東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第18話 値段交渉

 

 

 ヴァイオラ大陸において、奴隷ないしそれに類する階級は存在するが、アポロンやヘスティでは法によって明確に禁じられている。

 実は色々と抜け道もあり、借金などで自由を奪われたり、使用人という形で奴隷に近い扱いを受けるケースはそれなりに多い。特に娼館は借金を返せずに、強制的に家族を働かせて返済に充てるような事は黙認されていた。

 ただ、それらはあくまで金貸しと借りた者同士での契約に則った案件であり、公的に認められた契約ではない。まして白昼堂々街で奴隷市など開こうものなら即刻兵士が飛んできて関係者全員を逮捕するのは間違いない。

 しかしながら禁止されているが故に金になる物は世間に往々にあり、物珍しい種族の亜人であれば大金を払ってでも所有したいという歪んだ欲望を満たすための催しが秘密裏に開かれる事もあった。

 そうした裏の情報は一般には出回らないないが、何年も大陸を旅して表と裏の両方の見聞を広めたヤトや、実際に商品として扱われた事のあるカイルは事実として受け止めている。

 当然、二人を尾行して捕まったモニカ王女は知るはずもなく、そのような畜生にも劣る蛮行が自らの住む都で堂々と行われている事を知り、強い憤りを示した。そして彼女は盗賊ギルドや任侠組織と共に外道を倒す事を了承した。

 

 現在ヤト達が訪れた場所はそんな非合法な市場が秘密裏に開かれてる店である。

 店は一般的な商人が構えるような店舗ではなく、貴族が所有する別邸といった外観である。というより、貴族の邸宅そのものである。

 地元の任侠組織が言っていたように、新興組織に貴族が関わっているのは間違いない。奴隷市のような後ろ暗い取引なら、下手な場所よりは治外法権に近い貴族の屋敷で行った方が、仮に露見した所で揉み消しやすいと踏んでの選択だろう。犯罪組織も貴族を完全に共犯者に仕立て上げた方が簡単に切り捨てられない。一種の保身である。

 屋敷の中に入ろうとすると、門前の兵士に制止を受けた。

 ヤトは慌てずに、懐から一枚の紙を取り出して兵士に渡した。紙は任侠組織が手に入れた入場券だ。これが無いと門前払いを喰らう。

 

「―――――本物だな。よし、通れ。そこの連れは売り物か?」

 

「ええ、高く買ってもらおうと持ってきました。それと、気に入ったのがあれば買いもしようかと」

 

「首輪も枷も無いが逃げないんだな」

 

「逃げたら後ろから斬ると言い含めてありますから。頭が良いと手間も省けます」

 

 ヤトが腰の剣を軽く見せる。兵士は多少疑いつつも、実際にフードを被った売り物の奴隷が全く逃げるそぶりを見せないので、一応納得して屋敷の中へ通した。

 屋敷の中は外観と異なり、広いホールのような造りになっていた。どうやら奴隷市のために本格的に内装を作り替えたらしい。

 あちこちに蝋燭やランプが灯されており、さらに天井から吊るされたシャンデリアの灯りもあって昼間のように明るい。

 ホール内には無数の鉄製の檻が設置してある。それだけ見れば市場の肉屋と言えなくもないが、残念ながら檻の中身は人や亜人である。

 男、女、子供、エルフ、ドワーフ、獣人、混血。

 その誰もが首輪と手枷を着けられて自由を奪われ、死んだような目か、逆に憎悪を宿した目で周囲の者達を睨みつけていた。その視線を覗き込んでしまったフードの奴隷は僅かにたじろく。

 ヤトは目立たないように視線だけで二階を見渡す。二階は幾つかの壁とカーテンで隔てられた貴賓席だ。席からは何名かの貴族が多くの護衛を侍らせて、奴隷市を下卑た顔で見下ろしていた。盗賊ギルドの情報では、あの中にこの市場の元締めの貴族―――つまり新興犯罪組織の支援者が居る。

 とはいえ、今この場で怪しい貴族を特定する必要は無かったので、予定通り買取り役の奴隷商に商品を渡すのを優先した。

 

「ようこそ新顔さん。買取りかい?」

 

「ええ、一人分買取ってください」

 

 腰の曲がった老人の奴隷商が人の好さそうな笑顔でヤトを値踏みする。商品よりも客を見定めるのは詐欺を疑っての事だろう。ただしヤトの容姿から分かった事は、堅気ではない事と殺しの経験がある事ぐらいだった。

 同業者でない相手に若干警戒しつつも、自分の仕事のために商品のフードを脱がす。

 露わになったのはまだ幼さの残る12~13歳の可愛らしい黒髪の少女。しかしその相貌は商人や用心棒を嫌悪しているのか歪んでいる。最も目を惹くのが頭に鎮座する丸い一対の耳。形状から熊の耳と分かる。つまり亜人の血が入っているのだろう。

 

「ほう、亜人の混じり者か。容姿は良いが、健康状態はどうかな。ちょっと口を開けてみろ」

 

 商人の命令に、少女は忌々しそうに口を開いた。商人は丹念に口の中を確認している。これは歯並びや汚れからおおよその育ちや出自を予測するためだ。

 ここで商人は不審に思った。この少女は歯が綺麗過ぎる。日ごろから歯の手入れを欠かさず、柔らかい食べ物を食べており、力のいる重労働の類をしていない。まるで貴族の令嬢か何かである。

 

「なあ旦那、この娘は何処から攫ってきた?」

 

「この国のさる貴人の妾腹の娘だそうです。気性が荒すぎて嫁に行けないので手放したそうですよ」

 

「貴族の親に売られたのかい。儂が言うのもなんだが、碌でもない親もいたもんだ。まあいい。手は出していないか?」

 

「僕は興味ありませんから手放すんですよ」

 

 手枷すら着けていない所を見ると、相当扱いには気を遣っているだろう。歩き方からも犯された様子は無い。これなら当人の言う通り、味見も行われていないと判断して良い。

 健康的で教育を受けた階級。男を知らない初物。亜人の混じり者。何より若く美しい。どれも商品として付加価値がある。

 これだけの上品なら買い手は幾らでもいる。気性が荒いというが、その方が屈服させ甲斐があると喜ぶ客も多い。競りに出せば最低でも金貨千、上手くいけば千五百は行くだろう。後はこの若造からどれだけ値切れるかが商人の腕の見せ所である。

 

「まあまあ上品だから金貨五百枚でどうです?」

 

「知り合いに貴族が何人か居るので他を当たります」

 

「ちょ、ちょっとまっておくれ旦那!へへへ、流石に五百じゃあ悪いから、六百で手を打ちましょう」

 

「幾ら若くて容姿が良くても教養を受けた奴隷は少ないんですよ。付加価値を考えて千二百」

 

「それはいくら何でも高すぎだよ。それに貴族の知り合いが居たからって買ってくれるとは限らんでしょうに六百五十」

 

「こう見えて大陸中を旅しているので顔は利くんですよ。いざとなったら外国に行きます千」

 

「あーもう強情な人だね!――――――ん?んん?」

 

 奴隷商は手ごわいがやり応えのある交渉に熱を入れていたが、ふと持ち込まれた少女に違和感を覚え、よく観察すると決定的に勝てる部分を見つけてほくそ笑んだ。

 

「旦那ぁ、こいつはいけませんぜ。儂らは人を売る外道だけど商品は騙らねえ。こいつの耳は偽物ですよ」

 

 そう言って少女の頭の上に付いていたクマ耳を剥がした。

 

「!下郎めっ!!それを返しなさい!!」

 

「あれ?その耳は付け耳だったんですか。知らなかった」

 

 カチューシャ型の付け耳を取られて激怒した少女は商人に掴みかかろうとしたが、その前にヤトに身体を引っ張られて自由を奪われた。もしヤトが動かなかったら、隣に居た用心棒が鞭で打ち据えていた事だろう。

 ニヤニヤして勝ち誇った奴隷商は、ヤトが不誠実な態度だったのを指摘しつつ純人間という事で交渉値を金貨六百五十枚で固定した。

 分が悪いと見たヤトは観念した様子で、金貨六百五十枚で了承した。

 そして少女の方は俯きながら何事か呟く。

 

「――――――えせ」

 

「あん?なんだ、何か不服か?もっと値が付くと思ったか?安心しろ、これから競りに掛けるからもっと値が付くぞ」

 

「その耳を返せって言ってんのよ!畜生外道っ!!」

 

 怒声に驚いた奴隷商は身が固まる。次の瞬間、ヤトは剣の抜き打ちで付け耳を持っていた腕を天井近くまで切り上げた。

 

「ふんだっ!≪天の雷神よ。我に仇なす愚かしき者達に光の矢を与えたまえ≫」

 

「予定と違うんですけど、まあいいですよモニカさん」

 

 怒りに燃えるモニカの詠唱によって閃光が奔り、呆気にとられた奴隷商や近くの用心棒数名が雷に焼かれて消し炭となった。

 奴隷市場は大混乱に陥った。

 

 


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