東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第16話 欲望の決壊

 

 

 ―――――朝。いつもより遅い時間にヤト達四人は宿屋の食堂で朝食を執っていた。カイルは遅い理由になった仲間二人を呆れた目で見ながらローストチキンサンドに齧り付いていた。

 隣の席には自律ゴーレムのロスタがちょこんと座っている。今彼女は最初に見つけた時に着ていた白いワンピースから、エプロン付きの黒地のメイド服に着替えてメイドゴーレムにクラスチェンジしていた。

 このメイド服は昨日ミニマム族の女性たちと共に街で買ったものだ。サミー達はわざわざ仕事着を選ぶロスタに困惑したが、カイルに仕える道具であり今の仕える者と同じ装いをするのが道理だと主張して押し切った。

 ロスタの主張を覆すのは無理と思った他の三人は、ならばせめてオシャレで可愛いメイド服を着せるべきと、実用性を確保しつつも見栄えを重視した服を選んで彼女に着せた。

 通常メイド服は足首まで隠れる長い裾のスカートだが、ロスタのは動きやすさを重視して裾は膝までしかない。袖も本来は手首まで長いが、肘までしか覆われていないので白磁のような細腕が露出している。襟には可愛らしさを強調するフリルが付いていて、さらに首元には大きな赤いリボンが自己主張していた。

 メイド服でありながらメイドの業務に適さない珍妙なメイド服を着た無表情な少女の浮きっぷりは凄まじく、宿で別の泊り客とすれ違っても何も仕事を頼まれない。誰もメイドと思わないのだ。

 おかげでいちいち面倒な対応をせずにすむが、カイルはそれでロスタ本人が満足しているのがいまいち腑に落ちない。

 それはさておき、今日も遺跡探索があるので三人はしっかりと朝食を食べて、さらに宿に三日分の保存の利く食料と煮沸消毒した水を用意してもらった。

 待ってる間、食堂でダラダラと過ごしていると外から朝の喧騒が耳に届く。日に日に増していく探索者で街は活気付くと同時に治安も悪化していた。外の喧騒はそうした探索者達か街の住民とのトラブルの一つだろう。戦時中の傭兵の起こす諍いと似たようなものだからヤトは気にしない。

 用意してもらった保存食を見たクシナは上機嫌だ。今回は通常の堅焼きパンだけでなく、砂糖を多めに入れて数種類の種と共に焼いたシードケーキも特別に用意してもらった。

 つまみ食いをしそうなクシナを窘めて食料を背嚢に入れて準備万端。いざ宿から出ようとした時に見た顔とばったり会う。

 

「すれ違いにならずに良かったよ。ちょっと話があるんだけど」

 

 四人を呼び止めたのは初日に一緒に食事をした三人組の紅一点ドロシーだった。彼女の仲間のヤンキーとスラーもいる。

 立ち話は宿に迷惑がかかるので再び食堂に戻って話を聞くことにした。

 

「仕事前に悪いね。でも今から遺跡に行っても中には入れてもらえないよ」

 

「えっ、それってどういうこと?」

 

「探索者が街や鉱山で暴動を起こしてそれどころじゃないんですよ。あたくし達も巻き添え喰って、正直勘弁してもらいたいんです」

 

 ヤンキーの説明にカイルは絶句する。一攫千金を夢見るゴロツキのような探索者に行儀の良さを求めても無駄だが、いくら何でも暴動は非常識極まりない。

 ヤトは理解不能な街の現状、その原因をヤンキーに問う。

 彼によれば遺跡探索の許可を持っていない探索者が、いますぐに許可を与えるように役人に迫ったのが発端だった。当然役人は拒否したが、訴えた者に同調した大勢の未許可の探索者が武器で脅して護衛と流血沙汰を起こしてしまった。

 こうなると元から燻っていた不満に火が着くのは容易い。探索者の多くは勝手に遺跡に入ってしまい、何割かは街で阿漕な商売をしていた商人へのお礼として略奪に勤しんでいる。朝耳にした喧騒はその暴動の騒ぎだろう。法や秩序などゴミクズ同然だ。

 なお、暴動になった一端はヤト達が大々的にミスリル塊を売り飛ばして億万長者になった事も無関係ではないそうだ。遺跡に入れずに燻っている横で、若造と女子供が金持ちになったのを黙って見ていられるほど堪え性のある探索者など万に一人。いずれは起きる騒動が今起きただけの事。

 

「それで貴女達はどうするつもりで僕達を訪ねたんです?」

 

「察しが良くて助かるよ。探索者の不手際は同業の探索者で始末をつけろと領主からのご命令を、手の足りない役人の代わりに伝えに来たのさ。協力しなかった場合は今後永久に探索許可を出さない」

 

「許可を出さずに不満を溜めたのは自分達の不手際なのに、その後始末を同業だっていうけど殆ど無関係な僕らにやらせるの?」

 

「連中からすれば寛大にも自由に金を稼ぐ許可を出してあげているんだから協力は当然と考えているんですよ。一応街が雇った傭兵も居ますから協力の体裁は整ってますし」

 

 カイルは街の支配者のやり口に腹を立てた。連中は尻を椅子で磨いて偉そうに命令すれば全てに片が付くと思っている。いっそ稼いだ大金を持って次の目的地に旅立ってしまおうかとも思った。

 しかしその考えを読んでいたのか、ドロシーがカイルに水を差す。

 

「あんた達は大金稼いだからそれでいいだろうけど、迷惑してるのはここの街の普通の生活をしてる堅気だからね。上にむかついても下まで同じに思うのは良い大人になれないよ」

 

 暗にクソな大人になりたくなかったら困ってる者を見捨てるなと言いたいのだろう。元神殿暮らしに見合う御高説たっぷりの説得である。

 その説法に効果があったのかカイルは僅かに躊躇った。それを好機と見たドロシーはヤトにも同意を求めた。

 

「まだ探索するつもりですから協力するのは構いませんが、狼藉を働く者を殺害したら罪に問われますか?」

 

「やむを得ない場合は許可すると言われてるよ。領主は一刻も早く治安回復をしたいんだろうね」

 

「分かりました。協力しましょう」

 

 協力を得られたドロシー達は領主の発行した治安維持許可証を人数分置いて、これから他の顔見知りに協力を要請しに行くと言って宿を出て行った。

 四人は荷物を置いて武器だけを持つ。

 準備を終えて宿を出ようとしたところでクシナが呟いた。

 

「人間というのは自分で決めた事を自分の都合で破るのが当たり前なのか?」

 

「必要なら知らんふりして一番利になる選択を選ぶ事も多いですね。後々酷い目に合うと分かっていても、です」

 

「竜の儂から見ても馬鹿だな。ありえん」

 

「ええ、馬鹿であり得ない選択をするのが人間です。僕がそうでしょう?」

 

 呆れるクシナに自分もその一人だと笑いかけると、彼女は惚れた男以上に笑った。

 

 


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