東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

42 / 174
第2話 初めての街

 

 

 トロルの首と共に村に帰還したヤト達は諸手を挙げて迎えられた。

 本心を言えば村人達はヤト達にあまり期待はしていなかったが、全員無傷で帰還したのを見て、粗雑に扱うと何をされるか分かったものではないので、必要以上に感謝の態度を示して誤魔化した。

 首はずっと眺めていても楽しい物ではないので、村の入り口に立てた杭に突き刺しておいた。一種の害獣除けである。

 そしてトロル退治の報酬は約束通り支払われる事になった。馬は明日の出立時に、先にクシナ用の衣服が渡された。

 ただ困った事に、古竜であるクシナは服を着た事が無かった。よって村の女衆が面白半分に世話を焼いて、彼女に服の着用を教える事になった。というのは口実であり、きっと女達の着せ替え人形にされるに違いない。

 

 

 ――――――翌朝。

 旅立つ一行は村の入り口で村人に見送りを受けた。

 それと依頼の報酬である馬を一頭貰った。不細工な顔立ちだったが、身が肥えていて力が強そうな農耕馬だった。

 早速馬に荷物を乗せると重みで少し嫌がったが、一応ヤト達の言うことは聞いてくれた。

 準備が整った一行は村を出立した。村人達は旅の傭兵に手を振っていた。

 村が見えなくなった頃、クシナが済々したとばかりに外套を脱いだ。彼女は半袖のシャツに短パン姿、足はサンダルを履いている。全裸よりはマシだが、旅装束には不似合いな軽装である。しかも豊かな肉によって布がパツパツに圧迫されており、余計に丈が短くなってしまった。おかげでヘソも太腿も丸出しだ。

 

「しかし服とは妙な物だな。モゾモゾするというか、ゴワゴワするというか」

 

 彼女はしきりに身体を動かして調子を確かめている。生来裸で過ごしていた古竜のクシナにとって服は未知の産物であり、身に着けた時の違和感は凄まじい物だった。

 村の女衆は生まれてから一度も服を着た事が無いクシナに驚いたが、彼女の見た目はオウガに近いので、きっと今まで腰蓑一枚で過ごしていたと勝手に思い込んで、幼児に教えるように気長に世話を焼いた。

 おかげで随分と手間取ったが今は一人で着替えが出来るぐらいにはなっている。

 

「でもそれって部屋着みたいなものだから、目の置き場に困るんだけど」

 

「??見たければ見れば良いのではないのか?」

 

「そういうこと言ってるんじゃないんだけどー!」

 

 艶のあるムチムチの身体をあけすけに見せびらかす女性が傍に居るのは思春期のカイルには辛い。そんな青少年の機微など分かるはずもないクシナは首を傾げるしかない。

 一応村から報酬として色々な服を貰っていたが、生地の多い服は殆どクシナが嫌がって突っ返してしまった。どうやら服の感触はお気に召さなかったようだ。本来は裸で居たかったが、ヤトの頼みということで最低限胸や股を覆う今の服装で我慢した。

 カイルとクシナが漫才を演じている一方、ヤトは村人から貰った周辺の地図を見ながら次の目的地を探していた。

 この近辺で一番大きな街は北に歩いて三日ほどの距離だ。クシナが竜になって飛べば数時間の距離だが、今は彼女が人類種の中で暮らすための練習期間と考えている。不便だが慣れるためにも徒歩の方がいい。

 ヤトは人(竜)にものを教えるのは初めてだったが、意外と面白いと思った。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 三日間の徒歩の旅はあっという間だった。

 現在ヤト達はフロディス王国西部の都市グラディウスの正門の前に居た。

 門の周りには数多くの人々が居る。それも人族だけでなく、多くの亜人族がいる。多様な獣人族もだ。

 

「おぉ、色々な二本足がいるなー」

 

 クシナは辺境の村と規模の違う賑やかな街に興味をそそられる。以前は彼等を見た所で精々獲物が群れている程度にしか思っていなかったが、ヤトとの出会いが彼女の心境に変化をもたらしていた。

 街は空から見れば小さな場所でしかないが、人の視点で見れば視界全てに入り切らない程に大きい。それがおかしいのか飽きる事無く眺め、ベタベタと外壁を触る姿は、外見に似合わない幼さがある。

 周囲の人々は彼女の角を見てオウガ《人食い鬼》ではないかと疑ったが、それにしては背が明らかに低く、肉付きから子供とも思えなかったので、不思議な亜人の成人女性と思いながら脅威と認識しなかった。

 そしていつまでも入口で止まっているわけにはいかなかったので、ヤトは嫁の手を引っ張って街の中へと入った。

 クシナにとって街の中は、子供にとってのおもちゃ箱のようなものだ。

 無数の石造りの家屋。肩が触れ合うほど通行人の詰まった通路。その通行人を呼び止める威勢の良い商人の声。様々な商品。そのどれもがクシナの興味を惹いた。

 しかしヤトは歩みを止めない。

 

「先に宿――寝床を決めないといけませんから。それが終わったら、後でゆっくり見て回りましょう」

 

「むう、ヤトが言うなら我慢しよう」

 

 やや不満そうにしたが、ヤトの意見は尤もなのでそのまま従った。

 一行は街の中ほどにある『リンゴ亭』と書かれたリンゴの形をした看板を掲げた宿屋に決めた。宿は平民の商人が利用するような中規模で質は程々。当然値段も相応の金額だ。

 部屋は二人部屋と一人部屋を借りた。勿論部屋割りは一人部屋がカイルで、ヤトとクシナが二人部屋だ。

 屋内で過ごすのは二度目だったので真新しさは無い。それでも田舎の家とは異なるのでクシナは目についた調度品をベタベタ触っている。

 荷物を置いて一息吐くと、カイルが部屋に入ってくる。これからの予定を話し合うためだ。

 それなら最初から一部屋を借りればいいのだが、カイルは一人部屋を主張した。理由は言わぬが花である。

 椅子に座ったカイルが早速切り出した。

 

「とりあえず荷物になる武器を売って身軽になろうか」

 

「そうですね。使わない道具は処分するに限ります」

 

 武器とはクシナの寝床で手に入れた魔法の武器である。ヤトが佩刀にした剣以外に六点ある。全て魔法の掛かった武器なので、売ればかなりの額になるだろう。そして金属は重いのでさっさと処分したい思惑もあった。

 問題はそんな高価な武器を売るにはツテが無い事だ。普通の武器屋では魔法の武具は売っていない。だから買取には特殊な店を通さねばならないが、そうした店は紹介状が必須となる。

 一応冒険者ギルドの組員になれば紹介してくれるが、今からギルドに属しても仲介料という名の中抜きと要らぬ詮索を受けるのが面白くない。

 二人の意見はそこで一致しており、別の選択肢を選ぶ事になる。

 

「情報収集も兼ねて盗賊ギルドに顔を出そうか」

 

 盗賊カイルの提案にヤトも同意した。クシナだけはよく分からない顔をしていたが二人に従った。

 話の纏まった三名は早速宿を出た。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。