東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第3話 未開の遺跡

 

 

 宿を出た三名は、そのまま街の貧民区を目指した。盗賊ギルドはどの街でも貧民街やスラムのような、治安が悪く外部の者を寄せ付けない場所に居を構えるのが不文律だった。

 今回は盗賊ギルド員のカイルが居るので蛇のタグは簡単に見つかった。タグはダリアスの街の白蛇と違って、黒蛇がネズミを喰らう形をしていた。こうしたデザインの細かい違いは国や土地柄の違いから出るものである。

 ともかく目当ての物を見つけて、タグのある建物の地下へと降りる。

 降りた先の部屋には暇そうにしている青年が座っていた。

 

「いらっしゃい。客か、それとも組員か?」

 

「組員だよ。物の買取と情報が欲しいんだ」

 

 カイルは用件を告げつつ、懐から白蛇の描かれた木札を青年に見せた。

 札をじっくり観察した青年はカイルがどこの所属か思い当たり、ダルそうな顔から仕事人の顔つきになる。

 少なくとも舐められないと分かり、ヤトは買取予定の武器の束をテーブルに乗せた。

 

「武器か。魔法具の類か?」

 

「正解。この国で売り捌くツテが無いから、ここに持ち込んだんだ」

 

「剣が三振り、斧が二本、槍も二本。結構な年代物だな。まあ、査定は専門がやるから待ってな」

 

 青年は武器をざっと見てから隣の部屋に居た雑用係に武器を渡した。

 

「で、情報ってのはなんだ?」

 

「今渡した剣より頑丈な剣を探しています。竜を斬っても砕けないような頑丈な業物を」

 

 ヤトの要望に受付の青年は首を傾げた。

 買取り予定の剣をざっと見た感じ、どれも業物だ。竜を斬れるかは分からないが、並の幻獣なら容易く斬れるだろう。それで満足しないとは随分と大言吐きというか欲深いというべきか。

 とはいえ求められた以上は商売人として応えねばならない。彼は担当に渡す紙にヤトの要望を記した。

 

「他には?」

 

「この国のエンシェントエルフの集落を探してるんだけど」

 

「エンシェントエルフだって?んな普通のエルフの村ならともかく、ギルドでも情報は殆ど持ってないぞ」

 

 カイルの要望に難しい答が返された。カイル自身もアポロンで幾度となく同じ言葉を聞いた。それでも他国ならと一抹の望みはあったが、やはり簡単にはいかないらしい。

 

「一応担当に聞いておくから、あんた達は客室で待っていてくれ」

 

 受付の役目を終えた青年は他の職員を呼んで、ヤト達を客室へと案内した。

 

 簡素な客室に通された三名は大人しくしているが、好奇心旺盛なクシナはテーブルに置かれていた茶菓子を一つ摘まんで口に放り込んだ。

 

「おおっこれは美味い。二本足はこんな美味い物を食べているのか」

 

 お菓子の甘味に感動したクシナは一つ、また一つと口に入れる。そしてあっという間に半分以上を平らげると、我慢出来なくなったカイルも参戦。二人はお互いに負けるものかと張り合って、全てを食べ尽くしてしまった。それでもまだお代わりを要求しないだけ分別があると思いたい。

 そしてしばらくすると客室に猫人の中年男性が入ってきた。

 

「待たせたな。ここの情報担当のショーンだ。早速だが、欲しい情報を教えよう」

 

 茶色の毛が愛くるしい猫人だが、渋い声がミスマッチだった。それはさておき、ショーンは本題に入る。

 まず、カイルの欲しているエンシェントエルフの村は残念ながら一切情報は無かった。

 元来エルフは排他的で同族以外のコミュニティに姿を見せる機会は少ない。そして王族と同義のエンシェントエルフはさらに引き篭もり体質で、情報通の盗賊ギルドでも目撃例は皆無だった。

 カイルも良い結果が得られないのは凡そ分かっていたが、実際に告げられると落胆の色を隠せなかった。

 そしてもう一つの情報の、ヤトの欲している竜を斬る剣だが、そんな物は無いらしい。

 正確にはあると言えばあるが、無いと言われたらその通りである。

 現在を生きる鍛冶屋は己の剣が本気で竜を斬れると思っている手合いもいるし、剣の価値を上げようと大げさに宣伝する輩も数多くいる。竜殺しを謳う魔法剣は数多くあるが、実際に竜を斬った事が無いので分からないそうだ。ある意味当然かもしれない。

 あるいは世には本当に竜を殺せる剣はあるだろうが、そんな伝説級の武器は早々人目に触れず、王の宝物庫や神殿の御神体として祀られている。

 仮に本当に竜殺しの宝剣が実在しつつ情報を手に入れたとしても、流石に剣に狂ったヤトでも率先して神殿に強盗に入るのは後々の面倒を考慮すると躊躇う。

 

「期待を裏切るような情報かね?」

 

「いえ、もしかしたらと思っただけですからお気になさらずに」

 

「逆に言えば未だに人目に触れられていない古代の遺跡になら、そうした伝説の武具が眠っているかもしれないな。何せ昔の方が優れた魔法具は多い」

 

 ショーンの話はある意味で正しい。現在でも魔法具は無数に造られているが、多くは過去に造られた道具よりも劣る。理由は諸説あるが、一番の理由は昔に比べて質の良い鉱石が枯渇しかかっている事だ。

 だからより良い道具を手に入れようとすると、どうしても古い時代に造られた物を選ばなければならない。

 しかし古い道具がそんなに都合よく転がっているはずもなく、多くは危険な遺跡や隠し財宝を探す他無い。

 そこでショーンはニヤニヤして長いネコ髭を揺らす。

 

「ちょうど半月前に鉱夫が未発見の遺跡を見つけてな。噂を聞き付けてあちこちから冒険者が集まっている街がある。その情報欲しいか?」

 

 高いぞ。とショーンは言わなかったが、高い情報料なのは分かり切っていた。

 ヤトは仲間のカイルの顔を見る。

 

「良いんじゃないかな。僕も盗賊としてその遺跡には興味あるよ。それに集まる人が多ければ、僕の欲しいエルフの情報もあるかもしれないし」

 

「なら、その街の情報を買います」

 

「よし契約成立だ。後で地図を用意しよう。ああ、そういえばその遺跡には探索許可証が無いと入れないそうだ。うちのギルドなら正規の発行証を用意出来るんだがなぁ」

 

 ヤト達からすれば足元を見た商売だが、冒険者ギルドに所属していない一行が遺跡探索をするにはその許可証とやらが無いと困るのは事実だ。

 それに今から冒険者ギルドに所属した所で新人は何か月も待たされるのが目に見えている。出涸らしの遺跡に期待など出来そうもないので、必要経費と割り切って許可証を手に入れた方が見返りも大きい。『先んずれば人を制す』の精神だ。

 どうせ魔法具の買取料金よりは安いので、即決して許可証を用意してもらう事にした。

 話が纏まり、後は魔法の武器の買取を待つのみとなった。ついでにクシナ用に茶菓子の補充を頼むと、ショーンは苦笑しながら了承した。

 

 しばらく三人で茶菓子を摘まんでいると―――――今度はヤトも食べるのを見てクシナも少し遠慮した、経理担当を名乗る女ドワーフが数枚の紙を持って入ってきた。

 

「待たせたね。武器六点の買取金額は金貨千二百枚だよ。これがその内訳を書いた紙。で、こっちが遺跡のあるバイパーの街までの地図と探索許可証。情報提供料と合わせて金貨百枚。つまり差し引きで金貨千百枚があんたらの取り分だ」

 

 それぞれの紙を隅々まで確認して不備が無いのを確かめた。代金の方は千枚以上の金貨は持ち運びに苦労するので、小切手で渡された。

 実は盗賊ギルドは表商売として為替商や金貸し業を営んでいる。その表業務を利用して後ろ暗い取引で得た金を資金洗浄して市場に流していた。だからヤトが受け取った小切手はこの国の大きな街のどの為替商でも換金出来た。

 なお金貨千百枚は一人の平民が一生かかって稼ぐ金に近い一財産である。ギルドが仲介料として幾らか差し引いた買取金額でもそれほどの価値があるのだ。古い時代の魔法具がいかに高額で取引されるか分かるというものだ。

 

 全ての取引に不備が無いのを確認すると、一行は盗賊ギルドを後にした。

 そして明日の朝には街を出て、西のバイパーの街に立つので、クシナに貨幣と商売の原理を教えながら準備を整えた。

 

 


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