東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第20話 それぞれの戦い

 

 

「骨……もしかしてその王様はミトラさんのご先祖様で埋葬したいから欲しいの?」

 

「ふふふ、面白い冗談ねエルフの坊や」

 

 ミトラはカイルの冗談を苦笑で返す。さすがにカイルのは冗談だとみんな分かっているが、だからこそ比較してミトラが本気で言っていると分かってしまう。

 

「最初に言った通り、貴方達の戦利品を掠め取るような事はしない。だからこうするの」

 

 死した躯に錫杖を向けてミトラは高らかに告げた。

 

『今一度死の川を渡り、我が下僕として再び現世に舞い戻りなさい』

 

 果たしてそれはいかなる奇跡か冗談か。死して数百年を経たドワーフ王の亡骸がガタガタと震え出したと思えばゆっくりと立ち上がる。

 アジーダはいつの間にかミトラの隣に控えている。

 

「死霊魔法ですか。外法中の外法と噂だけは聞いた事がありますが、使い手がいるとは思いませんでした」

 

 ヤトの驚きに満ちた言葉は正しい。死霊魔法とは死者の魂を操る禁忌中の禁忌。あらゆる生命を冒涜する唾棄すべき外道の法。ヴァイオラ大陸に存在する神殿全てが異端の邪法と公言する魔法だ。

 国によってはもしこの魔法を使える、ないし研究していると発覚しただけで処刑される程に触れる事さえ赦されない存在だった。

 一説には御伽噺に登場する魔人族に使い手が多いと言われているが、今や真相は闇と伝説の中にしかない。

 ――――しかないのだが、目の前にある現実を事実として受け止めなければならない。

 

「それで、そんな物珍しい物を見せびらかしたいだけですか?」

 

「もちろん違うわ。私はこの玩具で貴方達と遊びたいの。こんな風にね」

 

 ミトラが錫杖を振るとドワーフ王が糸で繋がれたように連動して動き、カタカタと顎を振るわせる。不気味な動きと共に骨からおぞましい色の瘴気が滲み出て周囲を侵食し始めた。

 瘴気に触れたミスリルの鍛冶道具は無惨に錆び付きボロボロと崩れ始める。黄金の篝火の台座も同様に輝きを失い塵となった。黄金とミスリルは錆びず朽ちない特性を持った永遠を象徴する金属のはずだが、あの瘴気は常識をいとも容易く覆した。

 その光景が地下王国の玉座の間で行われたのと相まって、ここが死者の住む冥府のように思えた。

 

「アレに触れたら一気に老け込んで骨になりそう」

 

「少なくとも日光のように健康的になる代物ではないでしょう」

 

 ヤトとカイルが軽口を叩きあっていると、背後の大広間から何十もの足音のような轟音が響き渡った。

 その音の正体に最も早く気付いたのはロスタだった。

 

「皆様、大広間にミスリルゴーレムが二十五…二十八…三十体居ます。それとかなりの数のゴーストと骸骨戦士を確認しました。すべてこちらに近づいています」

 

 前と後ろを囲まれた形、しかもここは遺跡の最奥。出口も無ければ助けに来る仲間も居ない。状況は極めて不利と言える。

 しかしそれで絶望して諦めるほどヤトは軟ではない。クシナもだ。カイルはやや気後れしているが、仲間の存在を支えに心を奮い立たせる。

 

「カイルとロスタさんは後ろで不死者とゴーレムの相手を。僕とクシナさんがここを片付けるまで足止めしててください」

 

「分かった。でも僕達が全部倒しても良いよね?」

 

 小さな身体で大口を叩く弟分に、自然とヤトの口元に笑みが浮かんでいた。

 少年とその従者は答えを聞かずにそのまま大群が押し寄せる大広間へと戻った。

 

「正しい判断だな。では俺もやるとするか」

 

 アジーダが宣言と同時に動いた。ヤトはカウンターの構えを見せたが、驚く事に彼はヤトを無視して隣のクシナの頭を掴んで壁に叩き付けた。壁が砕けて石の破片が飛び散った。

 ヤトは助けようとしたがミトラやドワーフ王に背を見せられず動けない。

 後ろではアジーダが壁を挟んで動けないクシナに何度も拳を叩き込む打音が聞こえてくる。

 焦るヤトだったが今度は別の何かが砕ける音と共にアジーダの苦悶の声が聞こえてきたので落ち着いた。

 音はクシナが己の頭を掴んでいたアジーダの腕を握り潰した音だった。

 

「儂の頭を触るのは止めろというのに。そこに触れていいのはヤトだけだっ!」

 

 怒りのままに、さらに腹を蹴りつける。反撃を受けたアジーダは血を吐いたが五体満足のままだ。本気のクシナの蹴りを受けてもひき肉にならないとは。ヤトの剣の時もそうだが随分と頑丈な体をしている。

 二人はそのまま肉弾戦にもつれ込んで部屋を破壊しながら戦いを続けた。

 そしてヤトは少し安心して目の前の難敵に気功の刃を飛ばした。

 刃は瘴気を切り裂いて骨の王の腕を切り落とすも、腕を瘴気が覆い隠してすぐさま元通りになった。

 

「無駄よ。この王は既に死んでいるもの。死した者を殺すなんて不可能よ」

 

「なら操り主の貴女を殺すとしましょう」

 

 風よりも速くヤトはミトラの頭に気功で強化した剣を振り下ろした。手ごたえから唐竹割になったミトラを確信したが、目の前の彼女は傷一つ無い美貌を晒していた。切り裂いたのはフードのみだ。

 中からは三十歳を超えた青眼黒髪の美女が姿を現した。ヤトとミトラの瞳が交差する。

 

「そんなに見つけるとお姉さんは困るわ。それに貴方にはもう良い相手が居るでしょう?」

 

 ヤトは美しいが控えめに言ってもお姉さんと呼ばれる歳ではないと思ったが、おばさんと指摘したらきっととてつもなく面倒な事になると思って黙った。

 それに年齢と呼び方より、なぜ自分がこの女を斬れなかったかの方がずっと気になった。硬くて弾かれたわけでも、幻を斬ったわけでもない。瞬時に再生したとも考えたが、何らかの痕跡が残っていなければ不自然だ。

 何かカラクリがあるはず。それを解き明かすのは剣を以ってしか成せない。

 

「いいでしょう。死ぬまで殺してあげます」

 

 ヤトのおぞましいほどの強烈な殺気を前にしてもミトラは変わらず微笑んでいた。

 

 


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