東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第24話 贈り物

 

 

 崩壊する遺跡から辛くも脱出した七人が街に戻ってこられたのは深夜を過ぎてからだ。これなら素直に野営しておけばよかったと意見もあったが、歩き出してしまった以上は引き返すに引き返せなかった。

 重い足取りで硬いパンで空腹を満たしながらどうにか街に戻り、明日の昼に食事の約束をして解散となった。

 ヤト達は宿に戻って店員に湯を沸かしてもらい、体を清めてすぐさま寝てしまった。

 

 翌日。遅い時間に起きたヤト達はまだ昨日の疲れが抜けていなかったので約束の昼まで宿でダラダラしていた。ヤトもクシナも一日寝たら傷は全快した。竜の回復力は人間の比ではない。

 外で住民が大騒ぎしているのが宿の中まで聞こえてくる。宿の主からの話では突然の遺跡崩壊で街が大混乱に陥って、遺跡探索は安全が保障されるまでしばらく無理ではないかと噂が広がっていた。

 崩壊の原因を作ったヤト達はそれには沈黙を貫き続けた。話したところで何もいい事など無いのは分かり切っている。幸いあの日遺跡に潜っていたのはヤト達やドロシー達のごく一部だったので死者はほぼ居ない。

 話を聞き終わった頃には昼前になっていたので約束通り帰還の祝いの食事に出かけた。

 

 ドロシーの指定した場所は明らかに富裕層を客層とした高級なレストランだった。それも個室を貸りて人目を気にせず食べられる。

 既に待っていた三人に待たせた事を謝罪してから席に就いた。メイド姿のロスタが部屋の中で給仕を担当するのでドアの前に控えている。

 六人はそれぞれ好きな飲み物で乾杯をした。

 強い蒸留酒の杯を空けたドロシーが最初に口火を切る。

 

「ようやく一息吐けたって気分だねぇ。あんた達もそうだろう?」

 

「そうですね。改めて皆さんにはお礼を言いたかったので場を設けていただいて感謝します」

 

 ヤトは頭目としてパーティの窮地を助けてくれたドロシー達に頭を下げた。そしてカイルがテーブルにドワーフ王の王冠を置いてドロシーの前に差し出す。

 

「三人で相談してこの冠は貴方達に譲る事にしました。どうぞ受け取ってください」

 

「まあそうだろうね。あの王様をあの世に送り返したのは私なんだし。拾っておいてくれたのは礼を言うけど……これだけじゃちょっと足りないよ」

 

 ドロシーの言葉はもっともだった。当然ヤトもカイルもこういう状況になる可能性は考慮してある。礼の追加として金貨千枚の小切手を幾らか渡すつもりで持っていた。金で済ませられるならそれに越した事はない。

 

「というわけで、ここの店の払いは任せたよ。それで納得してあげるさね」

 

「それだけでいいんですか?一応金銭の謝礼も用意してあるんですが」

 

「前に言ったろ、真面目な同業者とは助け合うって。だから助けたってだけさ」

 

 ドロシーは実年齢より若い悪戯染みた笑みを見せ、隣のヤンキーもニコニコして煙管を吹かしている。こちらも前もって了承していたのだろう。

 ここでゴネて金まで払うと相手の心証を損なうのでヤトは店の払いを持つのを了承した。

 

「よーしスラー、今日は奢ってもらえるから好きなだけ食べなよ」

 

「待ってましたー!」

 

 巨漢のスラーが待ちわびたとばかりに呼び鈴を鳴らして店の給仕を呼んで料理の注文をする。

 給仕は努めて平静を保とうとしたが顔が明らかに引き攣っている。スラーが頼んだのは店で出せる料理一通りだった。もう一度言う。頼んだ料理は店で扱っている品全てだった。

 狂乱の宴は今より始まる。

 

 

 宴は終わった。最初に音を上げたのは大食い競争をしていたスラーでもクシナでも、金を払うヤトでもなかった。泣きついたのは食材の底が付いた店だった。

 正確には夜の分をある程度残しておかなければ営業出来ないと言われて店主がオーダーストップを申し出た。全員まだ食えない事も無かったが、店に配慮して宴はお開きになった。この時点で食事代は金貨20枚を超えている。人一人が半年は食っていける額だ。

 今は食後のデザートとお茶を楽しみつつ談話に移っていた。

 

「それであんた達はこれからどうするつもりだい?遺跡はしばらく行けないよ」

 

「遺跡の崩壊騒ぎで多少痛い腹を探られる前にこの街を出ようかと。明日の朝には出立しようと思います」

 

「それが賢明ですね。あたくし達も明日街を出ようと話してたんです」

 

 やはり両者の考えは一致していた。自分達が遺跡に入っていた時に崩壊が起きたのだから、何かしら事情を知っていると思われて拘束される可能性がある。そうなると結構な時間を無駄にするのは分かり切っている。だからその前にさっさと逃げてしまった方が賢明だ。お互いに金は十分稼いだので街に執着も無い。

 そしてデザートを食べ終わって二組のパーティは、また会う事があれば今日のように飲み食いして楽しむ約束をして互いの道を歩き出した。

 

 四人が宿に戻ると、店主から来客があると言われた。一瞬街の兵士か領主の使いが尋問に来たのかと思ったが、客は子連れだと言われた。

 食堂で待っていたのは確かに赤子を抱いた若い夫婦だった。カイルは初顔だったが、ヤトとクシナは三人に見覚えがあった。数日前に探索者の暴動で店を略奪されて放火された商人一家の若夫婦だ。

 

「突然お邪魔してすみません。一家共々助けていただいたお礼を差し上げたくお尋ねしました」

 

「お気になさらずに。あれは街の領主の要請でもあったんです」

 

「それでも息子を火の中から救ってくださった方々に何もしないのは商人の恥でございます。ですので代々伝わる家伝をお受け取りください」

 

 旦那は脇に置いてあった布で包んだ長い棒をテーブルに置いて包みを解いた。中からは繊細で美麗なナックルガードの付いた一振りのレイピアが姿を現す。

 

「店の商品は殆ど焼けてしまったのですが、これだけは魔法金属製だったので無傷で済みました」

 

「苦しい状況ならタダで手放すより、売るなり担保にして借金で商売を再開したほうがよろしいのでは?」

 

「確かにそうかもしれませんが、人として商人として恩人に何かしら恩を返さねば信用すら失われてしまいます。どうか受け取っていただきたい」

 

 ヤトは商人ではないので彼の言い分はあまり理解出来なかったが、商人なりの誠意と作法と思って剣を受け取った。

 鞘から引き抜くと白銀の刀身が露になり日光を反射する。ヤト使っていた剣より10cmは長いが恐ろしく軽いのは刀身がオリハルコン製だからだろう。これは両刃で刺突と斬撃両方に対応しているから扱いやすく、若商人の言う通り業物なのは間違いない。

 

「良い剣ですね。分かりました、あなた方の誠意としてありがたく受け取ります」

 

 その上でヤトは懐から紙切れを数枚出して商人夫婦に渡す。紙の内容を見た夫婦は受け取れないと断ろうとした。紙はミスリル塊の代金の小切手だった。

 

「街の復興費用として公平に利用してください。私的利用ではなく、全体の利益になるのでしたら何ら誹られる事は無いと思います」

 

「あ、ありがたく使わせていただきます!」

 

 商人夫婦は何度も頭を下げて、帰り際に奥方がクシナに包みを渡して帰った。

 ヤトはカイルに良かったか尋ねる。カイルも何をとは問わない。勝手に渡した小切手の事だと分かっていた。

 

「僕でもアニキと同じことをしたよ。ああやって街に対して無償で援助しておけば、今後僕達に遺跡の問題が何か降りかかっても住民が味方になってくれる」

 

「そういう事です。街を離れてもこの国にいる間は何が起きるか分かりませんから、先んじて援助の手を差し伸べておくと矛を握る手も多少緩くなる」

 

「金貨三千枚は大金だからね。それをポンとくれるような相手を悪く言うのは気が引ける。で、その剣使えるの?」

 

「業物ですから間に合わせとしては十分です」

 

 ある意味金貨三千枚の剣になるが割高と言わざるを得ない。

 オリハルコンは軽くて扱いやすいがミスリルに比べて強度に劣る。それにレイピアは細身で頑強性に不安がある。意外と剣を乱暴に使うことの多いヤトには少々扱い辛い。

 柄やナックルガードには美術品と見紛う風を象徴したような繊細な拵えが施してある。単なる観賞用と思ったが、よく観察すると魔的な加護が備わっているので十分実戦に耐えられるだろう。

 とはいえ竜を斬れる頑丈な剣とは正反対の剣なので本当の意味で間に合わせでしかないが、それでも無いよりはマシだったのでありがたく使わせてもらうとしよう。

 

「ところでクシナ姉さんは奥さんから何を貰ったの?」

 

「色のついた紐とかよく分からない物ばかりだ」

 

 クシナは袋をひっくり返すと中身がテーブルに散乱した。彼女の言う通り、何本もの色とりどりの刺繍の入った紐や、花を模した布の小物などがテーブルを花畑のように鮮やかにする。

 

「なんだ髪留めじゃん。女の人らしい感謝の気持ちって奴かな」

 

「あぁ、よく見たら街の二本足の女が頭に付けている物だな。これを儂にも付けろというのか?」

 

 ヤトとカイルは頷く。クシナは元が良いから着飾らなくても絵になるが、恩人の女性がそんな態では我慢できなかった奥方がお礼を兼ねて贈ったのだろう。男達への嫌味も入っているのかもしれない。

 

「ヤトは儂にこれを付けてほしいか?」

 

「クシナさんはどんな姿でも美しいですが、着飾る姿もたまには見たいです」

 

「じゃあヤトが付けてくれ」

 

 クシナは貰った髪留めから青色の刺しゅう入りのリボンを取ってヤトに渡す。

 ヤトはクシナの長い髪を緩くリボンで纏めてポニーテールにしてみた。

 

「んーどうだ?」

 

「良いですね。いつもと違うけど素敵です」

 

 ヤトの素直な賞賛にクシナの頬が朱に染まる。カイルとロスタは馬に蹴られたくなかったので気付かれないように部屋に戻っていた。

 

 


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