東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第5話 一宿一飯の恩義による助太刀

 

 

「ミトラ先生の知り合いですか?」

 

「ええ、そうよミート。でもここで会うとは思わなかったわ」

 

 一緒に居たミートと呼ばれた褐色黒髪の少女がおずおずとミトラに話しかける。年のころはカイルやローゼよりも年上でヤトより少し年下ぐらいに見えた。顔立ちがフィレに似ていて年を考えれば親子だろう。それと彼女の首にはサロイン同様に『生と豊穣の神』の牛の木彫りが掛かっていた。

 

「やっほーミート姉ちゃん!ミトラ先生とアジーダさんも久しぶりー!」

 

「ローゼ、帰って来たのね。後ろの方は?先生達の知り合いみたいだけど」

 

「カイル達は砂漠を歩いて渡ろうとしたから母さんが止めたの。それから狩りを手伝ってもらったんだ。先生達と知り合いなのは知らなーい」

 

「そこの三人は顔見知りだ。特にヤトは俺と生死を共にした事もある仲だ。そうだろう?」

 

 アジーダがヤトに気さくに話しかける。実際に殺し合いをしているので言ってる事は全くの間違いではないものの、ヤトは内心そこまで馴れ馴れしい関係ではないと思った。

 しかしローゼやフィレはそのままの意味で受け取り、特にフィレは三人への態度を露骨に軟化させた。

 家主のサロインも帰ってきて改めてミトラ達の口からヤト達が知り合いと教えられると、やはり先程とは打って変わって友好的な態度に様変わりしてしまった。

 ただ、唯一ミートだけはヤトの顔を凝視した後、愛らしい顔を強張らせた。

 サロインはミトラ達の為に用意していた食事をヤト達にも食べていくように勧める。偶然再会した知り合いと友好を温めてもらおうという気遣いなのだろう。

 断るのも礼を失するのでヤト達は共に食事を執る事になった。ついでにローゼも一緒に食べる事になった。

 九人は出来上がった料理を囲む車座になって羊毛で織った絨毯の上に座る。

 羊は村のオアシスの周囲に生える草を食べさせて育てていた。

 料理は鍋で羊肉と葉野菜を果汁で蒸して塩を振っただけの簡素な調理法だった。飲み物は水と羊乳だ。

 

「お客人にこんな簡素な料理で済まないな。夜には祭りの前の祝宴だからもう少し手の込んだ料理が出せるんだが」

 

「私達の事は気にしないで良いわ。元々旅ばかりしているから大した物は食べていないもの」

 

 申し訳なさそうにサロインは頭を下げるが、ミトラは笑顔で野菜を食べて美味しいと返した。フィレはその言葉に救われたのかホッとしている。

 ヤト達もミトラの後に続いて、それぞれ料理に手を伸ばす。

 外で食べたスナザメも美味かったが、やはり焼くだけよりも少しは手を加えた料理はまた違った美味さがある。

 クシナも相変わらずの健啖家ぶりを発揮してどんどん肉を平らげていく。

 食べている最中にカイルはアジーダとサロイン一家やローゼを見比べる。彼等は服装に関連性は無いが肌の色はほぼ同じ褐色だ。似たような土地で生まれ育ったのだろうかと思い、本人に直接尋ねてみた。

 

「アジーダさんは砂漠の出身なの?」

 

「ここから離れているが砂漠で生まれたのは確かだな」

 

「ミトラさんの方は?」

 

「私は全然違う場所よ。もう随分帰っていないからどうなっているかしら」

 

 ミトラはかつての故郷を思い返しているのか遠い眼をして心あらずといった様子だ。

 サロイン達はミトラ達を『先生』と慕っていてもあまり深い事情は知らないと言っている。昔から二人は年に一度この時期にやって来ては砂漠で手に入らない薬を持ってきては具合の悪い村人を診て、子供達に色々な事を教えているらしい。それでいて何か対価を求めた事が無いので誰もが慕う恩人なのだと教えてくれた。当然ローゼもミトラの事を慕っている。

 ヤト達はなぜ二人がこの村にそうした援助をしているのか見当もつかない。そもそもが二人の事はまともな手段では死なないという事しか知らないのだ。だからこうして食を囲む機会を得た以上は少し情報が欲しいと思って質問をする。

 

「ところで前に手に入れた本はどうなったんですか?」

 

「もう用は済んだから欲しかったらやるぞ」

 

 ミトラの代わりにアジーダが毛筋も惜しくないという顔で懐から一冊の本を取り出してヤトに投げ寄越した。以前タルタスの王城の地下にあった本の表紙と一致する。

 ヤトは本を手に取って中身を見ても何が書いてあるのかさっぱり分からない。魔人族を何千年も封じていたのだから単なる落書き帳とは思えないが、魔法の知識の無いヤトには何なのかも理解出来なかった。

 容易に捨てるのも考え物だったし、年代物の魔導書という事もあり高値がつくかもしれないのでカイルに渡しておいた。

 

「それでお前達はこれからどうするつもりだ?俺達はこの村に逗留して祭事が終わるまで居るつもりだが」

 

「水を分けてもらえばすぐに出ていくつもりです」

 

「あらそうなの?もう少し村に居てくれた方がこちらとしても助かるのに」

 

「それは祭事に使う祭具を狙っている盗賊の事ですか?」

 

「何だ知っていたのか。毎度のことだが数だけは多いから俺達だけで相手をするのは面倒だ。お前達も手伝ってくれるとありがたい」

 

 アジーダの言葉にヤトは疑問を持った。彼の強さは直接戦った己が良く知っている。その強者がたかが数が多いだけの盗賊風情に後れを取るとは思えない。盗賊が村を優先して襲うのを守り切れないと判断して協力を要請しているのか、あるいは本当に面倒だから押し付ける気なのか。

 もう少し情報が欲しいのでサロインの方にも盗賊について聞いてみると意外な答えが返って来た。

 

「実は我々の村は余計な食べる以外の殺生や流血は禁じている。例えそれが盗賊であっても殺してしまうのは『豊穣の神』はお許しになるまい」

 

 自分達の大事な祭具を狙う盗賊にも慈悲の心を見せる村長の能天気さにはヤトどころかカイルも頭痛を覚えた。これではいくらアジーダが強くて死に難くても対処が遅れてしまう可能性がある。

 だからと言ってさして関係の無い自分達まで巻き込んで面倒を背負わされるのは困る。

 カイルは断ってしまってもいいのではと、ヤトにしか聞こえないように囁いた。しかし兄貴分の反応は悪い。

 

「アニキは手伝う気?」

 

「貧しい村から水と食事を頂いた以上は何もしないわけにはいかないですよ。あくまでこの二人に使われるのではなく、一宿一飯の恩義として村を助けるだけです」

 

 ヤトは殆ど口を動かさず、サロイン達には聞こえない小声で弟分に返答した。流石に面と向かって当人達に貧しいなどと言うのはヤトだってしない。

 

「一宿一飯の恩義……分かったよ。僕も反対しない」

 

 カイルもヤトの選択を渋々ながら認めた。

 旅人にとって見ず知らずの者から宿を借り食事を提供してもらう行為は決して忘れてはならない恩と言われている。特に貧しい者が自らの食べ物を分け与えた行為は何よりも尊い。

 ましてカイルのような盗賊は日の光から弾き出されたはぐれ者。人から恩を受けて何も返さない輩は仲間内からも外道と誹られて爪弾きを受ける。故にこれはサロイン達を哀れに思っての事ではない。あくまで己の矜持を穢さないためだ。――――仲良くなったローゼのために働こうとは少ししか思っていない。

 

「では食事を頂いた返礼として村の為に出来る限りの助力を約束します。盗賊は全て追い払いましょう」

 

「なんと!?村の為に力を貸してくれるというのか。さすがアジーダ殿が見込んだだけの事はある」

 

 サロインは感極まってヤトとカイルに頭を下げた。フィレは話している間にクシナとローゼが殆ど食べてしまった料理のお代わりを作ると言って台所に引っ込んだ。

 ただミートは露骨にヤトに疑いの目を向けていた。そして彼女は意を決して口を開いた。

 

「あのヤト…さんはなぜ碌に知りもしない私達の村の為に危険な事をするんですか。その……ミトラ先生達の知り合いだからと言って私はすぐに信じられません」

 

「ミート!せっかく村のために働いてくれる方々に失礼だぞ!」

 

「でもお父さんだって最初は余所者が村に来たって聞いたら嫌がったじゃない!」

 

 娘の反論にサロインは言葉を濁し、食卓に沈黙が降りた。

 沈黙を破ったのはお代わりを催促するクシナだった。全く空気を読まないクシナをミートが睨みつける。

 

「どうした、儂が殆ど食べたから怒っているのか?」

 

「そうじゃないわよ!私は貴女達を信じてないの!」

 

「?それで?」

 

「それでって―――」

 

「儂も汝達なんぞどうでも良いと思ってるぞ。飯をくれたからその分だけ働くだけだ」

 

「―――分からない!――――貴女の言う事なんて全然分からない!!」

 

 ミートは父親の制止を振り解いて家を出て行ってしまった。

 サロインは多くを語らず、ただ客人に頭を下げて娘の不徳を謝罪するしかなかった。

 結局食事を続ける雰囲気ではなくなってしまい、早々に暇を貰う羽目になったヤト達は掃除の終わったミソジの家に引っ込んで祝宴のある夕方まで時間を潰す事になった。

 暇になったのでそれとなくミソジにミートの事を尋ねると、何か思い当たる節があったのか言葉を濁しつつも話してくれた。

 

「サロインの家は代々村長と司祭を担う家だからね。娘のミートもいずれは家を継いで村を背負わないといけない身だから色々と大変なのさね」

 

「ミート姉ちゃんも大きい方の姉ちゃんが村に居たら良かったのにさー」

 

「ローゼ!村を出て行った薄情者の事は言わない掟だよ!」

 

「はーい」

 

 それっきり親子はミートの家の事を口にしなくなった。

 ヤト達も深く聞くような話と思ってなかったのでこの話はそれっきりだ。

 

 


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