東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第8話 邪神の徒

 

 

 四人は無数の蹄の跡を辿り砂の海を行軍する。今は指先がかじかむぐらいに寒い夜だったが速足の行軍によって身体は温まる。

 カイルは歩きながら蹄の向きと数、それと沈み具合を確かめて情報かく乱が無いのを確認していた。

 行きと思わしき足跡は多少差があれどどれも同じ程度の深さで隊列を組んだように整然と砂に刻まれている。

 しかし帰りは明らかに列が乱れているのと、やけに沈んた蹄の跡の隣に浅い跡が幾つも見られた。

 深い方は荷物を大量に乗せた馬の蹄の跡によく似ている。おそらく動けない怪我人を乗せた分重くなったのだろう。

 逆に浅い跡は空荷の馬の手綱を取って併走させた足跡と思われる。

 これだけはっきりとした証拠が残っていれば一端の斥候のカイルなら容易く追跡出来た。

 今は月も出ている時間なので方角を間違う事も無い。無論村の場所が分からなくなるような間抜けな事もしない。

 一行は何の差し障りも無く月明かりの追跡を続けた。

 

 

 追跡を続けた四人は太陽が完全に姿を現す頃に目的地と思わしき盗賊達の拠点を見つけた。

 予想通り拠点はオアシスだった。大人数が砂漠で居を構えようと思えば確実に大量の水が必要になる。

 そのオアシスを囲むように砂色の天幕が並んでいる。遠目から見れば人工物があるようには見えない。

 

「――――ここから見える範囲で人が二十ぐらい。あと馬っぽい変な四つ足の獣が三十は見える。あれがラクダって奴かな」

 

「薬を持ってこい、添え木を当てろ、包帯が足りないから適当な布を使え―――とか騒いでいるぞ」

 

 カイルの目とクシナの耳によってオアシスの拠点は晒された。負傷した者の手当てをしているのなら、ただの商人のキャラバンという可能性は消えた。あそこが昨夜の盗賊の根城だ。

 

「それでアニキの方針は?」

 

「少し情報を得ておきたいのでまずは話をしてみますか。名目は『これ』を返すということで」

 

 ヤトは懐から金細工の首飾りを出す。女盗賊が落とした『法と秩序の神』の意匠の『剣を乗せた天秤』だ。

 話し合いの場を持つにあたって力づくで入り込むよりはどうでもいい名目でもあった方が良い。

 そういうわけで四人は真っ向から歩いて盗賊の住処に入る事になった。

 オアシスの拠点の盗賊達は怪我人の治療に忙しかったがそれでも見張りはきちんと仕事をしている。その内の一人が拠点に近づく四人に気付く。

 最初はオアシスに水を求めて来た旅人かと思ったが、見張りの一人がすぐにヤト達の顔を見て態度を豹変させて武器を構えた。

 

「くそっ!つけられていたのか!!こいつらが我々に仇なす魔人だっ!!」

 

 見張りの声にワラワラと十人ばかりが剣を持ってやって来たが、ヤトが高らかに首飾りを掲げると一瞬だけ盗賊の殺気が霧散した。

 

「この首飾りを持ち主に返しに来ました。面会を求めます」

 

「それはミレーヌ様の!?――――魔人ずれが何を世迷い事を!!」

 

「ならその剣で僕達を殺せますか?昨夜良いようにあしらわれたのに」

 

「おのれぇ!『法と秩序の神』に仕える我等神官戦士を舐めるでない!!」

 

 盗賊改め神官戦士たちは己が信奉する神への祈りと共に戦う覚悟を決めた。

 じりじりと間合いを詰める戦士達も突如後ろから聞こえる大声に機先を挫かれた。

 張り上げた声の主はどたどた砂を巻き上げ、戦士達をかき分けてヤト達の前に立った。

 

「皆さん久しぶりです!!おいどんを覚えていますか!?」

 

 ゆったりとした服の上でも分かるぐらいでっぷりと肉の付いた大柄の身体に愛嬌のある顔立ちをした狸の獣人だ。その顔に最初に気付いたのはクシナだった。

 

「おっ?スラーだ」

 

 狸人のスラーはクシナが名と顔を覚えていてくれたことに喜んだ。

 一年ほど前にフロディスの鉱山都市で饗を共にした三人組の一人との予期せぬ再会は戦いの気を霧散させた。

 しかしそれで収まるはずはなく、リーダー格の神官戦士は緊張した面持ちでスラーを問い詰める。

 

「スラーよ、この魔人とどこで知り合った。話の次第では―――」

 

「この人達は魔人じゃありません!困ってる人を助ける気持ちの良い人達です!ドロシーお嬢もヤンキーだって同じ事を言います!!」

 

 スラーの剣幕に一歩引いた戦士はどうしたものかと顔を見合わせた。彼等は魔人や犯罪者には苛烈でも同胞に剣を向けるような気質は持ち合わせていない。

 何より魔人と思わしきヤト達の前に立つスラーの抜けているが善良と言って差し支えない内面を知っている。だからどうしても剣を向けるのを躊躇ってしまう。

 そこにもう一人、三十歳前の金髪女性が加わる。

 

「何だいスラー、私の事を呼んだ―――――あら、こんな砂漠で知り合いに会えるとは思ってなかったわ」

 

「奇遇ですねドロシーさん。一年ぶりぐらいですか」

 

 ヤトは『法と秩序の神』に仕える金髪の女性――ドロシーに挨拶をする。

 神官戦士達もスラーはともかく正規の神官であるドロシーには強く出られず、あくまで理性的にヤト達との関係を問い詰めた。

 ドロシーは包み隠さずフロディスの鉱山都市でたまたま一緒に仕事をした仲と話す。それから逆にヤト達がなぜ魔人なのかを戦士達に問い、昨夜の奇襲の失敗と怪我人を出したあらましを聞いて、彼女は頭に指をあてて簡潔な事実に気付いた。

 

「もしかしてあの魔人の村に雇われた?」

 

「正解です。だから僕達はあの村を襲う盗賊を退ける義理があります」

 

「と、盗賊だと!?我々神に仕える敬虔な神官戦士を下賤な盗賊と言うか!!」

 

「夜中に無力な村に武器を持って大勢で押し掛ける集団を盗賊と言わずに何と言えば良いのか教えてもらいたいですね」

 

「魔人に与する無法者が言わせておけばーーー!!」

 

「止めなさい!!………えっと、あんた達の事も聞きたいから、とりあえず客として扱うから大人しくしてほしいね」

 

「分かりました。それとドロシーさんから持ち主にこれを返しておいてください」

 

 ヤトはドロシーに首飾りを渡して、クシナ達共々大人しく戦士達に前後を固められて拠点の中に連れて行かれた。ただ、客として招かれたので武器は取り上げられず手も縛られてはいない。

 四人に宛がわれたのは日よけと砂地に薄い布を敷いた簡素な広い天幕だった。中は風通しも良く、ひんやりして過ごしやすい。客人用というわけではないが嫌がらせというほどの扱いでもない。

 しばらく座って待っているとスラーともう一人の男がパンと水差しを持って来た。

 スラーに話を聞きたかったが何か言う前に彼はもう一人の方に引っ張られて行ってしまった。余計な情報を与えないように警戒されているのだろう。

 仕方無いので用意してもらった食事に手を付ける。勿論毒や薬の類が入っていないか確かめてから口にした。

 簡単な食事を終えて夜通し走った疲労で気が抜けて欠伸が出始めた頃、ようやく最後の一人の狐人のヤンキーが訪ねて来た。

 ヤンキーは四人との再会を喜んだものの、彼は単なる案内役を命じられただけで碌に話す事も無いままヤト達を所定の大型の天幕へと導いた。

 彼が先頭に立ち、ヤト達も続いて天幕へと入った。

 天幕内は広々としていて二十人は纏めて入れる広さがある。

 中には既に四人の戦士が直立不動で待ち構えており、奥にはドロシーともう一人顔を晒した金髪の女性が座っていた。歳はヤトより少し上で20歳程度だろうか。時折咳をして胸を押さえている。慎ましい胸にはヤトが返却した金の首飾りがあった。

 

「ん…んん!客人よ、座られよ」

 

 女性の勧めで四人は各々の好きなように座る。

 

「まず初めに首飾りを届けてくれたことに礼を言う。私はミレーヌ、『法と秩序の神』に仕える神官で、この集団の預かる者だ。ゲホッ、貴殿らはドロシー殿の言う通り、本当に魔人ではないのか?」

 

「僕は耳を見れば分かるけどエルフだよ」

 

「私はただのゴーレムです」

 

「儂は見ての通りだ」

 

「僕は生まれは人間ですけど」

 

「………………そうか。言うべき事は多々あるが、魔人と違うのは理解した。しかし他の者から聞いたが何故あの村に雇われた?何を対価に我々秩序の担い手に剣を向ける?」

 

「村人に水を貰いました」

 

 ヤトの簡潔な答えにミレーヌは一瞬顔から全ての感情が抜け落ちて呆ける。その後すぐに言葉の意味を理解して怒りを隠さず睨みつけた。

 彼女は昨夜の襲撃を指揮を執っていた。それをヤト達に邪魔されただけでなく、鳩尾に一撃貰って今も呼吸がおかしい。不調の身体を押して冷静に襲撃者と話し合いの場を設けたというのに、たかが水のために辛酸を舐めさせたと知って感情を抑え切れなかった。

 

「あの村は魔人の巣窟だぞっ!人間やエルフと相容れない種族のために水如きで命を賭ける必要が…ゲホォ、ゲホッ!それどころか奴等は邪神復活を目論んでいるのだっ!!我々の邪魔をするのは止めろ!」

 

「はあ、邪神復活ですか」

 

「ゲホッ……とぼけるなっ!奴等が数日後に邪神降臨の儀式を企てている事はとうに見抜いている。それを何としても阻止せねば世界が災厄に見舞われて無辜の民がどれだけ死ぬと思っている!!」

 

 村のミソジは『生と豊穣の神』に捧げる祭事を行うと言っていた。村長やその娘も豊穣神に仕える司祭だ。ミレーヌの言うような邪神とは関わりが無いはず。

 それに祭事は昔から十年毎に行っているのだから毎度世界の危機に陥るはずだ。しかし今も世界は存続している。

 村人とミレーヌの情報には齟齬が大きい。これはもう少し突いて情報を得るべきとヤトとカイルは視線で意思を交わす。

 カイルはわざとらしく悲しい顔を作ってショックを受けたような態度を取る。

 

「僕達は何も知らされてなかったのかな。そういえば村の人は祭事には祭具が必要って言ってたけど、それも邪神の祭具なの?」

 

「……いや、それは我々『法と秩序の神』に所縁の聖なる器と大神官様より聞いている。あの魔人達は恥ずかしくもなく聖なる杯を用いて邪神を降臨させようと企んでいると情報を掴んでいる」

 

「それを僕達が壊してしまえば邪神の儀式は防げますか?」

 

「ま、ゴホッゲホ……それは出来れば避けたい。祭具は本来神殿に納めるべき貴重な物なんだ。可能な限り無傷で取り戻したいと大神官様の仰せだ」

 

 ヤトとカイルは今までの情報の齟齬から確信とまで行かなかったものの、祭具を欲しがる大神官とやらに功名心や野心の臭いを嗅ぎ取った。しかし思考を読ませないように神妙な面持ちで頷いた。

 ミレーヌはこの時点で自らの徳でヤト達を改心させられたと思い込み、さらに畳みかけにかかった。

 

「私も恩返しをしたい気持ちは尊いと思うがここは多くの民と正義の為に共に働いてくれないか?」

 

「働くというとどのような役割を?」

 

「連中の儀式は二日後に行われる。祭具はそれまで固く封印されて魔人も触れられない。だから儀式を行う直前に奪う手助けをしてほしい」

 

「あれ?ならなんで昨日の夜は村に?」

 

「封印は村の邪神官がいなければ解けないと聞いている。だから拘束して儀式の日に解かせるつもりだった」

 

 盗賊働きどころか人質を取っての脅迫までするとは、『法と秩序の神』の神官というのは随分と過激な手段を執る。

 まるで己の法を執行するためなら何でもしていいと思っているのか。

 ミレーヌや護衛の神官戦士達は己の所業に何の疑いもない。

 しかしドロシーは苦々しい顔を晒していた。彼女はこのような蛮行は好まないように見える。

 ヤトは信仰に凝り固まった懐疑的な情報に信を置けなかったので、個人的な縁も加味してドロシーやヤンキーから詳しい情報を得ようと一つ策を講じた。

 

「分かりました。知らなかったとはいえ敵対したお詫びに助力させていただきます」

 

「分かってくれて私も嬉しい。ゴホッゴホ……」

 

「幸い僕達は村の中に入れますから、一度戻って中から工作をしましょう」

 

「中と外からでは如何な魔人とて一たまりも無いという訳か。ククク……ゲホッゲホ!この聖なる戦いは私達の勝利だ」

 

 咳き込みつつ良い感じに盛り上がっているミレーヌは横のドロシーがヤトとカイルに視線を向けているのにも気付かない。

 ヤト達が退出を求め、すぐ後にドロシーとヤンキーが退席しても彼女は浮かれていた。

 

 


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