東人剣遊奇譚   作:ウヅキ

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第21話 神話の戦い

 

 

「あの巨人動かないですね」

 

「そのようだが、あまり油断はしない方がいい」

 

 ヤトの言葉にルードヴィッヒは同意しつつも警戒を促す。

 二人の憶測通り、例の巨人は霊廟を破壊して立ち上がったが、今は微動だにせずただその場に立ち尽くしていた。その様はさながら何をしていいのか分からず途方に暮れた子供のようにも見える。

 動かないのならそれでひとまず安全だろうが、このままというわけにもいくまい。これだけの巨体はどう考えても目立つ。きっと都では突如現れた赤銅の巨人に住民が恐れ慄いている事だろう。

 

「あれはロスタみたいなものなのだから、誰かが命令すれば動くんじゃないのか?」

 

 クシナの何気ない言葉にヤトは頷いて同意する。確かにあの巨人は常識外に大きいだけでゴーレムだ。誰かが命令さえすれば意のままに動くだろう。問題はどうやって言う事を聞かせられるかが分からない事だった。

 ルードヴィッヒはとりあえず都にいるゴーレムに詳しい技師か魔法関係者を呼んで詳しく調査をするように騎士に命令した。

 

「おっとその必要はないぞ」

 

 どこからか男の声が聞こえた。騎士達は言葉の主を探したが、周囲にはそれらしい人物は見当たらない。

 しかし唐突に空気が陽炎のように歪み、褐色肌の鋭利な顔立ちの偉丈夫が姿を現した。騎士達は見知らぬ男の突然の出現に驚きながらも剣を構えて王を護ろうとする。

 

「また貴方ですかアジーダさん。剣の事を教えたのはあの女性だから居るとは思っていましたが、今日は一人ですか?」

 

「ああそうだ。霊廟には結界が張ってあって入れなかったから近くで待ってた」

 

「もしかして巨人が動き出すのを待ってたんですか?」

 

「そんなところだ。動かし方は知ってるが封じていた剣が抜けなくてな」

 

 剣に囲まれた中にあって、アジーダはどうでもいいとばかりに顔見知りのヤトと気さくに話す。

 ルードヴィッヒはアジーダの聞き捨てならない言葉に最も強く反応した。そしてその言葉が事実か問うと、彼は面白くもなさそうに巨人に呟いた。

 

『祖の血肉を分かち合った傀儡よ。兄弟たる我に従い、動く物を須らく攻撃せよ』

 

 アジーダの言葉に反応した巨人は目を光らせて拳を振り上げる。拳が何に振り下ろされるのかなど分かり切っていた。

 彼を取り囲んだ騎士達は殆ど本能的に元凶に斬りかかったが、手にした短杖により一瞬でその悉くが返り討ちにあい、敗者は地に伏せた。騎士達が死んでいないのはアジーダにとって殺す価値も無いからだろう。

 そして迫り来る巨石のような巨人の腕。無事な者は急いで王を退避させようとしたが間に合いそうになかった。

 視界に広がる赤銅色の拳がルードヴィッヒ達の横をかすめて地面に深々と突き刺さり、強烈な振動で彼等は転げ回った。

 

「ほう、流石だな」

 

 アジーダの心からの称賛は巨人の肘に剣を振り下ろして軌道を逸らしたヤトに注がれた。

 そもそもだたの人と巨人とでは質量が違い過ぎて、虫が人にぶつかった程度なのに軌道を逸らせるほうが異常だが、ヤトはそれよりも自分の渾身の一撃でも軽い切り傷しか付かなかった巨人の装甲に驚く。そしてアジーダの称賛にも興味がない。

 ついでにクシナが動きを止めた巨人の足を思いっきり蹴り飛ばして仰向けに倒した。

 その隙にルードヴィッヒ達は起き上がって、一歩でも遠くへ逃げていた。

 アジーダは逃げた者には目もくれず、ヤトとクシナを実に楽しそうに眺めてから、短杖を彼女に向けて巨人に命じた。

 

『命令を変える。その女を排除しろ』

 

 巨人は命令に従い、クシナを手で払おうとしたが、逆に拳で弾き飛ばされた。それでも碌に損傷が見当たらないのはそれだけ巨人の耐久性が高い証拠だ。

 

「女は人形で遊んでいろ。さて、随分待たされたが、一体どこで油を売っていた?」

 

 アジーダはまるで十年来の友人のようにヤトに話しかけたが、答えは剣士らしく言葉ではなく黒鋼の剣だった。

 

「『紅嵐』≪くれないあらし≫」

 

 10メートルの間合いを一瞬で詰めての九連突きがアジーダへの回答。

 アンジェリカとの稽古の時とは違い、手加減無しの絶技は全て胴体と頭部に突き刺さり、赤い噴水を模った。

 もとより紅嵐はアジーダを斬れなかった事を鑑みて、切っ先に全破壊エネルギーの乗る突きを用いた技。常人ならば九度は死に至る完全なオーバーキル。その甲斐あって全身を貫いた確かな手応えが得られた。

 ―――――得られたのだが、それでも褐色の偉丈夫は倒れない。それどころか何とも嬉しそうに哄笑を響かせた。

 古竜のクシナとガチンコの肉弾戦をしていたのである程度分かっていたが、やはり打たれ強さが尋常ではない。

 相方のミトラと違って血は出るし傷も付けられるから殺せるだろうが、どれだけ斬れば殺せるかは実際にやってみないと分からない。

 

「ふはははは!!前より随分と腕が上がったじゃないか!待っていた甲斐があったなぁ!!」

 

 血の噴水はすぐさま止まり、笑いながらヤトに突っ込んできた。

 突き出された短杖を紙一重で躱して逆に腹を突く――――寸前で腰の短剣を抜いて折れ曲がった杖の突きを防ぎつつ、黒鋼剣は斬撃に切り替えてアジーダの足を斬った。

 ヤトは距離を取って短杖の形状をよく見る。杖は最初より20cmは長く先端は槍のように尖っていたが先程のように折れ曲がっていない。

 バイパーの街で戦った時と先程の騎士を纏めて打ち払った時、そして今の攻防ではっきりした。アジーダの杖は長さと形状を自由に変えられる。

 

「その杖、なかなか便利な道具ですね」

 

「手品の類だ。それよりその剣、あまり切れ味は良くないな。見掛け倒しだぞ」

 

 斬られた足に軽く振れて血止めする。ヤトは曖昧な笑みを浮かべて剣を軽く振って血を払った。

 確かにアジーダの言う通り黒鋼の剣の切れ味はそこまで良いものではない。勿論魔法金属製の一流の剣だが、あくまでそれだけだ。特筆すべき点があるとすればヤトの全力にも余裕で耐えられる頑丈な点だろうが、長過ぎてどうしても大振りになってしまうのが難点だった。

 それでもようやく全力で戦える無上の喜びを感じていた。

 ヤトは猛る魂のままにアジーダと斬り合った。

 

 

 男二人が本格的に殺し合いを始めた隣では、クシナが巨大ゴーレムを殴り続けていた。

 也がでかい分動きは緩慢だったので、巨人は一度もクシナを捉えられずに空を切り続けて、逆に殴られ放題だった。

 しかし一方的な展開になってもクシナはイライラしている。相手をどれだけ殴っても壊れないどころかまるで怯まないのが面倒な事この上ない。

 そしてちらりと旦那の方に目を移せば、何やらアジーダと楽しそうに斬り合っている。

 放っておかれた寂しさと腹立たしさでどんどん不機嫌になった彼女は注意を怠って巨人の拳を貰ってしまう。

 数百メートルは弾き飛ばされて転がった後、血塗れのまま立ち上がるもその目は明らかに怒り狂っていた。

 

「―――――――――儂を舐めたな」

 

 完全にブチ切れたクシナは本来の姿に戻り、魂砕きの咆哮を轟かせた。

 ゴーレムは唐突に目標が消えて、代わりに銀色の竜が現れた事で混乱して立ったまま動きを止めてしまう。その隙をクシナは逃さず体当たりして組み敷いた。

 いきなり片腕の竜と巨人の取っ組み合いが始まってしまい、退避していた王や騎士達は思考停止する。

 そして都でも多くの者が神話の一幕を目撃して慄く者、興奮する者、拍手喝采を贈る者、即興で詩を作って謳う吟遊詩人が出てきて、まるでお祭り騒ぎとなっていた。

 クシナは組み敷いたゴーレムの右腕を抑えて残りの腕に鋭い牙で噛み付く。

 左腕は古竜の強力な顎の力でメキメキと音を立てるが噛み砕くには至らない。強固なアダマンタイトだろうが容易に噛み砕くクシナの牙でも破壊出来ない装甲には驚きしかない。

 巨人はクシナが腕を噛み砕くのに手間取っていた隙をついて、腹に膝蹴りを食らわせて怯ませ、位置を反転させて圧し掛かり頭突きを食らわす。

 両手の拘束が外れた巨人は、何度も何度も比較的柔らかいクシナの腹を殴り続けた。一発一発のダメージは大した事は無いが、彼女にとってヤト以外に上に圧し掛かられる屈辱感は凄まじかった。

 怒り心頭になり、逆に相手の腹を殴りつけて浮かせた後、翼を広げて巨人の足を掴んだまま大空へと飛び立った。

 クシナは足を掴まれて成すがままの巨人を見て冷静になる。そのまま雲を抜けるほどの高度まで登り続けてから足を離した。

 重力に囚われた巨人は手足をバタつかせたまま墜ちて行き、当然のように地面に叩きつけられて土煙を巻き上げた。

 高度からの落下速度に加えて自重による破壊力は極めて大きく、ゴーレムの両足はあらぬ方向に曲がり二度と立つ事は叶わなかった。

 さらにクシナはまともに動けないゴーレムの頭を掴み、引き千切って機能停止に追い込んだ。

 

 

 それを離れた場所で見たアジーダは使えない人形に舌打ちした。こうなってはすぐさまあの竜がこちらにやって来てしまう。

 

「よそ見する余裕はありませんよ」

 

 ヤトは隙を見て大剣を脇腹に突き刺して胴を両断しようとしたが、アジーダは腹に剣が突き刺さったまま杖を突き出す。

 杖は一瞬で伸びて顔を抉ろうとするが、その前に左手の短剣が同様に伸びて杖を払う。その隙に強引に腹の剣を引き抜いて間合いを外した。腹の傷は臓物が零れ落ちる前に塞がった。

 

「得物が似ると露骨に技量差が出るな」

 

 アジーダは自らの杖とヤトの鬼灯の短剣を見比べる。

 伸縮自在の剣―――――それがデュプレ家の宝剣の正体だ。普段は短剣として持ち歩ける携行性と使い勝手に優れているが、それ以外にさしたる機能も無い、宝剣と呼ぶには大仰かもしれないが、何も奇をてらった加護や外見が名剣の条件ではない。それより単純に道具として扱いやすい方が好ましい。

 ヤトは短剣を元の長さに戻して鞘に納め、大剣を両手で握り直す。そしてアジーダはなぜか杖を腰に差して戦闘の空気を四散させてしまった

 

「負けを認めて諦めましたか?」

 

「そんなところだ。今の俺では純粋な技量でお前には勝てんのはよく分かった」

 

 言うなり無防備に背を向けて巨人の方に逃げた。これにはヤトも一瞬虚を突かれてしまい、斬る事も出来ずに距離を離されてしまった。

 仕方なくアジーダの後を追って巨人の元へと急いだ。

 

 

 クシナは倒した巨人を寝床にして鼻歌を歌っている。ここしばらくご無沙汰だった本来の姿で暴れられてご満悦だった。

 しかし遠くから向かってくるアジーダに気付き、そのまた後ろで追っかけているヤトが目に入ると、どうしたものかと思案する。

 火を吐いてこんがり焼いて褐色を炭色にしてやってもいいが、勝手に獲物を取ると番が気を悪くしてしまうかもしれない。

 

 (まあいいか)

 

 少し悩んだ後に放っておくことにした。

 その間に両者の距離は目と鼻の先まで縮まっていた。なぜアジーダが己に向かっているのか分かっていない。だから目が合っても何もせずに放っておいた。

 そしてアジーダはクシナに背を向けて下敷きになった巨人の首に空いた穴に入ってしまう。

 変化はすぐに生まれた。

 歪に曲がった両足が元通りの形になり、クシナに噛まれて傷付いた腕の装甲も綺麗さっぱり傷一つ見当たらない。千切れた頭は首から伸びた太い縄のような物で繋がり、そのまま引っ張られて元の位置に納まった。さらに全身から無数の刃が生えてきて、上に座っていたクシナが悲鳴を上げて慌てて飛び退く。

 立ち上がりも前の動きの倍は速く、寝起きの調子を確かめるような生の人間の動きに変わっていた。

 刃の巨人はヤトを見下ろし、彼方にまで響き渡る雷鳴の如き大音量で戦いの再開を宣言した。

 

「続きをやろうか。今度は同時にかかってこい」

 

 神話の戦いはまだ決着を見せていない。

 

 


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