東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第14話 陰謀の匂い

 

 

 ヤトとクシナが城の客人として招かれて十日ほど過ぎた。その間クシナはずっとルイ王子の遊び相手と寝る時の抱き枕代わりにされていたが、彼女も段々慣れてきたのかダルそうにしながら相手をしつつも何気に子供の扱いを楽しんでいた。

 よその子供に嫁を取られた形になった旦那のヤトだったが、当人は至って気にせず自分の目的である剣を探して毎日昼夜を問わずに都をほっつき歩いていた。

 その甲斐あって『法と秩序の神』および『死と安寧の神』の神殿にある剣は実際に見る事が出来た。

 勿論宝剣として奉納されている剣を部外者のヤトが気軽に見れる筈が無いので、多少の情報収集をした後に神殿に忍び込んで勝手に拝見させてもらった。

 ヤトは盗賊ではなかったが相手の気配を察知するのに長けているのと本業に匹敵する隠形の技術を習得している。そんな達人にかかれば平和な神殿の方だけの警備など無いも同然だ。流石に剣そのものを盗んでしまえば騒ぎになるだろうが、忍び込んで目当ての剣を見るだけなら容易い。

 尤もどちらの剣も当人の望むような剣ではなかったので、結局は徒労に終わったに過ぎないのが残念でもあり神殿にとっての幸運だった。もし本当にヤトが欲する剣であったのなら、強引にでも奪っていた可能性はゼロではなかった。そうなったらアフロディテの都は夥しい量の血の雨が降る惨劇の舞台となっていただろう。

 それはさておき、盗賊ギルドで得た情報では目当ての剣の候補は六つ。既に半分は収穫無し。残る三つの内、場所が分かっている王族の墓の剣は後回しでいい。となれば先にこの国の貴族が個人所有する二つを当たった方が良いかもしれない。

 貴族の家はそれぞれコレット家、デュプレ家と名前と邸宅だけは分かっていた。

 とりあえず城の人間にでも話を振って情報を仕入れるために朝から城中をフラフラしていたヤトだったが、大量の食事を運ぶ使用人達とすれ違った時に鼻腔を刺激する臭気に足を止めて振り向いた。

 そしてそのまま無言で使用人達の後を追って部屋の前で佇む。その部屋はクシナの居るルイ王子の部屋だった。

 ヤトはこの時点でこの後何が起きるのかをぼんやりと察して、溜息とともに扉を開け放った。

 

「おっヤトだ。汝も一緒に食べるのか?」

 

 呑気な嫁の一言に軽い笑みを浮かべてから首を横に振った。同席していたルイはヤトの顔を睨みつける。彼は自分にとっての母親であるクシナを取られたくない一心で近しい男を遠ざけたかったのだろうが、当のヤトは一顧だにせずテーブルの上の料理を一つ一つ丹念に確かめる。

 部屋にいた護衛の女騎士はこの闖入者を排除しようか迷ったが、一応王家の客人として城に居るのを知っていたので結局無言で見守る事を選んだ。決して関わり合いになるのを避けたかったのではない。

 そしてヤトは湯気の立つ野菜スープに視線を留めて、周囲の者にとって衝撃的な言葉を放った。

 

「このスープに毒が入ってますよ」

 

 部屋に居た者達の殆どがざわつき、互いの顔を見合わせる。使用人の中には否定の言葉を口にする者も居るが、ヤトがスープを飲んで毒が入っていない事を自分で確かめるように勧めると誰もが口を閉じた。

 そして誰もが動けない中で唯一関係無いとばかりに淡々と食事の用意をしていた若いメイドに注目が集まる。

 

「お食事の用意が整いました。どうぞお召し上がりください」

 

 ルイの前に湯気の立つ美味しそうな料理の数々が置かれた。毒入りと言われたスープもある。ヤトの言葉だけで真偽は定かではないのだが、毒入りと言われた料理をそのまま供するなど正気とは思えなかった。当然ルイもクシナも料理に手を付けない。

 そうこうして無情に時が過ぎた頃、武装した大勢の兵や騎士達が息を切らせて部屋に雪崩れ込んできた。

 

「ご無事ですかルイ様!!」

 

 先頭に立った美麗の女騎士がルイに駆け寄って食事に手を付けていないのを確認して安堵する。そして兵士達は使用人達を一人残らず連行していった。

 ルイは別の女騎士に連れられて強制的に別の部屋へと移された。彼はクシナも一緒にと頼んだが、取り合ってもらえず不貞腐れていた。

 残ったヤトとクシナは客人だったので手荒な扱いはされないが、それでも簡単な聞き取りを受ける。

 クシナの方は昨日の夜からずっとルイと一緒に居たので少し話してすぐに調査の対象から外れたが、毒に気付いたヤトにはアンジェリカと名乗る二十歳を過ぎた女騎士もやや強い口調で詰問する。

 

「何故気付いたと言われても、給仕とすれ違った時に妙な臭いに気付いて助言しただけですよ。ところでこの城には毒見役は居ないんですか?」

 

「居たがついさっき苦しみ悶えたから急いで駆け付けたんです。多分遅効性の毒が入っていたのでしょう。危ない所でした」

 

 アンジェリカはルイが無事だった事への喜びと、毒殺を客人に防がれた自分達の無力感が混じり合った複雑な想いをひた隠しにしながら、さらに聴取を続けた。

 そこで様子のおかしかったメイドが一人居たのを告げると、彼女はそのメイドを重点的に尋問するよう兵士に命じてヤトとクシナを解放した。ただし、しばらくは街に出ずに城の中に居てほしいよう命令に近い口調で言われた。

 アンジェリカも二人が逃げるとは思っていないだろうが、関係者の所在が把握出来ないのは色々と都合が悪いのだろう。

 従う理由は無いが、城で剣の情報収集もしたかったので表向きは快諾しておいた。

 

 

 その日の昼。

 残念ながら剣の情報収集が進まなかった。理由は嫁のクシナが暇なので構えと言って離さなかったからだ。ルイの相手は慣れたが別段好きでも無かったので、そこそこストレスを感じていたらしい。それで暫く放っておいた時間の埋め合わせのため旦那のヤトにベタベタくっついていたかった。

 それでも腹は減るもので、ちょうど良い時もあって部屋の外に控えている使用人に食事を頼む。

 少し待っていると部屋をノックする音が聞こえて使用人が入って来た。ただし使用人は手ぶらで料理は一切無い。

 

「ヤト様、クシナ様。本日のご昼食はルードヴィッヒ陛下から共に席を囲みたいとお言葉を頂きましたのでお連れ致します」

 

 なるほど道理である。息子の命を救った相手への感謝の意を伝える席を設けなければ王の器と徳が問われる。

 現状ヤトは断る理由が無く、クシナもどこで食べようが変わらないと思っているので、共に了承して案内役の使用人の後に続いた。

 

 

 二人が招かれたのは与えられた客室の三倍はある広さの王族専用の食堂だった。十名を超える使用人が給仕を務め、壁際には倍の騎士達が彫像のごとく整然と並び警護に当たっている。

 部屋の中心には巨大なテーブルが置かれ、その上には手の込んだ豪勢な料理が隙間の無いほどに乗っていた。

 テーブルの主は男女二人。一人は招いたルードヴィッヒ。もう一人の女性は初顔だった。彼女の年の頃はヤトのさして変わりない。よく手入れされた艶のある金髪に、やや肉が付いているが頬に赤みのある健康そうな整った顔立ち。一番目を引くのがゆったりとしたドレスの上からでも分かる膨らんだ腹部。ルイが言っていた新しい母なのだろう。

 

「待っていたぞ二人とも。さあ席に就くといい」

 

 ルードヴィッヒの言葉に従い席に就く。後は給仕にどの料理を食べたいのか伝えて欲しいだけ取ってもらうのがフロディスの食事の流儀だ。

 ルードヴィッヒと妊婦の女性はサラダを少量、ヤトは玉子スープを貰った。そしてクシナは桃のジャムが上に乗ったパイを丸々一皿頼んだ。そして切らずにそのまま齧り付いてガツガツ食べて、あっという間に平らげてしまった。

 その様子を見た女性はあからさまに蔑みの視線を向けるが、ルードヴィッヒは意外にも楽しそうにしていた。

 

「おっと紹介が遅れたな、私の妻のリリアーヌだ。二人の事はもう話してある」

 

「お二人ともどうぞお見知りおきを」

 

 彼女は一礼しただけでそれっきり二人に興味を失い、ただ黙々と料理を口にしている。

 昼食はつつがなく進み、テーブルの料理はどんどん数を減らしていく。そのたびにリリアーヌは当初の無関心が徐々に剥がれ落ちていき、形の良い唇が引き攣っていた。一人で子豚の丸焼きを骨ごと食べ切るクシナの常識外れの食欲を知ればさもありなん。

 

「ははは、話には聞いていたがよく食べる。ところでヤトよ、なぜ息子の食事に毒が入っていると分かった?いや質問を変えよう。なぜお前は毒に詳しい?」

 

 先程までの穏やかな顔が鳴りを潜め、今のルードヴィッヒは毅然とした王の顔になっていた。食堂は緊迫した空気に包まれるが、問われた本人はどこ吹く風とばかりに淡々と質問に答えた。

 

「生家で剣術や読み書きと同じように教えられたからですよ。毒に関してはオマケみたいなものですが」

 

「ならば毒殺を警戒するような家の出……王や貴族か」

 

「いいえ、どちらでも無いですよ。元は農耕神の祭事を司る神官が家の始まりと聞いています」

 

 ヤトの意外な答えにルードヴィッヒは考え込む。農耕を司る神は大陸西部にも信仰されていて、薬草を用いた薬学も関わりが深い。そこまでは納得するが、その神は生殖も司る地母神だったので武力とはすこぶる相性が悪く、武芸はからきしの気風だった。これが戦神や悪を断ずる法の神なら分かるが、大陸西部の常識とは些か趣が異なり納得しづらい。

 それでもヤトが嘘をついているような様子は見受けらず、結局は生国の文化的違いと納得した。

 食事はそのまま続き、四人ともデザートのケーキを頬張る頃、ルードヴィッヒがさらに踏み込んだ質問を誰にともなく投げかけた。

 

「ルイに毒を盛ったのは誰であろうな」

 

 その質問にリリアーヌの手が止まった。クシナは言葉は聞いていたが目を向けただけでそのまま食事を続けている。明確に返答したのはヤトだけだ。

 

「ご子息が死んで利益になる人物ですが、心当たりが多すぎて分かりませんよ」

 

「そのとおりだ。次の王となる王子に死んでもらいたい者は考えるのも馬鹿馬鹿しいほどに多い」

 

 そしてルードヴィッヒはちらりと横のリリアーヌに目を向ける。彼女はあからさまに恐怖を感じて思わず首を何度も横に振った。

 二人の様子を見たヤトは心の中で成程と思う。確かに今居る唯一の王子のルイが死ねば、リリアーヌの腹の中に居る子供が男だった場合、その子が次の王になる可能性は高い。自分の子を跡取りに推したい母が邪魔な王子を毒殺するのは道理だ。

 しかしそれはあからさま過ぎて疑いの目がすぐさま向けられるので賢い手とは思えない。何よりルードヴィッヒは息子のルイを心から愛している。その息子を殺したとあっては如何に妃と言えど赦しはしない。最悪離縁された上に生まれた子が男だろうが王位から遠ざけるに違いない。

 その程度の事が分からない能無しが一国の王妃を務められるはずがないので、リリアーヌは関わっていないと見るべきだ。それでもルードヴィッヒが釘を刺したのは彼女本人に周りを抑えさせるためだろう。王ともなれば気苦労が多い。

 

「ともあれお前達が関わる事ではないから、この話はこれでおしまいだ。では本題に入るとしよう。息子を救った褒美は何が欲しい?」

 

「それはどんなものでも良いんですか?」

 

「私に叶えられる望みなら何でもだ。流石に王位を寄越せとか、他国と戦争しろなどというのは無しだぞ」

 

 ルードヴィッヒは冗談めかして気前の良い事を言う。彼はヤトの本性を知らないので精々が大金か、名剣魔剣の類でも欲しがると思っているのだろう。

 言質は取った以上遠慮の要らなくなったヤトは望みを口にする。

 

「では王家の霊廟にある『選定の剣』を」

 

「なっ!おまっ………あれは王家の宝だ。私の一存でくれてやるわけにはいかん」

 

「勘違いしないでください。別にくれと言っているわけではないんです。見て触れる程度でも構いません」

 

「いや、しかしだな……」

 

 なおもルードヴィッヒは難色を示す。さすがに息子の命の恩人でも王家の剣を他国人に触れさせるのは心理的抵抗が大きい。

 ヤトもすんなり宝剣を譲ってくれると思っていない。だから次善案としてまず自らの目で見て手で触れて自らの望むような剣かを確かめた後、相応しい剣なら時を置いて盗み出す事を考えた。どうせ盗んでも早々にこの国を出て行ってしまえば追ってこれまい。

 ヤトの本当の狙いを知らないルードヴィッヒは多少悩んでから意外にも申し出を断った。そして代案を出す。

 

「剣は王族以外には触れさせることは許されない。しかし息子のルイを救ったのは感謝している。よってお前をフロディス王国の名誉騎士に任ずる」

 

「はあ騎士ですか」

 

 正直全然嬉しくない。というかどうでもいい。

 ヤトの明らかな生返事にもルードヴィッヒは怒らず、まだ続きがあると口元に笑みを張り付ける。

 

「唐突だが最近先祖の墓参りをしていなかったから、近日中に霊廟に行く事にした。お忍びだが護衛に数名騎士を連れて行くつもりだ」

 

「!先人を敬うのは良い心掛けだと思います」

 

「うむ、そうだろうそうだろう。それとお前の叙勲式は霊廟に行く前に執り行う。どうせなら早い方が良いからな」

 

 ヤトとルードヴィッヒはお互いに笑う。どうやらこの国王は柔軟な頭をお持ちのようだ。

 王自ら他国人の旅人を霊廟に連れて行き、あまつさえ宝剣に触れさせるなど許されないが、王子の命を救った者に誉を与えて騎士にするなら周囲も強くは反対出来ない。

 しかる後、護衛として霊廟に連れて行ったところで中で何が起こったかなど極少数にしか分からない。その者の口留めさえしっかりしておけば真相は闇の中だ。

 話が上手く纏まったのを区切りに昼食は終わった。

 ルードヴィッヒはこれから通常の執務以外にも毒殺未遂の後始末の指示をしなければならない。真面目に仕事をする王はどれだけ時間があっても足りないものだ。

 こうして王夫妻との食事はひとまず終わった。

 

 


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