東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

130 / 174
第2話 第一現地民発見

 

 

 ロスタを除く三人は朝食に固いパンを淡々と腹に押し込む。水を節約しなければならなかったので保存用に水分を抜いたパサパサのパンは酷く食べにくかった。

 味気ない朝食を終えて一行は廃屋の外に出る。夜明けの身を切るような寒さにカイルのナイフのように鋭く長い耳が震えた。

 砂漠は日が登る前は寒く、登ってからは暑い。まして今は冬だ。朝の寒さは一層厳しかった。それでも灼熱の昼よりは遥かに活動しやすい時間なので、外套を羽織って寒さを凌ぎつつ廃墟の集落を探索しなければならなかった。

 一行の探し物は集落の中心にあった井戸だ。住民がここをいつ放棄したのかは知らないが生きているなら必ず水がいる。もしかしたらまだ水が枯れていない可能性を期待して井戸を確かめる必要があった。

 石材で囲った直径2メートルほどの大きめの井戸には穴がすっぽり隠せるような大きな石の蓋がしてあった。ヤトはそれをずらして中を覗き込む。

 井戸の中はカラカラに乾いた空気が溜まっていた。念のために石を中に放り込むと、カラカラと固い地面を石が転がる音だけが聞こえた。

 

「水がある音はしていませんね」

 

「あーだめかー」

 

 一抹の期待をしていただけにカイルの落胆は思いのほか大きかった。

 となれば次の目標は砂漠を横断しつつ集落かオアシスを見つける事。幸いクシナがいるので空から探し物をするのは容易だ。ただっ広い砂漠を目印無しに歩き続けるよりは余程効率が良いだろう。

 水が無いと分かったのだからもうこの廃墟に用はない。家探ししたところでどうせ大した物も無いだろし、時間を余計に使えばそれだけ日が高くなって水の消耗が増えるだけだ。

 四人は気持ちを切り替えて出発するつもりだったが、ロスタが三人を呼び止めた。

 

「皆様、あちらから我々の様子を窺っている方がいますが如何いたしましょう?」

 

 三人はロスタの指差す集落の奥まった場所にある廃屋に視線を向ける。他の廃屋と同じように見えるがヤトがじっくり見ると、廃屋の中で何かが動いたような感覚を肌が掴み取った。単に動物がこちらを見ているというような単純なものではない。同時に殺気は感じなかった。

 

「こんな場所に居るとなると僕達より前に砂嵐を避けた旅人か現地民のどちらかでしょう。出来れば情報の一つぐらいは欲しい所ですね」

 

 ヤトは貴重な情報源と判断して何とか接触を試みようと目的の家屋に近づく。

 途中非武装をアピールするために腰の翠刀を鞘ごと砂地に突き刺し、鬼灯の短剣もこれ見よがしに投げ捨てた。

 さらに両手を上げて掌をぐるぐる回して何も握っていない事を示しながら廃屋の前まで来た。

 

「僕達は旅の者です。話がしたいので顔を見せていただけませんか?」

 

 ヤトの言葉に廃屋から動揺の息づかいと確かな物音が聞こえた。

 そしてしばらく見つめていると、黒い外套と黒い頭巾で全身をすっぽり覆った人型が二人出て来た。一人はヤトより長身で杖を手にしている。もう一人は小柄で肩に鷹を乗せていた。どちらも目以外はゆったりとした黒衣で身体を隠していて性別も分からない。

 先に口を開いたのは杖を手にした長身の人物だった。

 

「四人で全部?何をしにこんな砂漠に入り込んだんだい?」

 

 長身の黒服の声は年かさの女性のものだった。

 

「四人で砂漠を横断して東に行くつもりです」

 

「まさかそのなりのまま徒歩で行くの?死にに行くようなものだよ!ねえ母さん―――」

 

「ローゼ!あんたはちょっと黙ってなよ」

 

 ローゼと呼ばれた小柄な方は身体をビクリと震わせて押し黙る。声の質からしてカイルより年下の少女だろうか。

 母と呼ばれた長身の女は気を取り直してヤト達の名を聞き、ラクダや騎獣の類は無いのか問い、ヤトが無いと答えると露骨に呆れた後に怒りを露にする。

 

「あんたら誰も砂漠の知識を持ってないのに歩いて横断しようなんて大馬鹿しかいないのかい!!本気で生きて渡り切れるなんて思ってるの!?」

 

「い、いえ、初日から砂嵐で躓いたからちょっと難しいかと思い直してました」

 

「ちょっと?ちょっとどころの話じゃないよ!!百年に一度の大馬鹿!阿呆!間抜け!」

 

 ローゼの母がひとしきり罵倒した後にスッキリしたのか、後ろの三人を見て盛大に溜息を吐いてからヤトを睨みつける。

 

「あんたはともかく後ろの女子供をこのまま干乾しにするのは娘を持つ親として気が咎めるよ。だからうちに来て装備を整えな」

 

「えーと、良いんですか?僕達が悪党で貴方達を油断させて集落を襲う可能性もあるんですよ」

 

「砂漠を普段着で踏破しようなんて馬鹿な連中がそこまで頭が回るわけないでしょ。つべこべ言わずに来る!」

 

 かなり酷い言われようだったが相手は好意で助けようとしている以上は断るのは礼を失するし、せっかく現地民と接触したのだから機会は最大限活用するべきだろう。

 四人はローゼ親子に断りを入れてから荷物を持って来た。母親の方は四人の荷物の少なさに呆れ返り、特に水の少なさには娘に留められるまで砂漠の暑さ対策を交えた小言をガミガミ言い続けた。

 ローゼは母が息を切らせたのを見計らって出発を促すした。そこでようやく頭の血が降りて来た母親がミソジと自らの名を名乗って、四人を自分達が夜を明かした廃屋に呼ぶ。

 そこには十人程度が乗れる大きさのソリが置かれていた。ただしソリに繋ぐ獣の類は見当たらない。

 

「砂漠にソリ?」

 

「馬車みたいな車輪だと砂に足を取られて動けなくなるから接地面積の大きいソリのほうが使いやすいの」

 

 カイルの疑問にローゼが答えた。彼女はカイルに手伝ってもらって壁に立てかけてあった砂塵除けの戸板を横にずらした。昨日からここに避難して砂嵐を避けていたそうだ。

 ヤトとロスタが壁の穴からソリを押し出す。既に日が登り始めていて少し動くと寒さより暑さの方が強くなってきた。

 それからローゼが天に鷹を解き放つ。鷹はあっという間に上空へと上がり、我こそ空の王者と言わんばかりに高く鳴いた。

 すると前方の砂地が勝手に盛り上がり、次の瞬間に灰色の巨体が砂から飛び出した。

 真ん中あたりに突き出した一対のヒレと大きな尾ビレが特徴の巨体は高く飛び上がった後に再び砂へと潜った。

 

「えっ!?えぇ!?今のなに?」

 

「あれは砂クジラのバーラーよ。あたしの友達なの」

 

 ローゼはカイルが混乱しているのを笑いながらも教えてくれた。

 砂クジラのバーラーは周りを回遊して時折甲高い鳴き声を発してローゼに返事をした。

 ヤトは砂クジラの事は知らなかったが、名称と姿から確かに海にいるクジラに似ていると驚きと共に納得する。なおクシナはどんな味がするのか気になっていた。

 

「砂漠ではね、ああいう砂クジラにソリを曳かせるかラクダでも居ないと旅なんて話にならないよ」

 

 ミソジはバーラーの胴体に巻かれていた革帯とソリとを鎖で繋いだ。これで馬車のようにソリを引っ張ってもらうのだろう。

 それとローゼが四人に、これからどんどん熱くなるから熱中症にならないよう、外套があれば頭まですっぽり被って日差しを防ぐように注意した。

 

「あっ母さん、狩りはどうしようか?昨日の砂嵐でまだ収穫無いよ」

 

「そうだねえ、収穫無しじゃ腹を空かせた子達がガッカリするけど素人を連れて行くのもねえ」

 

「狩りでしたら僕達全員経験ありますよ。まあ森や平原でですけど」

 

「うーん、居ないよりはマシ程度か。最悪解体作業してくれるだけでも手間は減るならいいか」

 

 ミソジは納得してソリの手綱を握った。手綱の動きが砂から半分頭を出したバーラーに伝わり、潮噴きで砂が上空に舞い上がるとソリがゆっくりと動き始めた。

 ソリは意外と速度が出て、馬車よりも乗り心地が良い。ただ砂丘やコブを避けて走るので直線を走れない分時間がかかりそうだ。

 

「狩場はまだ遠いから今はゆっくりしていな。水が飲みたかったら遠慮無しに飲んでいいよ」

 

 そう言って大きな水樽を指差す。実は二人が居た廃屋に枯れていない井戸が隠してあったらしい。お言葉に甘えて昨日から節約して水を飲んでいたカイルが最初にコップに注いで美味そうに水を飲んだ。ローゼはそれを見ておかしそうに笑う。

 それからしばらくソリは蛇行をしながら快調に砂上を走り続ける。

 

「ところで狩りの獲物は何だ?美味いのか?」

 

「外の者が食って美味いかどうかは知らないけど、砂漠でしか食べられない物さね。だから実際に食ってから確かめなよ」

 

 食に関して最も関心の高いクシナがミソジに尋ねると、ある意味当然の返答をする。これはこれで想像を掻き立ててクシナは上機嫌になった。

 

「あたしたちは≪スナザメ≫って呼んでる砂魚だよ」

 

 ヤト以外の三人はミソジの挙げたスナザメなる生き物のイメージが湧かなかった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。