東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第21話 水と雷の主従

 

 

 ヤトとクシナが玉座の間で人外魔境の戦いを繰り広げている一方で、カイルとロスタの主従コンビもまた人外の波を前にしていた。

 主従の前には斧を担いだ骸骨戦士、不定形のゴースト、それと腐敗し始めた探索者のゾンビ。それら不死者の大群の後ろにはざっと三十体ものミスリルゴーレムが玉座を目指して殺到する。

 

「アニキの前で格好つけたけど、この数全部はキツいなぁ」

 

 カイルはボヤキながら白金細工のような美しい髪を乱暴に掻く。たった二人でこの数を相手にするのははっきり言って無謀だが、仮に玉座に残った所で化け物共の戦いに巻き込まれたら命が幾つあっても足りない。まだこちらの方が生きる勝算が大きい。

 背嚢から聖水の入った瓶をあるだけ出して腰のベルトに差しておく。不死者相手に聖水は必須なのはとうに確認済みだ。これさえあれば不死者など数が多いだけのザコだ。

 試しにあまり使う機会の無かった弓を構え、聖水を漬けた矢を三本同時に放つ。矢はそれぞれ狙い通り先日不死者になったばかりの不運な探索者のゾンビ達の目を射抜く。ゾンビ達はその場に倒れて後続に踏み潰されて見えなくなった。

 

「楽しょー!―――と言いたいけど、こう数が多いと矢じゃ追いつかないか」

 

 分かっていたが実際にやってみると、数は力という言葉は真理だと理解する。カイルは重荷になる弓と矢筒を壁際に置いて遺跡で手に入れた二振りの魔法金属の短剣を抜く。白兵戦の構えだ。

 従者のロスタも主に倣って二又槍を構えた。

 

「カイル様、もしよろしければ後ろのゴーレムは私が相手をしますが」

 

「えっ、でも……やれるの?」

 

「はい、出来ない事を申しません。私とこの槍ならば可能です」

 

 ロスタの宣言と共に槍の姿が変わる。二又の穂先が回転したと思えば刃が増えて片側三枚に、計六枚の両刃が二個のY字を作る。そして二又がゆっくりと回転し始めて、紫電を放ち咆哮を轟かせる。まるで敵を前に猛り狂う獣だ。

 カイルにはどういう理屈で動き、どれほどの破壊力が備わっているのか知る由も無いが、現状ではこの雷の二角が最も破壊力に満ちているのは見れば分かる。だから己がやるべき事は一つしかない。

 

「よしっ!じゃあゴーレムは任せたよ!僕はお前の道を作ってやる!」

 

「承知しました。全力を尽くします」

 

 カイルが勢いよく突っ込み、最も近くにいた骸骨戦士三人を双剣で仕留める。さらに聖水を空高くまき散らして雨のように降らせた。これには不死者も声無き悲鳴を上げ、最も聖水に弱いゴーストはひとたまりもなく、次々浄化されて消え去った。

 主の開いた道をスカートをはためかせたロスタが疾走、目を付けた一体のゴーレムに真正面から突撃する。

 ゴーレムは巨大な戦棍をロスタに振り下ろす。

 

「遅いです」

 

 ロスタの言葉通りワンテンポ遅いゴーレムの攻撃は当たらず、逆に懐に入られて閃光を放つ捻じれた槍に無防備な胸部を完全粉砕される。その上で内部の動力炉を雷で破壊し尽くした。

 金属に無理矢理穴を空け、力づくで捻じ曲げて粉砕する轟音は凄まじく、耳の良いカイルは出来れば耳を塞ぎたかった。

 ゴーレム一体を仕留めたロスタだったがその顔に喜びは無い。元より彼女は人形、主が望めば笑みも見せるがそうでないなら僅かも無駄な行動はしない。だから彼女はすぐさま次のゴーレムを槍で貫き破壊した。

 二体目を塵に変えた彼女。その瞳には同種の存在に対する仲間意識も、破壊した相手への罪悪感は宿らない。彼女の七色に発光する水晶の目には、主の命に従い破壊する標的しか映っていなかった。

 彼女に迫る不死者は全てカイルが短剣で排除する。従者を守る主人というのは些かおかしく見えるが、当人は至ってやる気を維持している。やはり女を守るのが男の仕事と思うとやる気が違う。例えそれが人形でも例外ではないらしい。

 凸凹主従は視線だけで意思を交わし、さらなる戦いに身を投じた。

 

 

 ――――――――十分後。大広間の地面には無数の骨や死体が散乱し、いびつな形のミスリル塊がゴロゴロ転がる。自慢の石柱は幾つも倒壊して、かつて栄華を誇ったドワーフの国の歴史は無惨に砕かれた。

 その残骸の中でカイルとロスタは舞っている。短剣から飛び散る聖水の雫が迸る槍の雷光により、あたかも暗闇に煌めく星々のごとく主従を飾り付ける。観客が不死者と物言わぬゴーレムでは甚だ風情に欠けるが、もしこの場に芸術家が居れば大喜びでこの瞬間を作品に残そうとするだろう。それだけ今の二人には価値がある。

 尤もカイルにはそんな事を考える余裕が無い。この短時間で不死者を五十は切り伏せた代償に、全身から汗が吹き出し息は荒い。短剣を振るう腕には疲労が溜まり、足さばきにはキレが欠ける。

 ロスタは人形ゆえに疲れとは無縁だが、時折槍の回転と雷を止めている。槍にも休息の時間が必要だからだ。その間はゴーレムに手出しできない。

 それでもまだ骸骨戦士が半分は残っている。ゴーレムもあと十体近い。体力的に倒し切れるか微妙なところだ。少なくともここの敵を全滅させても玉座の二人に加勢するのは無理だ。

 それはいい。問題はゴーストだ。こいつらは倒しても倒してもそこかしこから湧いて出てくる。どれだけ倒してもキリが無い。頼みの綱の聖水も残り少ない。このままでは体力も聖水も使い切って、あの亡霊共に魂を吸われて不死者の仲間入りである。そんな未来は断固拒否する。

 ともかくカイルは今いる敵を減らす事を優先して地道に短剣を振るい、ロスタもゴーレムを串刺しにする。

 そして戦いの最中に元来た坑道から響く幾つかの足音を拾う。不死者の援軍はお断りだし、敵味方の分からない探索者も願い下げだ。

 それでも足音は段々と大きくなり、音の主が松明の灯りと共に坑道より姿を現した。

 

「さっきからずっとガンガン派手にやってるのはどこの誰だい?」

 

「もしよろしければあたくし達が加勢してあげますよ」

 

「お礼は腹いっぱいの飯でお願い!!」

 

 声の主は三人。どれもカイルが見た事のある顔ぶれだ。

 

「前に一緒に食事したカイルだよドロシーさんっ!今取り込み中!!」

 

 カイルの荒い声にドロシー達は瞬時に自分達が何をすべきかを悟った。一言で粗方の状況を把握したドロシー達はすぐさま行動に移る。

 最初に狐人のヤンキーが荷から筒を幾つも取り出して周囲に投げる。床に落ちた筒は砕けて中身をぶちまけると同時に炎上する。中身は照明用の油だろう。

 照明で周囲が見えるようになり、狸人のスラーが不死者の一団に突撃して手当たり次第に殴り倒している。巨漢特有の膂力と鋼鉄製のガントレットの破壊力は凄まじく、彼は骸骨達を簡単に粉々にしていく。

 周囲の不死者を一掃して安全を確保すると、さらにヤンキーはゴーレムに向けて小瓶を投げる。ぶつかった小瓶が砕けて中身が降りかかると、ゴーレムの上半身が泡で覆われた。

 最初カイルには泡に何の意味があるのか分からなかったが、見る見るうちにゴーレムの動きが悪くなり、ついには動きを止めてしまった。

 

「ヤンキーさん特性の発泡拘束材ですよっ!さあスラー、次はあのデカ物です!!」

 

「ほいさっさ!!ご先祖さま、おいどんに力を分けてくれっ!!」

 

 筋力増強魔法によって一回り逞しくなったスラーが動けなくなったゴーレムの後ろに回り、両足を掴んで豪快に振り回した。

 巨大なミスリルの塊が竜巻のように回転して襲い掛かり周囲の不死者をなぎ倒す。さらに同じミスリルのゴーレムもぶつかってタダでは済まず、腕が曲がる個体や石柱に激突して砕けた石に埋もれる個体もある。

 予期せぬ助っ人の暴れぶりにカイルは少し元気が出た。同時に助けてもらってる身で勝手かもしれないが、このまま彼等にだけ働かせるのは美味しい所を持っていかれるような気分で腹が立つ。

 

「ロスタ、僕達もまだやれるね」

 

「はい。私はいつでも戦えます」

 

 主が戦えというなら是非もない。胸の奥底でナニかが震えても今は関係無い。ただ道具である己は主の望むままに敵を砕けばよいのだ。

 新手の乱入に気を取られて半数以上の不死者とゴーレムが背を向けている。この機を逃す理由は無い。二人は無防備な敵に猛然と襲い掛かった。

 

 

 


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