東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第19話 いざ玉座に

 

 

 坑道を抜けた先はある種の別世界だった。

 ミスリル鉱石の採掘区に匹敵する広大な空間の奥の奥まで整然とそそり立つ石柱群。横は端から端まで等間隔に百の柱が立ち並び、奥行きはその五倍はあろうか。

 床は信じられないことに一切の隙間が無い一枚石だ。石畳を並べたのではなく山の中を削って空洞にしてから丹念に削って平らに磨き上げていた。

 石柱も建てたのではない。最初から岩を削って柱の形に整えていた。しかも柱の全てに精巧で美しい彫刻が刻み込まれている。

 戦士の戦いや王の戴冠の様子、酒を飲むドワーフの姿、鍛冶をする姿も多い。中には子を抱く母の姿もあれば、子供同士が遊んでいる姿も生き生きと刻まれている。

 別の種族と何かを交換する交易の様子もある。エルフ、人間、獣人、ミニマム族。武器や装飾品と交換しているのは酒樽に食料、動物の毛皮や幻獣の角の類もある。

 まるでドワーフの王国の歴史と生活をそのまま刻み込んで残そうとしたように見える。

 高い知性を持つ人類種でも種族によって知識や歴史を子や孫に伝えるための伝達手段は違う。

 人間は書物と口伝、エルフは唄、獣人は踊り、ミニマム族は個人と血族でも形式がバラバラ。そしてドワーフはこの石柱のように彫刻や壁画にして自分達が生きた証を残した。

 

「城の大広間みたい」

 

「多分そうでしょう。客に自分達の歴史を見せつつ楽しませるように柱に彫刻を施した。今はもう見る者も居ないのに」

 

 カイルのつぶやきにヤトが同意しつつ補足した。

 数百年以上前に住民に見捨てられ来客も途絶えた栄華の残照。かつてここを訪れた者は自分達のように彫刻を美しいと思ったのだろうか。その問いに答えてくれる者はここに居ない。

 代わりに答えた者は後ろから現れた。

 

「どんな物でもいずれ朽ちて忘れ去られる。それが分からずいつまでも自らの栄華が続くなんて考えるのは醜く浅ましいわ」

 

 侮蔑を隠そうともしない女の声。振り向くと坑道から法衣の女とアジーダがいつの間にか居た。よくよく思えば精錬所から奥に進む坑道は二本しかなく、一本は行き止まりで追いつくのは時間の問題だった。

 後から来た二人はヤト達を無視して先を急ぐつもりはなく、女の方が何のつもりか一緒に探索しようと持ち掛けた。

 理由を聞いてもはぐらかされるばかりで時間の無駄としか思えない。仕方なく一緒に大広間を進むことになった。女は自らの名をミトラと名乗った。

 一時的に六人に増えたパーティだったが和気あいあいといかず、ヤトやカイルは敵襲への警戒以上に新たに加わった二人へ注意を向ける方が多かった。

 それを知ってか知らずか法衣の女は道中積極的に話している。相手をしているのは主にクシナ、それとロスタにも時々話を向けている。

 

「この地下都市は大体千年ぐらい前に放棄されたの。病気が流行ったと聞いているわ」

 

「病気?どんな?」

 

「地下水脈に鉱毒が混じって、それが原因で病気が流行ってドワーフ達はここを捨てなければならなかった。彼等はいずれ戻ってくるつもりだったけど、段々と余所での暮らしに慣れて、ついには都市の場所を忘れられてしまったの」

 

「たった千年で忘れてしまうのか?ドワーフとやらは忘れっぽいのう」

 

「エルフだって神代の引き籠り以外は三百年しか生きられないんだから無理もないわ」

 

「ですが、なぜミトラ様はそのような昔の事を御存じなのですか?」

 

「私が色々なところに行って調べたり見聞きしたから物知りなだけよ。これでも時々教師をしているの」

 

 男達の気苦労も女には関係無いらしい。長い時間を生きていても他種族と接する機会の無いクシナや、今まで眠っていて起きたばかりのロスタは子供のようなものだ。自称教師のミトラには扱いやすいだろう。

 女連中がお喋りに興じているのを尻目に男達は警戒を続けている。広大な大広間には所々ドワーフの像が立ち、侵入者の自分達を見ている。あの中にまだ動くゴーレムがあると思っていたが、どれもピクリとも動かない。正直拍子抜けした気分だ。

 長い広間の最奥に着いた。六人の前には巨大な二枚の扉がそびえ立つ。扉は全てミスリルで出来ていた。ある意味ドワーフ達の自己顕示欲の極致と言える扉だった。

 

「ここが広間ですから城の構造に当てはめれば、この先は多分玉座の間でしょうか」

 

「可能性は高いね。ドワーフの王様は一体どんな物でお出迎えしてくれるのかな」

 

「さてな。ただ、あまり期待せん方が良いと思うが」

 

 扉の向こうに期待するカイルにアジーダが水を差す。彼自身は悪気があって言っているように見えないが、それでも気分を害したカイルから睨まれる。

 そしてカイルが罠の確認と鍵の解錠をする間、ヤトとアジーダが何気なく話をする。

 

「ところでお二人はこの遺跡に何を探しに来たんですか?」

 

「実を言えば俺は遺跡に用が無い。あの女は人も物も探しているが、金目の物ではないのは確かだ。そういうお前は?」

 

「僕個人は頑丈な剣が欲しいので遺跡を探しています」

 

「俺を斬っても折れないぐらい強いのが見つかればいいな」

 

「見つけたら最初に試し切りしていいですか?」

 

「構わないが、対価はお前の命だぞ」

 

「「ははは」」

 

(なんだこいつら。まともなのは僕だけか)

 

 カイルは後ろから酷く物騒な話とツボが致命的にズレている笑いが聞こえて気分が悪くなった。先程まで二人を警戒していたのに、いつの間にか打ち解けた心変わりにも文句が言いたい。地元の盗賊ギルドの組員が世の中往々にしてまじめな奴が割を食うと言っていたのは本当らしい。そして癒しが欲しいと思い、今日探索が終わったらアポロンにいるモニカ姫に手紙を書こうと密かに決めた。

 内心で女の事を考えていたが、盗賊の腕は十全に動いて扉の鍵を解錠した。金属部品が動く物々しい音が大広間に響き、一行は期待に心を躍らせる。

 かなりの重量のある扉をヤトとアジーダがそれぞれ左右に別れて押し開く。

 

 重厚なミスリルの扉の先は予想通りだった。長い間隔で階段状になった広い部屋の一番奥の中央には石造りの椅子が一つだけ存在感を放って鎮座している。

 その隣、ヤト達から見て玉座の左には巨大なハンマーのオブジェが飾られており、反対の右側にはやはり同じ大きさの熱した金属を掴む『やっとこ』が飾られていた。どちらも鍛冶を象徴する道具であり、ドワーフの王の権威が鍛冶によって支えられている象徴として置かれているのだろう。当然これもミスリル製だった。

 両脇の象徴的道具に気を取られていたが、正面の玉座をよく見ると何者かが座っているのに気づいた。ミスリルの鎧を纏い、ミスリルの王冠を頂いた小柄な人物は俯いており顔がよく見えない。

 カイルが入り口からもう少し近づいてじっと目を凝らすと軽い驚きの声を挙げた。ヤトも同じように近づいてから見ると声を挙げた理由に納得した。

 王は朽ちて骨のまま玉座に座り続けていた。

 

「骨になっても王は王とでもいうのか。国が滅び己も朽ちて骨となったのに玉座に執着するとは、つくづくドワーフは強欲だな」

 

 アジーダが侮蔑とも感心ともつかない口調で呟く。そして言葉にどことなく自虐的、あるいは誰かへの当てつけも含まれているように聞こえるのは果たして気のせいなのだろうか。

 ともかくもヤト達は何か価値のある物が残っていないか部屋を探す。

 見つかったのは人がすっぽり入れるぐらいに大きな壺が十個ばかり、それと金細工の篝火をたく大きめの台座が四つばかりあるだけだ。他は朽ちたタペストリーやネズミに齧られた絨毯ぐらいだった。

 どうにもこの一行は金目の物と縁が薄いような気がするが、最悪玉座の隣にあるミスリル製の鍛冶道具のオブジェでも持って帰れば金になるので良しとすべきだ。

 それと部屋には他の場所に通じる坑道は見当たらなかった。確実とは言えないが、おそらくここが都市の最奥部と思っていいだろう。

 ヤトはここでもお目当ての剣が見つからなかったが、落胆せず他の探索者が武器庫や宝物庫でも見つけてから金で譲ってもらう事を考えていた。なにせ金は使い道に困るほどある。

 後は一緒にいるアジーダ達への配分が問題だった。基本は山分けだろうが、特別欲しい物があれば優先して選択も可能だ。

 それを尋ねるとミトラは薄く笑いながら玉座へ向かい、骨になったドワーフの王を錫杖で指差した。ミスリルと黄金細工の王冠を欲しているのだろうか。

 

「その王冠が欲しいんですか?」

 

「いいえ、一番欲しいのは骨の方よ」

 

 あまりにも予想外の答えに、連れのアジーダ以外の面々は言葉を失った。

 

 


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