東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第18話 奇妙な感覚

 

 

 探索者達の暴動から三日が過ぎた。この頃にはようやく街は落ち着きを取り戻した。

 怪我人は数多く出た。放火された家も多い。しかし幸運にも街側の死者は一人も出なかった。

 略奪狼藉を働いた無法者は大半が死んだが、自業自得故に誰も死を悼む者は居ない。精々不死者にならないように同じ探索者の神官が最低限形式を整えた集団葬儀を挙げたぐらいだ。それでも犯罪者には上等な扱いだろう。

 治安維持に貢献した探索者は現在各々の拠点で大人しくしていた。別段外出禁止などの処置を命じられていないが、何となく外に出づらい雰囲気だからだ。それに領主から多少の手当も貰ったので十日程度なら食って寝る生活ぐらい送れた。

 ヤト達も治安維持に多大な働きがあったとして他より多く金子を貰っている。幾ら略奪者と言っても五十人は殺し過ぎたので領主が気を使ったとの噂も聞こえたが真相は誰にも分からない。

 そのヤト達は現在遺跡の手前にいる。許可証があれば入るのも出るのも自由なのは暴動があっても変わらない。単に探索者の多くが自粛しているだけで、こうして空気を読んだ上で踏破する輩が出てきただけの事。

 四人は乾いたばかりの血痕を踏みつけて二度目の遺跡に踏み込んだ。

 数日ぶりのドワーフの遺跡に変化はない。所々に新鮮な死体が転がっているがそんな物は不死者に溢れる古代都市の中では誤差の範囲だ。むしろ好都合な面もある。

 一行は地図に記された順路に従って遺跡の奥へと足を向ける。地図は自分達で記した部分と他の探索者が街に売った地図の部分を書き足してある。後者は街から金で買った物だ。行き止まりの坑道や探索の終わった区画の詳細が分かり探索の効率が上がった。

 全体地図を見るに遺跡はアリの巣のように無秩序に広がっているように見えて、実際はかなり合理的に拡張している。採掘区、精錬区、加工区、貯蔵区、生活区などを坑道で繋いで物資の移動をスムーズにしている。古代のドワーフはかなり計画的に都市建設と拡張をしていたようだ。そんなドワーフがどのような理由でこの都市を放棄したのかは未だ分かっていない。

 

 それはさておき一行は前回の区切りとなった精錬所と鍛冶場に戻ってきた。最初に来た時にはゴーレムと戦い、建物を探すだけで手一杯だったが、他の探索者が坑道を二本見つけていた。今日はそこから先を探す。

 一本目の坑道に入り少し歩くと下から生えた槍で串刺しになった死体が二人分あった。血の固まり具合から一日以上経過している。荷物を漁ると僅かな食料と簡単な道具しか入っていない。松明も床に落ちていた一本きり。

 

「軽装過ぎるね。多分無許可で無理に入った連中の一人だよ」

 

 カイルは荷を調べて確信した。自分達のように万全の準備をして入っていない。

 財宝を夢見て無理を通した結果、何も手にする事なく死した都市で命を散らす。救われない話だが自ら選択した以上は納得してもらわねば。

 死体を横目に似たような罠を警戒して先に進むと、また一つまた一つと罠にかかって死んだと思われる死体が転がっていた。この坑道の先には余程重要な物があるのだろう。

 先行するカイルが幾つもの罠を見つけ、それぞれ目印を付けるか無理なら無力化して先へと進む。

 残念ながらその先にあったのはただの一枚の石壁だった。行き止まりに一行は落胆したものの、何も無いのが分かった収穫はあったとロスタが場を和ませるジョークを放つ。

 主人のカイルは笑い、ヤトも苦笑いをした。唯一クシナだけは首をひねって鼻で壁の臭いを嗅ぐ。

 

「この先から水の臭いがする。殴れば穴ぐらい開くぞ」

 

 彼女の言葉にカイルは周辺の石壁を手で触って何か違和感を探した。

 あちこち触れた末に壁に不自然な穴と妙な隙間と見つけて試しに木の棒を穴に突っ込んでみた。

 穴の奥の何かでっぱりのような物を押し込むと急に騒音が鳴り、ゆっくりと奥の壁が横にスライドした。

 暗い坑道に数百年ぶりに光が降り注ぐ。壁の向こうは紛れもなく外だった。数時間ぶりの太陽と外の空気に気分が和らぐ。

 罠が多かったのは外敵の侵入口になりそうな外への道だからだろう。

 

「ここ外に繋がってたんだ。周りは川と草しかないや」

 

「精錬場の隣に川……水は水道がありますから、鉱石のカスを捨てたのか、出来た塊を運ぶのに川を利用したのかのどちらかでしょうか」

 

 辺りを見渡してもそこは川以外何もない山の傾斜だ。四人は壁に見せかけた扉に石を挟んで勝手に閉まらないようにしてから周囲を散策した。

 人工物を思わせる物は何も見つからないが、一面の枯草に隠れた地面には所々黒い石が転がっている。その一つを手に取って丹念に調べる。

 

「鉱石滓ですね。ここは精錬所のゴミ捨て場でしたか」

 

 黒い石は鉱石を精錬した後に出てくる残りカスの塊。価値は無い。

 何も無かったが、最低限別の出入り口を見つけたのは喜ばしい。四人はこのまま外で昼食にした。

 固いパンでも息の詰まる穴倉よりはこうして太陽の下で食べる方が断然美味しく、息抜きには十分だった。

 食事を終えて坑道に戻る前に目印として石を積んだり岩肌に模様を刻んでおいた。これで今度は外から見つけやすくなる。

 罠の道を通り精錬所の前まで戻ると、建物の中から物音が聞こえる。他の探索者がこちらに来ているのだろう。

 四人は警戒して武器と照明を取り出して備える。

 しばらく様子をうかがうと、出口に向かう二つの足音が聞こえる。

 建物から出てきたのは予想通り二人。ロスタを除いた三人はその二人に見覚えがあった。

 

「あら、先客がいると思ったら貴方達だったの」

 

「またあったなヤト」

 

 最初に会った時と同じ法衣を纏った女と、褐色肌の戦士アジーダがそこにいた。

 遺跡の中で出会ったのは顔見知りと呼ぶにはやや怪しい男女。

 ヤトもカイルも何故ここにとは問わない。彼等も正規の探索許可証を持った探索者だ。遺跡の中でかち合う事は十分にあり得る。

 尤も顔を知っているのと許可証を持っているのが友好を示すとは限らない。探索者同士で利益の奪い合いになるのは既に経験済み。探索を終えた精錬所で何も手に入らなかった帳尻合わせに戦う事もあり得た。ゆえにヤト達は警戒を解かない。

 

「そう構えないで。私は貴方達の利を掠め取ろうなんて考えていないわ」

 

「信じる信じないはお前達の勝手だが、この女は嘘が付けない。そういう縛りがある」

 

 女は含み笑いで警戒心を解こうとする。男―――アジーダも連れの言葉を肯定する。

 女はともかくアジーダの方は嘘を言っていないように思えるが、縛りという言葉に何か胡散臭さが滲み出ている。

 

「掠め取らないって言うけどさぁ、正面から力で奪い取らないとは言ってないよね。そこらへんの抜け道を沢山作ってるんじゃないの?」

 

「これは坊やに一本取られたわね。ふふふ、そういう思考が出来るのは生きて行く上で強みよ」

 

 カイルの指摘に女はあっさりと負けを認めたが、むしろ分かっていて指摘させたような気配すら感じさせる。ヤトはこの時点でカイルの養母ロザリーと似たような雰囲気を感じてあまり関わりたくないと思った。

 そして争わない保証など何も無いのだから、ここは早々に別の場所に移動して見なかった事にするのが最善と考えて、一行は名前も聞く前に二本目の坑道探索に移った。

 

 罠にかかった死体を避けて坑道を進む最中、初対面だったロスタが先程の二人について尋ねた。

 

「探索者という事以外詳しくは知りません。知っているのは精々男の方がアジーダという名で、ミスリルゴーレムより頑丈な体をしているぐらいです」

 

「なんでアニキだけ知ってるのさ」

 

「数日前の夜に一手交えたので」

 

 しれっと戦った事をのたまう兄貴分にカイルは腹が立った。どうしてこの男は普段理性的で穏やかに見えるのに戦いになると見境が無いのだ。

 

「あの色黒は強かったのか?」

 

「お互い本気で戦ってないですが、それでもかなり」

 

「だからこの前の夜はあんなに滾っていたのか。あの時はいつもより子作りが激しかったが、あれはあれで良かったな」

 

「こらぁ!!こんな場所で猥談すんなっ!!」

 

 弟分に怒られた二人は謝って黙った。

 怒られたのでしばらく黙っていた二人だったが、後ろを歩いていたロスタがずっと難しい顔をしているのを不思議に思ったクシナが理由を尋ねた。

 

「先程のお二人を見た時に何故かザワザワとした揺らぎを胸の奥に感じました。敵意や害意ではないようですが」

 

 ロスタの言葉に他の三人も考え込む。彼女が一行に加わってからまだ数日。それも一体何百年棺の中に居たのかも分からないゴーレムだ。一体どんな役割を持って作り出されたのか、それすら把握していない。

 そんな用途不明のロスタが何かを感じ取るあの二人もまた不可思議な存在と言えた。

 

 


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