東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第17話 花の種

 

 

 『生と豊穣の神』への儀式から幾日が経った。

 今日はヤト達が村を離れる日だった。ミソジの見立てで、この日から数日ぐらいは砂嵐も無い穏やかな天候が続くと見立てだった。

 村の住民達は旅人に複雑な想いを抱いて見送る。

 ヤトがかつてこの村を出て行った少女を殺した事を知り、今回はその妹と戦い重傷を負った。

 幸い妹は無傷で目を覚まして、その日の内に歩く姿が見られてホッとしたものの、ヤトにはどこか隔意が残った。

 感情のわだかまりの正体は村人達も分かっている。勝手に村を出て行った薄情者と罵っていたニートへの仲間意識がまだ残っていたからだ。

 それを口にしては村の掟を軽んじるので、誰も表立って言わない。だからどことなくヤト達が出て行くのを歓迎する空気と、自分達が未だ傷の癒えていない者を追い出しているような気まずさとが混ざった空気が漂っていた。

 ミソジのソリに乗り込もうとするヤトの足どりはおぼつかない。ようやく右足の指先に肉が張り付いただけで力が入らず踏ん張りも利かない。

 それでも両の足で歩けるようになっただけマシだ。腕の方は両方とも未だに物を握る事すら叶わない。

 村の中には神の呪いなどと嘯く者も居るが何の事は無い。降ろした神を斬るために生命力のほぼ全てを気功剣として使い果たして、治癒力が減退しただけだ。

 再生が遅いだけでいずれは完治すると分かっていても、腕が使えないというのは中々難儀をする。

 何とかソリに飛び乗って仲間も乗り込んだ。

 

「全員乗り込んだね?じゃあ、ローゼ行くよ」

 

 ミソジの指示でローゼが手綱を操って、砂クジラのバーラーに曳かれたソリは走り出した。ヤト達は誰も村の方を振り向かない。あの村には大して思い入れは無い。あるとすればソリで送ってもらっているミソジ親子ぐらいだ。

 ソリは一時間ほど東へと進み、風塵で表面を削られた大きな岩山が目に入る。もう村は地平線の彼方で見えない。一行は岩の影にソリを寄せた。

 ここで彼女達とはお別れだ。

 

「こんな場所でいいのかい?もう少し送ってやってもいいんだよ」

 

「いえ、人目が無い所で十分です」

 

 砂漠はまだまだ広がっていて、ここから徒歩で踏破するのはかなりの難行だ。せめてオアシスのある場所までは、とミソジは善意で申し出るがヤトは固辞する。

 六人は砂に降り立ち、荷物を確認する。忘れ物は見当たらない。

 各々が礼と別れの挨拶をする中、カイルは荷物から小さな袋を取り出して、ローゼに差し出した。

 

「お別れにこれをあげる」

 

「えっ…ありがとう――――――これ種だよね?」

 

 ローゼは袋から幾つかの小さな植物の種を摘まんで眺める。

 

「うん、全部花の種だよ。砂漠で育つか分からないけど、上手くいけば来年には花畑が見られるかもね」

 

 ローゼは手の中の袋を凝視する。袋にはまだまだ百やそこらは種がぎっしりと詰まっていた。

 ヤトがどこで手に入れたのか尋ねると、ヤンキーから融通してもらったと答えた。

 確かに薬師の彼なら薬の原料になりそうな植物の種ぐらいは常備している。と言っても流石にタダでは譲ってもらえなかったので、タルタスで得た報酬の宝石を一つ渡した。

 花の種と宝石では普通交渉は成立しないが、何しろ碌に植物も生えない砂漠のような特殊環境では、ともすれば宝石よりも花の方が価値を持つので釣り合いが取れてしまう。

 

「嬉しいっ!ありがとうカイル!!」

 

 ローゼは勢いのままにカイルに抱き着いてキスをした。傍にいた母親は顔をしかめても、敢えて何も言わずに好きにさせた。

 情動に任せた拙い抱擁も終わり、お互いの顔を見合わせてから羞恥混じりに微笑んだ。

 

 (現地妻ですかねえ)

 

 ヤトは声に出さなくても、弟分の手の早さにはある意味感服しつつ心配していた。元からエルフは美形が多く、浮名を流す事もままある。カイルもその例に入るのだろうが、いつか酷い目に遭うような気がしてならない。

 されど本人が望んでやっている事なので止めろとは言えない。ヤトだって強い相手が居たら節操無しに挑む悪癖がある以上、同じ穴の狢でしかないので結局は好きにさせていた。

 それにローゼを目に入れておけば、他の女の事は考える暇もあるまい。

 クシナは一行から離れた場所で服を脱いで全裸になった。

 ミソジがいきなり裸になったクシナに声を掛けようとする前に、彼女は本来の姿を取り戻して降り立ち、砂漠に地響きを立てる。大地の震えは風化して脆くなった岩山の一部を崩してしまう。

 唐突に人型が巨大な竜になったのを目撃したミソジとローゼは唖然とする。

 

「では色々とお世話になりました」

 

「生まれ故郷を見つけたら、また会いに行くよ」

 

 ヤトはスタスタと先に行き、カイルはローゼとの再会を告げてからロスタと共にクシナに乗る。

 翼を広げたクシナは砂塵を舞い上げて高く飛び上がった。

 背に乗ったカイルはローゼに向けて手を振り、彼女もまた淡い恋をした少年に忘れられないように力いっぱい手を振り返した。

 次第に巨大な竜は小さくなっていき、とうとう見えなくなった。

 稀人は去り、砂漠はいつもと同じ乾いた風が吹き荒ぶ。

 

「―――――――砂嵐みたいな連中だったね。さあ、泣くのはいいけど帰るよ」

 

 ミソジは大粒の涙を流して声を上げて泣く娘の肩を優しく抱いてソリに乗せた。

 ヤト達の旅はまだまだ続くが、親子の生活もずっと続いていくのに変わりはない。

 ソリを走らせている間に少し落ち着いたローゼは泣くのを止めた。そしてカイルから貰った花の種の入った袋を大事そうに握り、これからの事を話し始める。

 

「私、花を育てるね。沢山咲かせて村をいっぱいの花で綺麗に飾って、カイルがまた来た時に驚かせたい!」

 

「はいはい、やるだけやってみな。けど狩人としての仕事も忘れるんじゃないよ」

 

 淡い恋が何年続くか知らないが、娘の可愛い主張ぐらい見逃してやる度量はミソジにもある。

 それにせっかくの贈り物を粗雑に扱っては相手も報われないだろう。

 こんな砂漠でどれだけ花が咲くかは分からないが、綺麗な思い出にはなるはずだ。

 何時かは知らないが口約束ではなく、娘にまた会いに来るならその時はまた家に泊めて世話を焼いてやろう。

 ミソジはそこまで考えて、意外とあの連中が嫌いではなかったと気付き、暇な時は娘の手伝いぐらいはしてやろうと密かに思った。

 

 

     □□□□□□□□□□

 

 

 ヤト達は二日目の空の旅を快調に進めている。

 ミソジの見立て通り、砂漠は穏やかな顔を見せていて、暑いが砂嵐の兆候はない。

 暇なほうが良いには違いないがそれでも何か見つけようと、カイルはまめに見下ろして何か目に付く物が無いか探している。

 見えているのは黄金色の砂と岩のみ。これが全部本物の黄金だったらどれだけ良かったかなどと、益体もない事を考えては首を振る。

 天から降りつける日差しはどんどん強くなり、風は熱を含んで涼どころか身体から水気を奪い続ける。

 まったくもって住み辛い土地で嫌になる。

 せめて話のネタになりそうな遺跡の一つでも探検しないと気力も干からびてしまう。

 

「―――――砂と岩以外なーんも無し!やっぱり砂漠の墓なんてガセだったのかな」

 

「本当かもしれませんが、そういう墓の多くは人目に付かないような場所に作るものですから、そうそう見つかる物ではないですよ」

 

 あるいは大人数を動員できるぐらい大きな集落が近くにあるはず。忘れ去られた廃墟という可能性もあるにはあるだろうが希望的楽観だろう。

 しかし砂漠の神というのは気まぐれな性格らしい。

 

「汝達の目は節穴か。あそこを見てみろ」

 

 何故か興奮した声を上げるクシナが首を少し右に向けたので、二人はそちらに目を向ける。

 

「「なにあれ?」」

 

 二人の声が完全に一致した。

 視線の先には巨大な岩山が二つも並んでいた。しかもただの岩山ではない。下手な城よりも遥かに大きく、均衡の取れた四角錐の形の岩全体が滑らかに研磨されている。明らかに自然物ではなく、何者かの手による建造物だった。

 カイルは一目でこの巨大な建造物が噂に聞く財宝を蓄えた墓だと確信した。このまま通り過ぎるなど勿論あり得ず、調査の為にクシナに近くに降りてもらうように頼んだ。

 

「探索は構いませんが、今回僕は殆ど役に立たないのは考慮してくださいね」

 

「だいじょーぶ!ここは盗賊の僕に任せて後ろで見ててよ!!」

 

 もはや財宝は己の手の中にあると言わんばかりのカイルに、ヤトは一抹の不安を隠しきれなかった。

 

 

 とはいえこの話は別の機会に語るとしよう。

 

 

 

 

 

 第五章 了

 

 

 

 

 

 





 これにて第五章『砂塵の女神』はおしまいです。
 いつもの半分ぐらいの長さなのは、プロットの後半部を第六章に合流させたためです。
 それでは第六章『迷い子の帰還』で再びお会い致しましょう。お読みいただきありがとうございました。

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