東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第8話 不死者

 

 

 クシナの言葉でヤトはそのまま剣を、カイルは短剣を一振り握って臨戦態勢に入る。

 倉庫の奥からは石壁を叩く音が鳴りやまない。よく耳をすませば金属で石を叩く音が分かる。しかも一つではない。最低でも三つの打音が不協和音を起こして聴く者の神経を荒立たせる。

 そして石壁から異形の者たちが姿を現した。

 

「骨が動いている」

 

 クシナの短い呟きが全てを物語っていた。

 壁を突き破って塵煙と共に姿を現したのは五体の動く骸骨。骨が肉も臓腑も無いのに己の足で歩く様は冗談のように思えるが、これはれっきとした現実だった。

 彼あるいは彼女かもしれないが、あの骸骨は不死者。この世に未練を残し、肉体が腐り落ちてもなお留まり続けた哀れな魂が宿った骨だ。

 五体の骨はそれぞれ斧や戦槌を掲げで三人にじりじりと近づいていく。

 対してヤトは一足で距離を詰めて骸骨が武器を振りかぶる前に側面から横薙ぎの一閃で二体同時に切り伏せる。

 ヤトに気を取られて後ろを向いた骸骨の一体にカイルが飛び掛かって後頭部にナイフの柄を叩き付けて転がす。

 残る二体はクシナが軽く手で撫でてやると吹っ飛び、壁に叩き付けられて粉々になった。

 余裕の勝利と思いきや、困ったことにクシナが粉々にした骸骨以外はまだ動いている。それもヤトが上下に両断した骸骨は上半身と下半身が別々に動き出していた。当然カイルが頭蓋を割っただけの骸骨は何事もなかったように立ち上がる。

 

「やっぱり不死者は粉々にするか聖水で浄化しないと完全には滅びないのか」

 

 カイルは予想していたが実際に不死者の面倒さを目の当たりにして、これからもこんな奴らを相手にすると思ってうんざりした気分になる。

 

「なら儂の炎ならどうなるか試してみるかの」

 

 他の二人が何か言う前にクシナは大きく息を吸い込んで一気に吐き出す。彼女の小さな口から爛々と燃え盛る炎が勢い良く吐き出されて動き続ける骸骨共を飲み込んだ。炎は勢いを緩めずそのまま部屋全体を覆い尽くしてしまった。

 さすがは古竜の吐息。これならあの骸骨たちは骨どころか往生際の悪い魂まで跡形も無く焼き尽くされるはずだ。

 生まれて初めて竜の炎を見たカイルは興奮気味だったが、艶のある瑞々しい肌の顔が次第に青くなって喉を抑え始めた。それに気づいたヤトは声をかけようとしたが、自分も息苦しさを感じてすぐに理由に思い当たった。

 彼はすぐさまカイルとクシナの手を引いて部屋から出て、外した鉄扉で部屋に蓋をした。そして離れた通路で大きく息を吸った。

 

「クシナさん、こんな場所で火を使うものじゃないですよ」

 

「?なぜだ?」

 

「こういう狭い場所で火を使いすぎると空気が燃えて息が出来なくなるからです。貴女や僕なら大丈夫かもしれませんが、カイルは下手をしたら死んでしまいます」

 

「わかった。もうしない」

 

 理屈はよく分かっていないが彼女はヤトの言葉に素直に従う。

 倉庫の火はまだ消えていないので、しばらく放置してほかの場所を探索することにした。

 坑道をどんどん進むと、やがて広大な空間へと出た。

 そこは地下空間にこつ然と現れた巨大な空洞。奥行きの見えない向かいの岩壁、数十mはありそうな高い天井。何よりも驚くのは眼下に広がる底なしの穴だ。

 暗闇でも見通せるヤトやカイルの目でも底がまるで見えない。

 試しに石を一つ投げ入れる。石はいつまで経っても底に届かず、一分近く経ってようやく底に転がる音が鳴った。恐ろしく深い穴だ。深淵を覗き込むとヤトでさえまるで御伽噺の冥府の国を覗いているかのような、原初の本能に訴えかけるような言いようのない恐怖心がこみ上げる。

 

「おいどうした二人とも?何か穴の底に良いものでもあったのか?」

 

 クシナの能天気な言葉に我に返った二人は気持ちを切り替えて大空洞を観察した。大穴は際の部分が規則的で緩やかな螺旋状になっており、階段のように降りる事も出来る。壁には無数の穴が穿たれて、全体像はまるでアリの巣のようだ。

 地面には所々打ち捨てられた採掘道具の残骸、隅には大小の石を満載した台車が幾つもそのままに捨て置かれている。

 途中の通路にあった倉庫との位置関係から、ここがドワーフの採掘現場なのはほぼ確実だろう。

 ヤトは台車から石ころを一つ取って眺める。素人には何の変哲もない石にしか見えないが、これだけの規模の採掘現場ならただの石材や鉄とは考えにくい。おそらくここがミスリル鉱脈なのだろう。一応地図に記載して後で街の職員に伝えねばならない。

 ヤトが地図にこれまでの道筋を記していると不意に殺気を感じてその場から飛び退いた。

 元居た場所を見ると、何か薄らぼんやりとした不定形の浮遊物が通り過ぎた後だった。

 

「アニキっ!無事!?」

 

「ええ、大丈夫。あれはゴーストという不死者です。肉体が無い分、自由に動く面倒な相手ですよ。あと―――――」

 

 地図を懐にしまって剣を持つ。そしてヤトの説明が終わる前にクシナがゴーストに殴りかかるが、拳は虚しく空を切るのみ。

 

「アレは生身で触れても倒せません。それどころか触れた個所から体力を吸い取られますから迂闊に触るのは危険です」

 

「そんなのどうすれば倒せるの!?」

 

「魔法をぶつける、聖水をかける、神官が祈る、特殊な加護のついた魔法の武器を使う、ぐらいですね。あともう一つ――――」

 

 慌てるカイルを無視してヤトは調息して丹田で練った気を剣に纏わす。そしてクシナにまとわりつくゴーストを一閃。

 本来あるはずの肉体を失い彷徨う哀れな不死者は音もなく四散した。

 

「このように気功術なら小さなゴーストは倒せます。問題は――――」

 

 ヤトが何か言う前に消滅したゴーストと同じような浮遊体が現れた。それも五体。

 これがゴーストの習性。生者を見つけると他の個体も集まってくるのだ。

 カイルも兄貴分ばかりに働かせるのは悪いので荷物からドロシーに融通してもらった聖水を取り出してゴーストに振りかけた。すると小さなゴースト二体が消滅。残る三体は明らかに怯んで逃げようとする。そこをヤトが回り込んで一体を斬った。残りは二体。

 

「クシナさん、ここなら多少火を使っても大丈夫です。ですが出来るだけ小さな火でお願いします」

 

「わかった、やってみる」

 

 何気に先程の失敗を少し気にしていたクシナはヤトに頼られたのが嬉しかった。今度は言われた通り軽めに火を吐き―――それでも数mは伸びる火柱だった―――残りのゴーストを消し飛ばした。増援は来ない。

 警戒を解いた三人は大空洞の探索を前に休息を取ることにした。カイルが火の残り火を使ってランタンに火を灯して地面に置き、三人は火を囲むように腰を下ろした。

 

 


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