東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第19話 虎熊と赤刃

 

 

 ―――――――真横に迸る青い雷光。雷に打たれて炭となった人間。

 商品として持ち込まれた奴隷少女からの突然の魔法攻撃。

 市場に居合わせた商人、用心棒、客、そして商品として檻に入れられた人々。

 誰もが事態を飲み込めず、ホールに数秒の無音を作り出した。

 そして時は動き出す。

 まず初めに動いたのは武装した用心棒。彼等は剣を抜いてモニカとヤトに斬りかかるも、反対にその場で首を赤剣に斬り飛ばされて即死した。

 倒れる首無し死体と同時に、ヤトの真上に落下した奴隷商の腕を剣で刺し、手の中の付け耳を抜き取って自由にしたモニカに渡す。

 

「どうぞ」

 

「お礼なんて言わないからね。――――――――――――――ありがと」

 

 鮮血に悲鳴を上げて逃げ惑う客達。ホールは騒然となり、パニックとなった者は一目散に逃げようとするも、入り口付近にはヤトが陣取っており逃げられない。

 そして二階では一人の貴族が怒りに満ちた形相でヤトを睨みつけて怒鳴りつける。

 

「よくも私の顔に泥を塗ってくれたな!!あの世で後悔しろ!」

 

 声に命じられるままに一階に居たほぼ全ての用心棒がヤト達を取り囲む。

 用心棒達は詠唱に時間のかかる魔法を使われる前に倒そうと、二人に一斉に襲い掛かった。

 

「ちょっと失礼します」

 

「は?ちょ、なにすんのよ!」

 

 襲い掛かる敵を前に、唐突にヤトはモニカを片手で真上に投げた。彼女は高く放り投げられてシャンデリアに引っかかった。

 ヤトは目の前で剣や棍棒を振りかぶる男を前にしても冷静だった。

 一瞬で男二人の真横に移動し、死角に潜り込みながら諸共首を刎ねる。

 さらに斬った用心棒の死体を突き飛ばして他の用心棒の攻撃を妨害。致命的な隙を作ったドワーフの脇腹を半ばまで切り裂いた。

 続いて無防備に後ろを向けたヤトに三人が同時に襲い掛かるも、殺気に反応して傍にあった檻を足場に、後ろに跳躍。逆に三人の背後を取って、まとめて横一文字に斬首した。

 二十秒足らずで六人を殺した化物に他の用心棒達は、絶対に自分達が勝てない事を悟って、我先にと運営関係者用の非常口に駆け込んだ。

 

「こら待てっ!!貴様らには大金を払ったんだぞ!!最後まで残って戦え!!」

 

 二階で若い貴族が怒鳴るが、そんな契約を愚直に守る用心棒がこんな場所に居るはずも無く、誰もが命惜しさに逃げ惑う。

 一先ず修羅場が去ったのを確認したヤトは、転がっていた用心棒の剣を拾って天井に放る。

 剣はシャンデリアの突起に引っかかっていたモニカの服だけを切り裂いて天井に刺さり、落ちてきたモニカはヤトがしっかりと抱き留めた。しかし彼女は雑な扱いを受けて怒りを向ける。

 

「私の扱い酷いんだけど」

 

「怪我はしていませんが」

 

 皮肉でも何でもなく、本心から丁寧な扱いをしていると思っているヤトの顔を見たモニカは全てを諦めた。

 後は二階の貴族の処理だが、そこまで行くまでに時間がかかる。何よりそれは自分の仕事の範疇ではない。

 逃げた連中の処理は別の出入り口で待ち構えている盗賊ギルドと地元任侠に任せればいい。

 手持ち無沙汰になると思われたヤトだったが、二階から武装した二人の用心棒が飛び降りた。どちらも獣人である。

 先にヤトに話しかけたのは巨大なハルバートを担いだ熊の獣人だった。

 

「よう、そこの東人。お前が『赤刃』か?」

 

「『赤刃』?」

 

 聞きなれない名にヤトは訝しむ。

 するともう一人の両手に鉤手甲を装備した虎人が、信じられない物を見たように呆れながら教えた。

 

「赤い魔法剣を佩いた若い東人の優男。それもとんでもない戦闘狂の傭兵に付いた二つ名だよ。つまりお前の事だ」

 

「お前、何か月か前に南国のアテナイでとんでもない暴れ方をしただろうが。そこで二つ名が付いたんだよ」

 

 初耳とばかりに手に持った赤剣を眺めると、自分に付いた『二つ名』さえ知らない事に獣人コンビは心底呆れ返った。

 傭兵にとって『二つ名』を付けられるのは高い評価を受けた事に等しい。栄誉や武勲とさえ言える。

 それは傭兵にとって最高の宣伝となり、時に軍や騎士団から勧誘を受ける事すらある。栄達を求める傭兵にとって喉から手が出るほど欲しい物なのだ。

 そんな価値ある『名』を当人が知らないなど滑稽にも程がある。獣人の傭兵コンビは呆れを通り越して怒りすら感じていた。

 

「まあ、僕が何と呼ばれていようがどうでもいいです。重要なのは貴方達が強いかどうかですから」

 

 剣を構えて不敵に笑うヤト。相対した二人は全身の毛が逆立つ。特に首筋の悪寒が止まらない。ついでに傍に居たモニカもヤトの殺気に当てられて震えていた。

 

「モニカさん、邪魔ですから壁際にでも離れててください」

 

「……う、うん」

 

 言われるままにモニカはヤトから離れた。

 もし彼女が駄々をこねていたら即座に斬り殺していた。女子供だろうが戦いの邪魔になるなら躊躇わず斬る。それがヤトだ。

 戦いの準備が整った三者の殺気が膨れ上がる。

 最初に動いたのは熊人。子供ほどの重量の大ハルバートを振りかざして横に薙ぐと、周囲のテーブルや燭台を破壊して無数の破片がヤトへと襲い掛かる。

 剣で弾くには数が多すぎると判断したヤトは左に大きく避ける。そこに虎人が回り込んでおり、鋭い四本の鉤爪を猛然と突き刺そうとする。

 

「予想通りだぜっ!!」

 

「こっちもですよ」

 

 勝利を確信した虎人の宣言を冷静に返したヤトは腰の鞘を抜いて、鉤爪の間の指を打ち据えた。

 初手必殺を防がれたのにも関わらず虎人は牙を見せて笑う。それは苦し紛れの強がりではない。既にヤトの正面には熊人が巨体を揺らして迫っていた。

 猛る猪の如きスピードでハルバートの穂先を突き出しながら迫るが、ヤトは傍の檻の格子を数本斬って、器用に熊人の顔面にぶつけた。

 

「ぐあっ!てめぇ!」

 

 まるで最初の目くらましのお返しとばかりの牽制で怯んだ熊人はいきり立つが、既にヤトは距離を取っていた。虎人の追撃は無い。

 多少隙を見せてカウンターを狙っていたが、虎人が攻撃してこないのを不審に感じた。そこで即座に熊人に斬りかかる。

 距離を詰めて速さを活かした斬撃の乱打で長柄を無用にして防戦一方の状態にする。劣勢になった熊人だったが、苦しい表情どころか笑みすら浮かべる。

 その表情で確信を得たヤトは、勘を頼りに唐突に真後ろに剣を振るった。カン高い金属音と共に肉を切り裂いた感触を感じた。

 

「ぬあっ!!くそがっ!!」

 

「兄者ッ!!大丈夫か!?」

 

 熊人との戦いに意識を取られている隙をついて後ろから攻撃するつもりだった虎人は、逆に右手の鉤手甲を切り落とされて、指の一部が削げ落ちた。

 鉤爪が床に転がり、縞の毛皮が血に染まる。

 そして隙を晒して後ろに回り込んだヤトに熊人は背中を深く斬られた。

 

「なりの大きな熊人が派手に動いて注意を向けている間に虎人が音を消して死角から襲う、ですか。単純ですがそれなりに有効ですね」

 

 ヤトの言う通り、獣人コンビの囮戦法は単純である。だがそれだけに一人では攻略し辛い。あまり囮を気にし過ぎれば大パワーの熊人に正面から圧殺されかねないし、反対に正面にばかり気を取られると後ろからグサリだ。

 だがそれも殺気に極端に敏感なヤトには通用しなかった。結果、獣人達は手痛い傷を負ってしまった。

 

「やるじゃねえか『赤刃』!!」

 

「俺達の技をこうも容易く見切ったのはてめえが初めてだぜ!」

 

「お二人はまあまあ強いんですが、それだけですね。他に出し物が無いのなら、終わりにしましょうか」

 

 このコンビは中々強いが、タネが分かってしまえば個々の強さは並より上ぐらい。精々この国の騎士と同程度だ。己が負けるはずがない。

 格下と見なされた二人は怒りを抑えきれなかったが、戦法は通じず手傷を負った状況では反論は出来ない。

 故に切り札を切らねばならなかった。

 

「「我が爪と牙の祖よ!末の戦働きを見届けたもう!」」

 

 次の瞬間、獣人コンビの身体が一回り以上膨れ上がり、見るからに力強さが増した。おまけにヤトに斬られた傷は筋肉の膨張によって瞬く間に塞がってしまう。

 獣人族に伝わる≪筋力増幅魔法≫だった。

 ただでさえ強靭な筋力を有する獣人族に魔法の増幅が加わったのだ。おそらくヤトの倍以上の身体能力を獲得したに違いない。

 形勢不利は目に見えているが、それでもヤトはいつもと変わらぬ冷涼とした瞳を変えない。それどころかプレゼントを前にした子供のように楽し気に口元を緩めていた。

 

「いいですねぇ、そうこなくては」

 

 それでも舐めた態度を改めないヤトに、二人は怒りのままに前後から襲い掛かった。

 先程よりさらに速くなった虎人が両腕を嵐の如き激しさで連続して叩き込む。それらをどうにか剣と鞘で捌きながら距離を離そうとすするも、今度は後ろに回り込んだ熊人が落雷の如きハルバートの一撃を脳天へと叩き込もうと振り下ろした。

 両方を一度に捌き切れないと判断したヤトは敢えて一歩前に進み、虎人に無防備な身を晒す。

 敵が何を考えているのか分からなかったが、絶好のチャンスを逃すはずもない虎人は、幾重ものフェイントを織り交ぜながら無事な左手の鉤手甲で心臓を抉るつもりだったが、残念ながら鞘に受け止められたので、手甲だけになった右手でヤトの胸を殴りつけた。

 体重が乗っておらず、さらに回転の効いていない手打ちでは致命打には程遠いが、魔法によって身体強化を受けた拳はそれでも凶器として機能した。

 

「ぐっ!!」

 

 痛みで息が乱れた。おそらく肋骨の一部が折れたのだろう。さらに勢いが付いて身の軽いヤトは後ろに飛ばされる。

 そう、ハルバートを振り下ろす寸前の熊人の眼前に弾き飛ばされていた。剣を逆手に持ち替えて、振り返る事なく後ろ向きに突き出したまま。

 そして殴られた勢いそのままに、赤剣は寸分違わず熊人の心臓を貫いた。

 

「――えっ?あ、あにじゃ…」

 

「さ、サイモンッ!?」

 

 想像すらしなかった弟分の死に、虎人は動揺して動きを止めた。それを見逃すはずのないヤトは脇差を抜いて投げる。

 迫り来る死の具現にも、歴戦の傭兵の本能は反応して手甲で打ち払った。

 しかしそれは決定的な隙となる。

 僅かな時間でヤトは調息により折れた肋骨の痛みで乱れた息を整え、丹田で練った気を剣へと纏わせ、熊人の強靭な肉体を破壊しながら引き抜いた。

 

「『風舌』≪おおかぜ≫」

 

 引き抜いた赤剣の軌道に沿って床に亀裂が入り、さらに5m以上離れた虎人のしなやかな肉体を下部から上部へと縦一文字に斬り裂いて、顎、唇、左目、額にも深い溝を作った。

 数秒後、虎人は血を雨の如く撒き散らして倒れた。

 

 


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