東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

5 / 174
第5話 護るべき者

 

 

 ヤトは骸の積み重なった場にて、戦いの高揚感を鎮めていた。

 今回は亜人や木っ端の傭兵とは違い、正規の訓練を受けた軍人、あるいは騎士と戦えた。強い相手を倒す事が、己の強さを証明する。単純な世の真理だ。

 心が多少静まり、次の行動を考える。

 盗賊退治の依頼が偽りの物なのは殺した剣士達の立ち振る舞いから確信している。気になるのは男達が何を護っているか、メンターやロングが何を隠しているのかだ。

 ヤトは強さにしか興味が無い。強敵と戦える機会が欲しいだけだ。あるいはその大事なモノをこちらで確保して餌に使うか、偽ったメンターへちょっとした嫌がらせをしてもいいと思った。

 色々な憶測を立てていたが、人の気配を感じ取って剣を構えた。

 

「―――――これは一体!?やったのは貴様か!?」

 

 何をとは問い返さない。幾多の骸の中にあって、ただ一人生きている者がどのようにして生きているかなど答えるまでもない。

 二十歳を少し過ぎた年頃、灰色の髪の男は怒りに満ちた相貌をヤトに叩きつける。

 彼も他の男達と同様に、均整の取れた無駄の無い頑強そうな肉体の上から上等な仕立ての服を纏い、柄に見事な銀装飾を施した剣を手にしていた。剣の輝きは曙光を反射し、まるで刀身全てが黄金に飾られたようにも見える。あれは断じて鉄ではない。鋼すらパンのように易々と断ち切るミスリル製の魔法剣だ。

 

「全てではありませんが、大体僕が斬りました」

 

「狙いはあの方だなっ!!貴様などにやらせはせんぞ!!」

 

 勝手に盛り上がる灰髪の男は剣をヤトへと向ける。その構え一つ見ても、男が相当な練達なのがヤトには嬉しかった。

 そこから先に言葉は必要無かった。剣の一振りが万の言葉となる。

 切っ先が触れ、互いの剣が弾かれる。距離を詰めれば鍔迫り合いで剣が軋む。男が蹴りを放てばヤトは股を掻い潜りながら軸足を脇差で斬ろうとしたが、足一本で飛ばれて間合いを離される。

 幾度となく剣を交え、拳を繰り出し、蹴りを放っても互いに有効打は得られない。ただ徒に時ばかりが経つ。ヤトは楽しさが滲み出るが、灰髪の男の方は焦燥感が積み重なっていく。

 そもヤトは強い相手と戦えればそれで良い。それが誰だろうが何人居ようが、最後に相手が生きていようが死んでいようが関係無い。今の状況は強い相手との戦いを楽しんでいる節さえある。

 対して灰髪の男は護る存在があり、火矢によって一部の家が焼けたのが囮とすればこれは計画的な襲撃だ。複数の敵が襲い掛かって来るのを考えると、目の前の暗殺者にだけ構っている時間は無い。

 なによりヤトは灰髪の男が知る者の中で誰よりも強かった。いや、殺しが上手い男と言い換えていい。

 無双の力を持つわけでもない。目にも留まらぬ速さがあるわけでもない。剣を寄せ付けぬ鋼鉄の身体を持っているわけでもない。卓越した技量には目を見張るが、それは本質とは離れている。

 

 ヤトの最大の武器は常識を遥かに超えた殺意と凶気だ。

 通常、達人同士ほど攻撃に移る意と初動の読み合いを重要視する。相手の行動を先読みして、それに合わせて動きを決めるが、ヤトの場合それが全く読めない。

 殺気を隠すのが上手いのではない。常時身に纏っている殺意があまりにも濃密過ぎて、平時なのかフェイントなのか実動なのかさえ全く区別がつかないのだ。これでは達人ほど困惑して動きが鈍る。

 さらにこの暗殺者は死角に回り込むのが信じられないほどに上手かった。視線の誘導などお手の物。瞬き一つとっても命取りになる程に相手の視線から逸する動きをする。それこそ目の前に居ても実像を捉えきれない。まるで幻像のようだ。

 

 だからこそ灰髪の男は不可解だった。これほどに殺しに特化した技量を持つ男が、標的であろう我が主を放って護衛でしかない自分といつまでも戯れている。やはりこいつが囮兼護衛排除役である可能性が高い。故に一秒でも早く決着を付けたいのに守勢に回らざるを得ないのがもどかしい。

 

「意識が散漫になってますよ。悩み事ですか?」

 

「言ってろ卑怯な暗殺者がっ!」

 

「こうして真正面から斬り合っているのに卑怯者ですか?罵倒される覚えがありませんが」

 

 軽口に苛立ち、剣を受けそこなって足がもつれた。

 絶体絶命の瞬間だったが、ヤトは何もせずただ黙って相手を見下ろしていた。

 

「おのれっ!私を嬲るか!!」

 

「実力を全て出し切って欲しいだけです。但し見逃すのは一度だけですよ」

 

「それを嬲るというのだ下郎めがっ!」

 

 灰髪の男は激昂して立ち上がり、狂った野牛の角のように剣を突き出しながら駆けた。

 それを見たヤトは失望したように溜息を吐いた。そして気怠そうに他の傭兵が使っていた剣を足で蹴飛ばした。

 剣は真っすぐ男へと突き進む。彼は咄嗟に剣で払い除けた。

 その間にヤトは距離を詰めて、男の首を飛ばすつもりだった。しかし相手は無意識に蹴りを放っており、それが僅かにヤトに触れていた。おかげで剣筋が乱れて、首ではなく胴を裂いた。

 また一人の鮮血がこの地を赤く染める。

 

「ぐはっ!」

 

「一矢報いるというやつですか。少しだけ驚きました」

 

 仰向けに倒れた灰髪の男。勝敗は決したがヤトは斬った手応えに違和感を覚えた。そして出血の量が予想よりかなり少ない。

 よく見れば倒れた男の胸元から光り輝く金属片が音を立てて零れ落ちた。服の下にミスリルの鎖帷子を着ていたのだ。それが彼の命を僅かに繋ぎ留めていた。

 

「はぁはぁ、護るべき者を残して無念だ」

 

「余計な事を考えているから負けるんですよ。来世ではもっと簡潔に考えて生きましょう」

 

「ふん。強さに溺れる愚か者め」

 

 このような男が世にのさばるのは我が不徳。護るべき者など居ない浅薄な男に何を説いても無駄だが、それでも言わずにはいられなかった。

 言うべきことは数多くあるが、命乞いに時間稼ぎをしていると思われるのは不快だったので口を閉じた。

 

「貴方はそれなりに強かったですよ。では―――――」

 

 ヤトは赤剣を逆手に持ち変えて止めを刺す。

 

「だめええーーーーーー!!」

 

 死体だらけの戦場に似つかわしくない少女の絶叫が響いた。その声に関心が移り、剣が止まる。

 村の方から走ってきたフードを深く被った少女は半死状態の男を護るようにヤトの前に立ち塞がった。

 

「お願いアルトリウスを殺さないでっ!!狙いは私なんでしょ!!」

 

「サラ様、おやめください。私の事など放って逃げて――――」

 

「私のせいで皆が死ぬなんて耐えられないの!!私の首ならあげますから彼は見逃してっ!!」

 

 そう言って少女はフードを脱ぎ捨てた。年の頃は14~15歳程度、ヤトより年下。深い海のような藍色の瞳が涙で濡れながらも強い意志を宿している。容姿はそれなりに整っており鼻とヒゲが特徴的だ。髪は亜麻色。

 何より最も人目を惹くのが頭部に備えた一対の尖った耳だ。まるで犬のような耳が彼女に亜人の血が流れている事を証明している。

 

 ヤトは急速に殺気が萎えていた。元々灰髪の男改めアルトリウスに勝ったので満足していたのもあるが、目の前で男女の悲恋劇など見せつけられてしまい、馬鹿馬鹿しいと思えてしまった。

 溜息を吐いて剣を順手に持ち替えた。犬耳の少女サラは心臓が一段跳ね上がったが、ヤトは関係無いとばかりに剣に付いた血を振り払って鞘に納めた。

 

「貴方の命もそこのアルトリウスさんの命も僕にはどうでもいいです。後はお好きなように」

 

「えっ?あの、でも貴方はいったい何が目的で――――」

 

「僕の事より彼の傷の手当をしないと、本当に死んでしまいますよ」

 

 その言葉でサラはすぐさまアルトリウスに駆け寄って服を脱がせた。ミスリルの鎖帷子のおかげで胴を裂かれるのは避けたが、それでも臓腑が見えている程度に傷は深く出血も多かった。生半可な応急手当では、とてもではないが命は助からない。

 しかしサラは慌てず、両手を天に掲げた。それはまるで天にいると言われている神に手を伸ばしているかのようだった。

 

≪慈愛の神よ。どうか死にゆく哀れな者に今しばらくの生をお認めください≫

 

 サラの神への乞いは臥すアルトリウスに届いた。彼の腹の傷が徐々に塞がっていく。その光景はたしかに神の慈悲と言える神聖さを宿していた。

 完全には傷は塞がらなかったが出血はほぼ止まった。これなら破傷風にでもならなければ命は助かるだろう。

 苦痛から解放されたアルトリウス。しかしその顔は晴れない。彼は疲労により荒く息を吐くサラの姿を見るのが何よりも苦痛だった。

 

「申し訳ありませんサラ様。治癒の魔法を私などに」

 

「はぁはぁ――――良いんです。この力で誰かが救われれば、それが私の幸福です」

 

「へぇ、治癒魔法とは珍しいですね。良いものを見させてもらいました」

 

 ヤトは強さを持たない相手には微塵も興味を抱かないが、自身が持ち得ない技能を持つ者にはそれなりに礼を示す。サラもその例から外れず、粗雑に扱うつもりは無かった。

 

 魔法とは神の祝福であり呪いでもあった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。