東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第3話 常春の森の村

 

 

 森のエルフ、ロスティンの先導でより森の奥に足を踏み入れた四人。

 しばらく無言で歩き続ける五人だったが、ヤトとカイルは途中から違和感を感じていた。

 今は冬も近い晩秋である。今朝も起きてみれば霜が降りていて、川の水は刺すように冷たかった。もっと北へ行けば平地でも雪がちらつくような時期だ。

 そんな季節でも村に近づく道中の草木は青々と生い茂り、地面に生える草の間には赤白黄青の小さな花々が顔を見せている。冬にあって枯れる事も無く、色褪せる事も無い草花の咲き誇る常春の森は世界の常識すら通用しない。

 カイルが興味本位ですぐそばの木の幹に触れると、決して木が何かしたわけでは無いが強い刺激を感じた。正確には木の生命力の強さに驚いた。街の近くの木は比較にもならない。昨日野営した場所の木々でさえ、これほど命の強さを感じたりはしなかった。同時に自身が安らぎを感じているのにも気付く。魂がその安らぎから離れたくないと叫んでいた。

 だがカイルはそれを強い意志で振り切った。名残惜しい気持ちはあったが、自分はまだこのような所で立ち止まるわけにはいかないのだと。

 歩みを再開した一行を肌を震わせる冷たい吹きおろしとは無縁の、春の暖かな風が迎えてくれた。

 

「何といいますか、ずっとここで過ごしたくなるぐらい心地よい森ですね」

 

「言いたい事は分かるけどさー、アニキは寒いの苦手だったの?」

 

「昔は少し苦手で大陸の東端から西に旅した時は南側を通ってきましたが、クシナさんと会ってから平気になりました」

 

 おそらくヤトに宿った竜の血肉の特性だろう。火の精が体内から温めつつ外からの火への耐性を生んでいる。そのせいでこの森のエルフはヤトを人間と認識出来なかったのだ。

 当初はその変質した肉体をいまいち制御しきれていなかったが、最近はほぼ思い通りに動けるようになった。おかげで桁外れに向上した身体能力を獲得してさらなる強さの高みに登ったわけだが、その力に耐えられる武器が無くなってしまったのだからままならないものである。

 このため今現在一行の中で寒さに震えるのはカイルだけとなり、一人辛い思いをしているので恨み言を漏らされたが、この森にいる間は寒さに悩まされずに済むだろう。

 

 寒さはさておき、森を歩き始めてから一時間経った頃、今までただの獣道だったのが初めて石造りの人工の道に変わった。道は緩やかな傾斜になっていて続く先は低い丘だ。

 傾斜を登った先の丘は森とは別世界だった。彼方にまで広がる平らな台地に建つ無数の白亜の住居。建物は一つの例外も無く蔦と苔のカーテンで包まれており、経過した歳月を伺わせる。

 それらの建物の合間には多種多様な大樹がそびえ立ち、色とりどりの瑞々しい果実を実らせている。木の枝にはカイルと同じぐらい長い耳のエルフの子供たちが立ってたわわな実をもいで噛り付いていた。

 エルフの子供の一人がこちらに気付き、不思議そうに首を傾げてから手を振った。子供にはクシナが手を振って返した。

 

「この村は客人が珍しいんですか?」

 

「外部の者が訪れるような土地にないからな。稀に旧友が訪ねて来るぐらいだ」

 

「それってフロイドさんの事?」

 

「そうか、あの勇者達から村の事を聞いたのか。道理で正確に村の上を飛んでいたはずだ」

 

 ロスティンが懐かしさと誇らしさが混じったような顔と、困ったような口調を零す。彼の話では村にとってフロイドはかけがえのない友人だが、軽々しく村の所在を教えてほしくない感情があるのだと。

 今回はエルフのカイルがいるのでまだ良いが、それでも先に帰った若手エルフからの説明が無かったらもう少し騒ぎになっていただろう。一行が村の中を通るたびに遠目で観察する村人が多い。

 多数の目を潜り抜けた先は村の中央部。至る所に噴水が設置されて光り輝く水飛沫が美しく幻想的な光景を生み出している。その奥にはひと際太い幹の白い大樹が立っていた。上を見上げれば天を覆い隠すほどに枝葉が広がり、広場全体をドームのように覆っていた。

 大樹の中央にはポッカリと大きな穴が開いており、よく見ると内部には壁に沿った螺旋階段が見えた。大樹は塔のような構造をしているのだろう。

 入り口には四人の武装したエルフの兵士が直立不動で護りを固めている。長身で精悍な顔つきのエルフ戦士はオリハルコン製の鎧兜を纏い、背には大弓と矢筒を背負う。手にはやはりオリハルコン製の槍、腰にも大小二振りを帯剣している。

 

「―――へぇ」

 

「アニキ抑えてよ」

 

 戦士達の強さに無意識に剣鬼の顔が出ていたヤトをカイルは呆れながら留めた。一応殺気は漏れ出ていないのでまだ本気になっていないのは分かるが心臓に悪い事には変わらない。

 エルフの戦士たちも笑みの理由を察していたが、彼等はただ己の職務に従事する道を選ぶ。

 

「ここより先は長と奥方の住居となる。貴殿らの面会は許可されているが武器は全て我々に預けてもらいたい」

 

 戦士の張りと威厳のある声に非武装のクシナを除いた三人は黙々と従って武器を渡した。ロスティンの案内はここまでだ。

 全ての武器を渡して改めて大樹の中へと通された四人は見上げるような螺旋階段を地道に一段一段登り、飽きる頃にようやく最上部にたどり着いた。

 階段を登り切った最上部は広い部屋になっていて、木の中でも壁や天井から吊り下がっている銀のランプおかげで柔らかい光が溢れている。

 その奥にはランプの光以上に煌びやかな男女が、木床がそのまま盛り上がった形の椅子にゆったりと座っている。

 二人は立ち上がって四人を迎える。

 

「よくぞ参られた客人達。私がこの村の長を務めるダズオールだ」

 

「妻のケレブです。ゆるりとなさってください」

 

 エルフの夫婦はヤトが見上げるほどに背が高かったが、高圧的な雰囲気は皆無で極めて理知的かつ温和だった。容姿もエルフの例に漏れず非常に美しく聡明な顔立ちをしている。髪はともに長く濃い黄金色。年は若いように見えるがどれほど歳月を重ねているのか見当もつかない。

 夫婦は古い言葉でダズオールは『笑う夢』、ケレブは『銀』を意味すると教えてくれた。

 ヤトは案内してくれたロスティンを千年の古木のようだと思ったが、目の前にいる二人は桁が違うように思えた。強いて言えばこの世界が生まれた時から存在する巨石を見上げているような気分になる。

 夫婦は元の席に座り、ヤト達はその対面に用意された切り株のような椅子を勧められる。

 座った後、四人は自己紹介をする。一人名乗るたびに夫婦はそれぞれ異なる感情を露にしたが、全員が名乗るまでは一言も話さなかった。

 そして名乗った後、最初にダズオールが口を開く。

 

「さて、お前達に率直に尋ねるが、此度の来訪は何か理由あってのものか?」

 

 カイルの心臓が一段跳ね上がる。ずっと探していた答えが見つかるかもしれないと思うと上手く頭が纏まらない。

 それでも懸命に心を落ち着けて、何も言わずに待っていてくれるダズオールに感謝しつつ話し始める。

 

「僕は幼い頃に本当の故郷から離されました。だから僕は自分の家族と郷を探しています。そして少し前にミニマム族のフロイドさんからこの村の事を知り、もしかしたらここが僕の故郷じゃないかと思って来ました」

 

「いきさつは分かった。しかし私が長となってからお前のような者は村から一人も出ていない。私にとって喜ばしいが家族を探すお前にとっては悲しい事だ」

 

「そう……ですか。では他の村で僕のような居なくなったエルフの話はご存じですか?」

 

「かつては我々も多くの者と心を通わし森の外を旅したものだが、今は旅人も知らせも滅多に来ぬ。残念ながらお前ぐらいの年頃の子の話も聞かぬ」

 

 カイルは落胆した。同じエルフなら何かしら情報があると思っていたが、また振り出しに戻ってしまった。これからまた地道に各地を放浪して情報を得る生活に戻ると思うと気が重い。もちろん今の仲間との旅は刺激に満ちていて悪い物ではないが、それとこれとは別だ。

 後は兄貴分のヤトが村にあるらしい武器を譲ってもらう交渉もあるが自分は気が萎えたので、そちらは本人にやってもらうとしよう。

 とりあえず気持ちを切り替えたカイルだったが、運命の神は気まぐれで人を弄ぶのが好きらしい。

 

「居なくなった子供の話は知らぬがカイル、お前の事は知っている。より詳しく言えばお前の祖父の事をだ」

 

「えっ?」

 

「お前の祖父はエアレンド。ここから遥か東の地に住む我が友だ」

 

「私もエアレンド殿の事は存じております。あなたはまるで幼い彼が帰ってきたかのように瓜二つです。あっ、ですが髪の色は違いますね。彼は私達と同じぐらいの濃さの金色でした」

 

 突然降って湧いたかのような祖父の話はカイルの心を激しくかき乱すがダズオール夫妻は構わず話を続ける。

 彼ら夫婦は幼い頃に何度もカイルの祖父エアレンドと遊び学びあう仲で、度々互いの村を行き交い縁を結んでいた。それは成長してからも変わらず、互いの結婚式に出席するほどだった。子供が出来てからは直接会う事も無かったが、それでも風聞で互いの安否ぐらいは知っていた。

 それは今でも変わらず、彼の住む場所も夫妻は知っている。当然カイルはその場所を知りたがったが、夫妻の言葉はやや抽象的で具体的な土地を表さなかった。もちろん地図も無い。

 

「安心するがいい。地図よりも気の利いた物を後でお前に渡そう。それに従えば必ずエアレンドの元に辿り着けるだろう」

 

「あ、ありがとうございますダズオールさん」

 

「そう畏まらずともよい。お前は私の大事な友の血族だ。しばし我が元で安寧に過ごすが良い」

 

 カイルは何度も頭を下げて感謝の意を示した。夫妻はそれを笑って止めた。彼等にはカイルが自分の孫のように思えたのだろう。

 己の故郷を求めた少年は一定の成果を得たわけだが、ここで一行全員が満足するわけではない。

 微妙に空気を読まないヤトがダズオール夫妻に自分の目的である竜殺しの剣の話をする。

 

「確かにかつて我々は古竜と戦った事もある。その時に用いた武具は今も村に残されている」

 

「もしよければ僕に譲っていただきたいのですが」

 

「その剣で隣の奥方を斬ると?あなたは自らの伴侶を殺すための剣を私達が譲ると思ったのですか」

 

 カイルの時とは打って変わったケレブの厳しい口調に、珍しくヤトが冷汗をかく。

 真に人と竜が絆をはぐくんだ例は過去にもあり、夫妻はヤトとクシナの関係を直接言われずとも理解している。しかしヤトが殺す相手がクシナとは一言も言っていない。それでも確信に至っているのは、途方もない歳月を生きたエンシェントエルフ故だ。

 

「どのような道具にも運命というものがある。竜と戦うために作られ実際に斬った剣は数多くあるが、妻殺しの剣など私は一振りたりとも所有していない」

 

 ダズオールの明確な拒絶の言葉を覆すような言葉をヤトは持ち合わせていなかった。

 結局、色好い返事は貰えなかったが、カイルの仲間として村への滞在は許可された。

 

 


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