東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第25話 暗躍

 

 

 ≪タルタス自由同盟≫がシノン王子より古城を与えられてから十日が経った。それだけの時間があれば簡単ながら人数分の宿舎は出来上がり、あちこち崩れた城壁も石を積み直してかつての防御力を一応取り戻した。

 城内に巣食う動物たちは追い払われ、穴の開いた壁も綺麗に補修されて隙間風も無い。調度品の類は無いので些か殺風景と言えなくも無いが、元よりこの城に来客は絶無であり、戦うための城としての機能を取り戻したと言ってよい。

 それでもタナトスは満足しない。彼は宿舎のさらに外側にもう一つ壁を作って、城をより強固な造りにしようと考えていた。ただ、建材が足りなかったので近くの岩場から石を切り出して使った。

 ヤトは剣で大岩を次々ブロック状に斬って運搬班に渡した。普通岩から切り出しても形を整えなければ建材としては使えないが、最初から必要な寸法と形状を伝えれば寸分違わぬ大きさに切ってしまうので、石工の仕事の大半が無くなってしまうほどだ。

 クシナとクロチビは運搬班でその怪力を余すことなく奮っていた。切り出した石材を乗せたソリを大の男が十人がかりで運んでいる隣で、クシナは同じ大きさの石を片手で抱えて歩いて、後ろには十倍の石の乗ったソリを引っ張るクロチビの姿が名物になっていた。

 一方カイルも建築現場で重宝されていた。彼が樹木の精霊に頼めば木を好きな所に生やして加工する必要すらなく形を自由に変えられるので、木材の節約に大いに貢献していた。石材と生きた木によりがっちりと組まれた外壁は強固そのものであり、崩すためには敵は多大な労力を支払う事になる。

 外壁の四方には新造した物見櫓もある。これもカイルが生やした大樹を利用して、太い枝には監視小屋を設けてある。これでいち早く敵襲を察知出来るはずだ。

 このように突貫ながら城の防備を整えた≪タルタス自由同盟≫だったが、大きな問題を抱えている。食料備蓄に不安があるのだ。

 元々タルタスは寒冷で土壌が痩せて農耕に適した土地ではない。それでも平地では大麦、ソバ、イモなど荒地でも育つ穀物を育てるか、ヤギや羊などを放牧して肉にしている。

 自由同盟も城の周辺の土地は好きにして良いとシノンから裁量を貰っているのだが、この近辺は土が痩せているのと高低差があって畑には向かず、精々家畜の放牧に使うしか使い道がない。これでは千人を超える者達の胃袋を満たすには全然足りないのだ。

 一応街で当座の食糧は買い込んでおいたし、トロヤの街で買って隠しておいた食糧も回収してあるから一年は困らないが、余裕はあったほうが良い。

 そんな訳でまず羊とヤギの放牧を始める傍らで、僅かでも畑を耕そうと≪タルタス自由同盟≫の開墾が始まった。

 

 自由同盟が牧歌的な作業に明け暮れるのとは正反対の世情だったのが現在のタルタス国内だ。

 タルタス全土は今まさに戦乱の幕が上がりかけていた。

 事の発端は地方の隣接する領地の民同士によくある諍いだ。領地の境にある森でやれ煮炊きに使う薪を取り過ぎた、境を超えて家畜に草を食わせた、川の上流に勝手に堰を作って水を止めた、などどこの国にも転がっている他愛もない争いだった。

 そうした争いは互いの土地の領主が交渉で治めるのだが、不幸にも今回はその範疇を超える問題が起きてしまう。

 揉めている領地の村の食糧庫で不審な火事が起きた。泡食って消火作業に当たっていた際、村人は現場から逃げていく数名を目撃していた。翌朝村人が火事の後始末をしていると、なぜか小屋の近くには揉めていた領地の紋章が入った剣が置きっぱなしになっていた。

 村人は剣を火付けの動かぬ証拠として領主に提出。彼は相手領主に事の次第を問い詰めるが、相手は知らぬ存ぜぬの一点張り。

 そして翌日には反対に突っぱねた領主の屋敷が火災に見舞われ、現場には相手領主の家紋入りの旗が残っていた。

 これを逆恨みの報復と判断した屋敷を焼かれた領主は相手に賠償を請求。応じなければ武力行使も辞さないと脅した。

 相手は当然拒否だ。こうなると互いに引かず、寄親の制止も聞かずに勝手に手勢だけで戦を始めてしまった。

 こうした小さな領地の小競り合いは珍しいイベントではなかったが、それがタルタス全土で一斉に起きたとあっては収集がつかない。

 中には王族の領地や王子や王女が婿入り嫁入りした家でも起こってしまい、誰も仲裁を聞かず、民は好き勝手に近所の土地に攻め入っては略奪を行い、治安の悪化を招いた。

 これを好機と捉えて勢力拡大の名分にしてはどうかと考える者も一定数いるのが戦火が容易に収まらない理由だろう。第二王子ディオメスや第五王子オーディスがその一派である。彼等は一度燃え上がった火を消さないように、援軍を送ったり大義を振りかざして度々敵対する兄弟の派閥の地に攻め入っては実効支配を重ねていた。

 刻一刻と変化する状況に陥る国で自分達はどのように動くのか――――――率先して動く者、機を窺う者、嵐が過ぎ去るのをただ待つ者、他人の都合で動かされる者。タルタスは誰も予測の出来ない混沌へと突き進んでいた。

 

「―――――とまあ、今のタルタスはこのように誰が敵か味方か分からない状況です」

 

 主だった貴族が轡を並べるヒュロス家の会議室の末席で、タナトスは一番遠く離れた場所に座るシノンに投げかける。

 タナトスは城の増築と開墾を部下に任せて、軍議の席で己の知り得る情報を同僚となった貴族や主人と仰ぐシノンに開示した。

 

「タナトス…殿は情報に通じておりますなあ。一体どうやって知り得たのか後学のためにご教授願いたいものですな」

 

「然り然り」

 

 貴族の一部が成り上がりの覆面男に侮蔑八割称賛二割の賛辞を送る。彼等にしてみれば下賤な輩が同じテーブルに就いているだけでも赦し難いのに、自分達に先んじて発言を許されている現状が不快でならない。

 タナトスはそれを分かっていてもシノン以外にはへりくだった態度を取らなかった。自分はお前達と同格で、それ以上の仕事をしている。そう態度に出していた。

 おまけに彼はさらなる油を注いで貴族の敵愾心を燃え上がらせる。

 

「何のことはありません。私が国全土に放った同志が戦を起こすように仕事をしてくれただけです」

 

「バカな!?一体いつそのような事を!」

 

「トロヤの街を落とした翌日に命じました。現地協力者の確保は何年も前からですが」

 

 覆面男の返答に会議室の貴族達が絶句した。トロヤの街が落ちたのは三か月も前の事で仕込みはさらに数年遡る事になる。そんな前からこの得体のしれない男が陰で蠢いてタルタス全土を良いように引っ掻き回していた。貴族達の中で侮蔑よりも見抜けなかった不快感と警戒心が勝り始める。

 部屋の主のシノンはといえば貴族と同様にタナトスを警戒しているが、同時に使いこなせれば相当に有用とも心の天秤を揺らしている。

 主の機微を知ってか知らずか、危険な男と判断されたタナトスは挑発するようシノンに視線を投げかける。危険だろうが使いこなせる器量を持っていると思わせて自尊心を刺激するタナトスの誘導術でもある。

 

「それを踏まえた上で未来の国王たるシノン殿下は如何なさいますか?」

 

「―――――過程はどうあれ全てを下して上に行かねば王にはなれぬ。だが今すぐ全ての兄弟や私に跪かない貴族を敵に回す必要は無い」

 

 シノンの発言に一部の貴族は他の兄弟に同盟を持ちかけると予想した。だが、彼の打つ手はそれだけに留まらなかった。

 

「私の名で父以外の全ての王族と王宮で要職に就く貴族に、タルタスの乱れを憂いて世を平らかにするための心積もりがある旨の手紙を出せ。あくまで個人の私欲に寄らず国を想う心以外の文は書くな」

 

「ははっ!」

 

「それと近隣で小競り合いをしている領地があれば私が仲裁に入る。言う事を聞かなければ討伐も辞さないと領主に触れを出せ」

 

 シノンは領地の拡大はせず、平和を望む姿勢を見せて野心の無さを兄弟たちに示して余計な警戒心を抱かせないよう振舞う。一方で言う事を聞かず争う者は容赦せず、武力を以って領地ごと奪い取ることも辞さないつもりだ。

 言う事を聞けば実質的に配下に加えて影響力を増大。背けばそのまま領地を奪う。どちらを選んでも利はあった。

 配下の貴族達はそれぞれ使者として各地の領地に赴く役を与えられた。それ以外にもいつでも戦えるように派兵の準備を命じられる。

 さらにシノンはタナトスにもある仕事を申し付ける。

 

「お前の配下は私の兄弟たちの下に付く貴族に接触して連絡を取るのは可能か?」

 

「勿論です。時間はかかりますが私の手はどこにでも触れられます」

 

「なら私に味方した者は望むままに地位でも土地でも与えると囁け。勿論子や孫の代まで重用するともだ。その上で騒乱の火を絶やすな」

 

「仰せのままに」

 

 タナトスに与えられた仕事は騒乱の拡大と他陣営の貴族への調略だった。このような人材の引き抜きや切り崩しは日常的に行われるが、基本的に地味なので人気が無い。まして煽動や破壊工作といった汚れ仕事は言わずもがな。

 不審な新入りにはお似合いの仕事だと他の貴族が侮蔑交じりに言うが、タナトス自身は平然としたものだ。あまりに堂々とした態度故に皮肉を言った貴族の方がシノンから窘められる始末で屈辱に身を震わせた。

 その後、タナトスはシノンからはこれまでの働きに報いる形で纏まった活動資金を与えられた。それなりに正当な評価をされている証拠だった。

 ≪タルタス自由同盟≫の中には貴族の使い走りをするのに不満を持つ者も多いが、それでも離反者が出ていないのはひとえにタナトスへの信頼だろう。

 彼等は腹に不満を抱えつつも、精力的にタナトスの命令に従うこととなる。

 

 


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