東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第10話 突然の招待

 

 

 ヤト一行がエルフの村を訪れてから三月が経った。外の世界はそろそろ厳しい冬も終わり、雪解けの後に新しい草花が芽吹く時期だったが常春の森に季節の変化は無く、いつもと変わらない温かく穏やかな日々が続いていた。

 村の客分となった一行も変化は少なく特別な事があったわけではない。

 カイルはロスティンの元でエルフとしての作法を学び、精霊との正しい交流を続けている。本人の努力の甲斐もあり、あと二か月もあれば目途が立つと言質を得ている。

 以前ヤトが鍛冶師のナウアに正しい精霊との付き合いをした場合どうなるか聞いたことがある。答えは魔法と同等の現象を行使出来るだ。

 本来神代のエルフは誰もが精霊を行使して魔法を使える優れた魔法戦士だが、カイルは人の中で育ったので上手く魔法を使えなかった。と言うよりここで過ごす事でエンシェントエルフ本来の姿を取り戻しただけだ。それでも新たな力を得る事を疎むはずもなく彼は日々喜びを感じていた。

 ヤトは特筆すべきことも無く平常運転。バインやナウアと毎日夜明けから日暮れまで稽古に明け暮れている。ここ一月は村の他の戦士も加わっての実戦と見紛う訓練が積み重なったおかげで、ただでさえ秀でた剣の腕はさらに磨きがかかった。

 クシナは基本的に食っちゃ寝生活を送っているが、一人で過ごすのではなく村の子供達と仲良くなり、よく一緒に果実を食べたり遊びに付き合う姿が見られた。住民以外を知らない子供達にとって人も古竜も関係無い。等しく物珍しい遊び相手だった。

 ロスタは家の家事をしつつ、空いている時間はエルフの婦人達と機織りや小物造りをしていた。あるいはお茶会に誘われて婦人達のオモチャにされているとも。それでも当人が嫌がっていないのだから特に掛けるべき言葉は無い。

 

 それぞれが満ち足りて穏やかな日常を送っていたが、ある日の夕食の終わりにヤトが唐突に村を離れると言った。

 

「稽古も良いですがそろそろ剣を探しに行こうかと」

 

「どこにさ?」

 

「以前あの男女組がこの国の王都に僕に見合う剣があると言っていたので一応探しておこうかと」

 

「あーあの。で、僕はまだ村を離れられないけど。もしかしてここでお別れ?」

 

 ヤトの言っている男女とは遺跡探索をした街で知り合ったミトラとアジーダの事だ。その二人からの情報というのは甚だ疑わしいが、現状他に情報が無いので一応確認だけでもしておくべきだった。村の戦士相手の稽古もずっと続けていると流石に飽きてくるので気分転換も兼ねていた。

 そうなるとまだ修行が終わっていないカイルとお別れになってしまう。元々ヤトとカイルはちょっとした仲で終生の友ではないのだから、いつでも別の道を歩いてもおかしくはないが、こうもあっさりと離れると言われてカイルは腹が立った。

 

「勘違いしないでください。僕とクシナさんが一時的に離れるだけで、あなたの修業が終わる二月後には戻ってきます」

 

「うーん。それならいいけどさぁ」

 

 なおもカイルは納得していないが、この村に長期滞在する理由の大部分は自身にあるので積極的に反対はしなかった。

 そして二人は日時の取り決めをした。村を離れるヤト達は剣があっても無くても二か月を目途に村に帰る。もし帰ってこられない場合は帰れない事情があると思って、カイルの方から王都まで赴く。その時は合流場所や伝言を都の盗賊ギルドに残しておく。所持金は貨幣と小切手を半分にしてそれぞれ所有する。あまり細かく難しい取り決めは却って混乱の元になるのでこれぐらいの緩さの方が良い。

 打ち合わせの済んだヤトとクシナは明日の移動に備えて早めに床に就いた。

 

 

 翌日。ヤトはクシナの背に乗ってこの国の王都を目指して南下していた。フロディス国の王都バイナスはエルフの森から徒歩でおよそ半月はかかるが、竜の翼ならゆっくり飛んでも三日で着く。

 空を飛んでいる間は話をするぐらいしかやることがないので二人は雑談をしている。

 

「汝にふさわしい剣か。本当にあると思うか」

 

「あの連中の言う事ですから探さないよりはマシぐらいと思ってます」

 

「仮にもし数日で見つかったらすぐに森に戻るのか」

 

「まさか。せっかく二人になったんですから期間一杯までのんびりしましょう」

 

「お、おう。そうだな。ふふふ、ヤトと二人―――」

 

 クシナは久しぶりの夫婦水入らずに嬉しさがこみ上げる。カイルとロスタの事は嫌いではないが、旦那との二人だけの時間の方がより価値がある。

 ヤトは上機嫌の嫁に敢えて言わなかったが、剣探し以外にも森を離れる理由があったのだ。魂が命を懸けた戦いを求めていた。

 神代の戦を生き延びたエルフとの稽古はこの上ないほどに技量を高めたが、それでも命を削らない練習にどこか物足りなさを感じていた。だが、あの村では無益な殺生は禁じられている。村の住民を皆殺しにするつもりならそれでも構わないが、多少なりともしがらみが出来てしまった以上は何となく避けたい。それに鍛冶師のナウアがそれとなく剣を作ってくれそうなので、まだ殺すには早いと自制した。

 ならばと関係の無い土地で殺し殺される命を懸けた戦いを求めて別行動をとったのだ。仮にも一国の王都なら争い事にも事欠かない。最悪トロルやオークのような亜人でも構うまい。ともかくヤトは戦いたかった。

 旦那の内心を知ってから知らずか嫁は今も上機嫌で鼻歌を歌いながら飛んでいた。まあ、仮にヤトの内心を知った所でクシナは特に気にしないだろう。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 三日後。二人は何事も無くフロディス国の王都バイナスに着いた。

 今は朝早い時間もあって街に出入りする者の列が絶えない。そんな群衆の中でもヤトとクシナは非常に目立つ。なにせ二人はあまりに薄着なのだ。

 現在は暦の上では春でも、ついこの間までここにも雪が残っていた。朝晩はまだまだ寒気が堪えるが自前の毛皮を持つ獣人でもないのに厚手の防寒着も無しに過ごしていれば嫌でも目立つ。

 周囲の奇異の視線などお構いなしの二人は外壁の大門をくぐった。

 バイナスは一国の王都として恥ずかしくない規模と威容を誇る。人口は十万人を超え、十の神殿、五つの大劇場、二つの競技場、二十の公衆浴場、七つの市場、飲食店と娼館は数が多すぎて住民も完全に把握していない。勿論傭兵ギルドもや冒険者ギルドも居を構えているし、別の街から来る商人や根無し草の傭兵が利用する宿も無数にあった。

 街の西側には大河が流れ、豊富な水源が住民の生活を支えつつ水運による交易にも大いに役立った。

 まだ宿を取るには早いのもあって、二人は街をフラフラ歩いていた。途中クシナが露天商からリンゴを買って齧ったが、あまり美味しそうに食べていない。

 

「森で食べたリンゴの方が美味かった」

 

 クシナは不満だがそれは致し方ない。リンゴの収穫時期は秋から冬で今は春だ。今食べているのは去年収穫した分を街の外の氷室で保存していた物だ。当然旬を逃しているので味はあまり良くない。それでも旬を外した果実が食べられるのは需要のある大都市ゆえだ。むしろ季節を無視した果実がなるエルフの森が異常だった。

 仕方が無いのでヤトは別の店で干したブドウを買って嫁の口に放り込んだ。不意打ちに驚いたが何度も噛んでいると干した果実独特の食感と味を面白がって、もっと欲しいとねだる。

 二人は仲良く干しブドウ一袋を分け合いながらブラブラしていると、いつの間にか都市の中央の王城が間近に見えるところまで来ていた。

 城は都の規模に相応しい堅牢さと巨体を全ての者に見せつけていた。一番外は豊富な水を引き入れた水堀。煉瓦積みの外壁は分厚く、四隅には監視用の尖塔がそびえ立ち、前後の門は跳ね橋になっていて有事の際は容易く籠城出来るようになっている。

 壁の中には白い漆喰で塗られて朝日を照り返す増改築を繰り返して肥大化した白亜の外壁の巨大な城。敵軍の将がここを落とす場合、どれほどの兵の犠牲を払えばよいか考えて鬱々とした気分になるに違いない。

 

「ふおぉお!儂より大きいぞこの家!二本足はこういうのも造れるのか!?」

 

 クシナは興奮しながら城を指差す。確かに城は彼女の本来の姿である白銀竜の数倍は大きい。山のような自然物を除き、人工物でこれほど大きな物を作れると知った衝撃は大きかった。

 彼女は城に酷く興味を惹かれて騒ぎながら、どうやって作ったのかをあれこれ尋ねる。

 意外な物に興味を持った嫁にヤトは城の周囲をぐるっと回りながら懇々丁寧に説明した。

 結局一時間は城の解説に費やしてしまったが、クシナが大変満足したのでヤトは苦笑していた。

 しかし夫婦の有意義な時間も、突如として不意に闖入者により破られた。

 城から兵士の一団が駆け足でやって来て、ヤトとクシナを取り囲んだ。

 ヤトは最初、城を観察している不審者を捕えるために兵士が来たのかと思ったが、それならもっと前に門番や巡回兵が注意するなり退去を命じるので、それ以外の理由だろう。

 それに兵士を率いているリーダーらしき人物は帯剣し軽装の鎧を纏った見目麗しい女性だ。どうにも意図が読めない。

 兵士というより騎士らしき長い赤髪を丁寧に巻き上げて頭上で纏めた女性は一歩前に出て二人に一礼する。

 

「突然取り囲んだのは謝罪します。お二人を城にお連れするように仰せ付かっています。どうかご同行願いますか?」

 

「嫌と言ったら、その剣で無理に連れて行きますか?」

 

「可能ならそのような乱暴な事はしたくありませんが、騎士として令に背く事は赦されません」

 

 女騎士は顔は申し訳なさそうにしているが、手は剣の柄に添えられている。いざとなれば剣を抜いてでも連れて行くという意思表示をしていた。

 ヤトの見立てでは女騎士は片手間で蹴散らせる程度の使い手でしかないが、せっかく城の中に入れてくれるのなら断る理由は無い。いざとなれば自分の意志で出て行けばいい。

 

「儂らに何の用があるんだ?」

 

「さあ何でしょうね?まあ美味しいお茶菓子ぐらいは出してくれると思いますよ」

 

「おぉ。それなら行く」

 

 クシナはお菓子に釣られて了承した。ヤトも探している剣がもしかしたら城にあるかもしれないので招かれるのは都合が良い。断る理由は今のところ無かった。

 女騎士は穏便に事が進み、あからさまに安堵の息を吐く。この様子では荒事を好まない性格なのだろう。それでよく騎士が務まるものだ。

 ヤト個人の感想はともかく、二人は騎士と兵士に挟まれて城の中へと進んだ。何が待っているのかはまだ分からない。

 

 


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