東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第20話 何のための力か

 

 

 虎と熊の獣人コンビを倒した事で、奴隷市の用心棒の排除はほぼ完了した。あるいは少しは残っているかもしれないが、既に戦意は萎えている事だろう。

 そしてホールには次々と盗賊ギルドと任侠組織の構成員が雪崩れ込み、屋敷に居た客や商人、それと貴族も捕縛された。

 一部の貴族は喚き散らしているが、そうした愚か者は殴られて大人しくする羽目になる。盗賊に貴族の正しい扱いを求めるのは滑稽であった。

 盗賊の中にはカイルも混じっており、彼は数名の貴族の客を捕まえて縄で曳いている。自分で捕まえたそうだ。つまり弓以外の近接戦闘も達者なのだろう。

 商品となっていた者達は悉く救助されて、現在は地元組織の隠れ家に移送された。暫くは安静にして身体を癒し、今後の身の振り方を決めるだろう。

 本来予定していた解放劇ではないが、面々は奴隷達を甲斐甲斐しく世話していた。

 元の計画では末端組織を徐々に減らして新興犯罪組織の影響力を削る手筈だったが、思いがけず王女という鬼札を手に入れたカイルの発案で直接後ろ盾となった貴族を捕縛する計画に変更したのだ。

 モニカ自身も義心から奴隷救助と悪人討伐には乗り気であり、ヤトが奴隷市に入り込むための商品役を渋々ながら受け入れた。

 結果、ヤトは警戒される事もなく、首尾良く屋敷の中へと入って行けた。

 唯一の予定外はモニカが激昂して魔法を放ち、用心棒達を殺してしまった事だが、ヤトは元から敵対する者を殺す気だったので、そこまで大きな問題にはならなかった。

 そして一部始終を見ていたモニカは、助けられた者達の感謝に満ちた顔を忘れない。同時に客や市の関係者へ向けた憎悪に満ちた眼も忘れ難かった。故に少女は己が成すべき事を見出した。

 

 

 ホールには捕縛された客と一関係者全員が集められていた。彼等の多くが理不尽な扱いを受けていると感じ、心の中で報復を企てていた。

 しかしヤトが淡々と死体を一か所に積み上げる作業をしているのを見て、半数は報復心が折れられかけていた。連中は金や権力で相手を一方的に押さえつけて束縛するだけの卑劣漢であって、命を懸けて戦う戦闘者ではないからだ。

 クマ耳を付け直したモニカはそんな卑劣漢達を前にして、ヤトに劣らぬ冷え切った瞳を向けて口を開く。

 

「――――下種」

 

 まだ幼い少女に路端の塵を見るような目で見られた捕虜達は色めき立つが、武装した盗賊達に周囲を囲まれていたため大人しくしていた。

 しかし、中には空気を読まない輩も居る。一人の若い貴族が目を血走らせて立ち上がり、感情のままに叫んだ。

 

「この混ざりもののメスガキがっ!!ウィリアム家のゲースを罵倒するとはな。貴様は後で私自ら手足を切断して犬と交わらせてやるから覚悟しておくがいい!!」

 

「偉そうにしてるけど、貴族だろうと国の法を破って良い理由にはならないのを知らないのね」

 

「なにが法だっ!!どうせ貴様ら全員犯罪者だろう!そんな奴らが官憲に頼るはずがないからな!そんな外れ者が私のような貴族を好きに出来ると思うなよっ!!」

 

 ゲースと名乗った貴族は実家の存在を隠す事なく、むしろ強調してモニカを恫喝した。それに他の客の貴族が同調して、自由を求めたり謝罪を要求する始末。

 賛同者を作ったゲースは勝ち誇り、自分に都合の良い結末を夢想したが、この場において早々上手くいくはずが無かった。

 モニカは彼等に臆する気は微塵も無く、逆に勝手な事ばかりのたまう貴族達に怒りを向けた。

 

「お前たちのような恥知らずの輩が家の力で悪事を働くなら、私は家の力で善を成すだけよ!!」

 

「恥知らずだとぉ!?」

 

「―――私はこの国の王レオニスの六女モニカよっ!お前たちの悪事は全てお父様に伝えるから覚悟しなさい!!」

 

「なっ、馬鹿なっ!!だ、誰がそんなデタラメを信じると思う!!」

 

「じゃあ今から城に連れて行って直接お父様に会わせてあげるわ!そこで言い訳でもしなさいっ!!」

 

 売り言葉に買い言葉で段々とヒートアップする両者だったが、中にはモニカを本当の王女だと思い始めている者も出てきて、ゲースを止めようとするが、反対にそれが癇に障って暴挙に出る。

 ゲースは後ろ手で縛られたまま立ち上がって、モニカに襲い掛かった。

 突然の蛮行にモニカを始めとした面々は動けなかった。しかし鬼の如き形相で少女に襲い掛かる外道を止めたのは、白金色の髪の少年だった。

 カイルはモニカの前に陣取り、襲い掛かる下種の顎を拳でかち上げた。ゲースは顎が砕けて床に倒れ、ピクピクと痙攣を繰り返す。

 

「ふー危なかった。大丈夫?」

 

「えっ?う、うん。助けてくれてありがとう」

 

 迫り来る脅威を目の前で払われたモニカは意外と素直である。似たような事をしていたヤトと扱いが違うが、残念ながら当然だろう。

 他の貴族達は反抗的な態度を取ったゲースを躊躇いも無く制圧したのを見て、悪あがきをするのを止めた。それも行ったのが暴力と無縁の明らかに華奢な美しい少年だったのが大きく影響していた。

 この時、都合よく捕虜の搬送の準備が完了したと担当が伝えてきた。任侠達はそれなりに気を遣って丁寧に護送した。

 彼等は大事な人質だ。無事だからこそ価値があった。

 

 

 盗賊ギルドが捕虜を隠れ家に護送する最中、ヤトとカイルがモニカを城に送り届ける役目を負い護衛を務めた。

 奴隷市の屋敷のあった歓楽街から離れ、灯りの消えた真夜中の道をランタン一つで歩く三人。先導するヤトがランタンを持ち、後に年少の二人が続いた。

 しばらく無言で歩いていた三人だったが、唐突にモニカが泣き出した。

 

「えっ、ど、どうしたのさ!?」

 

「わ、わかんない。でも急に涙が止まらないの」

 

 その上、少女は足が動かなくなり、遂には膝に力が入らなくなった。やむを得ずカイルはモニカを背負って歩くことにした。

 体格からヤトが背負うほうが良かったのだろうが、一応肋骨の折れた怪我人だったので、見た目に反して力のあるカイルが代わりを務めた。

 少年に背負われたモニカは、ぽつりぽつりと話しながら自分の心の整理を付けようとする。

 

「あんな奴ら死んで当然なのに……耳を取られて、それからあの檻に、もしサラ姉様が捕らえられてたらって思ったら、魔法を――」

 

 人を殺した感触、自らが作り出した死体。己が終わらせてしまった他者の生涯。それを想うと今も震えが止まらない。無意識に背負っていたカイルの服を握りしめる。そこに居たのは勝気な王女ではない。ただの怯えた少女でしかなかった。

 

「なんでこんな魔法なんだろう。姉様みたいに傷ついた誰かを癒す力の方がずっと良かったのに」

 

 ヤトは再び泣き出したモニカの事が分からなかった。自分にとって殺人とは生活の一部であり、殺した相手に対する罪悪感など一度たりとも感じた事が無い。世の中には殺しに快楽を見出す者も居るが、強者との戦いに悦びを感じる事はあっても、殺人そのものには快楽を感じた事が無かった。

 だから他者の生死に想う事は何も無い。故にモニカにかけるべき言葉を持たなかったし、気を遣う事も無い。

 ヤトとはある種、個人で完結した存在だった。

 よってこの場においてモニカに声をかけたのは彼女を背負ったカイルであった。

 

「でもさ、助けられた人達はみんなお姫様に感謝してたよ」

 

「それはそうだけど、でも人殺しは悪い事よ」

 

「うん、そうだね。でもそれは誰かがやらないと、もっと沢山の人が酷い目に遭う。奴隷商人をあのままにした方が良かった?」

 

「そうは思わないわよ。あんな奴等が居たらこの国は酷くなるわ」

 

「だったらこれからも自分のやりたい事をやればいいんじゃないのかな。僕だって母さんに、盗賊が嫌ならいつでも辞めて良いって言われてるし」

 

 カイルの何気ない言葉に、モニカは少し落ち着きを取り戻した。  

 確かに誰もモニカに魔法を使えと命令したわけでも強要したわけでもない。あの時は感情に任せて魔法を使ったが、もし魔法を使わずに何もしなかった方が余程嫌な思いをしたような気がする。

 勿論今でも人を殺したいなどと思わない。しかし敬愛する姉はよく、神から頂いた力は誰かのために、良い事のために使うべきである。そう口にしていた。

 ならば姉とは違う力だが、自分なりに良い事をするために、神から授かった魔法の力をこれからも使っていこう。

 

「――――ありがとうカイル」

 

「いいよ別に。元々お姫様を巻き込んだのは僕だし」

 

「モニカでいいわよ」

 

「あっ、うん。じゃあモニカ」

 

「うん」

 

 何やら年少組から甘酸っぱい雰囲気が漂っているが、自分には関係無いのでヤトは終始無言なまま照明係を続けた。

 

 

 翌日、レオニス王は娘のモニカの口から全てを聞き、長い沈黙の後に捕らえたゲース=ウィリアムおよび、その父親であるウィリアム法務卿の拘束を命じた。

 それに他の奴隷商や客だった貴族達も厳しい取り調べと家宅捜査を受けた。

 彼等の屋敷や別邸からは多くの奴隷が動かぬ証拠として保護された。中には死に至る虐待や拷問を受けた奴隷の証拠も数多く残っており、その扱いは凄惨を極めた。

 そしてレオニスは間を置かず、アポロン国内において奴隷売買および保有の罰則強化を発布。例え貴族であろうと奴隷の保有は重罪として、厳しい姿勢を取った。

 これは如何に貴族であろうとも国法を犯せば処断される、この上ない事例として身分を問わず人々の記憶に焼き付く事となる。

 

 


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