東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第7話 探索開始

 

 

 早朝。宿屋『岩竜の寝床』を後にした三人は街の外れにある鉱山を前にする。夜が明けて間もない早い時間だったが、既に何組かの探索者が鉱山に入るところだ。

 入り口は簡易の柵が設けられ、無精髭の生えた粗野な男たちが守りを固めている。その中で一人だけ身なりの綺麗な中年男がヤト達に許可証の提示を要求した。

 

「――――ふむ、印は本物。偽証は無いな」

 

 ヤトから受け取った探索許可証を念入りに調べて違法性が無いのを確認した男は証の返却と共に一枚の白紙を渡す。

 

「これに探索した個所を記してくれれば情報提供料を出そう。特に鉱脈の情報は金貨千枚もありうるぞ。やるかやらないかはそちらの自由だ」

 

「余裕があればやりますよ。それに我々も帰還するための道順は必須ですから」

 

「ああ、強制はしないから好きにするといい。ところで、連れのお嬢さんはそのまま潜るのか?」

 

「ん、儂のことか?何かあるのか?」

 

「……いや何でもない、忘れてくれ」

 

 男は疑問符を頭に浮かべるクシナを見ずに首を横に振って、次の探索者の説明へと向かった。

 そして三人は何事もなく柵の内側の鉱山へと足を踏み入れた。

 鉱山内部は意外と広く三人が並んで歩いても余裕がある。今は入り口が近いこともあって壁には一定間隔で松明も灯してあるので視界は良好だ。途中、幾つもの横穴を見つけたが、その多くには通行止め立札が立っていたので無視した。

 どんどん奥へと進む最中、暇そうにしていたクシナが何となしにヤトに尋ねる。

 

「なあ、ヤト。あの二本足は儂に何を言おうとしたんだ?」

 

「多分、クシナさんの服装を見て遺跡探索すると思わなかったんですよ」

 

「あー確かに。他のおっさんたちも僕らを正気と思ってなかったね」

 

 男二人に言われたクシナは自分の体を見る。彼女の服装は今も半袖シャツに短パンとサンダルで非武装。それも豊かな胸に押し上げられて丈の足りなくなったヘソ出しに健康的な肉厚の太ももが露出した、片腕でなければ娼婦に間違われるような煽情的な身なりなのだ。とてもではないが危険な遺跡に入る装備ではない。

 そういう意味では防具を着ていないヤトとカイルも似たようなものだが、それでも武器を持ち、探索に必要な道具を背負っているので見た目はまだマシだ。

 それでも止めないのは彼らが許可証を持つ探索者を止める権限が無く全ては探索者の自己責任故だ。この鉱山に一歩入った時点でどうなろうとも当人の責任。誰にも文句を言えない。

 三人は軽い雑談をしながらも多少の警戒をしつつ奥へと向かう。するとひと際松明の光の強い場所が見えてきた。そこは台座の上に篝火が焚かれており、周囲の壁を触ると容易く崩れる。つい最近掘った証拠だ。

 さらに奥を覗くと岩肌とは明らかに違う人工物がそこかしこに目に入った。

 

「ふーん、ここでドワーフの古代都市を見つけたんだ」

 

 カイルが二人の前に立って入り口付近を警戒する。軽い言葉を舌に乗せていても既に斥候として仕事を始めていた。

 

「僕が先頭に立つから、アニキは地図を描いて。姉さんは後ろを警戒してなにか近づいてきたらすぐに教えて」

 

 彼は入り口の前で小石を数個拾って穴の先に投げた。石は一定の甲高い音を立てて何度も転がった末に止まる。音に反応する物は何もない。

 不意打ちの心配は無いと判断したカイルは立ち上がって先に進み、二人もそれに続いた。

 

「おぉ!穴倉の中にも街があるぞ」

 

 クシナが目に飛び込んだ古代都市の威容に興奮した声を上げた。

 それは朽ちて半ば瓦礫と化していても都市を名乗るにふさわしい建築群であった。

 階段状に上へ上へと建てられた石造りの家々。幾重にも張り巡らされた集落と集落を繋ぐ石橋。一枚の石畳を数え切れないほど敷き詰めて舗装した道。まさしくここはドワーフの地下王国だった。

 

「で、どうするアニキ。ここは入り口で、とっくに他の探索者が探し終えた後だと思うけど」

 

「そうですね、入り口でウロウロしていても仕方がないので奥に通じる道を探しましょう」

 

 カイルの言う通りここは既に数日前に探索を終えているので残っている物は何もない。そしてここだけが住居とは思えないので、必ず他の場所に繋がる坑道があるはずだ。

 三人は警戒しながら集落をあちこち探索して幾つか石のアーチに天井を支えられた坑道を見つけた。問題はそのどれに入るかだが、ヤトは意外な道を選ぶ。

 彼は入り口が落石で塞がった坑道を選んだのだ。

 

「ここはまだ手付かずの道ですから、きっと良いものが残ってますよ」

 

「いやいや、そうかもしれないけどこれを退かしてたら日が暮れるよ」

 

 カイルの突っ込みにもヤトは動じずに、無言で剣を大岩に振り下ろす。すると入り口を塞いでいた岩はあっさり八等分になってずり落ち、人一人通れる程度の隙間が出来た。カイルは反則だと思ったが、結果的に手付かずの道に一番乗り出来たので良しとした。

 三人が隙間に入ってから再び石で道を埋めた。これで暫くは後続も気付かないので邪魔者無しにゆっくりと探索出来る。

 坑道を進む三人。聞こえる音は自分達の足音のみ。見えるのは壁として積み上げられた石材だけ。そこで今更ながらカイルは気付いた。今自分たちは誰も松明やランタンを灯していない。それでも誰も視界に不自由していなかった。

 それを尋ねるとヤトはクシナと出会ってから無明の闇でも視界に不自由しなくなった事を告げた。クシナも月明かりの無い夜でも当たり前のように視えていると語っている。おそらくは竜の特性なのだろう。

 カイルの場合、伝承ではエンシェントエルフは光とともに生まれたとあり、世界は常に昼間のように見えるのが当たり前と話してくれた。つまりここにいる全員が照明要らずのパーティなのだ。この事実は遺跡探索に極めて優位に働く。

 なぜなら松明を持つには常に片手を使わねばならず自由が利かない。ランタンは腰にでも引っかけておけば邪魔にならないが、戦闘が起きたら破損する可能性もある。そうなったら著しく視界が制限されて全滅の可能性すら出てくる。そうした危険性が無い今のパーティは理想的な集団だ。

 遅まきながら予想外の事実が発覚したものの不利な要素が減った三人はどんどん暗闇の先を進む。

 途中、横に空いた道を見つけてカイルが罠を警戒して慎重に調べながら進むと、錆び付いた鉄の一枚扉が出迎える。

 

「うかつに触ると仕掛けが作動するかもしれないから待ってて」

 

 カイルは後ろの二人を待たせてから扉の周囲の壁を目視して突起物の射出穴などが無い事を確認した後、注意しながら扉を軽く叩いて反響音から仕掛けが無いかを確かめた。さらにリング状のドアノブの下にある鍵穴に解錠用の針金を突っ込んで弄ってみるが、針金から伝わる感覚に首をかしげてから納得した。

 

「錆びて鍵が腐ってるから、このまま力づくで壊してもいいよ」

 

「なら儂がやる」

 

 そう言ってクシナは軽くドアノブを引っ張ると扉ごと取れた。

 取れた扉を通路に置いて中に入る。中はそれなりに広い空間で壁や部屋の中央には半壊した石造りの棚が幾つもある。一見すると何かの物置か倉庫に見えた。

 クシナは棚に置かれていた金属の塊を無造作に手にしてしげしげと眺めるが、これが何なのかよく分かっていなかった。代わりにヤトが何なのか気付いた。

 

「それはノミですね。こっちはツルハシ、奥にはスコップもあります」

 

「金槌と中に石が残ってるバケツもあるよ。この部屋は採掘道具を保管する倉庫なんだ」

 

 二人は錆び付いて役に立たなくなった道具の山を見て結論付けた。そしてクシナにここにある道具が何なのかを分かりやすく説明する。

 

「ほほぅ、ここにある道具で山に穴を空けて石を掘り出すのか。二本足は面白い事をする」

 

 クシナは錆び付いたノミを手の中で弄んで笑う。古竜からすれば腕の一本もあれば容易く山に穴を空けられるのだから、わざわざこんな道具を作る人類種の弱さがおかしいのだ。しかしそんなひ弱な生き物の一人が自分の腕を切り落とすほどの強さを有していると思うと、その多様性こそ最も面白い部分だと思った。

 とりあえず部屋を探索したが見つかるのは錆びた鉄製の工具ばかりだった。碌に金目の物が無かったのでカイルはガッカリした。

 ヤトが慰める中、唐突にクシナが部屋の奥に何かがいると告げた。

 三人はすぐさま臨戦態勢を整えて奥を凝視した。

 

 


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