東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第17話 抗争の用心棒

 

 

 ―――――――夜半。太陽が沈み、闇が世界を覆う時間帯。『太陽神の国』の異名を持つアポロンでも、この時間になると人々は仕事を終えて家で夕食を食べるか寛ぐ。

 城では王の夜会などが催される事も多いので、中で働く使用人や警護の騎士や兵の中には働く者も多いが、大部分は休んでいた。

 そんな中で客人であるヤトとカイルは、城の客室で外出の準備をしていた。

 ヤトは午後から三時間程度仮眠をとっており、眠気も無く体力も回復している。カイルも今までと同様に朝から眠っており、十分に睡眠を摂っていた。どちらも万全の態勢である。

 二人が客間を出ると、やはり樽が置いてあった。

 ヤトはきっとまた中にモニカが入っているのだろうと思って樽を持ち上げたが、中には何も無かった。どうやらアテが外れたらしい。

 しかしカイルが何かを見つけたらしく、樽のあった床から紙切れを一枚拾い上げた。

 

「何か書いてある――――――『アホ、マヌケ』だって」

 

「――――そこらに捨てていいですよ」

 

 どうやら相当嫌われたらしい。

 ヤトは怒ったわけではないが少し疲れた。

 仕事前に疲れてしまったヤトは樽を乱暴に置いて、さっさと外に向かった。カイルもそれを追った。

 二人は知らなかった。客間から離れた場所にもう一つ樽が置かれていた事を。

 樽はゴソゴソと動き出した。

 

 

 王都の西側は歓楽街が置かれている。ここは酒場や娯楽施設、娼館などが軒を連ねる。

 その中の一軒の廃屋に二人は入った。元は酒場だったのだろうが現在は朽ち果てており、周囲の酔っ払いの喧騒とは無縁の場所だった。

 廃屋の奥に行くと、建物には不釣り合いに頑丈な扉が据え付けられている。

 カイルは扉を特定のリズムでノックすると、暫くして扉が開いた。

 中からは、いかにも荒事に慣れた様子のいかつい男が顔を出す。

 

「来たな。そっちの奴が前に話していた男か」

 

「うん、凄い助っ人だよ」

 

「――立ち話もなんだ。中に入れ」

 

 男の手招きを応じて二人は部屋に入る。中には男の他に男が二人、牛の亜人の女が一人居た。彼等は全員、堅気と思えない剣呑で独特な雰囲気を纏っていたが、特別ヤト達に敵意を示しているわけではない。ごく自然的に一般人とかけ離れた人種なのが分かる。

 男の一人がヤトに歓迎とばかりに酒を勧めたが、元から飲む習慣が無かったので断った。しかし男は気にした様子も無く、勧めた酒を自分で美味そうに飲んでいる。

 

「で、カイルの坊主はそっちの兄さんにどこまで話した?」

 

「斬っていい相手がいるって事だけ」

 

「ほぼ何も言ってないじゃないの!そんなんでよく付いて来たねアンタ」

 

 面々はカイルとヤト、両方に呆れた。そして、話が進まないので順序立てて話をし始めた。

 本来王都アポロニアは二つの犯罪組織が縄張りとしていた。

 一つはカイルの所属する盗賊ギルドの株分け組織。もう一つが古くから都に根を張っていた地元任侠組織の『太陽の影』。この二つの組織は幾度となく利益や面子のために血で血を洗う抗争を起こした事もあったが、最低限の取り決めによって何とか共存の道を歩んできた。

 しかし最近どちらでもない新興の犯罪組織が両方の組織の収入源を力ずくで奪って、現在も勢力を拡大し続けている。これを黙って見ているはずも無く、一時的に共闘してでも打開しようとした。

 大雑把に言えば、現在の王都の裏側はこうした犯罪組織の抗争の真っ最中である。

 

「それで僕もギルドの一員としてここ最近色々と調べていたんだ」

 

「流石ロザリーの姐さんの秘蔵っ子だよ。この子のおかげで連中の情報はかなり集まった」

 

 牛の亜人の女性はカイルの頭を乱暴に撫でた。女性とはいえ牛の亜人だけあって、人と比較にならない筋力で撫でられたカイルは痛がる。

 カイルはくしゃくしゃになった白金の髪を整えつつ話を続ける。

 普通なら縄張りを侵した余所者は容赦なく暴力で排除するが、問題は相手が貴族の後ろ盾を持っている事だ。王都の二つの犯罪組織は権力者と付かず離れず最低限の付き合いに留めて、取り込まれないように独立独歩でやってきたが、新参は明らかに貴族の走狗として動いている。

 こうなると政治力と財力に勝る新参の方が優位になり、ギルドや任侠達は苦渋を飲む羽目になった。

 それをどうにかするために、今夜反撃に出る計画を立てていた。

 ヤトはその実行部隊の助っ人としてカイルが連れてきたのだ。

 

「では僕はその貴族を護衛もろとも皆殺しにすればいいんですね」

 

「いやいやいや。それをやったら向こうも後に退けなくなるし、護衛も相当数居る。俺達がやるのはそれ以外の末端だ」

 

 ヤトにとってはごくごく当たり前の発想だが、任侠組の男には物騒な冗談としか思われていないので却下された。

 そして彼等にとって現実的な意見として、新興組織の手足となる末端を地道に潰して影響力を少しでも削ぐ方針を打ち出した。

 今夜は記念すべき初日として、まずは連中に奪われた幾つかの賭場に殴り込みをかける予定だ。

 若干肩透かし気味のヤトだったが、この際贅沢は言えないので今回は粗食で満足するつもりだ。

 前情報を全て話し終えたカイルはヤトを襲撃する店に連れて行こうとした。

 その時、不意に扉が開け放たれて、縄で縛られた亜人の混血らしき少女が転がり込んできた。その後には、ガラの悪い若いチンピラがニヤニヤしながら入ってくる。

 

「な、なんだ?」

 

「こいつ、店の周囲を探っていたんでさぁ」

 

「んーーーー!!ん―――――!!!」

 

 縛られた少女は猿轡を噛まされて喋れないが、そうでなければありとあらゆる罵詈雑言を大音量で怒鳴り散らしていたのは想像に難くない。

 その少女はよく見ればモニカだった。

 こんな場所になぜ王女が居るのかは分からなかったが、きっとヤトやカイルの後を付けてここまで来たのだろう。

 どうせ猿轡を外したら煩いので、ヤトはモニカをそのままにして、彼女が王女であることを告げる。

 他の面々は困惑して、全員がどうすべきか顔を見渡すが、取り敢えず目的を聞くために騒がないように忠告しつつ猿轡を外した。

 

「ぷはーーー!!何するのよっ!!」

 

「貴女こそ、なぜこんなところに?」

 

「サラ姉様に近づく不埒なチビッ子エルフがどんな奴か見定めるためよ!!」

 

「ちっ、チビッ子!?それって僕の事か!?」

 

 モニカにチビッ子扱いを受けたカイルはショックを受け、同時にモニカへの怒りに燃える。ただ、身動きの取れない少女に暴力を働かないので割と冷静なようだ。

 

「っていうか僕はサラさんとは都までの間、一緒に旅しただけの仲だぞ。不埒ってなんだよ!」

 

「何言ってんのよっ!姉様に近づく男はみーんな怪しいんだから!」

 

 主張が滅茶苦茶である。それを言ったらヤトの方が一時的とはいえサラの護衛として近い立場に居ただろうに。

 そこでヤトは、以前アルトリアが自分の存在をモニカに伏せていたと言っていたのを思い出した。

 なるほど、確かにこれは存在を知られたら非常に厄介である。彼の判断は正しい。

 取り敢えず彼女の目的が分かったが、問題はこの煩い少女をどう扱うかだ。

 素性から手荒に扱うのは論外。縛ったまま現状維持をするわけにもいかない。このままお帰り願ったところでカイルに付きまとう可能性があり、今夜の仕事の邪魔。

 どうすべきか全員が悩むが、当人は縄を外せと喚いているので、仕方なく縄を解いて自由にした。

 

「まったくもう一体アンタたちは何なのよ。全員胡散臭いっていうか、普通じゃないっていうか。犯罪者の類じゃないでしょーね?」

 

 自由にしてもらったが、恩を感じる気は無いらしい。しかし洞察力は相応にあるようで、ここにいる者が堅気ではない事を見抜いていた。

 

「それで、何の集まりよ?」

 

「彼等は街の自警団の方ですよ。これから都に巣食う犯罪者と戦うんです。そういうわけで貴女は大人しく帰ってください。子供は邪魔です」

 

 ヤトは都合の悪い部分は全て切り捨てた事実だけをモニカに伝えた。確かに嘘は何一つとして言っていないが、詐欺にもほどがある。

 しかし、最後の一言が余計だったのか、彼女は怒って絶対に帰らないと居座る態度を示した。

 多くが困り果てたが、何かを思いついたカイルがヒソヒソとヤト以外の面々と話し合うと、全員が悩むものの、最終的には納得した態度を示す。

 

「ねぇねぇモニカ様。子供じゃないっていうなら、今夜僕達を助けてくれないかな?ねっモニカお姉さん」

 

「むむむ、しょうがないわね。困ってる子供のお願いを聞いてあげるのも王女の勤めね!」

 

 カイルがおだてると、モニカは気を良くして協力する姿勢を見せた。ただ、子供扱いされたカイルは内心でむかついていた。

 

「まずはさ――――――――」

 

 


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