東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第39話 夜明け

 

 長い夜が明けて太陽が王都を照らす。王都に住む民にとってこれほど太陽が待ち遠しかった日はかつて一度も無かっただろう。真冬の夜に身一つで投げ出された住民は狂い踊る怪物達の目を盗んで命からがら街の外に逃げた。多くは混乱の中で死んだが一部は外で待機していたシノン王子の軍に保護されてどうにか生き延びた。

 夜が終わり、民は顔を覗かせる太陽に感謝して、同時に変わり果てた都の姿に涙を流した。王都の北西部は瓦礫の山と化し、今もなお火災は止まらず、王都の象徴だった城は半分が崩れ落ちて黒煙を上げていた。一体どれだけの労力を費やせばかつての栄華を取り戻せるのか見当もつかない。

 それでも住民は兵士から一杯の粥を貰い、それを平らげてから再び街へと戻った。寝間着で座り込んだままでは厳しい冬は越せない。自らの街は自らの手で直すしか無いのだから。

 

 半壊して廃墟同然となった王城の前にヤトとオットーが姿を現した。二人とも生傷だらけの上に血塗れ、ヤトは布を巻いた右腕以外上半身裸でオットーも素肌が所々見えているがこちらは上からボロボロになった毛皮のマントを羽織って寒さに震えていた。

 二人は城の前で炊き出しのスープを貰っていたクシナと半裸で傷だらけのヘファイスティオンを見つけて無事を確かめた。

 

「おーヤト~。おっ?汝はオットーか」

 

「お互いボロボロだなヤト!そっちの小僧はフォトンエッジを持ってるから魔導騎士か。寒いだろうからこれでも飲め」

 

 ヘファイスティオンは自分が持っていたスープをオットーに押し付けた。オットーは相手があの『赤鬼』と気付いて器を取り落としそうになったが何とか持ち直す。

 ヤトも炊き出しをしている女性からスープを貰って啜る。熱々の汁は夜通し戦い続けて栄養を欲していた体によく染み渡った。

 四人は人ごみから離れた瓦礫に腰を下ろして昨夜の事を話し合う。

 

「竜はどうだった?俺はこの通りけっこう手こずったが何とか倒せたぞ」

 

「僕もですよ。ただ、魔人を同時に相手取ると危ういので、まだまだ至らない事ばかりです」

 

 勝つには勝ったがすっきりしない戦いだった事もあってヤトの表情は浮かない。あそこでオットーが来なかったら、あるいは死んでいたのは自分だったかもしれない。戦場でいつでも一対一で戦えると限らないのだ。強さとはどんな状況でも勝ってこその強さと思っていた。

 

「汝等もあんな子供は一捻りするぐらい強くならんといかんぞ」

 

 唯一クシナは男達にしたり顔を見せた。彼女はさっくり古竜を討って後は見かけた魔人族を適当に殴り殺していた。

 それと彼女の話ではヤト達が相手取った三頭の古竜は全て寝起きで本調子ではなかったらしい。つまり寝ぼけ半分の子供を倒したからと言って自慢にもならないというわけだ。強さの頂には遥か遠い。

 竜の話はそこで終わり、話は魔人族との戦いに移る。魔人族は数が多く人とあまり変わらない容姿が多かったので四人ともドラゴンとは違った意味で苦戦する事が多かった。

 何せ逃げ惑う人々に紛れて敵か味方か分からない。人助けなどするつもりは無いが、うっかり民を殺してしまうのは後味が悪いので、一々観察して確実に敵と分かってからでないと戦えない。おまけに住民の中には火事場泥棒を働いたり、率先して犯罪行為に手を染める輩も一定数居たため、余計な手間がかかって面倒だった。

 結局四人が討ち取った魔人は三十にも満たない。水晶の下に閉じ込められていた魔人族はざっと見ただけで六~七十は居た。残りがどうなったかはまだ分かっていない。

 ヘファイスティオンはヤトとクシナの実力は知っていたので驚かなかったが、オットーの事は知らなかったのでヤトの話を聞いて若い騎士が中々強いと知って興味を持つ。

 

「お前若いのに強いな。どうだ、俺と外に修行の旅に出んか?」

 

「あんたセンチュリオンの副団長だろ。仕事はどうするんだよ?」

 

「んなもんとっくに辞表出して辞めたわ!あんな退屈な仕事より俺はこの国の外で強い奴と戦いたい!!」

 

 悪びれない物言いにオットーは複雑な顔をする。魔導騎士の彼にとってセンチュリオンは子供のころからの目標だ。それをあんなものや退屈な仕事呼ばわりは腹が立つが、相手は間違いなく当代一のセンチュリオン。他人が偉そうな事を言うなら剣で撤回させてやるが当人に文句は言えない。それにオットーはヤトと戦い、国の外には数多くの強者が居る事を知った。強い相手と戦いたいというヘファイスティオンの気持ちも分かる。

 ただ、センチュリオンを目指さず国外に出る事には抵抗感はある。だから修行の誘いに迷いはしても即答しなかった。

 

「いきなりこんな事言われても踏ん切りが付かんか。俺はもう少しならこの国に居るから考える時間をやろう」

 

「あ、ああ。少し考えさせてくれ」

 

 迷っているオットーに少し気を遣ってヘファイスティオンは返答の催促はしなかった。

 そしてスープを飲み干して暇だったクシナは思い出したようにオットーに問う。

 

「修行と言えばあのウナギの女との修行はいいのか?」

 

「ウナギ…?あっ、ナイアスの事か。そっちは区切りがついたよ。元々理力を鍛えてもらっただけだから一月ぐらいで済んだ。で、その後、あんたらが王都に行ったと聞いたから追いかけて、都が燃えてたから急いで見に行って戦ったんだ」

 

 修行の成果は言うまでもない。おかげでヤトも随分と助けられた。

 四人がスープを飲み終えた頃、カイルとクシナがセンチュリオンの集団と共に合流した。センチュリオンの半数は怪我をしていて、何人かは仲間に担がれていた。カイルは汚れは目立つが傷は見当たらない。

 カイルはヤト達が無事だったのを喜んだが一緒に居たオットーの顔を見ると無意識に後ずさりした。オットーの姉の事で気まずいのだ。オットーの方も色々と複雑な気持ちを抱えているが武力で解決するつもりはなく、互いを見ないように振舞う。

 

「いや~魔人っておっかないね。精霊が助けてくれなかったら僕は死んでたかも」

 

「それと魔導騎士の方々との連携もです」

 

 カイルは緊張感が途切れたような軽薄な笑いを作り、後ろのロスタがいつもの無表情で補足した。二人は最初精霊による火災の消火活動に勤しんでいたが、暴れ続けるドラゴンのブレスの凶悪さに、早々に消火を諦めて魔人族との戦いに切り替えた。

 そこでセンチュリオンと即席で連携して多くの魔人と戦った。前衛を務める魔導騎士をサポートするように弓と精霊の力で魔人の行動を妨害して討伐の一助を担った。夜が明ける頃には三十近い魔人の死体を作り、騎士達と勝鬨を挙げた。

 ヤトは自分達が討った魔人とセンチュリオンが討った魔人の数を合わせて六十程度。閉じ込められていた数にはまだ少し足りない。別の場所で死体になっているのか、街の外に逃げおおせたのかは分からないが、今は戦う音も聞こえていないのでとりあえず心配はいらないだろう。仮に魔人が逃げた所で世に数名よく分からない輩が増えるだけ。少々世が乱れてもヤトにとっては些事でしかない。

 

「後の事はこの国の人々が何とかするでしょう。僕達は近いうちにタルタスを出ますので」

 

「こんな有様じゃ冬越えは無理そうだよね。貰うもの貰って出て行った方が良いか」

 

 カイルも近日中の出国に納得する。ここまでタルタスを引っ掻き回せばレオニス王の依頼も達成したようなものだ。むしろ引っ掻き回し過ぎて国が半壊したのを知ったら、あの王は何と思うやら。

 ともかく盛大な寄り道は今日でおしまい。明日から旅の用意をして、三日後にはカイルの故郷のある東に発つと決まった。

 ヤト達は手分けして食料や防寒着の調達に追われた。

 ヘファイスティオンも旅の用意を始める。彼はヤト達とは異なり、とりあえず温かい南に向かうそうだ。オットーは色々悩んだ結果、ヘファイスティオンと共に修行の旅に出る事を承諾した。後ろ髪引かれる想いだったが、強さへの渇望を止めるほどの望郷の念は持ち合わせていなかった。

 

 




次回で第四章は最後です。
それとウマ娘プリティダービーの二次創作として【パクパクですわ ~メジロマックイーンお嬢さまのグルメレポート~】を同サイトで掲載しています。興味があればお読みください。

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