東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第30話 俺より強い嫁に会いに行く

 

 

 ヘファイスティオン率いるセンチュリオン集団の犠牲者の簡単な葬儀を終えてから、タナトスは鹵獲したドラゴンを駆って主君と仰ぐシノン王子に会いに行った。供には護衛のヤトがクロチビを足に土産を担いで一人付いて来ただけだ。

 ヒュロスの街は凶事など一つも無いとばかりに平安を保っていた。≪赤鬼≫の言う通りイドネス将軍は弟のシノンを殺さず、≪タルタス自由同盟≫だけを排除する事を優先したわけだ。

 屋敷に赴いた二人は厩にドラゴンを預けて、すぐさま家令にシノンとの面会を頼んだ。

 多少待たされたが、二人は無事にシノンに謁見室で目通りした。

 

「我が主!ご無事なお姿をお目見え出来て心より安堵いたしましたっ!!」

 

 挨拶すらせず第一声にこれでは腹芸に長けたシノンも面食らう。

 タナトスは膝を着いて無礼をした事を詫びて、改めて定型の挨拶をする。ヤトは扉付近で荷物を担いで控えたままだ。

 

「急に来て私の顔を見るのが目的か?何か不味い事でも起きたのか?

 

 シノンはこの時点で既に厄介事の臭いを感じ取りつつ、タナトスの目を見てまだ致命的に悪いとまでは思っていなかった。

 そしてタナトスの口から二日前に城がセンチュリオン達に襲撃された事を伝えられて渋面を作る。次にどれだけの被害が出たかを聞いて、さらに顔が渋くなった。兵数千三百のうち、一夜で実に二割の損失が出たと言われれば誰でもこんな顔をする。

 

「それで襲撃者の生き残りは居るか?」

 

「はい。副団長のヘファイスティオンを捕らえました!」

 

「オーガの混血の≪赤鬼≫をか!?あの化け物を………信じられん」

 

 実物を見た事のあるシノンは口でどう説明しても信じそうになかったので、ヤトは荷物の箱から戦利品の三叉の槍や血の付いたフォトンエッジを床に転がした。

 見覚えのある槍やその他に二十を超える多様なフォトンエッジが転がるのを見て、流石に事実と受け止めた。

 さらにシノンは襲撃を命じたのが兄のイドネスと知って、すぐさま家臣および旗下の領主達に軍を編成して参集するよう兵に命じた。

 

「タナトスよ、お前の手勢はどれだけ戦に出られるか?」

 

「はっ!七百は確実に出せます!」

 

「来てもらってすまんが、すぐに戻って戦支度をせよ!冬が来る前に兄と一戦交える!!我が忠臣を暗殺などという卑劣な手にかけるとは……もはや兄とは思わん!!」

 

 シノンの相貌には憤怒の炎が宿っていた。多少胡散臭くとも広大な領地を献上してくれた家臣を殺そうなどという輩は、たとえ血を分けた兄だろうが到底許せる筈が無い。ここで何もせず泣き寝入りなど、いずれ王に立つ者としてもあってはならない。

 問題は自分達の兵力だけで国軍の指揮権を持ち、自前の戦力も有する兄に勝てるかという確証だ。

 今は国中で小競り合いが起きて、王領の治安維持のために国軍の一部が鎮圧に駆り出されて、通常よりは兵力が少ないので勝つだけならそこまで難しくは無い。

 重要なのはその後も続く戦のために可能な限り兵の損耗を避けることだ。何せ兄弟はまだ何人もいるし、他家に嫁に行った姉妹の子達を担ぎ上げて挑んでくる貴族も出てくるに違いない。己の損失を防ぎつつ、敵の勢力を削らねばどれだけ兵がいても足りない。

 現実的な問題に兄への殺意で頭に上った血がすっかり降りていた。

 

「――――私だけがイドネスを相手にする必要は無いか。誰ぞ同盟でも結んで損害を押し付けた方がいい」

 

「では殿下の次兄ディオメス財務卿を一時的に味方にしてはいかがでしょう?」

 

「ディオメス兄をか。―――あの兄は自分の利益になりそうなら誰とでも組むだろうが、不利と分かれば切り捨てる判断も早い。オーデュス兄の方はどうだ?」

 

「五兄オーディス殿下は小競り合いをする貴族の方々の仲裁に駆けずり回っておりますので望み薄かと」

 

 シノンは次兄ディオメスの強欲な気性と決断の速さを知っていたので大きな対価を払わされるのを疎んだ。代わりとして五番目の兄を同盟相手にと思ったが、タナトスからすげなく困難さを指摘されて言葉に詰まる。

 オーディスは五番目の王子でシノンの兄にあたる。人柄の良さと地位から多くの貴族と縁を結び、王宮にも少なくない影響力を持つ人物だったが、それ故に国内全土が騒乱になった今は調停役として寝る間もない程に酷使されていた。味方になれば頼りになるが、今しばらくは落ち着いて話も出来ないだろう。

 

「分かった、お前の意見は熟考に値する。下がって軍勢を整えて来るが良い」

 

「はっ!可能な限り迅速に戻ってまいります!」

 

 打てば響く返答をしてタナトスは脇目も降らずに退出した。ヤトは床に転がしたフォトンエッジを全て回収して、いそいそと箱に詰め直した。

 シノンはタナトスの退出を見送ってから思案に耽る。誰をディオメスの使者に送るかだ。今は南部の平定を進めていて手の空いている人材が乏しい。最悪同盟を断られて殺されても惜しくない人材が適当と思われる。

 そんな都合のいい人間が手元に転がっている筈が無いと自嘲した後、閃きというか忘れていたコルセア親子の事を都合よく思い出した。

 今あの親子はトロヤの街に治療を名目に実権を奪って軟禁してある。父親の方は次兄と懇意にしていたので使者として送れば話ぐらいは聞いてもらえるだろう。最悪領地を奪われて多くの貴族の秘密をバラ撒かれた責任を咎に死んでも構わない。上手く協力を取り付けられれば儲けものだ。成功した見返りに街の統治権を返還する約束をしてやれば死ぬ気で働くだろう。

 良い人材が見つかり、シノンはすぐさま秘書官に命令書を作らせてトロヤの街に伝令を向かわせた。

 数日後。命令書を受け取ったコルセア親子は自由を奪っておいて、勝手な命令を押し付けてきたシノンに怒ったが、街の実権を取り戻せるチャンスとともに、いざとなったらディオメスに寝返る事も考えて了承した。

 そして親子はシノンと会って、ディオメスとの交渉成立の暁にはトロヤの街の返還を確約させた。

 憂いの無くなったコルセアは息子のブリガントと共に王都へと旅立った。

 

 

     □□□□□□□□□□

 

 

 シノンが兄イドネスとの戦いを決意してから半月が経った。 

 ≪タルタス自由同盟≫の兵士七百名はシノン王子の旗下三千の兵の中に組み込まれて、共に北西に向けて行軍していた。

 兵士は誰も彼も鬱々とした顔でやる気なさげに仕方なく足を動かして前に進んでいた。やる気の無い兵士を貴族の指揮官が罵倒するも、兵士達は生返事で返すだけで遅々として速度は上がらなかった。

 もう暦は秋だ。そろそろ冬支度を考える季節なのに戦をさせられるのだから、軍全体の士気が低いのも道理だった。それでも軍の半分は亜人で構成されているので、名目上でも亜人の弔い合戦となれば士気が上がる兵も少しはいたのが救いだろう。

 そんなやる気の無い軍勢の最後尾でヤト達はドラゴン達の背に乗ってダラダラしていた。戦はまだ先だったので適度に力を抜くのは特に問題ないので周囲から咎められるような事は無い。

 と言うより、この一団に物申せる輩など軍団に一人も居ない。総大将のシノンすら出来るだけ刺激しないように気を遣っていた。

 エンシェントエルフのカイルとその従者ロスタはさして問題は無い。共にセンチュリオンを一人討ち取っていても実力的には他の面子に比べて多少落ちる。

 ロスタのメイド服はヘファイスティオンとの戦いで破損してしまったので、新しく繕って若干デザインが変わっていた。

 問題は残りの連中だ。

 一本角の≪赤鬼≫ヘファイスティオン。本来はシノン軍の敵なのだが今は行動を共にする益荒男だ。ただし、彼はシノンに忠誠を誓ったわけでも≪タルタス自由同盟≫の理念に共感したわけでもない。まして金や褒美が欲しくて戦う事も無い。鬼が戦う理由は己を負かしたヤトが戦うから共に付いていく。それだけだった。そこにかつての地位と恩恵への執着など微塵も無い。彼にはより強くなろうとする渇望だけが心にあった。同時にヘファイスティオンにとってヤトは生涯で唯一の友と思っていた。

 当然軍では裏切りや内通の可能性が上がったが、ならば実力で排除しようとは誰も言えない。相手は一介の剣士に負けたとはいえ、この国最高峰の戦士だ。下手に戦えば平気で数百人は殺される。仕方なくシノンを始めとした軍の指揮官たちは不干渉を決め込み、管理と責任をタナトスに押し付けた。

 その鬼と暇さえあれば殺し合い手前の手合いをし続けて、ほぼ勝ちを得ているヤトも明らかに恐怖と畏怖の視線を集めていた。そこまでなら無名の剣豪として、男達から恐れられながらも憧れを抱かれたただけで済んだ。一番問題だったのがクシナだ。

 それは何気ない一言が始まりだった。

 行軍数日目の休憩時。ヤトとヘファイスティオンは日課になりつつある殺し合い紛いの立会いを終えて、喉を潤していた時の事だ。

 ヤトはただの水だったが、赤鬼はバケツ一杯に搾り取った牛乳をガブガブと牛馬の如き勢いで飲み干して豪快にゲップをする。彼はヤトに後れを取ったのが余程悔しかったのだろう。ここ半月、毎日必ず一杯は牛乳を飲んで骨へのカルシウム補給を欠かさなかった。おかげで前より骨が強くなったと豪語している。

 それは置いておくとして、休息の合間に何度目かの敗北を喫した赤鬼は勝者の剣鬼に負けた事はあるのか尋ねたのがきっかけだった。

 

「模擬戦でならたまに負ける事があります。それに実戦でも負けはしなくても死にかけた事が何度か」

 

 アポロンの近衛騎士の事を話したり、昨年サイクロプスと戦って死にかけた事など簡潔に話す。

 ヘファイスティオンもサイクロプスと戦った経験があり、なかなかに手強い相手だったと笑っていた。彼のようなオーガとの混血でも身の丈が三倍以上ある一つ目の巨人は楽に勝てない相手だった。

 あとはアジーダのような意味の分からない頑丈さを持つ種族不明の輩の事も軽く教えて、フロディスには山のような巨体を誇る古のゴーレムが居た事を話せば、彼は羨望の眼差しを向けた。

 

「やはり世界は広いわ!俺は長い事狭い場所で偉そうにしていた小鳥よ。ここは身を改めて、外に修行の旅に出るとするかのワハハ!!」

 

「おっさん、騎士の仕事はいいのかよ」

 

「そんなものどうでもいいわ!俺はセンチュリオンだの何だの持ち上げられておるが、実際は強いだけの奴隷と変わらん!……いや、生まれからして家畜同然よ!!」

 

 たまたま様子を見ていたカイルが呆れるが、当の赤鬼はどこ吹く風。むしろ清々したとばかりに身の上を話してくれた。

 ヘファイスティオンはオーガの父とこの国の貴族の血を持つ母との間に生まれた。ただしそれは幸福な結晶として世に生まれ出たわけではない。

 ヘファイスティオンの母方の祖父が己の意に沿う強い駒を欲しがり、買い取ったオーガに平民の使用人との間に設けた娘を宛がった。そこに娘への愛情など欠片も無く、貴族にとって戯れに犯した女が身籠った子など家畜とさして変わらない。

 ほどなくして娘はオーガの子を産んで死んだ。役目を終えた父も死に、ヘファイスティオンは戦士として祖父の元で成長した。祖父の目論見通り、オーガの肉体的強靭さと貴族の魔導の力を持った混血の子は生涯全てを強くなることに費やして、祖父が死ぬ頃にはタルタス最強の騎士となった。

 実力でセンチュリオンの副団長の座を得て、財貨も有り余るほど得た。食う物に不自由せず望めば女も幾らでも抱けた。

 用意された道を歩くだけの生に幾らかの不満はあったが、強さという物差しと道具はオーガの血によく馴染み、順応していたように思えた。

 

「だがお前と戦い気付いた。そんな与えられたモノに飼い慣らされていた俺はどこまでも家畜でしかなかった!だから俺は力以外の全てを捨てて広い世界に行き、強き者に挑む!!」

 

 ヘファイスティオンはトライデントを高く掲げて、まるで神へ誓うように宣言した。ヤトとカイルは彼の宣誓に程度の差こそあれ共感を感じた。男は誰しも強さを求め、未知を求める探求心を少なからず持っているのだから。

 

「外の世界を見聞するのは良い事だと思います。僕も自分より強い相手と出会えて、生涯を費やすに値する命題を得ました」

 

「なんとっ!?お前より強きものが居るというのか?それは是非俺も戦ってみたいものよ!!」

 

 ヘファイスティオンは驚愕し、喜悦を露にして未知の土地に想いを馳せる。

 ヤトは彼の望みを叶えてやろうと近くで昼寝をしていたクシナを起こして連れて来た。

 ヘファイスティオンはクシナの事はヤトの嫁として知っているが、その正体や実力には関心を向けていない。だから自らに敗北の屈辱を味合わせ、同時に世界の広さを教えてくれた友人の口から、負けた相手と言われても到底信じられるものではなかった。

 言葉では信じられない、なら実際に試してみるのが道理というもの。

 鬼は大きく息を吸い、両腕から無数の骨を折り重なるように展開して胸の前に交差させた。その形は巨体と相まって、あたかも骨で作られた城壁のようだった。

 

「奥方、俺を殴れ!!」

 

 唐突な殴打要求に周囲にいた全員が固まる。気が狂ったような物言いだったが目は真剣そのもの。彼は己の肉体と異能を物差しにして、ヤトの言葉を確かめようとしていた。

 クシナは変な要求に少し困惑したが、ヤトから深く考えずに言われた通り、加減せずに正面から殴るように勧めた。

 旦那に言われてクシナは渋々ヘファイスティオンの正面に立った。

 一方は一本角の巨漢、もう一方は捻じれた二本角の傷身矮躯。両者の身長差は倍近く、重量は考えるのも馬鹿らしいほどに差があった。

 だから百の言葉を伝えるよりも一度実際に殴らせた方が早かった。

 クシナは前に向かって飛び、左手を振りかぶった。生を受けたと同時に生涯を全て修練に費やした鬼から見て、技も業も何も無い不出来な拳。それが鋼にも匹敵する無数の骨の盾を粉砕して、岩の如き両腕を砕く理不尽だったと知った鬼の心中は如何なものであったか。

 数十メートルは殴り飛ばされて、観衆をなぎ倒した末に赤鬼は止まった。

 

「これでいいのか?変な頼みをする奴だ」

 

 理不尽の具現は欠伸をして再び昼寝を始め、不気味な沈黙が支配する。

 その後、ヘファイスティオンは持ち前の回復力と異能で二日後には腕も完治したが、妙な目標を立てて周りから生ぬるい視線を集めていた。

 

「俺は俺より強い女を探して嫁にする!」

 

 つい先日最強の元センチュリオンを殴り飛ばした実例を見た以上は居ないとは言えないが、長い旅になりそうだと思われた。

 

 


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