東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第40話 西へ

 

 

 カイルが食事の用意をしてくれている間にヤトとクシナは泉で身体を洗って、数日間休み無しで交わって染みついた汚れを落とした。なお、碌に体を洗った事の無いクシナはヤトにされるがままで、くすぐったさに身を悶えさせていた。

 さっぱりした二人は、カイルと共に熱いスープを飲む。中身はイノシシの燻製肉と野草。

 

「血の味がしない薄い味だな。二本足共は毎回こういうのを食べているのか?」

 

 獲った獲物の丸かじり以外の、生まれて初めての料理を食べたクシナの感想だ。血抜きをして保存性を高めた肉の味は彼女からすれば物足りないだろう。しかし不味いと言ったり吐き出す事なく、面白そうに食べてお代わりも要求していた。

 ヤトも数日振りの食べ物を黙々と食べ続けている。何日も何も食べていなかったから身体が栄養を欲しているのだろうが、それでも食べ過ぎな気がする。

 そしてあっという間に鍋を空にした。カイルはあまり食べられなかったが、自分の作った料理をこれだけ食べてくれるので、悪い気はしていない。

 

 食事の片づけをしていたカイルは何気なく想像と違っていた事を口にする。

 

「ドラゴンってさぁ、洞窟に沢山の財宝を蓄えているって吟遊詩人が謳ってたけど、クシナ姐さんはそういうの無いの?」

 

「ざいほう?なんだそれは?儂はここを寝床にしているが、何かを貯めた覚えなど無いぞ。それに何でジメジメした穴倉なんぞに行かねばならん」

 

「ちぇー。やっぱり詩人の歌なんて当てにならないか」

 

 カイルは嘘っぱちの歌を謳っていた詩人に悪態を吐いた。

 ヴァイオラ大陸ではドラゴンは洞窟に住み、中に莫大な財宝を貯めていると信じられている。それを竜退治の英雄や勇者が手に入れる歌を詩人は毎日酒場や広場で謳っている。当然カイルもその歌を何度も耳にしており、いつの間にか本当に財宝があると信じていたが、実際に竜から知らされる事実は厳しい物だった。

 落胆したカイルだったが、ふとクシナが何かを思い出して告げる。

 

「そういえば汝達のように時々二本足共が儂に挑む事があってな。大体は儂に負けて喰われるが、その時に身に着けていた武器などを捨てている場所があるぞ。それでよければ好きにすればいい」

 

「えっ、いいの!?」

 

「儂はいらんしな。欲しいだけ持っていけ」

 

 カイルは俄然やる気を取り戻す。竜に挑むような者は大抵名のある達人や冒険者だ。彼等はほぼ例外無く魔法の武具や道具を持っている。その遺留品を漁れば何か価値のあるモノが見つかるかもしれない。

 早速カイルとヤトはクシナから教えてもらったゴミ捨て場に向かった。

 ゴミ捨て場と言っても、生ゴミのような本当のゴミがあるわけではない。剣や鎧の残骸が乱雑に積まれた鍛冶屋や工房のゴミ捨て場が最も適当な名称だろう。

 その金属のゴミ山に目を輝かせたカイルは喜び勇んで目ぼしい物を見かけては手に取って品定めをしていた。

 ヤトも砕けた赤剣の代わりになりそうな剣を探して、使えそうな剣を探している。

 鎧や盾のような防具は殆ど見当たらないか、原形を留めていないぐらいに損傷している。何せ持ち主がクシナに喰われたか、灼熱の炎で焼き尽くされたのだ。無事な物が見当たらないのも道理である。

 ただ剣や槍の類は多少見つかった。それらはかつての持ち主と違ってミスリルやオリハルコンのような魔法金属で、さらに魔法がかかっているので経年劣化もしておらず、十分実用に耐えられた。

 無事な武器は剣、槍、斧など七点。どれも魔法の武器であり、しかる場所に売れば一財産になるだろう。カイルは予想外のお宝が見つかってホクホク顔だ。

 ヤトも四振りあった剣の中の一つを手に取って丹念に調べる。ミスリル製の反りが無い直剣で幅が狭いが肉厚。長さも赤剣に近い。柄や鍔が若干傷んでいるが剣身は刃こぼれ一つ無い。軽く振って重心を確かめて手に馴染むのを確認した。かなりの名匠の作品だ。

 それと柄の部分に紋章が刻まれているのに気付いた。花なのは分かるが、種類と掲げる家までは分からない。

 カイルに聞いてみると、驚きながらも答えが返ってきた。

 

「その紋章は西のフロディス王国の王家の紋章だよ。そんな物まであったんだ」

 

 つまりこの剣の持ち主は西の国の王家に所縁のある者というわけだ。どのような人物かは分からないが、残してくれた剣はありがたく使わせてもらうとしよう。

 

「では次はそのフロディスにでも行ってみますか?」

 

「明確な目的地があるわけじゃないし、それで良いんじゃないかな」

 

 次の目的地が決まった二人は増えた荷物をさっさと纏めてもう一人の仲間の所に戻った。荷物はヤトが持ったが、自分でも驚くほど軽いと感じた。

 クシナは暇なので寝ていたが、二人の足音に気付いてすぐに起きた。竜の時のさして変わらない感覚の鋭さだ。

 

「次は西に、日の沈む方角に行きます」

 

「その前に荷物と馬を取りに行かないと」

 

「分かった。なら儂の背に乗るがいい」

 

 クシナは外套を脱ぎ捨てた。そしてカイルが裸体から目を逸らす前に、一瞬で元の姿である巨大な白銀竜へと姿を変えた。

 話には聞いていても実際に人から竜へと変わる様は中々に刺激的なシーンであり、カイルは目を輝かせてクシナの背に乗った。

 ヤトも背に乗ると、クシナは羽ばたき一気に上空へと上がる。そして風のように速く指示された場所へと降り立った。この間僅か数分である。森のような不整地に慣れた二人の足でも二日はかかる距離をものの数分で飛んでしまった。

 しかしその代償に、近くで主人の帰りを待っていた二頭の馬は、突然の竜に恐れをなしてどこかに逃げてしまった。

 失敗を後悔した二人だったが、今更どうにもならない。仕方がないので置いてあった荷物だけ回収して、再び竜の背に乗った。

 

 再び空の住人となったヤトとカイル。空を飛ぶ経験が皆無の二人は絶景に心を奪われていた。そしてこのような光景をいつも見ている竜のクシナを羨ましいと感じた。

 

「僕も竜になってみたいなー」

 

「流石にそれは無理でしょう。いや、でもエルフなら魔法で何とかなりますか。所でクシナさんは自由に姿を変えられますが、あの人の姿は誰かを模していたんですか?」

 

「昔、儂を退治しに来た二本足だ。ヤト程強くなかったが、それなりに強かったから多少覚えていて姿を借りた」

 

「へー美人な人なのに戦士だったのか。角も生えてるから人食い鬼≪オウガ≫だったのかな」

 

「あー、角はどうだったか。そこまでは覚えておらん」

 

 などと二人と一頭の竜の旅仲間は呑気な話をしながら当面の目的地である西を目指した。

 

 

 彼等に待ち受ける未来が、栄光なのか災厄なのかは誰にも分からない。

 

 

 第一部 白銀竜 ――了――

 


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