東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第33話 いにしえの竜

 

 

 ゾット平原の戦いから十日後。勝利者となったアポロン軍は湖の砦に五百の守備兵を残して王都アポロニアに帰還した。

 既にヘスティの王都には一部の捕虜と停戦の使者を送っている。彼等の口から戦の詳細が語られるので、遠からず戦は終わるだろう。

 何と言ってもアポロンはこの戦を始めた敵総司令官のゴール将軍を討ち取った。彼は軍の力を背景に先王を無理矢理玉座から引き摺り下ろして自らの孫を王にした。そのような専横に大義は無く、これで現在冷飯を喰わされている先王派も息を吹き返し、ゴール将軍の尻馬に乗って利を得た者も今回の負け戦の責を問われて失脚するだろう。そうなればアポロンと早々に和睦する可能性が高い。

 ヘスティは負け戦になり、賠償金や領土割譲するだろうが、それは失脚する貴族の財産を没収して補填すれば何とでもなる問題だ。あるいは先のサラ王女襲撃犯に責任を取らせてもいいだろう。ともかく和平への道はそれなりに見えていた。

 

 

 他国の和平交渉に関わりの無い一傭兵のヤトだったが、今彼は謁見の間の末席に身を置いていた。

 王城では戦の論功行賞が行われていた。騎士団長にして総司令官のランスロット王子以下、騎士モードレッド、アルトリウス。それ以外にも兵を率いて馳せ参じた地方貴族などが並ぶ様は壮観の一言に尽きる。

 ヤトはその中に唯一傭兵として参列を許された。その事に異論を唱える者はこの場には誰一人として居ない。無論、腹の中では身元不明の傭兵風情が栄誉を得るのを快く思わない者も居るが、参列を許したランスロット王子にケチを付ける度胸は持ち合わせていない。

 そしてアポロン王レオニスの言葉で論功行賞が始まった。

 第一の戦功は総司令官のランスロット王子。これは軍の総司令という実務的な立場の功績もあるが、王子の面子を考慮しての戦功だろう。本人も周囲もそれを分かっている。よって次が本来の第一戦功と言ってよい。

 第二戦功は先遣隊から従事し、ゾット平原の戦いでも敵総司令官のゴール将軍の首を獲った騎士アルトリウスが選ばれた。彼には領地の加増と王家から魔法の武具が下賜された。そして密かにであったが、それとなくサラ王女との仲を認める旨をレオニス王直々に囁かれ、彼は深々と王に頭を下げた。

 第三戦功は先遣隊の指揮官、騎士団指南役モードレッド。彼は三分の一の兵でワイアルド湖の砦を陥落させた手腕を高く評価された。彼は領地を持たない騎士だったので、これを機に小さいながらも領地を与えられて晴れて領主となった。

 そして第四戦功にはヤトの名が挙がる。一軍の中でただの傭兵が明確な戦功を挙げるのは極めて異例だが、実際に挙げた戦果がケルベロス一頭、サイクロプス二体という一個人としてあり得ないレベルだった事もあり、表面上は誰もが認めていた。

 ヤトは王の前で膝を着いて頭を下げた。

 レオニス王自ら戦果を口述する。そして褒賞の事に触れると、彼は直接ヤトに語り掛ける。

 

「さて、お主に褒美をやらねばならんが、率直に聞くが何が良い?」

 

「実を言うと全く思い浮かびません」

 

「まあそうであろうな。お主は領地も栄達も、まして金もさして価値を見出さぬ男だ。しかし功績に見合った褒美をやらねば、儂が王としての器量無しと思われてしまう。全くもって面倒な男よ」

 

 レオニスはカラカラと笑いながらヤトに恨み言をぶつけるが、本気で怒っているわけではない。むしろヤトの働きによって今回の戦は随分と被害が減ったとさえ思っていた。だからこそ適当に金を渡して終わりのような真似をせず、真剣に考えた上で本人の希望を可能な限り叶えようと考えていた。

 

「―――――この国には禁断の地と呼ばれる場所がある」

 

「!!父上、それは―――――」

 

 レオニスの横に立っていた壮年の男が咎めるような声を上げる。彼はトリスタン王子。レオニス王の第一子にして次期国王である王太子だ。弟のランスロットと違い、武芸はからきしだったが内政手腕に優れており温和で人望もある。他の兄弟とも悪い関係ではない。

 息子の声を手で制止したレオニスは話を続けた。

 

「そこは古の竜が住む地であり、我々アポロンの王家が代々直轄地として管理しているが、誰も踏み入らない土地だ」

 

「古竜ですか?それは確かなんでしょうか?」

 

「うむ。年に何度か近くまで人を送って監視しているが、今も確かに住んでいる。どうだ、戦いたいか?」

 

「ぜひお願いします!古竜と戦う機会なんて、早々あるものではありません」

 

「ははは。ならば此度の戦の報酬に、禁断の地へと踏み入れる許可をやろう」

 

 普通なら褒賞にそのような物を渡されても困るだろうが、ことヤトに関しては例外だろう。

 ヤトにとって古竜と戦うのは一つの夢である。それが叶うとなれば高揚しないはずがない。まるでずっと欲しかった玩具を買ってもらったような子供のようにレオニスに礼を言う。

 反対に謁見の間に居た多くの貴族や騎士は、喜ぶヤトを見て血の気が引いた。ケルベロスも、サイクロプスも、ましてワイバーンも古の時代から生きる竜には到底及ばない。それは騎士なら誰もが知っている。

 確かに竜と戦うのは騎士にとって夢だが、幻獣の中でも最高峰に居座る古竜と戦って生きて帰って来た者は殆ど居ない。稀に戦って逃げ帰った者の話は聞くが、みな一太刀入れる事すら出来ずに逃げ帰っただけ。実際に倒した者などお伽噺の中だけと言われている。

 普通なら報酬どころか死んで来いと言っているに等しいが、生まれついての剣鬼には何よりの褒美であり、レオニスから領地への立ち入り許可証を貰ったヤトは上機嫌のまま論功行賞を終えた。

 

 そしてこの話はすぐさま城中に伝わり、さらには都全体にまで広がり、命知らずの傭兵がどんな末路を辿るのか。誰もが関心を寄せて、暫くの間は何処に行っても必ずヤトの話題を耳にする事になった。

 

 


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