東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第11話 棺に眠るモノ

 

 

 ゴーレムと不死者を全滅させた。これだけ派手に立ち回ったが増援は来ない。一応警戒は続けるが周囲の脅威は去ったと判断していい。

 そして無惨な金属塊に成り果てたゴーレムを見たカイルは勿体ないと思いつつ、どうせ後で解体しないと運び出せないので納得した。

 残骸は後で回収すればいいので一行は先に建物の探索を始めた。

 この空間の建物は予想通り精錬所と鍛冶場だった。中には大小さまざまな炉があり金床がある。当然のごとく火の落とされた煤まみれの炉はどこか寂し気で物悲しい。まるで置いて行かれた子供を見ているようだ。

 それはさておき目ぼしい物を求めて数時間隅々まで探し回ったが結果は芳しくない。ヤトはここが鍛冶場だったので良質な剣の一振りでも残っているかと思ったが、残念なことに当てが外れた。結局見つかったのは装飾用に溶かす金銀のインゴットが数本とカッティング前の宝石が一袋分だった。

 装飾を担当していたアトリエの一室で昼食の堅焼きパンを齧るヤトは落胆の色の隠せない。腰に佩いたこの国の王家の家紋の刻まれたミスリル剣も決して見劣りする剣ではないが、それでももしかしたらそれ以上の剣が見つかると思っていた。しかし現実は厳しく、剣の一振りも見つからないとは……。

 誰が悪いわけではない。強いて言えば己の運が無いせいだ。

 食料は残り僅か。隠し部屋や倉庫があるかもしれないが、それを探していると水と食料が尽きる。これ以上の探索は無理と判断したヤトは食事を終えたら戦利品を持って一度街に帰る事を提案した。

 リーダーの提案は理にかなっているのでカイルもクシナも反対しなかった。

 そうと決まれば後は像の残骸を縛って纏めて運びやすくする作業が待っている。力のいる仕事のために残ったパンを頬張って嚥下した。

 その時、ヤトはふと足元のパンくずに群がる何匹もの虫に気付いた。少し観察していると、その虫達は床の石畳の隙間から這い出て、再びパンくずを地面の下に運び込んでいるのが分かった。

 

「!もしかして―――」

 

 ヤトは剣を石畳の隙間に滑り込ませて梃子の原理で一枚石を跳ね返した。すると石の下から不自然な空間が現れる。隠し階段だ。

 

「やったじゃんアニキ!」

 

 弟分が肩を叩いて喜びを分かち合う。

 三人は手当たり次第に石板をひっくり返して隙間を広げると、人が優に三人は通れる広い階段が露になる。

 今いる場所が都市の心臓部であることが、この隠し部屋の重要性を否応なく高めてくれる。価値ある物が残されている可能性が非常に高い。

 逸る気持ちを抑えながら罠を警戒したカイルを先頭にゆっくりと階段を下りた。ドワーフ用の階段は小さいがそれでも百段はかなり深い。

 降りた先には錆び付いた鉄扉が建てつけられていたが鍵の類は無い。錆びて動きの悪い蝶番を力任せに動かして扉を開く。

 扉の先の短い通路は大きめの空間に繋がっていた。そこは横幅、奥行き、高さ、全てが同じ尺で仕切られた真四角の石の部屋だ。中央は一段高く石が積まれており、繋ぎ目の無いミスリル製の巨大な箱が安置されている。箱は縦長で人一人がすっぽりと収まるぐらいの大きさで、まるで棺のようだ。

 いや、棺そのものと言っていい。この部屋は墓所なのだろう。断言出来ないのは墓におなじみの副葬品が殆ど無いからだが、単に墓の主や家族が物を置かない気質なのかもしれない。

 唯一目に付いたのが、奥の壁に飾られていた二又のフォークのような槍だ。正確には柄が短く穂先の方が長いので長巻と呼ぶべきかもしれないが、ヤトも初めて見る形状なので何と称していいのか分からない。

 手に取って詳しく調べると、槍の異質さがより分かる。二又の長い穂先は両刃の剣のようで、それでいて恐ろしく軽い。柄も刃も鋼と同等の強度を持ちつつ三分の一の比重のオリハルコンで出来ている。疑いようもなくドワーフの名工の作だ。

 さらにヤトは石突から切っ先までを念入りに触れて出来栄えを確かめると、自らの指の感覚を疑い再度触れて疑いを晴らす。

 

「これは切っ先の部分がミスリルですね。オリハルコンの刀身にミスリルの切っ先を鍛接してあります。どうやって鍛えたのか想像もつきません」

 

 熱した柔らかい鉄と硬い鉄をハンマーで叩いて接合する技術は大陸でも識者に知られている。ヤトの故郷葦原で生まれた東剣がその技術の結晶だ。

 しかし魔法金属で、しかも異なる金属同士を接合した例は誰も知らない。一体何者がこの槍を鍛えたのか。まるで神の手による場違いな品のように思えてならない。

 

「ふーん、それでヤトはそれを使えるのか?」

 

「どうでしょう?僕は一応槍も使えますがこの形状は初めてですから。使いこなせるようになるには相当長い時間がかかると思います」

 

 我儘かもしれないが幾ら名工の逸品と言っても使い手に合わない武器は命に関わる。出来れば使わない方向で行きたい。

 あるいは穂先だけを外して剣に仕立て直すかだ。形状はほぼ剣なので長い時間を鍛錬に費やすよりはそちらの方が易い。

 それも一度街に戻ってから決めれば良い。先に棺の中も確認してからだ。

 カイルはこれまでで最も警戒して棺を調べる。盗賊ギルドには過去に墓所を荒らした盗賊が惨たらしく罠で死ぬ話が幾つも伝わっている。毒煙、飛び出し刃、落とし穴、魔法、加護あるいは呪い。挙げればキリが無い。死者の眠りを妨げる行為はそれほどに怒りを買う。

 かなり長い間慎重に調べて、外の部分に罠の類が無いのを確認した。同時に蓋を開けるには鍵が必要になるのも分かった。

 上の建物にはそれらしき鍵は見つかっていない。元の住民が鍵だけは持ち去ったのかもしれない。当然カイルも鍵開けの技能は修めているが、試しに鍵穴に工具を突っ込んで内部構造を確かめた時点で諦めた。中があまりにも複雑すぎて手に負えないらしい。

 最終手段はヤトに蓋を斬ってもらう事だがそれは本当に最後だ。

 そこで暇そうにしていたクシナが何気なく昨日手に入れた鍵は使えないのか尋ねる。カイルはそんな都合よく合うはずないと思ったが、駄目元で昨日手に入れたミスリルの鍵を棺の鍵穴に差し込む。すると驚くべきことにピタリと形状が合い、難なく開いてしまった。

 

「ふふん、さすが儂。カイルは感謝しろ」

 

「鍵を見つけたのは僕だけどね」

 

「まあまあ、それより先に中を見てみましょう」

 

 亡骸なら謝って蓋をもとに戻して再び眠ってもらおう。さすがに箱がミスリル製でも死者の寝床まで売り飛ばす気には三人にはない。財宝ならそのままお持ち帰りだ。

 期待に胸を膨らませたカイルがゆっくりとミスリル製の蓋を床に落とした。

 三人が覗き込むと箱の中にはある意味予想通り人型が横たわっていた。棺の主は薄手の白いワンピースを纏う美しい少女だった。むしろそれこそが異常というべきか。彼女は腐り果ててもいなければ骨にもなっていない。おそらくは生前過ごした時と寸分違わぬ姿のまま長い時をこの狭い棺の中で過ごしていた。

 不思議なことに外見はドワーフと似ても似つかずほっそりとした手足に小さな頭。色素が抜け落ちたように白い肌と対となった黒髪。耳は人間のように短いが、身体そのものはカイルのようなエルフに近い。

 ヤトが試しに服を着ていない肌に触れると磁器のように滑らかな質感だ。生者と死者、どちらのものとも違う。いっそただの磁器の置物の方が納得出来る。

 

「もしかして少女の像なのでは?」

 

「確かにこの感触は生き物じゃないよ。ドワーフの変わり者が作ったのかな」

 

 遺体ではないがこれを財宝として売り払うのはある意味勇気がいる。かと言ってここに放置してもいずれは他の探索者に見つかって持ち去られるのがオチだ。

 どうしたものかと考えながらカイルが少女像の滑らかで美しい頬や唇に手を触れていた時、唐突に人形の瞼が開いた。

 

「ふぁっ!?」

 

 驚いたカイルは足を滑らせて段差から転げ落ちた。

 そして少女の像はゆっくりと上半身を起こし、ヤトとクシナ、そして頭をさすりながら起き上がったカイルをまじまじと見た後に、再びカイルに顔を向けて口を開いた。

 

「おはようございますマスター。ご命令をどうぞ」

 

 


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