東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第16話 また四人で

 

 

 エルフの村にも春の声が聞こえる季節になった。森には七色の花と生命力に富んだ新芽が無数に咲き始め、小さな虫達も土より這い出て生命の営みを謳歌している。

 村に逗留するヤトもようやく手足が完治して、毎日鈍りに鈍った体と勘を取り戻そうと鍛錬に励んでいた。

 一方、カイルも毎日勉学に励んでいる様だが、最近どうにも詰め込み過ぎて嫌気が差し、元の旅が恋しくなっていた。

 そもそも彼は生き別れになった家族に会いたいと思っても、辺鄙な村にずっと居たいと思ったわけではない。母親に四六時中居られて干渉される事だって面白いとは思っていない。

 何よりも村の見目麗しいエルフの少女達ともう少しお近づきになろうと思うと、必ず邪魔が入ってしまう。これでは生殺しにされているようなものだ。

 段々と刺激の無い、その上抑圧された生活を疎ましく思い始めたカイルは、村から逃げる算段を考え始めていた。

 しかし、ただ逃げるだけでは二度と村に受け入れてもらえないかもしれない。だから共犯者と名分を用意する事を思いついた。

 

「それで僕の所に来たと?」

 

 カイルが頼ったのは兄貴分のヤトだった。

 朝早く家に来て、朝食の乳粥を遠慮無しにお代わりしながら、力を借りたいと申し出る。嫁のクシナはまだ寝ている。

 

「アニキは傷が癒えたら、この村を出るって言ってたからさ。僕も便乗したいんだ」

 

「家出するのは構いませんが、僕がどこに行くのかも知らずについて行くんですか」

 

「じゃあどこなのさ?」

 

「≪葦原≫です」

 

 ヤトは短く告げた。カイルは意外な名に粥を掬うスプーンの手が止まった。

 ≪葦原≫はヤトの生国と聞いている。この村の東にあると言われている≪桃≫の国の、さらに東の国だ。

 

「家族が恋しくなったから里帰りするの?」

 

「少し調べ物が出来たからですよ。まあ、ケジメの一つ二つはありますが」

 

 里帰りは肯定しつつも、ケジメとやらは何も言わなかった。

 ともかく遠方に行くなら刺激に満ちた旅をまた続けられる。クシナという足ならぬ翼もあれば道筋は楽だ。

 これで共犯者は手に入れた。後は村を出て行く名分だ。

 単に仲間の故郷を見てみたい、では動機は弱い。

 

「じゃあアニキがクシナ姐さんと結婚式を故郷で挙げるから参列するって事で」

 

「しません」

 

「えー」

 

「えー、じゃないですよ。僕の事情をダシに使わないでください。………なら≪桃≫に貴方を探している父兄をこちらから迎えに行くとでも言ったらどうです?」

 

「それだっ!!」

 

「えぇ」

 

 適当な案を真に受ける弟分の適当さに、ヤトはちょっと心配になってきた。

 一応≪桃≫と≪葦原≫はどちらも東にあるので同行に問題は無い。途中で別れるも良し、一緒に≪葦原≫まで行ってから帰りに寄っても良い。建前を実行に移すのに問題は無い。

 後はカイルが家族を説き伏せられるか。祖父のエアレンドは何とかなるかもしれないが、母のファスタが許すかどうかは未知数だ。

 説得が駄目ならそれまで。ヤトとクシナだけで村を旅立つ。

 

「僕は三日後には発ちますから、それまでに説得出来なかったら諦めてください」

 

「はいはーい!またよろしく頼むよアニキ」

 

 もはや旅の同行が決まった物と思い、粥をかきこむ弟分の楽天さに溜息が零れた。

 

 

 

「アニキー!!旅の許可貰って来たよっ!!」

 

「えぇ」

 

 昼過ぎに鍛錬の休憩をしていたヤトに、カイルが手を振って伝えに来た。どうせ三日では無理だろうと思ってた矢先に許可が降りたのは予想外だった。

 

「期限付きだけどね。どんなに遅くても今年中に帰ってくる事だって」

 

「数千年を生きるエルフにとって、その程度は誤差の範囲と思ったんでしょうか」

 

 まるで友達の家に遊びに行く時に、夕食までに帰ってくるよう言いつけるようなものだ。

 なんにせよ家族に許可を貰ったのなら約束は約束。前言撤回して連れて行かない、というわけにはいかない。

 カイルはこれから旅支度をするつもりと言って、上機嫌で帰って行く。

 

 

 三日後、予定通り四人は村を出て、空の上にいる。

 久しぶりの竜の背の上は春になっても寒さが厳しく、カイルは厚手の外套を羽織ってじっと耐えていた。それでも久しぶりの森の外を満喫して上機嫌だ。

 餞別に村で色々と貰っていて、結構な大荷物になった。

 中でも一番の上物は彼が服の下に着込んでいるオリハルコンの鎖帷子だろう。祖父のエアレンドがかつて大戦で使っていた、神代のエルフが手ずから繕った最高級品である。仮に値を付けるとしたら、おそらく一国の王の城がまるごと建つほどの価値がある。

 ロスタは沢山の服を持たされた。彼女自身が従者としての服を所望して、わざわざ繕ってもらった様々なデザインのメイド服だ。今も作ったばかりの新品メイド服を着て、心なしか得意げにしている。

 他にもエルフの奥方達が前日から腕を振るって焼いた、日持ちする焼き菓子をたっぷりと持たせてくれた。こちらもいい匂いを漂わせており、クシナが昼を楽しみにしていた。

 

「あーやっぱり自由の空気はうまーい!」

 

 大きく息を吸って自由の空気を楽しみ、まだ見ぬ東の国に想いを馳せる。

 

「ねえねえ、東の国ってどんな所?アニキみたいな人でなしが沢山いる国?」

 

「東から西まで行って見てきましたが、住んでる人はどこも似たようなものですよ。食べ物と着る物と家の材料が違うだけです」

 

「おおっ、まだ食べた事の無い食い物が沢山あるという事か。楽しみだなー」

 

 クシナも食べ物の事に上機嫌になって、鼻歌を歌い始める。

 ヤトの方針はこのまま東に飛び、人里を見つけて現在位置を確認しつつ≪桃≫の地図を手に入れる。その後は出来るだけ長く東に飛んで≪葦原≫に向かう。土地勘はあるから後は流れでどうにかなる。

 

「……六年かな」

 

「ん、何の事?」

 

「僕が国を出てから経った月日ですよ。帰るつもりは無かったんですが、これも巡り合わせという奴です」

 

 かつて本人から武者修行のために国を出たという話は聞いていたので、三人はそこから追及する事は無かった。

 ただ、ヤトが故国でどんな時を過ごしていたのかまでは知らされていない。その過去が白日の下に晒されると思うと、特にクシナは気になってあれこれと想像を掻き立てられた。

 

 

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