ルードヴィッヒ王の客人として城に逗留した翌朝。ヤトは一人客室のベッドで起きた。いつもなら隣にはクシナが寝ているが、昨夜はルイ王子が隣のクシナの部屋で寝ていたので邪魔するわけにもいかず久しぶりに一人で寝る事になった。
しばらくするとメイドが湯とタオルを持ってきたので顔を洗う。そして朝から食べ切れないほどの料理を並べた。全て食べる必要は無かったので必要な分だけ食べ終わる頃、ノックもせずに扉が開け放たれた。
「おーいヤトぉ!」
「おはようございますクシナさん」
勢いよく部屋に入って来たのは動きやすさを重視して肩と腕の露出した白いドレスを着たクシナだった。
彼女は先程までルイと一緒に食事をして、彼が授業に行ってようやく解放されてすぐにヤトに会いに来て抱き着いた。授業は昼食まで一杯に詰まっているので、それまでは二人は一緒に居られる。
クシナは窮屈なドレスからいつものような軽装に着替えてからヤトと共に街に繰り出した。
朝の早い時間だったが街には人が溢れていた。さすがは一国の王都と言ったところか。
ただ、よく観察すると他の街に比べて人間以外の人類種が驚くほど少ないのが分かる。それとすれ違う人々の多くがクシナの角を見て振り返るなり奇異の目を向けている。
どうやらこの街は前に居たバイパーの街に比べて亜人にとって住みにくい環境らしいが、公然と敵意を向けてないだけマシだ。なにせ金さえ出せば商品も適正価格で売ってくれる。今もクシナは焼いた鶏肉を挟んだパンを買って頬張っていた。
二人は群衆の注目を無視しつつ、あらかじめグラディウスの街で聞いておいたスラムの盗賊ギルドを訪れた。
光の差さない石造りの部屋で暇そうにしていた受付の狼人の男は親し気に接する。特に見た目が亜人のクシナにはまるで十年来の親友のように友好的な視線を向ける。
「で、用件はなんだい?」
「情報が欲しいんです。この都に竜に勝る優れた剣があると聞きました」
「ほーん、剣ねぇ。ここは一国の王都だから謂れのある剣には事欠かないぜ。まあ一番有名なのは『選定の剣』だろうけど」
「それは?」
「おっと、ここから先は有料だ。あとは別室で聞いてくれ」
さすが盗賊。いくら友好的でもタダで物を教えてくれるはずがない。二人は素直に狼人に従って中の部屋で待っていた。
しばらく待っていると部屋に大柄な虎人の女が入って来た。彼女は手に一枚の紙きれを持っている。
「待たせた。あんたの欲しい剣の情報は五つあるが一つにつき金貨一枚だ」
「では全部聞かせてください」
ヤトは即答して懐の財布から金貨五枚を虎女に差し出した。彼女は鋭い爪で目の前の金貨を引っ掻いたり、貨幣同士を打ち合って音を確かめた。
疑り深い気もするが、騙し合うのが盗賊の本質なのだから彼女の方が正しいとも言える。むしろ旅仲間のカイルの方が盗賊のわりに他者を信じ過ぎている。いつか痛い目にあうだろう。
虎女は全て本物の金貨と分かったので紙切れをヤトに渡した。紙に目を通すと六か所の住所と所有者および団体の名が記されていた。
記された所有者の内、三つは神殿。二つは貴族。最後の一行には王墓とあり、横に『選定の剣』と書かれていた。
「金貨一枚なら場所だけだ。追加料金を払えばどの部屋に置いてあるかを教える。取って来いと言うなら一振りにつき金貨三千枚は出せ」
なるほど、やけに情報料が安いと思ったら追加料金で儲ける算段だったか。所持金は金貨二万枚以上あるから全部取って来いと言ってもいいが、本当に自分の腕に見合う剣かどうか分からない現段階でそんな無駄遣いをしたら合流したカイルに何と言われるか分からない。となれば実際に自分で確かめに行った方が確実だ。
「場所さえ分かれば大丈夫です。ところで最後の行に選定の剣とありますが、さっき受付では有料と言ってましたよ」
「どうせそいつは街の連中に聞けばすぐに分かるからタダでもいいんだよ。じゃあ他に聞く事があれば金を出せ」
これ以上聞く事の無かったヤトは虎女に金ではなく礼を言って盗賊ギルドを出た。
街の市場まで戻って来た二人は早速聞き込みを開始した。と言っても特別な事はせず、クシナに食べたいものを何でも買ってやるだけだ。その時に店主にそれとなく盗賊ギルドで教えてもらった場所の事を聞けば、誰もが気前よく話してくれた。
買い食いしながら聞き込みを続けてルイ王子との昼食の時間までに大雑把だが情報は揃った。
二つの貴族の邸宅は場所ぐらいしか分からなかったが、神殿の方はそれなりに詳しい情報を聞けた。
三つの神殿はそれぞれ『法と秩序の神』『戦と狩猟の神』『死と安寧の神』の奉納品としてそれらしい剣があるらしい。その中で剣の場所がすぐに分かるのは『死と安寧の神』だけだ。他はおそらく神殿内部の宝物庫あたりにでもあるのだろう。
そして最も情報量が多いが、おいそれと近づけないのが王墓にあると言われる『選定の剣』だ。
「数百年前に天を衝く巨人を葬った王の剣。それが代々の王の霊廟に刺さっている…ですか」
「この街の北にあるんだったな。王族以外には近づくことも許されないが」
城への帰り道を歩きながら二人は今しがた教えてもらった情報を口にする。この情報は街のどの住民に聞いても答えが返ってきた。それだけ有名な話なのだろう。
他に分かったのは王族以外にも王の戴冠式が執り行われる時だけは一部の貴族も内部に入る事を許される事、それと王家に仕えて霊廟の保全と管理を任される職人一族だけは定期的な出入りを許されているとのことだ。
二人は城の客人扱いで大抵の要望は聞いてもらえるが、さすがに霊廟には入らせてはくれないだろう。こちらは後回しにして何か良い知恵が浮かぶのを待った方がいい。
集めた情報を精査した結果、とりあえずクシナがルイの相手をしている間、ヤトが入りやすい神殿から調査する手はずになった。
城に戻ると既に兵士からルイが待っていると急かされたクシナは若干面倒くさそうにしたが、さして嫌がりはせず言う通りに甘えん坊な王子の元へと行き、ヤトは神殿の調査に再び街へと戻った。
クシナと別れたヤトが最初に訪れたのは『戦と狩猟の神』の神殿だ。建物の大きさは一国の王都に見合った巨大さを有し、祈りの場の正堂以外にも心身を鍛える競技場や鍛錬場を備えているのが特徴だ。
『戦と狩りの神』は文字通り戦神であり、兵士や戦に赴く貴族からの信仰の厚い荒々しい神だ。同時に森の豊かな恵みを与えてくれる狩猟の神でもあるので、獣人からの信仰も厚い。
ヤトは信仰心に薄いが神殿の神官戦士と剣を交えた事もあり、それなりに出入りした経験があったので勝手は知っている。
まず一般開放されている祈りの場の正堂で筋肉粒々髭面の神像に形式上頭を下げてから、人がすっぽりと入る瓶の中に銀貨を一枚喜捨として入れた。それから正堂の中をじっくりと観察する。奉納品なら探している剣が神像のそばに置かれている可能性はそれなりに高い。
問題はその奉納品が数え切れないほどに置かれている事だ。ざっと見渡すだけでも百は優に超える。剣以外にも槍や斧、槌に大鎌、大陸南部で作られたチャクラムや中部の遊牧民が好む曲刀もあれば、鎧や盾も数多くあった。これではどれがお目当ての剣なのか探すのは大変だ。
どうしたもかと悩んでいると、近くの帯剣した巨漢の神官が話しかけてきた。
「加護を受けに来たのかね?それとも武芸師事をお望みか?」
「ただの見学です。ここに竜を討つほどの優れた剣があると聞いたので、どのような代物なのか興味がありました」
「確かにうちの神殿に代々伝わる宝剣が君の言う竜殺しの剣だが、信徒でもない者にお見せするのは無理というものだ」
神官の言葉は尤もだ。大切な物を見ず知らずの輩に気軽に見せる道理は無い。
予想通りの言葉なので落胆は無いが、それで諦めるほどヤトは潔くない。許可が無くとも勝手に見てしまえばいい。そのためにはどこに剣があるかを神官からそれとなく聞き出す必要があった。
「では信徒になればすぐにでも見せてもらえると?」
「まさか!あれはこの神殿の宝だ。試練を突破した優れた神官戦士でもなければ触れる事は許されぬ」
「試練ですか。それはどのような物なのですか?」
「神官戦士五名と戦い勝ち抜く事が条件だ」
「なら僕がその神官戦士十名に勝ったら見せてもらえますか?」
ヤトの挑発的な物言いに、神官は穏やかな笑みを装っても内心は生意気な若造に対する怒りが渦巻いていた。
神官戦士は神殿に入った時から生涯の大半を武の修練に費やす。単に神殿にこもるだけではなく、傭兵として各国を渡り歩き戦に身を投じ、時には二十年を超える実戦経験を積む者さえいた。
そのような誉ある戦士十名を軽々しく倒せるなどと嘯く身の程知らずな若造をこのまま放っておくなど戦士として赦し難い。否、増長したまま世にのさばらせては要らぬ騒動の種になる。ならば正しき道へと戻してやるのが神官としての務めと言えよう。
「さて神官戦士は色々と多忙ゆえ、時間はかけられないが君がどうしてもと言うのなら仕合うよう取り計らおう。そして見事勝てたなら、勝利を讃え宝剣をお見せしよう」
「ありがとうございます。それでもし僕が無様に負けた場合はどうなさいます?」
「―――――ならば負けた時はその腰の剣を奉納品として神殿に納めてもらうとしようか。止めるのなら今の内だぞ」
神官はヤトに揺さぶりをかける。彼は武器の目利きも大したもので、柄と鍔の意匠からヤトの持つ細剣が中々の業物だと見抜いていた。それを取られてしまうとなれば若造は委縮するか必要以上に気張って本来の実力を発揮出来ないだろう。
残念ながらヤトは神官の狙い通りになるほどヤワではなく嬉々として了承した。
多少当てが外れたものの、自分達の実力を疑っていない神官は生意気な若造を神殿内部の鍛錬場へ案内した。