東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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 注意

 今回に限り、やや強めの性描写が入っております。苦手な方は申し訳ありません。


第39話 大きなミス

 

 

 盗賊カイルは焦燥感に駆られながら広大な山を歩き回っていた。

 ヤトが竜に挑むと言って姿を消してから、もう九日が経っていた。兄貴分は十日経っても戻らなかったらと言ったが、いい加減待つのにも飽きていて、そろそろ我慢の限界だった。

 母が斥候として鍛えてくれたのがありがたい。先に行った兄貴分の足跡を辿るのは容易であり、野営した後から見当を付ける技術があるおかげで迷わずに済む。

 普通ならあんな良く分からない奴の事など放っておけばいいが、どうしても目が離せない相手だった。あの魔的な強さと闘争心には尊敬すら覚える。

 同時に自分が腹立たしい。なぜいつも彼の戦いを見逃してしまうのか。砦の時のケルベロスとの戦い。ゾット平原での二体のサイクロプス。

 そして今この時だ。ここまで付いて来たのだから、一緒にドラゴンの元まで行けば良かったのだ。戦わなくても遠くから眺めているだけで、きっと一生忘れられない神話の戦いを見られたに違いない。唄にすれば絶対に大金持ちになれた。

 

「あーあ、何でそんな機会を逃しちゃったのかなあ」

 

 思わず独り言が出てしまった。エンシェントエルフの長い命でも早々お目に掛かれないチャンスを逃してしまったのが余程堪えたようだ。

 何せ相手は竜だ。兄貴分もこれだけ帰ってこないとなると、もう死んでいるのだろう。いや、もしかしたら辛うじて勝っても怪我をして動けないだけかもしれない。

 もし生きていたら助けてやって、一生恩に着せて言う事を聞かせてやりたい。そうだ、きっとまだ生きているはずだ。

 何と言っても未だに竜は飛び立っていない。きっと竜を倒して肉を独り占めしているに違いない。

 酷い話だ。慕ってくれる弟分に黙ってご馳走をモリモリ食べているのだ。もし元気な姿を見たら、一言でも百言でも文句を言ってやる。それからまた一緒に旅をして、今度こそ幻獣や巨人を倒す様をこの目に焼き付けるのだ。

 

「だからさ、絶対生きててよアニキ」

 

 願いが神にでも通じたのか、ヤトが置きっぱなしにしていた荷物と外套を見つけた。どうやらここで夜営した後、置いて行ったらしい。つまりすぐ近くにドラゴンが居るのだ。

 荷物を持って急いで山の斜面を駆け上がる。

 段々と緩やかになる斜面のおかげで走りやすい。そして何やら獣の鳴き声のような妙な音が耳に入ってくる。それに何かを打ち付けるような音だ。あまり考えたくないが想像出来てしまう。

 

「――――――こんな時期にイノシシか狼が盛ってるのかよ」

 

 まったく、今は冬に近くなった秋だというのに。

 しかし不思議な事に足跡を辿っていると、発情した獣の鳴き声も段々と大きくなる。いい加減煩すぎで耳を閉じたいが、そうすると音を拾えないので我慢した。

 ようやく森が開け、台地に出る。そして目に入る光景に思考が停止した。

 

「おおおおおう!!!いいぞっ、いいぞー!!儂を孕ませてくれ!!ヤト、ヤトォォォ!!!」

 

「はあはあはあ!!!クシナさん!!クシナさん!!」

 

 台地の中心で獣が盛っていた。否、角の生えた裸の隻腕の女がこれまた裸の男の上に跨って一心不乱に腰と全身を上下に動かしている。

 どう見ても子作りの最中であった。

 

「何だこれ、たまげたなぁ」

 

 ドラゴンは何処だろう。こんな光景見るためにこんな辺鄙な場所に来たんじゃないんだぞ。

 でもあの角女が聞き捨てならない事を口走っていたのを確認せねばならない。

 恐る恐る獣のような激しい交わりをする男女に近づき、目を凝らして男の顔を見た。目が合った。どう見ても探していた兄貴分だった。

 彼は我に返ってとんでもなく気まずそうに眼を逸らした。

 

「……ふざけんなぁぁーーーーー!!!!」

 

 たぶん生まれてから最大の絶叫が空へと消えた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 合流したカイルは取り敢えずヤトを正座させた。全裸正座はあまりにも間抜けだったので、お情けで外套を恵んでやった。

 なお、子作りを中断させられたクシナは不満そうだったが、カイルが睨みつけるとバツが悪そうに渋々従って、今は予備の外套を羽織って大人しくしている。

 

「で、どういうことだよアニキ?ドラゴンはどうなって、あの片腕の姉さんは誰だよ」

 

「あのヒトが竜で、戦った後に僕の奥さんになったんです」

 

「あっ?頭狂ってる?」

 

 カイルの率直すぎる感想に、ヤト自身も自分の事でなかったらきっと同じ反応を返したに違いないと思った。

 しかし事実は事実であり、最初から今までの事を丁寧に説明すると一応納得してくれた。同時にカイルはこれ以上ないぐらいにキレている。そしてキレ過ぎで一周回って冷静になっていた。

 

「で、その奥さんと何日もぶっ続けで子作りに励んでいたって?仲間の僕を放っておいて?生きてるなら顔ぐらい見せるのが筋と違う?」

 

「―――――その、ごめんなさい」

 

「次からは僕も最後まで一緒に行くからね」

 

 カイルの有無を言わせぬ言葉に、ヤトはただ頷くしかなかった。

 そこで面白くないのはクシナである。今の今まで放置されてその上、番となったヤトに対して高圧的に接する少年に若干の敵愾心を抱いていた。ただ、二人が群れというか仲間である事実が物理的排除を留めている。

 そして説教が終わった時を測ってカイルに凄む。

 

「耳の長い二本足、儂のヤトに随分と偉そうだな。汝は強いのか?」

 

「アニキには仲間に当たり前の事をしてくれって言っただけだよ。強いとか関係無いの。それと僕の名前はカイルだから」

 

「む、そうなのかヤト?」

 

「そうですね。カイルの言う通り、先に生きている事を教えておくべきでした。それに貴女の事を」

 

「むむむ、そういう事なら仕方がない。それと儂の事はクシナと呼べ。ヤトから貰った名だ」

 

 クシナは嬉しそうに贈られた名を名乗る。小柄ながら、たわわに実った胸を大きく突き出すと、外套がはだけて美しい裸体が晒される。カイルは慌てて目を逸らした。

 取り敢えず説教をして落ち着いたが、今更ながら酷い情事の臭いにカイルは鼻で呼吸するのを止めた。そして二人に身体を洗って着替えと食事を提案した。

 クシナの方はよく分かっていないが、ヤトが提案を受けたので倣って台地の隅にある泉で休息を摂る事にした。

 

 


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