていた。

 仕方が無いのでヤトもクロチビの背に乗って、無言で嫁の口に土産のクッキーを一つ突っ込んだ。

 唐突に口に物を突っ込まれてクシナは驚いたが、ドライフルーツ入りの甘いお菓子の美味に少しずつ機嫌が治って、小さく「もう一つ」と呟いてお代わりをせがんだ。

 ヤトはクシナのお願い通り、さらにクッキーを一枚口に入れる。一枚入れる。また一枚。追加でもう一枚。

 お菓子を一つ食べるごとにクシナの機嫌はみるみる良くなって、土産の半分も食べる頃にはいつも通りのクシナに戻っていた。

 なお、周囲の兵士達は所構わずイチャイチャする二人に内心イラついているが、竜を従えたセンチュリオン殺しの夫婦に面と向かって文句を言えるはずもなく、出来るだけ視界に入れないようにしていた。

 

 二人が仲直りして、一緒に残りのクッキーを食べ終わった頃、ヒュロス軍はラース領に入った。

 今回の戦の目的は領主のラース家の排除で速度優先のため、街道沿いの村々は略奪を受けない代わりに恭順と食糧の有償提供を求められた。当然断ったらどうなるか村人も分かっていたので、内心はともかく先々の村は快く食料を提供してくれた。

 軍総司令官のシノンも出来れば無傷の領地を欲しかったので、なるべく略奪はしたくなかった思惑があり、小遣い稼ぎの機会を貰えなかった末端兵の不満を除けばお互いに納得した取引だった。

 恭順を示す者の中には貴族が率いる組織立った集団もある。オットーはその一つの掲げる前足を上げた馬の旗を見て顔を強張らせて、ヤトに自分の事を何も話すなと頼み込んだ。

 

「身内がいるんですか?」

 

「多分父や師匠が中に居る。お前に一太刀も入れていないのに合わせる顔が無い」

 

 オットーは悔しそうに俯く。ヤトも気持ちは分からなくはないが、雪辱を晴らすべき相手に頼む事ではないと思った。しかしわざわざ言いふらす理由と労力に欠けるので、言われた通り適当にはぐらかすのを了承した。

 

 

 ―――行軍一日目の日没。ヒュロス軍はラース領の小さな泉の傍で野営を始めた。流石に纏まった集団ともなれば歩みは遅い。

 ≪タルタス自由同盟≫も野営の準備をしているが、彼等は総大将のシノンから野営地の夜警を命じられていた。明日の戦に参加しないよう体の良い役割を押し付けられたという事だろう。

 戦いから外されれば街を攻め落とした時の略奪に参加する権利が貰えないが、同時に住民からの直接的な恨みを買わずに済むのでメリットはある。

 なおシノンの命令で略奪許可は財貨だけで、住民の殺害と奴隷化、放火は原則禁止された。亜人も同じだ。

 それと殺害や暴行に関しては相手が先に手を出した場合はその限りではないが、虚偽があった場合は厳罰に処されるので、多少は抑止力になると思いたい。

 自由同盟の兵士は交代で野営地の警備をして、残りは休息を取っている。他の貴族の兵士は酒を飲んで騒いでいるが、こちらは最低限の量で酔い潰れるような事は無いように気を配って、他領との接触も極力避けて固まっている。ひとえに問題を起こさないようにとの配慮だ。

 おかげで同盟軍のいる場所は静かなものだったが、面倒事は向こうからやって来るのだから配慮もあまり意味が無かった。

 ヤトとクシナは兵士ではないので見張りの割り当ては無かったが、用心棒としてタナトスの側に控えている。彼も指揮官だったので今夜は部下に任せて早めに休むつもりだったが、見張りをしていたエルフが断れない客を連れてきたので応対せねばならなかった。

 やって来た客は二人。一人は帯剣した赤髪の中年貴族、もう一人は手に長い棒を持つ全身金毛の猿顔の大男。猿顔は毛深いというレベルの体毛の濃さではないので、おそらく猿人の血を引いている。

 

「お初にお目にかかるタナトス殿。私はコリント家当主のパリス。以後よろしく頼む」

 

「ええ。こちらこそどこの生まれか分からぬ不詳者ですがお見知りおきを」

 

 パリスはタルタス貴族に珍しくタナトスに敬称を付けて貴族として丁寧に扱ったので、周囲の者は自然と好感を持った。

 ヤトは急に訪ねてきた二人を注意深く観察して、猿顔の方は護衛として中々の手練れと見抜き、パリスのマントの馬の紋章と顔を見て、知った顔に似ているのに気付いた。

 パリスは中身はともかくタナトスを成り上がりの平民と侮る事はせず定型的な貴族の挨拶を交わして友好を示す。

 しばらくの歓談の後、パリスは改まって話を切り出す。

 

「時にタナトス殿の領地でヒッポグリフに乗った年若い貴族の姉弟を見かけませんでしたか。私の子供達なのですが、しばらく前に家出をしておりまして」

 

「ヒッポグリフに乗った二人ですか?」

 

「ええ。使用人の話ではここから南に飛んで行ったと聞きまして。南と言えば貴殿の支配するトロヤの街が一番大きく、何かしら情報があると思いますが」

 

 タナトスはどう誤魔化すか悩んだ。オットーの処遇なら気にする必要はないが、姉のエピテスの事を正直に話せば確執が生まれる。いずれバレるのは分かっているが、この場で白状した場合明日の戦にどう影響するか分からない。下手をしたら戦そっちのけで、こちらに攻撃を仕掛ける可能性だってある。

 仕方なく、不都合な情報を伏せて事実だけを伝える事にした。

 

「ええ、存じています。あの姉弟は私の首を狙って街に来ていましたので、護衛のヤトが相手をしました」

 

 タナトスはヤトを呼んで、パリスの前に引き出す際に小声で姉の事を誤魔化せと耳打ちした。

 

「正確には僕が相手をしたのは御子息のオットーだけですよ。姉の方は仲間が相手をして拘束しました」

 

「それで子供たちはどうしたのかね?」

 

「どちらも見習いですから殺さず高くなったプライドを圧し折っただけです。弟の方は腕を折りましたが、姉はトロヤの街で元気に働いてます」

 

「そうか。オットーとエピテスは元気にしているか。タナトス殿、不肖の子供がご迷惑をおかけした」

 

「何をおっしゃいますか。あの時の私はシノン殿下に傅く前の単なる叛徒でしかなかったのです。それを討ちに来たお子等は何ら恥ずべきものの無い誇るべき若者です」

 

 タナトスはパリスと姉弟を褒めて持ち上げておく。こうしないと後々面子を損なって余計な面倒が増える。

 それから二人は表面上お互いを褒めるのに忙しく、暇になったヤトは護衛の獣人に挨拶をする。彼はヤトに視線を向けて一度首を縦に振っただけで口を開く事は無かった。

 お喋りは嫌いと受け取ったヤトは笑顔のまま、一瞬で剣の間合いに入ったように見せかけてから、回り込んで彼の真後ろを取った。

 

「おや」

 

 ヤトの口から賞賛が零れる。猿人は背中を取られはしたが、足で小石を後ろに蹴飛ばして礫にして牽制をかけた。咄嗟の行動としては上等だ。勿論ヤトは全ての小石を回避している。

 並の相手なら気付く事すら無理、それなりの使い手でも前に気を取られて後ろに気付かない。遊び半分とはいえ狙いに気付いて牽制した腕前は流石領主の護衛と言ったところか。ラース軍の騎士より余程腕が立つ。

 

「………今は止めておけ。戦が終われば機会もある」

 

「そうですね。楽しみは後に取っておきます」

 

 上が友好的な態度を示しているのに雇われ者が戦っては面目が立たない。幸い二人の上役は褒め合いで今の遊びに気付いていない。今回はここまでだろう。

 ヤトはこの国での楽しみがまた一つ増えて機嫌が良かった。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 幸いにもラース側の夜襲は無く、無事に夜が明けてヒュロス軍は行軍を再開した。

 その後も一切の敵対行動には遭わず、軍の指揮官達は正直拍子抜けだったが本命の街の攻略に邪魔が入らないのは良い事でもあり、警戒はしつつ行軍を続けた。

 

 正午まで幾ばくかの時がある頃、ヒュロス軍は固く閉ざされたラースの街の門前で陣形を整えた。

 まず戦の礼儀としてヒュロス側の指揮官の一人が一騎前に出て門前で降伏勧告をする。

 すると街の外壁の上から細部まで装飾を施した鎧を着た青年が怒鳴るように拒否した。

 

「この恥知らず共がっ!!よくもそのような禍々しい物言いを吐き出せたものだな!!我が両親のポントとミルラを先だって暗殺しておいて、今更貴様らの慈悲など乞うと思うてかっ!!」

 

「何を言っているっ!?勝ちの見えた我々が領主夫婦を暗殺して何になる!」

 

「とぼけるなっ!!昨夜、二人の暗殺者が屋敷を襲い、父と母を殺して逃げたのを多くの使用人が見ている!!亡骸にくっきりと残ったフォトンエッジの傷が何よりの証拠だ!!」

 

「そんなもの我々は関知せぬ!これ以上言い掛かりをつけて我らを侮辱するなら降伏も許さん!!」

 

「よかろう、ならば両親の無念を晴らすため、このモロトが神に代わって成敗してくれるわ!!」

 

 降伏勧告は失敗に終わり、外壁の上に現れた多くの弓兵が弓を構えて戦闘開始の合図とばかりに矢の雨を振らせた。

 多くは盾で矢を防ぐが、運悪く幾人かの兵士は倒れた。負けじとヒュロス側も三方から矢を射かけて、弓兵の圧力を弱めつつ歩兵を壁に取りつかせようとする。

 数度の斉射を耐えた歩兵が壁に取りつき、梯子を壁に掛けたり鉤爪付きのロープを投げ、反対に防御側が必死でそれらを妨害するか、上から石を落としたり熱湯を浴びせた。

 ただ、この規模の街の攻防戦にしては防御側の抵抗がかなり弱い。やはり事前の戦の損失と切り崩し工作が効いている。

 既に多くの兵士が弓の有効距離の中に入り、十数名が構えた破城槌の一撃が扉を揺らして徐々に、そして確実に正門の耐久力を削っている。

 いきなりの危機に守備兵の顔に恐怖が差し込む。古来より抵抗する街が陥落すれば悲惨な未来が待っている。何もかも奪われて男は殺され女子供は犯しつくされる光景を幻視した兵士は死に物狂いで防衛する。

 それでも一時間もすれば正門は破られて、そこから兵士が大挙して街に侵入。魔導騎士や貴族も雪崩れ込み、中の兵士と血で血を洗う乱戦となった。

 怒号と断末魔、女子供の悲鳴と血に酔った兵士の高笑い。あらかじめ火付けの禁止を言い渡して火種を取り上げておかなかったら、さらなる混沌が街全体を覆っていたに違いない。

 

「けっ!耳障りだぜ」

 

 ヤトの近くに居たオットーが街で行われている乱痴気騒ぎを不快に吐き捨てた。戦となればこうした兵士の乱取りはボーナス代わりに日常的に行われるはずだが、彼はお気に召さないらしい。

 一個人が不快感を示そうとも戦が止まる事も無く、しばらく街で悲鳴が絶える事は無かったが、昼過ぎには領主の屋敷の一番高い所に掲げた旗が切り落とされて、代わりにヒュロス家の旗が風に靡く光景が見えた。

 この時点で雌雄は決したと判断した総大将のシノンは直衛の騎士を引き連れて街に入るよう差配した。

 

 夕刻に分かった事だが、ラース家の殆どの男は戦死。女もそれなりの歳の者は戦って死ぬか辱めを受ける前に自害。生き残ったのは隠し部屋に逃れた数名の女子供だけだった。

 シノンは生き残った子供たちまで殺す気は無く確保に留め、ラース家との長きにわたる戦いに勝利宣言をした。

 

 


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