東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第17話 鬼灯の短剣

 

 

 ルイ王子の毒殺未遂から幾日か経ち、城が落ち着きを取り戻すかと思われたが、むしろ騒ぎはより大きくなっている。

 王族や貴族こそ何事も無く穏やかに過ごせていたが、その下の騎士や使用人には恐怖と猜疑心が渦巻いていた。

 始まりはよくある事だった。使用人の持ち物や財布が無くなっていた。それだけならどこかに置き忘れたか、手癖の悪い者が盗んだと犯人を見つけるだけだ。元より平民の使用人が大金や貴重な物は持っていないので腹は立っても諦めればいい。

 次に起きたのは五人の騎士が諍いを起こしてに互いに重傷を負った事だ。その騎士達は元から仲が悪く、度々反目しあっていたのでいずれこうなると誰もが予想していた。ゆえに全員を喧嘩両成敗として処分した。それで済んだ事だと思われた。

 その次は城で飼っていた狩りに使う猟犬が何頭も泡を吹いて死んでいた。犬の餌には全て毒が入っており、世話を任されていた使用人は嘆き悲しんだ。そして誰が毒を入れたのかは分からなかった。

 さらに惨事は続き、今度は三人の使用人が城の中で殺されているのが見つかった。彼等は全て首を掻き切られて大量の出血をして死んでいた。当然城内で捜査はあったが、なぜそんな殺人が起きたのか、殺された三人の関連性はついぞ分からなかった。

 これらがほんの半月の間に立て続けに起きたため、今の城内は誰もが他人を信じる事が出来なかった。廊下ですれ違っても互いが襲い掛かってくるのではないかと疑い、警戒しながらすぐに離れる。数人がかりの仕事も互いを見張りながらしているので随分と効率が悪い。食事もいちいち犬や猫に毒見をさせてから食べるありさまだ。平民にとっては数少ない癒しの時間である食事もひたすらにギスギスしていた。

 とはいえ客人のヤトとクシナには関係の無い事だった。クシナは相変わらずルイのオモチャだし、ヤトは人の死には慣れ切っていて今更殺人程度で動じる筈が無く、この国のデュプレ家という貴族が持っている最後の竜殺しの剣の情報集めをしていた。

 

 そしてヤトは夜の闇に溶け込みデュプレ家の邸宅の前に居た。

 邸宅は貴族の名に恥じぬ絢爛豪奢な趣き、広大な敷地の庭は手が行き届き草も丁寧に刈り取られていた。見た限り見回りの私兵は何人かいるが番犬はいない。

 ここの貴族は西に大領を有する大公家に仕える貴族で、その大公家は現王ルードヴィッヒの弟が婿入りした家でもある。そして今のデュプレ家当主は王弟の側付きでもあったので現王とはやや距離が離れていたが、そこはどうでもいい情報だ。

 ヤトは敷地に入り弛んだ巡回兵の目を晦まして厨房の出入り口から屋敷に侵入した。

 真夜中の厨房は火が落とされて人っ子一人居ない。そこから食堂に移動しても人の気配は無かった。

 食堂の扉越しに人の足音が無いのを確認。そっと月明かりの差す廊下に出て影に溶け込むように無音で進む。

 その時廊下の曲がり角からぼんやりと蝋燭の火と共に人影が近づくのを確認したが、慌てずその場で脇差を抜いて跳躍。天井に突き刺して留まった。兵士は頭上に侵入者がいるのに気が付かず欠伸をしながら通り過ぎた。

 さらに屋敷の奥へと進み、二度使用人とすれ違ったのをやり過ごし、目当ての剣が保管されている地下保管庫に通じる扉を目指した。

 

「…………で………………だ」

 

「そ……………………に……………………わよ」

 

 途中何か密談をする男女の声がかすかに聞こえて足を止める。ここは生活の場なのだから男女の睦言ぐらい珍しくなく剣にも関わりが無いので無視しても良かったが、己の勘が何かあると囁く。

 しかしそのまま廊下で盗み聞きは見つかる可能性が高いので空いていた隣の部屋に入って壁越しに様子をうかがう。

 

「…………そっちの仕込みは順調よ」

 

「毒殺が失敗しなかったらこんな面倒な手を使わなくとも済んだというのに」

 

「私が悪いって言うの?」

 

「結果を出せない者は無能と誹られても言い返せんぞ。そして見返りも貰えぬ」

 

「ふん!人間というのはどいつもこいつも即物的で目先の事しか頭に無いのね。それこそ無能よ」

 

「なんだとっ!この私を無能と言うのか!こそこそ闇に隠れて動く魔人風情が!」

 

「あら?その魔人に助けてもらわないと子供一人殺せない根性無しが大きな口を叩くじゃないの」

 

「貴様ぁ!……………ちっ、ここで貴様と争っても得る物など何もない。ともかくこのまま城内を引っ掻きまわしていろ」

 

「もちろんそのつもりよ。私の約束、忘れちゃダメよポール坊や」

 

 そこで男女の会話は途切れ、乱暴に扉を開ける音がした後に静寂が戻った。

 ヤトは先程の話を反芻する。毒殺の話で最初に思い浮かぶのはルイ王子だ。それと標的が子供と分かったが特定の名前を出さなかったので断言は出来ない。ただ、城内の騒動が先の男女の仕込みなのは確定した。

 それらはどうでも良かった。一番興味を惹いたのは魔人という単語だ。魔人と言えば遥か昔に居たとされる魔人族が連想される。先程の女がそうという確かな証拠はまだ無いが、もし本当に魔人とやらが居るのなら是非とも斬ってみたい。都合のいい事に相手は色々と後ろ暗い事をしている罪人だ。斬ってもそう文句は出てこないし、ここのデュプレ家と繋がりを持ってるので、それとなく家の者に気を払っていれば何かボロを出すかもしれない。

 剣を見に来て思わぬ拾い物をした。おとぎ話の魔人と戦える機会などそうはあるまい。

 意気揚々と空き部屋を出て本来の目的の地下保管庫へと続く扉の前まで来た。流石にここは鍵がかかっていたので、扉と壁の間の隙間に剣を差し込んで斬って開けた。

 地下への階段を降りてまた鍵のかかった扉を剣で破壊解錠して中に入る。そこは集めた情報通り武器庫だ。

 その中で一番重厚な金箔宝石仕立ての箱を見つける。おそらくこの箱だろうが、なぜか箱には鍵が掛かっていない。

 不審に思いつつ開けると、中には身の厚い長剣が入っていた。手に取ってじっくりと観察する。一流の鍛冶師の鍛えたミスリル剣には僅かな傷や汚れも無い。まるで一度も使われていない新品の剣だ。

 ヤトは戸惑いから首を捻る。これが竜殺しを成した剣とは思えない。業物には違いないがこの剣からは血の匂いもしなければ使われた形跡すら見つからない。

 しばらく悩んでから結論に至る。

 これは見せ札ないし贋作だ。本当に大事な物を守るためにそれらしい偽物を用意して盗賊を欺く偽装工作なのだろう。

 となると本物の竜殺しはどこかに隠されているか、偽装して誰かが常に持っている可能性が高い。

 まだ家人には侵入は発覚していないから、ここを少しぐらい探す時間は残っている。

 手始めに部屋の剣を片っ端から調べた。兵士用の並の剣、貴族向けの模擬剣に魔法金属の剣を全て調べたが、琴線に触れるような優れた剣は見つからない。当てが外れたと思って帰ろうとした時、ふと樽に立てられていた槍束の中の一本に違和感を感じて吸い寄せられるように手に取って観察する。

 

「これは槍の穂先ではなく短剣?」

 

 他の槍は全て槍として拵えてあるのにこれだけは違う。しかも他の槍はただの鉄製の穂先だが短剣の槍はミスリル製、それもかなりの名工の鍛えた逸品と見た。

 短剣は簡単に槍の柄から取り外せた。鍔は無かったが柄には見事な鬼灯の彫刻が刻まれていて、小粒な赤と緑の珠玉が幾つも嵌め込まれている。

 ヤトは直観でこの短剣を隠すために、これ見よがしに豪華な箱にそれなりの剣を納めて誤認させていたと気付いた。

 ただ、問題はこの短剣で竜が殺せるかどうかだ。短剣では竜の巨体を切り裂くのは難しいが、これは魔法が掛かっている。おそらく何か仕掛けや竜を殺せる何かがあるのだろう。

 

「使ってみたいなぁ」

 

 思わず口に出してしまうと途端に我慢が出来なくなる。

 今まで見てきた剣の中には噂以下のも実際に竜を殺せると分かる剣もあったが、この短剣だけは実際に使ってみない事には判断出来ない。だからこそ使ってみたいという欲が出てしまった。

 となればもう一度戻してこの国を出る時に盗めばいいが、既に扉の鍵を壊してしまった。流石にそれは数日中に発覚するから中の物を移すだろう。そうなったら二度とこの短剣は手に入らない。

 数秒の思考の末に短剣を持ち去る事を選んだ。剣は懐に収めてすぐさま地下を出て、そのまま最寄りの窓から音もなく脱出。誰にも見られずに屋敷を離れた。

 

 翌日。デュプレ家の屋敷で地下保管庫のカギが壊されているのを使用人が発見して騒動になった。多くの者は箱の中のミスリル剣が無事だったのを知って安堵したが、事情を知ってるごく一部の者は偽装した短剣が無い事に気付いて顔を青くした。

 そして秘密裏に盗賊を探し出して剣を奪還する動きがあった。

 大々的に捜査しないのは事を大きくして注目を集めたくなかったからだろう。貴族なら色々と後ろ暗い事をしているのでデュプレ家が珍しいというわけではないが、今は特にタイミングが悪く、捜査は遅々として進まなかった。

 当然名誉騎士となったヤトに捜査の手が及ぶ事はなく、今も短剣は城の客間の荷物の中で眠っていた。

 

 


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