東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第19話 魔眼

 

 

 黒髪のメイドの命令で騎士が貴族の首を切って殺害する。異常ともいえる事態が玉座で行われて、使用人や貴族の中には腰を抜かしてその場にへたり込む者も多かった。

 そして騎士の半数は王の警護に回り、残りは兵士と共にメイドを取り囲む。

 

「殺したのは私じゃないんだけど~」

 

「黙れ!その場に跪いて両手を手の後ろで組め!」

 

 兵士が剣と槍で脅すが、メイドのニートは呆れと嘲りが入り混じった笑みを浮かべて命令を拒否する。

 

「い~や、忌々しい人間の命令なんて聞く義理は無いの。お前達こそ私に従い、私を護るの」

 

 果たしてそれは如何なる所業か。武器を向けた騎士と兵は彼女の言に従い、くるりと背を向けてまるで王を守護するようにニートを扱った。その中にはアンジェリカの姿も見える。

 さらには彼女の視界に入った貴族の大半が虚ろな目をしたまま立ち上がって壁のように列を成す。

 ニートの命令に従わなかった者達は後ずさり、自然とルードヴィッヒの座る玉座に集まった。王の元には五名ほどの貴族に十名の騎士と兵士が集い、リリアーヌも夫に駆け寄る。

 クシナは震えながら抱き着くルイを引き離してルードヴィッヒに預けてから、いつでも戦えるように状況を見守っていた。

 

「意外と胆力のある人間が多いわね。卑劣な種族のくせに生意気ぃ」

 

「これは貴女の魔法か何かですか魔人さん?」

 

「ええそうよ。心が弱かったり猜疑心が強い相手を問答無用で操るのが私の暗黒魔法『煽動』。陰湿な連中に効果は覿面でしょう~?」

 

 ヤトは納得した。ここ最近の城内での問題は全てこの女の仕業だったわけだ。おかげで城内に居る大半の人間は互いを疑い心身を弱らせてしまい、今この場の大半の者は走狗となってしまった。おそらくルイを暗殺しようとしたメイドや聴取した者も女魔人に操られてしまったのだろう。どちらが陰湿か分からない。

 ケラケラと笑うニートにルードヴィヒは怒りを滲ませながら何の理由があって息子を殺そうとしたのか問う。

 

「私はどうでも良かったけど契約した相手からの要望に応えただけで知らないわ。そこの~役立たずに聞いてみたら?」

 

 ニートは己の血に沈むポールを目配せしたが、当然既に死んでいる死体が蘇る筈が無い。同時に彼女は死霊術を操るミトラのように死体を意のままに操れないと分かった。

 

「では何故ポールと契約などした。あるいは最初からその男を操るなり、我々を操れば事足りたはずだ」

 

「それじゃあ楽しくないでしょ~?私はお前達人間がバカなまま争った末に死んでいくのが見たいの」

 

 その手始めにこの城を乗っ取り、フロディス王国そのものを動かすつもりだったと笑いながら話す。

 ルードヴィッヒの心は怒りに満たされた。そのために息子を殺害しよとした事、あまつさえその罪状を妻に押し付けて己に処断させようとした事。何よりも王国とは王にとって己の血肉に等しい。それを好き勝手に弄ぶなど到底許せるものではない。

 今すぐにでも不愉快な女の首を自ら刎ねてやりたいが多勢に無勢。何か反撃のチャンスが生まれなければ全員が無駄死にする。戦うならもっと多くの情報を引き出してからだ。

 

「それで我々を争わせた後、お前は国を掠め取って何をする?」

 

「大勢で東に行ってもらいたいの。王様は言う事聞いてくれたら少しぐらい長生きさせてあげるけど。断ったら奥さんと子供は……分かるわよね~?」

 

 ルードヴィッヒは的確に痛い所を突かれて押し黙る。そしてなぜニートが操れない己をすぐに殺さないのか察した。大勢というのはおそらく軍を指した言葉。国中に号を掛け一軍を組織して自由に動かすにはどうしても生きた王が必要になる。それまでは生かしておきたいのだろう。

 ニートは勝ち誇ったが次の瞬間、数人の貴族が吹き飛び壁に叩き付けられたのを見て目を丸くする。

 さらに三人が飛ぶ。しでかしたのは鞘に入れたまま細剣を振るうヤトだった。続けて二度、三度と剣を振るえば、人が木の葉のように宙を舞った。

 

「ちょっと~私の話聞いてたの?暴れたら王様の家族は死ぬのよ」

 

「どうぞご自由に。僕は興味ありませんから」

 

 ニートは最初ニヤニヤと馬鹿にしていたが、ヤトが構わず追加で十人ばかり薙ぎ払うと、途端に不機嫌になって支配下に置いた者達に殺害を命じた。

 洗脳兵士三人が槍を突き出すが、宙を舞う剣士を捉えられず逆に全員が頭に強烈な一撃を受けて昏倒する。

 短剣で襲い掛かった貴族は纏めて吹き飛ばし、その隙に後ろから斬りかかった騎士の剣を鬼灯の短剣で受けて細剣で腕を砕いた。

 予想より強いヤトに舌打ちしてニートは残った配下に王一家を襲わせた。

 本来守護するべき者を殺そうと虚ろな目で殺到する者達。支配から逃れた少数の者達は覚悟を決めて武器を構えるが、その前にクシナが躍り出た。

 後ろでルイが叫んでいるが、関係無いとばかりに迫りくる兵士の槍を掴み取って兵士ごとぶん回して敵を蹴散らした。さらに反対に握った槍を軽く振り回せば、面白いように人が跳ね飛ばされて壁や天井に叩き付けられる。

 それを見た正気の者達は唖然とする。見た目は亜人なので人族の女よりは力が強いと分かっていたが、小柄な女が鎧を着た大の男を纏めて宙に飛ばすのは非常識すぎる。唯一ルイだけは無邪気に喜んでいるが子供なので例外だろう。

 その怪物に一人の美麗な女騎士アンジェリカがゆっくりとした足取りで近づく。眼は他の洗脳者同様に虚ろだったが剣先には微塵も揺らぎはなく、ただクシナだけを見据えて間合いを詰める。

 クシナの方はまた雑魚が一人向かって来たとだけ思って槍を振り回したが、女騎士は容易く躱して逆に柄を半分に切り落とした。

 

「…………れば」

 

「なんだどうした?」

 

 壊れた槍を投げ捨てて対峙した相手の呟きに耳を傾けるが、彼女の優れた聴覚でも何を言ってるかは拾えない。

 そしてアンジェリカは常人には目にも留まらぬ速さでクシナの心臓に剣を突き立てる。

 

「あなたがいなければあの方は私を……」

 

「あーもしかして汝がヤトの言っていた女か」

 

 クシナは面倒くさそうに豊かな胸に僅かに刺さっていた剣先を指で弾いた。白いドレスの胸元が徐々に赤く染まるが気にしない。

 アンジェリカは己の剣が心臓を貫いていないのを疑問に持たず、何度も斬撃と刺突を繰り返して殺そうとするが、相手はかすり傷は負ってもまったく意に介さない。それどころかクシナは剣を素手で掴んで身体を引き寄せて頭突きを食らわす。

 頭を強打した女騎士は吹っ飛ばされてぐったりとしていたが、胸を上下させて息をしているのを見ると死んではいないらしい。

 

「ヤトは儂の番だ。やらんぞ」

 

 珍しく不機嫌に呟く。クシナは意外と独占欲が強い女だった。

 

 玉座の間は重傷者で溢れかえっていた。大半の洗脳者はヤトとクシナの夫婦が捩じ伏せて、取りこぼしも洗脳を免れた騎士達が何とか抑え込んでいる。重傷者の中には洗脳が解けて痛みに喘ぐ者も居るが、現状では何も出来ないので放置した。

 何もかもが上手くいかないニートはみっともなく、使えない、無能などと喚き散らしている。

 

「では自分で戦ってみてはどうですか」

 

 洗脳者を粗方排除したヤトが元凶のニートに細剣の切っ先を向けた。剣は既に鞘から抜いてある。

 ニートは不快感が頂点に達した。理由は色々あるが、最も不快なのが対峙したヤトの顔だ。下劣な人間風情がまるで幼児が好物のお菓子を前にしたように満悦の笑みを浮かべて剣を向けている。

 

「戦い?たかが人間が傲慢不遜にもほどがあるわ。お前なんてこうすれば事足りるわよ」

 

 憤然と睨みつけるニートとヤトの黒瞳がぶつかり合う。

 ヤトの身体が崩れ落ち、鼻腔と眼球の隙間から鮮血が滴り落ちた。息は荒く、力の抜ける膝を叱咤して、震えながらもどうにか両の足で立って剣を構え直す。

 しかし視界がぼやけて定まらない。切っ先も震えて構えが乱れる。

 

「こんな奴が私の魔眼に耐えるなんてムカつくわ~。ムカつくから生きたまま身体を引き裂いて、肉をあっちの角女に食わせてやるわ」

 

 ニートが怒気を滾らせて突進、長く伸びた鋭い爪を振り下ろした。まだ上手く足が動かないヤトは何とか躱したが追撃を受けてしまい、咄嗟に細剣でガードしたものの、半ばで折れてしまった。

 短い間だったが命を預けた剣の破損は悲しいが、その甲斐あって稼いだ時間で足に力が戻った。

 視界はまだ役に立たないが、一流の戦士は眼だけを頼りに戦わない。耳と肌が無事なら十分戦える。

 ヤトは間髪置かずに間合いを詰めて、折れた細剣で斬りかかる。短くなった分速く振れるようになり、常に視界と攻撃範囲から外れるように動くヤトに手の爪を振り回すがかすりもしなかった。

 反対に幾重ものフェイントを織り交ぜた剣戟はニートを翻弄。本命の一撃が彼女の左手をざっくりと切り落とした。

 激昂して出鱈目に攻撃するもまるで見当違いの場所ばかりで一瞬たりともヤトを捉えられない。明らかに戦闘経験と技術を持っていない素人の動きのそれだ。ただし速さは侮れるものではなく、当たれば鋼鉄と同等の強度を持つオリハルコンの剣を折るぐらいなので油断は出来ない。

 徐々に本調子を取り戻しつつあるヤトはさらなる斬撃で右腕を肘から切断した。

 自慢の両手を切られたニートは瞳に憎悪を宿し、怒りに身を任せながらも切り札を切った。

 額に縦の切れ目が生まれ、大きく開くと赤い瞳の目が現れた。第三の目が開かれたと同時に切られた両手が再生する。

 おまけに床に転がっていた兵士の剣や槍が宙に浮いて、まるで餓狼のようにヤトに喰らい付こうとした。

 それでもヤトは慌てず爪と武器の乱舞を躱しながら攻撃を続けるが、先程と勝手が違って違和感を感じた。

 攻撃に対してニートの対応が速く、防御と回避の正確さが増している。まるで自分の攻撃がどこからでも全て見えているかのようだ。

 試しに確実に見えない真後ろから投げナイフを最小の動作で投げても、見えているように避けてしまった。

 この動きで気付く。あの額の目の役目は物を浮かせて操作するだけでなく、全方位を視るための器官でもあるのだ。

 幸いなのはあの視線を合わせるのと同じ現象が現れていない事だ。アレを直接視認せずにやられていたら、ヤトでも相当に難儀したに違いない。

 であれば戦いようは幾らでもある。

 すぐに対応策を考え付き、ヤトはそこらに転がっている重傷の洗脳者を引っ掴んでニート目がけて何人も投げつける。

 それらはニートに当たる前に空中で停止したが、構わず追加で数名を投げつけた。

 

「ふん!こんな肉が何の役に立つ?」

 

 ヤトは嘲笑を無視して後ろに回り込んで、迫り来る槍を躱しながらナイフを数本投擲する。それは先程と同様に難なく避けられる。それどころかナイフも他の武器と同様に支配下に置かれてしまった。

 もちろんそれは盛り込み済み。常に相手の正面に入らないように動いて落ちている物を手当たり次第に投げ続けた。おかげでニートの周囲には宙に浮いた物と人が溢れかえって極めてお互いが見辛く、モノを動かすと容易に干渉しあって思うように動かない。

 ヤトは確信した。ニートの第三の目は、その目を起点として360度全方位を見る機能と念動力を備えるが、処理能力には限界があり、透過能力も持っていない。

 相手が下手を打ったと見て、すぐさま勝負に出る。

 折れた細剣を上に投げて敵の背後に回り込みながら距離を詰める。

 ニートは重荷になったモノを手当たり次第に投げつけるが、そんな生半可な攻撃が当たる筈もなく一気に距離を詰められる。

 ヤトの手には鬼灯の短剣が握られ、その剣身には練り上げた気功を纏っていた。

 さらに位置と間が悪い事に彼女の頭上にはヤトが投げた剣が今まさに落ちている。その切れ味は既に両手を切られた事で十二分に味わっていたので、第三の目で視認していたのも相まって本能的に大きく避けてしまった。

 その動きが決定的な隙となり、無防備な背を晒してしまう。短剣が肉薄し、死神がニートの魂を刈り取る。―――――――はずだった。

 短剣の切っ先は彼女の手前で止まってしまった。

 

「人間ごときが私を舐めるな」

 

 ヤトが手心を加えたわけではない。ニートの念動力によって凶刃が止められたのだ。

 そして彼女はゆっくりと振り向いて拘束したヤトに嗜虐的な笑みを向けて勝ち誇る。

 

「あと一歩だったのに惜しかったわね~。さあ、約束通りまずは腕から落としてあげる」

 

「いえいえ、もう貴女は詰みです。『風舌』≪おおかぜ≫」

 

 鋭い爪を見せびらかすニートに目もくれず、ヤトは練り上げた気を短剣に纏わせて、見えない刀身を伸ばす。

 不可視の刃はニートの第三の目を貫き、後頭部を貫通した。拘束が解けた。

 貫いた刃を捻り、下に降ろして鼻、口、喉、胸、腹、股間までを容赦無く切断。女魔人の身体をほぼ二つにした。

 大量の血と臓物が零れ落ち、床をどす黒く染め上げた。

 ニートが死んだことで念動力によって浮かせていたモノは全て落ち、洗脳されていた者も全員正気を取り戻したが、多くは痛みに呻く羽目になった。

 城の危機は去ったと言えた。

 

 


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