東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第34話 地獄への扉

 

 

 年の瀬、雪がちらつく中で、王都タルタロスにおいて第二王子にして財務卿ディオメス、第三王子のイドネス将軍、両名の葬儀が執り行われた。

 喪主は父親のジュピテル国王だったが、実際の差配は長子のプロテシラが行い、その補佐としてシノン王子が就いていた。直接ではなくとも戦場で殺した当人が葬儀を進めるのは甚だ出来の悪い劇のようだったが、誰もそれを公然と批判する事は無かった。勿論陰では色々と言われていても、都の側に居座る三千の飢えた兵を見れば嫌でも気を遣う。

 一応シノンもこのままずっと居座る気は無く、とりあえず葬儀を終えて年内には領地に引き上げるつもりだった。成果は既に十二分に上げている。成果とはもちろん棺に押し込んだ兄二人。ライバルを二人消したのだから、これで今後はぐっとやりやすくなった。それに葬儀では次期国王の長兄の補佐役として多くの王都貴族や民に認知された。この事実は他の競争相手に一歩先んじる。

 あるいは最も大きな成果は兄の孫娘と我が息子が婚約を結んだ事だろう。残念ながら兄の娘たちは全員二十歳を超えて嫁いでいるので無理だった。だから八歳の孫娘を婚約相手として乞うた。息子は十二歳、年も釣り合うので思ったより悪くない婚姻だ。

 それに兄の一人のオーディスは縁のある貴族同士の争いの仲裁に奔走して葬儀には間に合わなかった。兄の葬儀にも出ないような薄情者と宮廷雀達はここぞとばかりにこき下ろしている。これで後継者レースから大きく水を開けられた形になる。有力な兄弟はほぼ居なくなったので、油断こそ出来ないが今後のレースが楽しみだった。

 内心ライバルの兄達が減って嬉しくて仕方のないシノンだったが、そんな感情は微塵も顔に出さずに粛々と葬儀の進行を取り仕切っていた。淡々と儀式を進める彼の関心はもはや葬儀や兄より父である国王に向いていた。

 ジュピテル王は今年六十五歳を超えた老齢だ。もはやいつ死んでもおかしくはないものの、既に政は息子や家臣に任せているので崩御した所で政治的混乱はさして無い。本人もそれを分かっているから酒と若い女を相手にする毎日を楽しんでいた。いや、女に関しては元からだろう。何せシノンを含めた兄弟の殆どは母親が違う。妾は数十人はいて、手つきとなった女性はその数倍は居ると言われている。

 王は子をなすのも政務の一つだろうが、今生の王はタルタスの歴史でも五指に数えられる女のだらしのなさだ。当然王の寵愛を巡って女同士の争いは激しい物だったし、貴族でもない平民の使用人にも構わず手を出し続けていたのだから、悲劇は一つや二つどころの話ではない。それだけの事をしていても寿命で死ねるのだからある意味、神が味方しているとさえ国民は囁く。

 ともあれ最近はやはり歳のせいか段々と食欲も失せていると聞く。病気とも囁かれているので、あの王も持って五年の命ともっぱらの噂だ。ただ、そうなった所で長男が王位を継げばそれで十年、二十年は平穏な時が流れる。

 何の事は無い、どれだけ魔導の力を持った王とて、人にとって必ず訪れる死という運命からは誰も逃れられない。息子達と同じように残った者に送られる。それだけのことだった。

 

 

 ―――――夜半。

 無事に葬儀を終えた王城の使用人や兵士の精神は緩んでいた。突然の訃報と冬場の悪路で予定の弔問者の半分しか来れなかったとはいえ、各地から貴族が供を連れて大挙して押し寄せたのだ。食事やら身の回りの世話で行き着く暇も無く、夜中になってようやく一息吐けた。

 使用人の一人が厨房から夕餉で余った酒樽をこっそり持って行く。これぐらい辛い仕事のお零れだから文句を言われる筋合いはない。廊下を警護する兵士に見られても一口味見させてやれば黙るはずだ。

 ちょうど廊下の曲がり角に眠そうに立っている若い兵士がいる。あいつも眠いのに頑張って見張りをしているんだから一口ぐらい飲ませてやろう。声をかけようと口を開けた瞬間、兵士から力が失われて壁に寄りかかって眠ってしまった。

 よほど眠かったのかと呆れながら兵士を起こそうと近づいた使用人もまた強烈な眠気に襲われて、床に身体を投げ出して眠ってしまった。廊下に樽がゴロゴロと転がる。

 

「いやはや、エルフの眠りは効き目が良いな」

 

「でも効いてる時間は短いから過信はしないでよ」

 

 軽口を叩くタナトスに花を携えたカイルが苦言を呈す。兵士や使用人を眠らせたのはカイルに頼まれた花の精の眠り粉だ。ヤト達とタナトス、それにおまけで付いて来たヘファイスティオンの六人が固まっていても騒がれないのは全てカイルのおかげだった。

 六人は兵士や使用人達を片っ端から眠らせて薄暗い廊下を歩く。目指すは王の寝室。タナトスの話では魔導の秘密を暴くには王の身柄の確保が大前提らしい。

 さすがに城で王の身柄を確保するなど無謀極まりないとカイルは渋ったが、タナトスから今日で用心棒契約は打ち切ると言われて、今までの報酬と込みで革袋一杯の宝石を渡されたら否とは言いにくい。どうせ事が終わればクシナの背に乗って逃げて二度と来ないと思って不承不承ながら引き受けた。

 花の精の助力を得たカイルによって無人の道を歩くかのごとく、六人は城の上部最奥へと辿り着く。

 大仰な扉の先には一国の王が居る。鍵は夜番をしていたセンチュリオンの懐から失敬した。

 鍵を使い扉を開けるとまず漂って来た臭気にクシナとカイルが顔をしかめる。生臭さと汗臭さの混じり合った情交の臭い。誰が誰と何をしていたのか言わずとも分かる。

 部屋の主は寝台で高いびきをかいて若い女と共に暢気に眠っていた。息子たちの葬儀の夜だろうと構わず若い女と寝れる図太さと好色には誰もが呆れる。

 起きると面倒なのでカイルが花の精に頼んでさらに深い眠りに誘うつもりだったが、それをタナトスが制して無造作に寝台に近づく。彼は先に起きそうになった女の顔をフォトンエッジで殴り昏倒させて、その音で起きた王にも一撃食らわして悶絶させる。

 痛みで転げ回る王に猿轡を噛ませてから両手両足を縛って動けなくした。裸で縛られた老人に王の威厳は欠片も無かった。

 

「誰か王冠を持ってきてくれ。後で必要になる」

 

 言われてロスタが机の上に置いてある宝石を随所に散りばめた金細工の王冠を被って持って来た。

 

「どやぁ」

 

 王冠を被ったメイドが偉そうにしていても全く似合わないが、その仕草がツボに入ったヘファイスティオンとクシナがゲラゲラと笑う。

 ついでとばかりにロスタに王を担いでもらって、寝室から引き揚げる。

 

「次は下に降りるぞ。地下の開かずの扉が魔への入り口だ」

 

「あれがか?何でお前が知ってるんだ?」

 

「俺の育ての師から話に聞いただけだ。師は元はこの城に居た」

 

 この中では一番城に詳しいヘファイスティオンの疑問にタナトスは淡々と答えて部屋を出ようとした。だが、ここでケチが付いた。

 城中で眠った者達を不審に感じた一部の者が王の様子を見に来ていた。そこでばったりと縛った王を担いだ六人と鉢合わせになり、兵士の一人が笛を鳴らして異常を城中に知らせた。

 ワラワラと集まって来る兵士や騎士であっという間に出入り口が塞がれてしまった。

 

「面倒ですが全部斬りますか」

 

「待て待て。理由は後で説明するから出来るだけ殺さずにやり過ごしてくれ」

 

 実力差からさして難しくない注文でも、この数をいちいち加減して斬るのはうんざりする。言う事を無視しても良いが今はタナトスの顔を立てて、ヤトは翠刀を抜き放って床に突き刺した。

 

「『旋風』≪つむじかぜ≫」

 

 強烈な気の奔流が石畳の床を粉々に砕いて大穴を開けた。その穴に六人は次々入って階下に降りる。次はヘファイスティオンが、その次はクシナが床を砕いて穴から降りる。そうして一度も戦わずに一階まで降りた一行。追手が降りて来る前に足早に地下を目指す。

 途中運悪く接敵したセンチュリオンもあえなくヤトやヘファイスティオンが討ち取り、六人とジュピテル王は地下の開かずの扉の前にまで来た。

 重厚な一枚の扉が鎮座している。脇には等身大の凹凸が無い人型の金属像が置かれていた。この地下だけは上層の造りとかなり異なる。おそらく建築した時代が異なるのだろう。古い城ならよくあるといえばある。

 

「それで、ここからどうするのさ」

 

「大丈夫だ。ちゃんと鍵は用意してある」

 

 タナトスはロスタから王を引き取って彼女に王冠を像の頭に乗せる様に頼む。

 ロスタが言われたまま被っていた王冠を像に乗せた時、階段から大挙して騎士達が押し寄せた。七のフォトンエッジが襲い掛かり、それをヤトとヘファイスティオンの二人が全て捌き切って、センチュリオンが目を剥く。自分達の攻撃を捌き切った事に、ではない。明らかに殺さないように加減された事にだ。

 センチュリオン達に怒りによる苛立ちはあったが、再度襲いかかる事はせず冷静にジリジリと間合いを伺うに留まった。地の利はこちらにある以上は逃がさないように退路を断って物量と持久戦に持ち込めば必ず相手が焦れて根負けすると確信していた。

 そこに騎士達の後ろから怒鳴り散らすように宰相プロテシラとシノンの兄弟が寝間着に外套を羽織って乱入した。兄の方は騎士を押しのけて一番前に来たが、弟は決して騎士の前に出る愚を犯さない。

 

「貴様ら父を人質に取って何とする!」

 

「タナトスっ!!貴様あれだけ目をかけてやった私に泥を投げてつけて何のつもりだ!?」

 

「初めから忠誠心なんてあるはずがないだろう。俺はこの扉の向こうに用があったからアンタを利用しただけだ」

 

 王子二人が激しく罵ったが、タナトスは唇を吊り上げてあからさまに嘲る。不遜な態度に逆上したシノン王子だったが、流石に周囲の騎士から前に出るのは止められる。

 タナトスは王子達に背を向けて、縛って自由を奪った王を像に近づけて顔の部分に触れさせた。王と金属像の接吻にヤト達の口から嗚咽が聞こえた後、金属が擦れる音を立てながら開かずの扉が横にスライドして、奥には下へと続く階段が見えた。

 

「さあ行こうか。王子のお二人さんもこの国の真実を見たいなら来るといい。地獄が見えるぞ」

 

 六人は開いた扉の奥の下り階段を降りて姿を消す。タナトスは引き続き王を人質にして、王冠も回収した。

 残った騎士達はこの場の最高位のプロテシラに判断を仰いだ。当然逃がす選択は無く、二人の王子は騎士を伴って誰も踏み入れた事の無い領域へと身を投じた。

 

 


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